葛西 健二 さん
略歴
1994年 京都私立東山高校 卒業
1994年 京都産業大学外国語学部 中国語学科 入学
1998年 同学科 卒業
現在 台湾芸能プロダクション所属 タレント・俳優業
淡江大学院日本語文学学科修士課程
在住国・都市 台湾・台北市
(2007年10月現在)
1994年 京都産業大学外国語学部 中国語学科 入学
1998年 同学科 卒業
現在 台湾芸能プロダクション所属 タレント・俳優業
淡江大学院日本語文学学科修士課程
在住国・都市 台湾・台北市
(2007年10月現在)
皆さんこんにちは、私は葛西健二と申します。
外国語学部創設40周年の記念すべき年に、皆さんへのメッセージを贈らせていただく機会を得たことを感謝いたします。
現在私は台湾の芸能界でタレント・俳優業に従事しながら、淡江大学院日本語文学学科にて日本・台湾の言語文化の比較研究をしています。
最初に、私の台湾での10年間を簡単に紹介させていただきます。
私は1998年に外国語学部中国語学科を卒業した後、「台湾で映画やドラマ・CMの撮影に携わる」という長年の夢を叶えるために、同年11月に台湾へ赴きました。当初は台北の語学学校で中国語を学びながら映画やドラマ、CMの撮影現場に足を運び、撮影風景を見学するとともに人脈を拡げる努力をしていました。また週末は路上パフォーマンスをして生活費を稼いでいました。
1999年春にあるバラエティ番組の素人お笑いバトルコーナーに参加したことがきっかけで、以降テレビの素人参加番組に出演するようになりました。その後2000年春にあるトーク番組に出演し評価を得たことで、台湾芸能界でタレント(芸人)・俳優活動を本格的に始めることになりました。以来8年間余り、紆余曲折ありましたが、台湾の芸能界でそれなりの位置をキープしてきました。また、「撮る」側ではなく「カメラの前で演じる」側という違いはありますが、「撮影に携わる」という夢も実現できたと考えています。
私の住む台北市は人口262万人強、台湾の政治、大衆文化、物流の中心地です。大通りは朝から晩まで無数の車やバイクが行き交い、ナイトマーケットは夜遅くまで多くの人でにぎわう、そんな活気に溢れている街です。日常生活においてとくに不便を感じることはなく、買い物にしても交通にしてもシステムは日本と同じです。電話や郵便などの通信システムも整っています。むしろ、日本の地方都市よりも台北のほうが、生活は便利かも知れません。とくに台北市内では外食産業が発達し、屋台や小さなレストランがいたる所にあります。人々は明るく朗らかで、あまり細かい事を気にしない傾向にあると思います(言い換えれば、結構大雑把です)。また、「人」に使われるよりは自分で独立して何かをやりたい人が多いようにも感じられます。そのためでしょうか、台北には小さな会社が無数に存在します。若い人たちにもその傾向が感じられます。私のまわりにも大学卒業後何年か社会経験を経た後、レストランやペットショップを自ら開業した知り合いが何人かいます。さらに、ある日こんなことがありました。友人とニュースを見ていると、日本での失業者の自殺率の高さに関する報道がありました。彼らは一様に不思議な顔をしてこう言いました。「仕事をクビになったぐらいでなぜそこまで悲観的になるのか?別の仕事を見つければいいことだし、もし見つからなくても、屋台を引っ張って食い扶持を稼いだらいいじゃないか。」このような台湾の人々の逞しさや前向きな姿勢には、私も多々勇気付けられました。
当初台湾で生活をする上で非常に大きな助けとなったことがあります。それは、大学で中国語を学んできた、という自信です。例えば日常生活において台湾の人々と接する時に、「自分の中国語はおかしいのではないか」、「相手の言っていることがわからなかったらどうしよう」と臆するのではなく、「四年間学んできたのだから、ここでその成果を発揮しよう」と前向きな姿勢で臨むことができました。
また中国語学科在籍中は、多くの先生から「中国語を学び、使う楽しさ」を教えていただきました。私が「外国語を使い自分を表現する」仕事を無事に続けてきたのも、この「楽しさ」が根底にあるからです。
在学中は素敵な仲間と知り合うことができました。彼らとは今でも頻繁に連絡を取っていますし、帰郷した際には時間を見つけて会っています。また学部やサークル活動以外にも、アルバイトなどで色々な人と出会い、沢山の刺激を受けました。そして、多くの素晴らしい先生方と出会うことができ、様々な知識のみならず、勉学に対する姿勢も教わることができました。大学での四年間の生活は最も素敵な思い出です。特に昨日のことのように鮮明に思い出されるのは、ゼミが終わったあと、賀茂川のほとりで先生と一緒に桜を見ながら語り合ったことです。
最後に大学中にやっておいたほうがいいと思うことをいくつか挙げます。
それでは皆さん、「学ぶ楽しさ」を忘れず、充実したキャンパスライフを送ってください。
外国語学部創設40周年の記念すべき年に、皆さんへのメッセージを贈らせていただく機会を得たことを感謝いたします。
現在私は台湾の芸能界でタレント・俳優業に従事しながら、淡江大学院日本語文学学科にて日本・台湾の言語文化の比較研究をしています。
最初に、私の台湾での10年間を簡単に紹介させていただきます。
私は1998年に外国語学部中国語学科を卒業した後、「台湾で映画やドラマ・CMの撮影に携わる」という長年の夢を叶えるために、同年11月に台湾へ赴きました。当初は台北の語学学校で中国語を学びながら映画やドラマ、CMの撮影現場に足を運び、撮影風景を見学するとともに人脈を拡げる努力をしていました。また週末は路上パフォーマンスをして生活費を稼いでいました。
1999年春にあるバラエティ番組の素人お笑いバトルコーナーに参加したことがきっかけで、以降テレビの素人参加番組に出演するようになりました。その後2000年春にあるトーク番組に出演し評価を得たことで、台湾芸能界でタレント(芸人)・俳優活動を本格的に始めることになりました。以来8年間余り、紆余曲折ありましたが、台湾の芸能界でそれなりの位置をキープしてきました。また、「撮る」側ではなく「カメラの前で演じる」側という違いはありますが、「撮影に携わる」という夢も実現できたと考えています。
私の住む台北市は人口262万人強、台湾の政治、大衆文化、物流の中心地です。大通りは朝から晩まで無数の車やバイクが行き交い、ナイトマーケットは夜遅くまで多くの人でにぎわう、そんな活気に溢れている街です。日常生活においてとくに不便を感じることはなく、買い物にしても交通にしてもシステムは日本と同じです。電話や郵便などの通信システムも整っています。むしろ、日本の地方都市よりも台北のほうが、生活は便利かも知れません。とくに台北市内では外食産業が発達し、屋台や小さなレストランがいたる所にあります。人々は明るく朗らかで、あまり細かい事を気にしない傾向にあると思います(言い換えれば、結構大雑把です)。また、「人」に使われるよりは自分で独立して何かをやりたい人が多いようにも感じられます。そのためでしょうか、台北には小さな会社が無数に存在します。若い人たちにもその傾向が感じられます。私のまわりにも大学卒業後何年か社会経験を経た後、レストランやペットショップを自ら開業した知り合いが何人かいます。さらに、ある日こんなことがありました。友人とニュースを見ていると、日本での失業者の自殺率の高さに関する報道がありました。彼らは一様に不思議な顔をしてこう言いました。「仕事をクビになったぐらいでなぜそこまで悲観的になるのか?別の仕事を見つければいいことだし、もし見つからなくても、屋台を引っ張って食い扶持を稼いだらいいじゃないか。」このような台湾の人々の逞しさや前向きな姿勢には、私も多々勇気付けられました。
当初台湾で生活をする上で非常に大きな助けとなったことがあります。それは、大学で中国語を学んできた、という自信です。例えば日常生活において台湾の人々と接する時に、「自分の中国語はおかしいのではないか」、「相手の言っていることがわからなかったらどうしよう」と臆するのではなく、「四年間学んできたのだから、ここでその成果を発揮しよう」と前向きな姿勢で臨むことができました。
また中国語学科在籍中は、多くの先生から「中国語を学び、使う楽しさ」を教えていただきました。私が「外国語を使い自分を表現する」仕事を無事に続けてきたのも、この「楽しさ」が根底にあるからです。
在学中は素敵な仲間と知り合うことができました。彼らとは今でも頻繁に連絡を取っていますし、帰郷した際には時間を見つけて会っています。また学部やサークル活動以外にも、アルバイトなどで色々な人と出会い、沢山の刺激を受けました。そして、多くの素晴らしい先生方と出会うことができ、様々な知識のみならず、勉学に対する姿勢も教わることができました。大学での四年間の生活は最も素敵な思い出です。特に昨日のことのように鮮明に思い出されるのは、ゼミが終わったあと、賀茂川のほとりで先生と一緒に桜を見ながら語り合ったことです。
最後に大学中にやっておいたほうがいいと思うことをいくつか挙げます。
- 出会いは人生の財産です。出会いを通じて自分の見識も広がりますし、人間関係を築くことで将来予想もしなかった道や世界が広がるかもしれません。(現に私も台湾でこのような職業に就くとは夢にも思いませんでした)
- 月並みな言い方ですが、失敗を恐れずに、自分が興味のあることにはトライしていくこと。たとえ失敗したとしても、必ずそこから得られることがあります。回り道であっても、次はゼロからのスタートではないのです。
- 大学という充実した学習環境のもとで、専門の語学科目だけではなくその他の教養科目からもより多くのことを学び、知識の幅を広げてください。(私はこれを怠っていました。今は非常に後悔しています)
- 語学習得に近道はありません。毎日の積み重ねが肝心です。
- 現地への旅行や留学を通じてその国の風俗・習慣を知ること、そして文化背景や価値観、思考形式・傾向をある程度知ることも重要です。そうすることで、より深い次元でその国の人達と触れ合い、理解しあうことができると思います。
それでは皆さん、「学ぶ楽しさ」を忘れず、充実したキャンパスライフを送ってください。
主な出演作品と出版書籍
司会テレビ番組
「+8電動王」(中天娯楽電視)
「女生向前走」(2000 中華電視)
「Hi 上班女郎」(2003 中国電視)
「風中緋桜 Dana Sakura」(2004 公共電視) 「美麗人生」(2005 民間電視)
映画
「国士無双 catch!」(2005 山水国際娯楽有限公司)
書籍
「葛西健二の流行日語教室」(2004 柏室科技芸術)
「葛西健二の 笑打破僵局」(2005 柏室科技芸術)
「+8電動王」(中天娯楽電視)
「瘋狂特報王」(JET電視)
ドラマ「女生向前走」(2000 中華電視)
「Hi 上班女郎」(2003 中国電視)
「風中緋桜 Dana Sakura」(2004 公共電視) 「美麗人生」(2005 民間電視)
映画
「国士無双 catch!」(2005 山水国際娯楽有限公司)
書籍
「葛西健二の流行日語教室」(2004 柏室科技芸術)
「葛西健二の 笑打破僵局」(2005 柏室科技芸術)