山小人(ドワーフ)の姫君 作:Menschsein
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カッツェ平野に転移門《ゲート》が開く。最初に出てきたのがアルベド。邪悪で禍々しい漆黒の全身甲冑に身を包んでおり、その手にはバルディッシュが握られている。次に出てきたのは、マーレ。不安そうに頭を左右に振って、カッツェ平野を見渡していた。
次に、ナザリックの支配者であり、このカッツェ平野を支配することとなった、アインズ・ウール・ゴウン。そして日傘を差したシャルティアと続く。
「どんよりした空気で心地よいでありんすね」とシャルティアが言った瞬間、傘は無数の蝙蝠に変化して消えた。
「シャルティア。傘をしまったのは早計かもしれんぞ?」とアインズは機嫌良く言う。
「もうしわけありません」とアインズの言葉を聞いたシャルティアは謝罪をする。
「あ、いや、責めているのではない。今からこのカッツェ平野が一大穀倉地帯に変わるからな。この霧も晴れるぞ、と言いたかっただけだ」
「穀物地帯でありんすか?」とシャルティアが首を傾げる。
「や、やっぱり、お姉ちゃんがペットを増やしたから……。そ、それでナザリックの食料が足りなくなったんじゃ……」とマーレは言う。
「はは。そういうことではない。人間に与える食料を作るのだ」とアインズは自慢げに答える。
(我ながら名案だろう。この平野で食料を生産する。そうすれば、エ・ランテルとカルネ村の食料不足が一挙に解決だ。魔法という手段があるのだ。)
「人間のですか?」
「人間に与えるエサでありんすか? 」
今度は、マーレもシャルティアも大きく首を傾げていた。
(あれ? いつもなら『流石はアインズ様!』って流れなんだけどな……)
守護者達の表情は、どうしてそんなことをしなきゃならないのだ? という顔だ。人間にわざわざ手間をかけて食料を与えるくらいならいっそ殺してしまったほうが良いのでは?
「ふふふ。あなた達にはアインズ様の真意がわからないの? ついに、楽園計画が次の段階へと移行する時が来たということよ」と先ほどまで静かだったアルベドが言う。
(楽園計画? なんだそれは? )
「今までナザリックの第六階層という限られた範囲で、人間に友好的な種族を集めて暮らさせるという実験をしてきた。それを今度は、カッツェ平野で行うのよ。それも、人間も同時にそこで生活させながらね」
(第六階層? あぁ、そういえばそんなことを言ったな……。いろいろなモンスターを集めたいだったか? だがアレは、ただコレクター魂を刺激されただけなんだがな)
「さすがは守護者統括。我が真意をよくぞ見抜いた。二人に
「アインズ様を愛する者として当然でございます」とアルベドはシャルティアを見下して笑いながら説明を続ける。シャルティアも悔しそうな顔をしながら反論しないのは、主であるアインズの真意を守護者として理解したいという欲求が勝ったからだ。
「アインズ様のこの偉大なご計画の一歩は、カルネ村を救い、「小鬼将軍の角笛」を人間に下賜されたことから始まっているわ……」
(は? そうなんだ……)
「カルネ村から始まり、冒険者モモンという存在、蜥蜴人《リザードマン》の支配、王都襲撃、そしてエ・ランテルの支配。その流れの全てがアインズ様のご計画であったのよ」とアルベドは感動に打ちひしがれたかのように興奮して叫ぶ。
(シャルティアもマーレも、その説明では分からないようだな。俺もだけど……)
「アルベドよ。もっと分かりやすく説明してやるのだな」
「申し訳ございません」と膝を突くアルベド。
「アインズ様の意図を理解出来ない愚かな私をお許しください」とシャルティアが膝をつき、それにマーレが続く。
「良いのだ。アルベド。時間が勿体ない。続きを説明してやれ」
「私もそしてデミウルゴスも、最初はアインズ様のご計画を理解できなかったわ。それが分かったのが、デミウルゴスの実験よ。実験を繰り返す内に、人間の種族特性への理解が進んでいったの。たとえば、人間は片腕を切り落とされた状態でも、他の人が両腕を切り落とされていたのならば、それを見て、自分は片腕だけしか切り落とされていない。なんて自分は幸福なんだ、と思う種族だということが分かったの。また、全員が両足を切り落とされた状態であれば、みんな同じだと安心する種族特性があるのよ。そして何より、人間は特定状況下で盲信してしまうという種族特性があるということが発見されたの……」
(いや、それは、守護者達にも…… いや、ナザリックの全員に言えることなんじゃないか?)
「デミウルゴスが、人間達の前で人間をミンチにしてその場で焼いた肉を用意したの。ハンバーグと言われる料理ね。そして、その他のエサを与えずに経過を観察したの。空腹に苦しみながらも、誰もそのハンバーグに手を付けようとはしなかったわ。だけど…… その群のリーダーに『これは、豚肉のハンバーグだ』と叫ばせたの。そしたらどうでしょう。その場にいる全員が、口々に『これは豚肉なんだ』と言って食べ始めたのよ。それも、美味しそうにね。興味深いでしょ?」
(いや、全然興味をそそられないんだが…… アンデッドになって、飲食不要となったからか?)
「それと同じ状況がエ・ランテルでも起きようとしているのよ。エ・ランテルの都市の人間は、もうそろそろ限界よ。そして唯一頼れる存在の冒険者モモンが、その人間達の前にエサをぶらせ下ながら、『偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様に従おう』と言えばどうなるか。それは火を見るよりも明らかよ。偉大なるアインズ様に従うに決まっているわ。それに、そのことはアインズ様が既に立証してくださっているわ」
(俺が立証した? な、なんのことだ?)
「カルネ村の住民は、ゴブリン達と友好的に共存している。種族的には弱い存在でありながら、別種を見下すという傾向がある人間がよ? その背後にあるのは、カルネ村の村人全員が殺されるという危機的状況、限界状況。そして、それを救ったアインズ様。そしてそのアインズ様が下賜した「小鬼将軍の角笛」から呼び出されたゴブリン達。本来は敵対種族であるはずのゴブリン達であるはずだけど、人間種はそれを友好的に受け入れた。「盲信」という種族特性によって。そして、アインズ様はすかさず、ストーン・ゴーレムなどを送り込み、その「盲信」を加速させた。いまやカルネ村は、恐怖候の眷属達であっても『アインズ様から派遣されました』と言えば、すんなりと受け入れるはずよ」
「え? あのゴキブリ…… あ、でも、アインズ様のご計画ならそうだと思います」と身を震わせながらも同意するマーレ。
(いや、それはさすがに無理なんじゃないか……)
「納得でありんす」
(いや、納得すんのかよ——)
「そして、その楽園計画の次の段階として、このカッツェ平野を嚆矢《こうし》として、地上はあらゆる種族が偉大なるアインズ様に忠誠を誓って暮らす地となるの。冒険者モモンに盲信したエ・ランテルの下等な人間達も時間の問題よ」
「さすがアインズ様……」とマーレは感動した声で言う。
(いや…… そんな壮大な計画を考え出すアインズって誰なんだ? 俺とは別のアインズがいるんじゃないか? とにかく、まずはエ・ランテルの台所事情の改善だよな)
「では、理解が得られたところで行動を開始する」とアインズは言って、天地改変《ザ・クリエイション》の詠唱を開始する。
カッツェ平野に突如として、天空まで届くほどの巨大な竜巻が現れた。そしてその竜巻が平野を覆っていた霧だけを巻き上げ、その竜巻はどんどんと膨らんでいく。
(なんか、綿飴作ってるみたいな感じだな)
そして、周囲一帯の霧をその竜巻が飲みこむと、その竜巻自体が消失する。
「うわぁ。青空になった。アインズ様凄い」とマーレが感動の言葉を漏らす。
「だが、カッツェ平野全体の霧を取り払うには足りないな。冷却時間が終わったらまた使うとしよう……。アルベド、お前がフル装備なのは私の指示を見越してのことだろう。お前はカッツェ平原に存在している敵対勢力を排除しろ。情報からすると、平野にいるのはアンデッドだ。そいつらは抹殺して構わん。どうせ、ナザリックで産み出すことができるであろうからな。それ以外の種族がいた場合は、アインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓い、かつ有用である種族なら活かせ。その判断はお前に任せよう……」
「御心のままに」とアルベドは丁寧にお辞儀をする。
「マーレは、この土地の土壌改良と、種を蒔いた土地に、植物成長《グロウ・プラント》を掛けていけ。まずは、一度、作物を収穫するぞ」
「はい!」
「シャルティアは、土壌改良が終わった土地に転移門《ゲート》を開き、ストーン・ゴーレム達を移動させ、土地を耕作させろ。また、ドライアード、トレント達をこの地へと入植させていけ。それが終わったら、カルネ村にいるルプスレギナ・ベータと連絡をとり、村長のエンリとゴブリン達もここへ連れてこい」
「畏まりありんした」と言って、シャルティアは早速、転移門《ゲート》を開いてその中へと消えて行く。
マーレも、シャドウ・オブ・ユグドラシルを高く掲げ、大地の実りを豊かにする魔法を唱えた。
そして、ホッと安心したように杖を下ろし「アインズ様とこうやって共同作業をするの初めてですね。とても緊張しました」とマーレは言ってアインズの下へと駆け寄ってくる。
「いつも通りやればよい。頼むぞ、マーレ」とアインズはマーレの頭を軽く数度、ぽふぽふと撫でるように叩く。
「初めての共同作業…… アインズ様との共同作業ぉぉぉぉぉぉおおお……」と、マーレの言葉を聞いたアルベドは、大地を蹴り飛ばしてながら地平線の彼方へと走っていく。
「ん? アルベドも張り切っているな…… ん?」
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アインズが、四回目の天地改変《ザ・クリエイション》を詠唱し終え、マーレが土壌改良をしているのを見届けていた時に、地平線の彼方からアルベドは全力疾走で走り戻ってきた。
「アルベド、ご苦労だった。大分時間がかかったようだなって、アルベ…… 装備を変えたのか? それに…… なんだそのケーキは?」と、アインズは純白のウエディングドレスと両手で大きなケーキを抱えているアルベドの姿に質問為ざるを得ない。
「はい。初めての共同作業の後は、ファーストバイトでございましょう? おめかしに着替えに時間がかかってしまい、申し訳ございません。これは、私が一から編んだドレスでございます。そして…… そして…… ファーストバイトの後には、初夜を……」と純白のウエディングドレスを着たアルベドが、スプーンにケーキを乗せながらアインズにアルベドが迫る。
「何度も言うが、お前の設定は私が――」
「――タブラ様、お喜びください。ついに娘は嫁に行きます!」と言いながら、スプーンにタップリと乗せられたケーキをアインズの口元にアルベドは運んでいく。
「え……えっと……あの、ごめんなさい」とマーレは、スタッフでアルベドの後頭部を殴打した。
ナザリック屈指の防御力を誇るアルベドといえども予想しない背後からの一撃。気を失っていた。
「あっ、あの、アインズ様…… こ、これで良かったですか?」と上目遣いでアインズに問いかける。左手にはスタッフを持っているが、何故か右の掌には、さきほどまでアルベドが持っていたケーキが載っている。
「す、少し乱暴ではあるが、見事だ。マーレ」とアインズは答える。
「え、あっ。はい……。アインズ様のお役に立てて嬉しいです。そ…… それにしても、このケーキ美味しそうですね」
「あぁ。アルベドが料理長に急ぎ作らせたものかもしれないな」とアインズはケーキを見つめる。真ん中にあるチョコ板には『happy wedding 』と流れるような筆記体で書かれている。
「も、勿体ないので食べませんか? ど……どうぞ、アインズ様」と、マーレはスタッフを地面に突き刺し、スプーンでケーキをすくってアインズの前に差し出す。マーレの左薬指に嵌めてあるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも輝いている。
「え? あ、あのな、マーレよ。大事なことを伝えるぞ?」
(マーレ! お前もかっ!)
「は、はい……なんでしょう。アインズ様?」と、左右の異なる瞳がキラキラと輝いている。
『アインズ様』
「デミウルゴスか?」とアインズは言う。
(さすがデミウルゴスだ。このタイミングでメッセージとは、ナイスタイミングだ。助かった……)
『例の計画の最終段階を迎えましたので、ご報告を致します』
『よくやった、デミウルゴス。忠義に感謝するぞ』
(例の計画ってなんだ?)