山小人(ドワーフ)の姫君 作:Menschsein
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「妹よ、内乱になる危険はないのか?」と、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、右手で頤を触りながら難しい顔をして言った。
ラナーの次の一手を聞いた率直な感想は、それが実現できれば素晴らしいが、策としては劇薬の類いだ、というもの。
「その可能性はあります」と“黄金”と称されるラナーは答える。
「帝国に情報を流しているとしても、歴史ある六大貴族の一角。その一つを取り潰すなど、荒療治としか思えないのですが」とエリアス・ブラント・デイル・レエブンは率直な感想を述べた。
レエブンには、大きな目標が一つ。そして、その目標達成のために王国で片付けるべき三つの事項があった。一つ目の事項はアホ、二つ目は屑、三つ目は馬鹿だ。
三つ目の馬鹿という項目は、奇しくも片付いた。レエブンの腹にあった策――苦労して実現しようと貴族派と王族派の間を、蝙蝠と揶揄されながらも行き来して実現しようとした今まで時間をかけて熟成させてきた策――それは、ザナック王子が王位継承をすること。それは奇しくも、第一王位継承者であったバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフの戦死によってほぼ達成をした。後は、現王であるランポッサIII世が崩御すれば、継承順位に従って、順当にバルブロ王子が王位を継承するであろう。ラナー王女も、王位を狙う意思がないことを明言している。
残るは、屑とアホ。ちなみに屑とは、帝国に情報を売り渡しているブルムラシュー候である。そして、アホは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の力を知ってもなお、認識を改めずに、貴族派と王族派という旧体制《アンシャン・レジーム》に固執している連中のことだ。
ラナー王女が提案された、ブルムラシュー候の取りつぶし。六大貴族の一角の貴族であるブルムラシュー候。王国貴族の中でも、有数の財力を誇る。エ・ランテルという有望な徴税地を失った王家と比較したならば、その財力は王国随一だ。王族が最初に貴族派の家を取り潰すのであれば反発は大きいであろう。しかし、王族派を最初に処断するというのは、悪くない手ではある。王国が一枚岩になるには、有効な策だ。それができれば、自分の細い体が背負っている荷物が一つ降りるというものだ。
問題は、腐っても六大貴族であるという事実だ。そして、レエブン自身も六大貴族と称される存在だ。屑の駆除、そして、アホどもの力を削ぐということは歓迎できる事態ではある。しかし、レエブンの本心としては、王家が六大貴族を取り潰したという悪しき前例を作りたくはない。明日は我が身だ、などと自己保身に走るつもりなど毛頭ない。しかし、その悪しき前例が息子の代で利いてくる可能性がある。
レエブンの目標、それは『我が子に完璧な状態で自らの領地を譲る』というもの。将来的に王家が力を増し、帝国の鮮血帝のような独裁体制を築こうとした場合、その牙はレエブン侯爵家に及ぶ可能性がある。六大貴族を取り潰したという前例があるか無いか、それは息子の将来に影響し得ない重大な問題だ。前例がないといえば、“黄金”が次の王位を継ぐことだって同じだ。凡人では考えることが不可能な策を考えだし、王国の国力を盛り返した。民からの人気も高い。しかし、王国で女王が存在した例がないため、ラナー王女が王位に就くのは不可能であるとレエブンは確信している。それほど、前例があるか無いか、というのは重要な問題だ。
「明日王国が滅亡するかも知れないというのに、“歴史”を語る意味などありません。
「失言でした。申し訳ありません」
「そんなに畏まらないでください。レエブン候が心配していることを私も理解しているつもりです。お兄様も、六大貴族の一角を取り潰すからといって、今後同じようなことをしたりはしないでしょ?」とラナーは兄であるザナック王子に、世間話でもするかのように話を振る。
「もちろんだ。今回は、王国を裏切り、王国の情報を売り渡していたという罪で処断するつもりだ。レエブン候の子息が王国を、いや、王となった私を裏切らないのであれば、その存続を約束しよう。それに、私が王位を継げば妹とレエブンの子息が偽装結婚するというのは既定路線だろ? 私としては、六大貴族の一角では無く、レエブン
「そうであれば、私から何も言うことなどございません。それにしても、ラナー様も私が大切にしている存在のことをお気づきでございましたか?」とレエブン候はラナーに尋ねる。
「もちろんです。王位を狙う獅子であったレエブン候が、蝙蝠となった時期。そこから逆算すれば、レエブン候が大切にされている存在を理解するのは簡単でしたよ? 私もクライムとの子を早く宿したいものです」とラナーは子供のような笑顔で言う。
「おいおい、今回、ブルムラシューの領地に妹自ら乗り込むというのは、クライムとの子を宿すのが目的ではないだろうな?」とザナック王子は呆れたように言った。
「そういった目的があられるのでしたら、私もご同行するのを遠慮いたします。はっきりと申し上げれば、ブルムラシュー侯爵領に行っている間、息子の顔が見れないのは嫌なので」とレエブンもザナック王子に同調する。
「残念ながら、クライムは王都でお留守番です。それに今回、レエブン候がリ・ブルムラシュールに行くのは確定ですよ? 王族が単独で行って不正を暴き、ブルムラシュー侯爵家を取り潰すということでは、他の貴族達の反発は必至。貴族派の貴族を連れて行ったら、王族が忠誠を尽くしていた王族派を見捨てて貴族派を厚遇するように見えます。王族派と王族の対立が生まれることは火を見るより明らか。王族派を連れて行ったら、ブルムラシュー侯と結託されて厄介です。貴族派、王族派から見て、中立な立場でブルムラシュー侯の王国裏切りの事実を暴く。王族派、貴族派が納得する、納得せざるをえない人物が共に行く必要があるのです。お兄様も、このような条件を満たせる人物がいたら、推挙していただけたらありがたいです」
「“蝙蝠”と呼ばれるレエブン候が適任だろうなぁ」とザナック王子が苦笑しながら言った。
レエブン自身も諦めて「そういうことであれば、私が適任ということになるでしょうね」と諦めたように言う。
「そうと決まれば、出発の準備ですね。お兄様は、お父様にこの策の必要性を再度念を押してください。バルブロ兄様を失ったお父様は、娘を敵地とも言える場所へと送り出すことを考え直される可能性があります。レエブン候も、出発のご準備を……。ちなみに、私の護衛は、“蒼の薔薇”の皆様が引き受けてくださっているので不要です」
「“蒼の薔薇”を護衛で雇うとは…… やはり争いが起きる可能性はありますか? 私も私兵を多く連れていくべきでしょうか? あまり兵を連れていくと、その場で争いが起きる可能性がありますが……」とレエブン候はラナーに尋ねる。
「あ、いえ。“蒼の薔薇”は、冒険者モモン様の件でアゼルリシア山脈に向かう予定です。リ・ブルムラシュール経由なので、護衛はついでのようなものです。お父様も、“蒼の薔薇”が護衛であるとしたら安心するでしょうし」
「なるほどな。それにしても、クライム君がお留守番とは可哀想だな。まぁ、尻尾を振って主人の帰りを待つのが忠犬というものだがな」とザナック王子が冗談を言う。
「尻尾を振って王都で待っているのも良し。はたまた、主人を追っかけて現地へやって来るも良し。どちらにしても、私の愛するクライムです」
ナック王子もレエブン候も、ラナーと愛の定義について再度語り合いたいとは思わない。ラナーの言葉を聞いて、ただ苦笑いをするだけであった。