山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
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豊穣と供物 3

 迎賓室にノックの音が響いた。

「おっと。本題がやってきたな。入れ」とジルクニフは言う。

 エ・ランテルに学校を創設するなどという話。そんな馬鹿げた話はさっさと切り上げたかった。どう転んだとしても、帝国の人材が流出する事態だ。爺の後任も、爺と比較したら明らかに見劣りするなか、将来にわたって現れるであろう有望な人材を帝国が囲い込むことができなくなる恐れがある。

 

 執事が、ジルクニフとアインズが座っているソファーの間に置かれているテーブルに巻物を丁寧に広げていく。

 

「領土割譲に関する条約は……」とジルクニフは身を乗り出してその条文を探す。

 

「ここに書いてあるね。『バハルス帝国及びリ・エスティーゼ王国は、ナザリック大墳墓をアインズ・ウール・ゴウン魔導王の領土であることを認める。また、リ・エスティーゼ王国は、城塞都市エ・ランテルをアインズ・ウール・ゴウン魔導王に割譲するものとする。条約が締結されたのち、リ・エスティーゼ王国は速やかに、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に城塞都市エ・ランテルを引き渡すものとする』」

 

 ジルクニフは条約の文言を、正確に読み上げた。

 

「そうか…… 我が領地ではなかったのか」

 

「私にもそれについては非があるな。まずは謝罪させてもらう」とジルクニフはソファーに座りながら頭を下げた。そして、言葉を続ける。

 

「君は建国をした。それにあたってナザリック大墳墓以外の拠点が必要なのではないかと私なりに考えたつもりだよ。それに最適なのが交易上の要所でもある城塞都市エ・ランテルだという結論に至った。けれど、その近郊の土地も領土にしたいと君が願っていたということまでは思い至ってはいなかったよ。許して欲しい。あのナザリック大墳墓のような世界中の財を集めたと言っても良い場所を支配している君だ。草原や貧しい村をも支配下に治めたいとは、到底思えなかったのだよ。むしろ、君の負担を減らすという意味で、割譲する領土をエ・ランテルだけに限定したのだよ。領土が飛び地になるが、転移門《ゲート》で自由に軍団を呼び寄せることができるという話も聞いていたしね」とジルクニフは答える。王国と帝国の休戦協定のからくりに遅かれ早かれアインズは気付くと想定していた。そんな時のために事前に準備していた表向きの言い訳だった。

 

 だが、実際は違う。

『もともと、エ・ランテル近郊はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の占領していた土地であり、リ・エスティーゼ王国は現在不当に占拠している。そのため、本来の所有者に返還しなければならない』

 この文言を普通に読めば、エ・ランテル近郊は、魔導王に返還されているはずである。しかし、そんなことになったら面倒なのは帝国だ。エ・ランテルを東に進めば、帝国領に辿り着く。エランテル近郊という条件で領土を割譲したら、魔導王の領土と帝国の領土が隣接する。

 帝国は地図でみる限り広大な領土であるが、地政学上の出入口は、北方の海と、アゼルリシア山脈とカッツェ平野の間、つまりエランテル近郊を通るルートしか存在しない。エ・ランテル近郊が魔導王の領土となった場合、帝国の貴重な出入口の一つが、魔導国という名の蓋で塞がれてしまう。そしてその蓋を取り除くことは不可能だと言って良い。

 帝国として、ナザリックには近づかなければ良いだけの話だ。アゼルリシア山脈南部の辺境でしかない。経済的にも軍事的にも旨みのない場所だ。だが、エ・ランテル近郊は違う。帝国といえど、交易は必要だ。だからこそ、エ・ランテルという都市、地図上で言えば“点”を魔導王に渡し、その“点”を王国の領土という“面”で囲ませる。そうすれば、今まで通り王国の領土として通過が可能となるし、将来的にその出口を帝国が確保する可能性も生まれる。そしてなにより、魔導王と人類種が対立することになっても、真っ先に被害を被るのは隣国である王国だ。

 

「私も明確にジルクニフ殿に伝えていなかった。私にも非があると言えよう」とアインズも口を開く。

 ジルクニフは内心、その言葉を聞いて歓喜する。これで、領土に関してはチャラとなったな。エ・ランテル近郊を欲しいと化け物が言い出したら、一緒に王国に再度戦争をしかければ良い。魔導王の勝利は動かないだろう。そしたらその際、同じ戦勝国として、帝国からカッツェ平野を避けながら法国へと続く出口を帝国が王国から得られれば良い。アゼルリシア山脈より西の王国の領土は、魔導王にくれてやれば良い。最悪の場合、化け物とアンデッドで、棲み分けを行えばよいのだ。

 

「まぁ、お互いに非があったとは言え、今後は同盟国として密な連携を図っていこう。それにしても、エ・ランテル近郊が君の領土でなかったことで、何か問題でもあったのかい? 私でよければ相談に乗ろう。もちろん、帝国が支援できることなら出来る限り支援もしよう」と、ジルクニフは長年の親友の相談を聞くかのように優しくアインズに語りかける。

 

「実はな…… 私が懇意にしている村についてだ……」

 懇意にしている村、それは間違いなくカルネ村だ、とジルクニフは確信する。アインズ・ウール・ゴウンが最初に現われたのは、カルネ村だった。帝国の兵士に偽装したスレイン法国の人間を殺し、ガゼフ・ストロノーフの命を救った。結局は、あの大虐殺の際にアインズ・ウール・ゴウン自身がガゼフを葬ったとの情報も届いている。

(あの村に一体なにがあるというのだ? トブの大森林の外れにあるただの寒村ではないのか?)

 

「王国の徴税吏が増税の関係で村にやってきて、村人が追い返してしまったそうなのだ。徴税吏を追い返した場合どうなる?」

 な!? 徴税吏がやってきただと? 王国はどこまで愚かなのだ? 藪を突いたら竜《ドラゴン》が出るという諺を知らないのか!

 いや…… 王国もそこまで愚かではないだろうな。そんな突飛なことを考えるのは、間違い無く“黄金”だろうな。

 一見すると愚かなことのように思えるが、その奥に奴の真の狙いがある。安価な労働力であった奴隷を廃止する。海の物とも山の物とも知れない冒険者の地位を向上させ、報奨金の規定を作る。馬鹿げているとしか思えない内容だが、その効果はジルクニフの予想を超えていた。ジルクニフの腹にあった王国を滅ぼす計画に大幅な修正を加えた“黄金”の策。奴は、何を狙っているのだ……?

 

「王国がどのような対応するか、正確なところは私にも分からない。もしそれが帝国領内に限ってのことと仮定して説明しても良いかな?」

 

「かまわないさ。参考にさせてもらおう」

 

「税金の納付を拒否した。そうなれば、軍を派遣してでもその村から税を徴収するね。納税拒否の事例を許すと、他の村にまでそれが波及し、納税拒否の村が増加する恐れがある。最悪、納税制度自体が崩壊しかねない。まぁ、納税拒否をした段階で、見せしめとして村長の首は、刎ねさせてもらうね」とジルクニフは淀みなく答える。ジルクニフも、明らかに払えないような金額の税を貴族に言い渡し、納税の滞納を理由に貴族を取りつぶしたこともある。

 む? アインズ・ウール・ゴウンの目付きが変わった? 明らかに不機嫌となったな……。やはり、村が襲われてはまずい理由があるのだろう。スレイン法国に襲われたカルネ村を救ったのも、その村に何かあるのだろう。問題は、その()()とは何なのかだ。

 

「まぁ、最悪の事態を先に説明したが、場合によっては……」とジルクニフはアインズの顔を観察しながらゆっくりと述べる。

 

「情状酌量の余地があれば…… 村長の首だけで許すということも…… ありえなくはないかな」

 

「それは困るな……」

 

(どうやら正解のようだな…… アインズにとって重要なのは、カルネ村ではなく、カルネ村の村長。しかし、あれだけ様々な化け物を配下に置いているアインズをして、困ると言わせるほどの存在……。そのカルネ村の村長は、人間なのか? アインズは、大虐殺で七万人を殺して笑っているほどの化け物だぞ? 人間一人の命を重要視する存在とも思えんし…… カルネ村の村長の正体は、トブの大森林の“森の賢王”? いや、それはアダマンタイト級冒険者に従属したと聞いたな。それならば、トブの大森林の東側を統治している“東の巨人”オーク王か。もしくは、“西の魔蛇”と呼ばれるナーガか? )

 

「王国から領土をもらうにはどうすればよいだろう? また戦争か?」とアインズは口を開く。

 

「戦争という手段に出るならば、それ相応の大義名分が必要だよ? エ・ランテル近郊は君の古来からの領土という名目は既に使ってしまったからね。違う名目が必要になるが、ちょっと簡単に思い付かないな…… エ・ランテル近郊が帝国の領土であるなら、友好の証として、君に譲り渡すということで話は簡単だったのだけどね」とジルクニフは金髪の髪を掻き分けながら、さわやかな笑顔と共に言う。通常の美的感覚を持つ人間種の女性であれば、目を奪われていたことであろう。

 

(もし、エ・ランテル近郊が帝国の領土であったならば、それを譲り渡すことは帝国にとって大きな痛手だ。だが、痛手であるからこそ、王国も領土を奪われ、帝国も領土を奪われたという形が整う。王国と法国に対して、帝国が身を削って魔導王のスパイをしているという言い訳が出来る。が、それは欲張りすぎだな……)

 

「様子を見るしか無さそうだな……。相談に乗ってくれたことを感謝する」とアインズはジルクニフに対して感謝を述べる。

 

「いや、同盟国として、いや、君の友人として当たり前のことをしただけだよ。逆の立場でも、同じ事をするだろう?」

 

「もちろんだとも。私に何か相談があれば、デミウルゴスに言ってみてくれ。大概のことであれば、デミウルゴスが良き助言者となってくれるはずだ。もちろん、デミウルゴスが手に負えないようなことであれば、私が喜んで相談に乗ろう。それと…… 相談に乗ってもらったお礼と言ってはなんだが、行きの馬車の中で、ロウネ・ヴァミリネン殿から聞いたぞ。カッツェ平野から湧き出るアンデッドに帝国は手を焼いているそうだな?」

 

「手を焼いているというのは少し大げさだけれどね。だが、定期的に帝国兵を派遣して、街道に出てきたアンデッドは討伐している。アンデッドである君にとっては、同族を殺しているということになるが……」

 

「気にしないでくれ、ジルクニフ殿。私の同族ということはないよ。同じアンデッドではあるだろうがね。その問題のカッツェ平野なのだが、良ければその土地の管理を私が行おうか? 帝国兵をいちいち派遣するのも費用がかかるだろう?」

 

「それは助かるよ! だが、管理というのは、具体的にはどういうことだい? 君の領土にしたいという意味かい? 年中、呪いの霧に覆われた土地だし、そして広大だ。管理するのにも膨大な労力がかかるよ?」

 

「魔導王の領土として認めてくれるのであればありがたい。そうであれば、帝国領に一歩たりとも魔物が足を踏み入れないようにすることを約束しよう。もちろん、その防衛に関わる費用は魔導王国が負担しよう」

 

(何が狙いだ? カッツェ平野を抜けた南の地域はスレイン法国と竜王国だぞ? 魔導王とスレイン法国や竜王国が勝手に争ってくれることは帝国として素直に嬉しい。できれば、魔導王とスレイン法国、竜王国が共倒れになって欲しいとさえ思う。その争いの場がカッツェ平野であれば、帝国にはなんの被害も及ぼさない)

 

「条件付きでそれを承諾することはできるよ」

 ジルクニフは、今後の勢力図を頭で描きながら決断を下した。

 

「エ・ランテル近郊の土地というのは、実は帝国にとっても大切な要所だ。長年、その土地が欲しくて王国と戦争をし続けてきたという経緯もあるからね。今後、魔導王国と帝国が協力して、エ・ランテル近郊の土地を王国から奪えたとして、都市エ・ランテルから東側の部分。具体的に言うならば、帝国からカッツェ平野を避けて、スレイン法国へと通ることのできる領土は帝国の領土とすることを約束して欲しい。それが条件になるね」

 

 エ・ランテルの東側を帝国は手に入れることができる。そのために王国と戦争をしなければならないとしても、魔導王がこちら側でいる限り帝国側の損害は皆無であろう。カッツェ平野という呪われたアンデッドが発生する土地と、長年にも渡り所有を廻って、帝国と王国が争ってきたエ・ランテル近郊の金を生む土地。

 その重要度は、比べものにならない。所有しているだけでなんの利益にもならない土地と、交易の要所とも言える土地。そして、王国は魔導王が重要視しているカルネ村に徴税吏を派遣した。おそらく、近いうちにカルネ村に軍隊を送ってくるだろう。そうすれば、王国と魔導王の間で争いが起こるのは必然だ。その争いに帝国も参加し、エ・ランテルの東側を帝国が領土として割譲を要求すれば良い。王国がカルネ村に迫れば、魔導王は単独で王国軍を壊滅させるだろう……。そうなれば、帝国は兵を動かさず、労せずに領土を手に入れることができる。

 

「そうなると…… エ・ランテルとカッツェ平野を行き来する際に、帝国領土を通過しなければならなくなるな。その通過は問題無く行えるという理解で良いだろうか?」

 

(ん? 転移門《ゲート》を使わない前提か? だが、たとえ兵力の移動を禁止したとしても、結局は魔法で移動されてしまうだけだ。それを禁止しても効果は薄いな……)

 

「自国間での移動ということであれば、自由な通行を約束しよう。ただし…… スレイン法国と貿易をするために帝国領土を通るというような商人には、それ相応の通行税を掛けさせてもらうことにするよ? もちろん、最恵国待遇を検討するけれどね。その土地が帝国領となった場合、関所を設けるとしよう」とジルクニフは答える。

 

「それで良いだろう。いろいろと実り多い会談であった。感謝するぞ、ジルクニフ殿!」とアインズは立ち上がり、ジルクニフに対して握手を求める。

 

「こちらこそ大変有意義だったよ」と、差し出された手を握り、笑顔でジルクニフは答える。








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