山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
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豊穣と供物 1

 ナザリックから帝国へと向かう馬車。その馬車には帝国の紋章が描かれている。馬車の装飾も見事であり、帝国の市民ならばその馬車に誰が乗っているか、容易に想像することができる。その馬車に乗る者、それは皇帝、もしくはそれに準じる地位の者。

 ナザリックからジルクニフが帰った程なくして、届けられた馬車だった。同盟国として今後密な連携が必要になるということで、皇帝より遣わされてきました、という説明にアインズは納得し、ログハウスの近くに八本馬(スレイプニール)の馬家を作り、ログハウスで待機するメイド達にその飼育を命じた。また、緊急の連絡が必要となった際に早馬(はやうま)として昼夜を問わず帝国へと走り続けることのできる急使の滞在する施設も作った。

 重要な連絡であるなら、<偽りの(フェイク)情報(・カバー)>を使った上で<伝言(メッセージ)>を行うなど、情報系の対抗魔法を発動させてから会話をすれば良いじゃないか、馬でも数日はかかるだろ? ともアインズは思ったが、<伝言(メッセージ)>は、レベルの低い人間が下手に使うと、音声が聞こえにくかったりし、情報が混乱してしまう場合もあるらしい。

 

 ナザリックから出発した馬車は、カッツェ平原の横を通っている。エ・ランテルと帝国を結ぶ街道を馬車は進んでいた。

 

「ナザリックから帝国に向かう際、いちいち南下して街道を進むのは時間のロスになるのではないか? 帝国側さえ良かったら、私のゴーレムを使って街道を作らせるが?」

 

「は、はい」

 

「もしくは、飛竜(ワイバーン)を使った連絡網を作るようにジルクニフに進言するのはどうだろう? 必要だったら、飛竜(ワイバーン)もこちらで準備するがな」

 

「は、はい」

 

「今日は良い天気だな?」

 

「は、はい」

 

 アインズは、ダメだなこりゃと、カッツェ平野から流れ込んできた霧がうっすらと立ちこめ、曇りの日のようにドンヨリとした景色を眺めながら思った。アインズと共に馬車に乗り込んでいる者。それは、帝国から連絡係としてナザリックに残ったロウネ・ヴァミリネンである。

 デミウルゴスの進言通り洗脳してナザリック側に引き込んでおくべきだったか、とアインズは後悔をする。同盟国となった帝国から派遣された使者を洗脳・魅了する行為は、明白な背信行為だ。帝国が裏切ったのならば、その報いを受けさせれば良いが、それまでは友好的に接しておくべきだとアインズは考えたからだった。

 

 そして今回の帝都アーウィンタールへと向かう旅。アインズとしては、わざわざ馬車で向かうというのは時間の無駄と思っている。だが、帝国が馬車をわざわざ用意してくれたのに、それを使わないというのは、外交上の非常識な行為に当たるのではないかという懸念が発生した。無難に、移動時間を利用してロウネ・ヴァミリネンから帝国の情報や、外交上のマナーなどを車上で聞いて、ジルクニフとの会談の予習をしておくという結論に達した。

 が、ロウネ・ヴァミリネンに、一緒の馬車で構わないとアインズが言った瞬間、彼の表情は青ざめ、馬車に座ってからはずっと置物のように固まり、小刻みに震えている。アインズが話しかけても、機械的な反応しかしていない。

 ユグドラシルのAIが搭載されていないNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)ってこんな感じだったよな、と逆にロウネ・ヴァミリネンの反応をみて懐かしく思うほどだ。

 

獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)

アインズ自身、ほとんど使った記憶のない魔法を発動させる。

 

「少しは落ち着いたか?」

 

「は、はい。ありがとうございます」と、ロウネ・ヴァミリネンは答える。

 

「それで…… 天気の話だったか?」とアインズは口を開く。

 鈴木悟のサラリーマン・テクニックとして、取引先の初対面の担当者と面談する際の話の切りだしは、天気の話がもっとも無難である。

 

『今日はいつもよりスモッグが薄いですね。スモッグの奥に、太陽の輪郭がうっすらと見えましたよ。こんな日が多ければ、マスクのフィルターの交換回数も減って経費削減なんですけどね』

 そんな会話をしていたのが懐かしく思える。車窓から見えるカッツェ平野の天気が、現実世界の日常の景色と似ているからかも知れない。

 

「この時期は、竜王国側からの風がカッツェ平野を抜けて帝国へと吹いてきます。その影響で、この街道も視界不良となることが多いと聞いています。その呪われた霧の影響で、街道にアンデッドが発生することもあるので、護衛をしなければならない季節です。もちろん、帝国も街道に発生するアンデッドの討伐には労力と費用を掛けていますが」と先ほどとは打って変わって、ロウネ・ヴァミリネンはよどみなく答える。それを聞いてアインズはロウネ・ヴァミリネンの評価を一段高める。

 

(なかなか優秀じゃないか。ジルクニフがナザリックに供として連れてくるくらいだし、帝国の中枢メンバーだったんじゃないか? 連絡係なんかにして、遊ばせていてよいのか? ナザリックで彼に与えるような仕事はないしな……)

 

「冬期に南風が吹くのか……。冬は北風というイメージがあるのだがな」

 

「帝国の北部は、北方の海からの風が吹きます。海からの水分を多く含んだ風が山脈にぶつかり、雪を降らせるそうです。流石にエ・ランテル周辺では雪は降らないようですが」

 

「ほう」とアインズは感心をする。学生の時に学んだ理科と地理で、そのようなことを学んだ記憶があった。豪雪地帯と言うんだったよな。

 それにしても、物理法則もこの世界は現実世界に似ているんだよな。魔法とか錬金術など、物理法則を一見無視しているかのように見えるが、それらを統合できるような理論や法則が存在するのだろう。

 自分自身のレベルが101とならないのであれば、より強大な力を手にするという意味で、科学と魔法の融合した技術は、自身の力を底上げすることが可能であろう。たとえば、鷹の目(ホーク・アイ)は、索敵の際にも使われるし、弓矢の命中精度を上げるためにも使われるなど、冒険者も状況に応じて多種多様な使い方をしている。銃を人間種が発明したとして、それをライフル射撃の際に使う事も有効な手となるであろう。司書長とデミウルゴスにその辺りを研究させるのは手かも知れない。あとは、「口だけの賢者」が考案した物をどのように実現させたかも調べておく必要があるかも知れないな。そのあたりのマジック・アイテムの収集はセバスに指示しよう。

 

「さすがはジルクニフの側近だな。説明が明瞭で助かるぞ。六大神の加護によって、帝国北部に雪が降る、などと言った説明よりも納得ができる」とアインズは答える。

 

「いえ。私の拙い説明でご理解なさるアインズ・ウール・ゴウン魔導王様の叡智に感服致します。私は帝国魔法学院で学んだことの受け売りでございます」

 

「帝国魔法学院? ヴァミリネン候も魔法を(たしな)まれるのか?」

 

「いえ。私は魔法の資質がなかったようで、第1位階がやっとでございます。私が学院で専門に学んだのは法学でありました」

 

「帝国魔法学院では、魔法以外のことも学べるのか?」とアインズは驚いたような口調で言う。

 

「その通りでございます。よく間違われてしまうことがあるのですが、帝国主席魔法使いであるフールーダ・パラダイン様が学院を創設された際には、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の養成を目的として設立していたので、『魔法』を冠する学院となったのですが、その後も学院は発展しつづけ、現在ではあらゆる学問を学ぶ場として帝国の人材育成の重要な機関となっています。特徴と致しましては、門戸が貴族だけでなく、平民にも開かれております。また、魔法詠唱者(マジック・キャスター)に限定するのでありましたら、フールーダ様がそのタレントによって、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の素養有りと認め、帝国魔法省で卒業後働くということに同意した学生は、学費が無料どころか学びながら給金を得ることができます。それ以外でも、優秀と認められた学生は学費が免除され、身分を問わず帝国の登竜門としてその名を帝国中に轟かせております」とロウネ・ヴァミリネンは誇らしげに、そして饒舌に答えた。自身もそこの卒業生であるという自負があるのだろう。

 

「メイドになるための教育もあるのか?」

 

「メ、メイドでございますか? 私が知る限り、ございませんね。新設された可能性もございますが……」

 

「いや。ちょうど、メイドになるための教育を受けたいという知人がいてね。ふと思っただけだ。気にしないで欲しい」とアインズは答えた。

 メイド養成学校とかあったら、ペロロンチーノさんやスーラータンさんが泣いて喜んだだろうな。NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)を教育しても意味ない。それならばAIをもっと充実させた方がよいというギルドの大多数の意見にその二人は耳を貸さず、断固としてその創設を譲らなかった。

 アインズも個人的に、ペロロンチーノさんから『不老のシャルティアが、設立されたナザリック学園に入学したら、永遠の女子高生だぜ? 最強属性獲得じゃね?』と言っていたのを思い出す。

 

「留年前提って酷いですよ、ペロロンチーノさん」とアインズは過去のギルド風景を思い出し、思わず独り言を呟いた。

 

「も、申し訳ございません、アインズ・ウール・ゴウン魔導王様。仰っていることがよく分かりませんでした。私の無知をお許しください」

 

「許すとも、ロウネ・ヴァミリネンよ。むしろ、私の叡智を人間が理解できるなど考える方が、むしろ腹立たしいぞ?」とアインズは支配者の威厳をもって、ロウネ・ヴァミリネンの謝罪を受け入れるのであった。

 








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