2018年7月20日、タイ南部での火力発電所建設に絡み現地公務員に賄賂を提供していたとして、東京地検特捜部は三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の元幹部3人を在宅起訴した。同時に、東京地検と司法取引に応じ捜査に全面協力した見返りとして、法人としてのMHPSは起訴を免れた。
わが国初の司法取引が、企業が社員を「人身御供」で差し出すかのような事例になったことに衝撃が走っているが、まずは、今回の事件とその背景を説明していきたい。実は、この事件は単なる外国公務員贈賄事件というだけではなく、その背景には、エネルギー業界におけるM&Aと賄賂という、昨今グローバル市場を揺るがしている事態が潜んでいるのだ。
三菱日立パワーシステムズ(MHPS)といえば、三菱重工業と日立製作所の合弁子会社で、我が国を代表する発電関連ビジネスの大手企業だ。そのMHPSが2015年2月、タイ南部にあるカノムという土地で、火力発電所建設のための資材を船で運び、設置した仮桟橋を使って陸揚げしようとしたところ、カノムの港湾支局長が地元労務者を使って仮桟橋を占拠、MHPS側の資材陸揚げは実力で阻止された。
実はMHPSが使っていた物流業者が、仮桟橋の設置使用許可を港湾当局から適切に取得していなかったのだ。港湾支局長は「陸揚げしたいのなら2000万バーツを払え」と通告。これは、実質的には「賄賂」の要求だった。
資材を陸揚げできないと建設プロジェクトの納期が遅延、発注元との間で違約金が発生する――。困り果てたMHPS本社のプロジェクト及び調達部門の責任者は、膨大な遅延損害金を払う代わりに、要求に応じて賄賂を渡すことを決定。実際に1100万バーツ(約3900万円)がこの港湾支局長に渡った。
ところが、これを問題視する関係者がいた。その関係者の内部通報によってMHPS本社が事態を把握。日本の不正競争防止法が禁止している「外国公務員に対する贈賄」にあたるとして、MHPSは自主的に東京地検に情報を提供し、捜査に全面的に協力した。結果、折から始まった司法取引制度の適用を受けて、会社としての責任を免れることになった。これが今回の事件の構図である。
なぜ、MHPSは司法取引に応じ、将来を期待されていた元取締役ら幹部を「人身御供」であるかのように差し出したのか。実は、今回のタイでの事件の裏には、南アフリカでの外国公務員贈賄罪事件と、発電所ビジネスにおける事業買収・企業再編の問題が潜んでいる。
話は11年前に遡る。2007年1月、EU委員会は変電所カルテルを摘発して、関係企業に7.5億ユーロ(約1200億円)もの制裁金を課した。シーメンス(独)が620億円、アルストム(仏)が101億円、三菱電機190億円、日立80億円といった巨額のカルテル制裁金だ。発電所関連ビジネスでのカルテルはもはや維持できない――。摘発後、ビジネスの焦点が「いかに新規案件を受注できるか」に集中するのは当然だったと言えよう。
2007年11月、日立製作所は、南アフリカ火力発電所ボイラー建設工事を受注することに成功する。3200億円相当の大型案件だ。実は、日立製作所は南アフリカで権力を握る政権与党「アフリカ民族会議」(ANC)と親密な関係を構築することに成功し、2005年にはANCのフロント企業(Chancellor House Holdings (Pty) Ltd.)との間で合弁会社を設立していた。
合弁会社の株式25%をANCフロント企業が出資するスキームを構築した上で、日立製作所は、南アフリカにおける二つの発電所建設を政府系企業(Eskom Holdings SOC Ltd.)から受注することに成功したのだ。
その見返りとして、フロント企業に合弁会社の「配当」名目で500万ドル、コンサルティングの「成功報酬」として100万ドルが支払われた。この支払が後に米国連邦法FCPA(海外腐敗行為防止法)における不正な利益供与として問題となるのだが、まずはその後の経緯を追ってみよう。