閑話:リエンツへの道中にて
それはジン達がバーン達と共にリエンツへ帰還している道中のお話。
「いいぞ! 無理に制御しようとせず、逆に重さを自分の味方にするんだ」
「おう!」
ジンの指示にファリスが力強い応えを返す。ファリスは自分だけ力が足りない現状をよしとせず、昼食後の僅かな休憩時間でさえも積極的に鍛錬に励んでいた。
エルザはもちろん、アリアやレイチェルも相手役を務めることはあるが、やはり傷つかない体を持ち、更には『教導』のスキルも持つジンが一番相手をすることが多い。
少し離れた場所では、そんな二人をアリア達三人が見守っていた。
「うん、やっぱりファリスは攻撃の方が性に合っているみたいだな」
果敢にジンに攻め込んでいるファリスを見て、エルザが思った通りだと納得したように頷く。
「そうね。いざという時に盾が使えるのは心強いけど、私もファリスにはエルザのようにアタッカーとして活躍してもらった方がいいと思うわ」
エルザの意見にアリアもすんなりと同意する。
元々ファリスは父親から一通りの武芸を学んでいたが、護衛団という特性上、護衛対象を守るために盾の訓練には時間を割いていたし、盾と片手で使える剣や槍で戦うのが彼女の基本の戦闘スタイルだった。
ただ、だからといってファリスにとってその戦闘スタイルがベストだと決まっているわけではない。そもそも同じパーティ内にはメインの盾役としてジンが、サブとしてレイチェルもいるため、護衛という縛りからはずれたファリスがあえて盾役にこだわる必要はないのだ。
実際彼女が最も得意としていたのは槍の扱いだったし、現在訓練中の彼女の手にあるのも槍とは違うが同じ長物の両手武器だった。
「ハルバードでしたっけ? 珍しい武器ですけど、魔獣には効果的だと思います」
現在ファリスがメイン武器として使用しているのは、祖父の代から伝わるという
ただこのハルバードという武器は、槍に斧が加わっているだけに先端部分がかなり重くなってしまい、当たれば高威力が見込める反面、なかなか取り扱いが難しい武器でもある。
だがファリスがこの世界に持ち込んだ武器の中ではこれが最も品質が良く、今後レベルアップによる腕力(STR)の向上も見込めるため、彼女は将来性を考えてこのハルバードをメイン武器に選択していた。
「元々槍が一番得意だったみたいだし、長物の扱いにも慣れているんだろうな。これから実戦を重ねればどんどん上達するだろう」
いくら同じ長物とはいえ実際には槍とハルバードには扱い方に大きな差があるし、本来ならエルザが言うほど簡単にはいかないだろう。
しかし、こと武器の習熟に限っていえば、その根拠となる確かな実績が既にあった。
「リエンツに戻ったら、早速『迷宮』に行かないといけませんね」
その根拠を口にしたレイチェル自身、『迷宮』を活用することで短期間の内に『盾術』のスキルを身に付け、そしてかなりのペースでランクを上げている。もちろんそれは既存のスキルや未取得だった防御スキルなども同様で、エルザやアリアにも同じ事が言えた。
「そうね。いつ『迷宮』がなくなっても不思議じゃないんだし、しばらくはファリスの鍛錬を優先しましょう」
現在のところファリスのレベルが一番低く、スキル的にもまだまだ成長の余地を残している。アリアが言うように、これから同じパーティメンバーとして行動していくからにはファリスのレベルアップは急務と言えた。
だが、急務はその一つではない。
「ファリスのこともあるけど、私達は私達でやることがあるよな……」
僅かに頬を赤らめながら、エルザがポツリとつぶやく。それが伝染したかのように、アリアとレイチェルの頬も赤く染まった。
「結婚式……ジンさんも早くしたいって言ってましたね」
「そうね……」
バーン達の参加希望により少し急がなくてはならなくなったが、それでも最終的にはその分早く結婚できるとジンは喜んでいた。照れくさそうに付け加えた彼の素直な言葉は、レイチェル達の心を幸福感で満たしていた。
いよいよ『結婚』の二文字が現実としてすぐ側まで迫ってきているのだ。
「……ふふっ」
ふとアリアが思い出し笑いをこぼす。どうしたのかと視線で問うエルザとレイチェルにアリアは微笑んだまま続ける。
「もしかしたら、ジンさんは指輪を自分で作るつもりなんじゃないかしら」
このアリアの言葉に二人もそういうことかと笑みを浮かべる。
先日ジンから指輪を贈ることを提案されたが、以前彼がトウカへ贈る木剣を自作したように、今回の指輪も自作する可能性は高い。なぜならジンにはガンツというこういうときに頼れる友人がいるからだ。
「さすがにドレスはガンツさんも無理だったけど、確かに指輪ならありえるな」
「ええ。シンプルなデザインを希望しましたし、可能性は高そうです」
応えるエルザとレイチェルも楽しそうだ。
「でしょう? ふふっ。ドレスだけじゃなく指輪もなんて。ちょっと贅沢かもしれないけど、嬉しいわね」
一般的な結婚式では、結婚式用にドレスを仕立てるようなことは滅多にない。指輪のようなアクセサリーも必ず贈らなければならないということもないので、先日ジンからお揃いの指輪を贈りたいと言われたのも嬉しかった。
「まあバーン達も参加するんだし、普段着ってわけにもいかないだろうから良かったんじゃないか? 私、スカートなんて持ってないし」
リエンツを出る前に結婚式用のドレスを頼んだのは、ジンの着飾ったアリア達の姿を見たいという希望からだったが、エルザの言うように結果としては丁度良かったのかもしれない。名ばかりとはいえジンは貴族になったのだし、式には王位継承者であるバーンを始めとする高位貴族達も参加するのだから尚更だ。
「ふふっ。指輪もですけど、ドレスもどんな仕上がりになるか楽しみですね」
レイチェルが屈託なく笑う。
約二カ月ほど前、リエンツを旅立つ前に仕立屋におおまかな希望は伝えているものの、時間があまりなかったこともあって細かいところは職人にお任せだ。
あと数日でリエンツに到着予定だが、彼女達にとって最も準備に時間がかかるのがこのドレス関連になるだろう。サイズやデザインの微調整を繰り返し、本番に備えることになる。
「私達、ほんとうに結婚するのよね……」
「ああ……」
「はい……」
感慨深げにアリアが呟き、それにエルザとレイチェルも続く。
早ければ後半月、遅くとも一カ月後には彼女達は結婚式を挙げ、ジンの妻そしてトウカとシリウスの母となる。それは時に夢ではないかと不安になるほどの幸福感だった。
「……おーい」
ふと気付けば、さっきまで訓練をしていたはずのジンとファリスがすぐ側まで来ていた。
「皆してボーッとして。どうかした?」
アリア達は気付かなかったが、訓練を終えたジンは何度か彼女達に声をかけていたようだ。
「い、いえ。ちょっとボーッとしていただけです」
「そうそう。ちょっとな」
「ですです。なんでもないんです」
浸りすぎていたと慌てる三人だったが、どうやら問題があったわけではなさそうだとジンは安心して微笑む。
「そうか。なら……」
「ふふっ。どうせジンに見とれていたんだろ? 普段のジンも良いが、武器を持ったジンも凜々しくて格好いいからな」
安心だと続けようとしたジンの言葉を遮り、ファリスが突っ込みを入れる。その指摘は残念ながら的の中心は外れていたが、少なくとも枠内には収まっていた。
「あー、はいはい。アリガトネー」
言葉に詰まるアリア達を余所に、ジンはファリスに気のない返事を返す。だが、内心を全て隠し尽くすことは不可能だった。
「む? ……照れてるのか」
軽く流されたと一瞬ムッとしたファリスだったが、すぐに隠しきれなかったジンの照れに気付く。
ジンはファリスから褒められたことはそうでもなかったが、もしアリア達がそう思ってくれたのなら嬉しいなどと自惚れたことを思ってしまった自分が恥ずかしかったのだ。
その場から逃げるように離れていくジンの後をファリスが追う。
「照れたんだろ?」
「照れてない」
「照れてるぞ」
「照れてない」
「照れ…………」
などとこの場から去りながら息の合った掛け合いを続けるジンとファリスの姿を見て、ようやく動揺を収めたアリアは思う。
(もしかして、思っていたよりも早いんじゃないかしら?)
ファリスが別の意味で仲間入りする日も遠くないのではと、アリアはエルザやレイチェルと顔を見合わせ、思わず苦笑を交わすのであった。
お読みいただきありがとうございます。
現在発売中の漫画版『異世界転生に感謝を 1巻』ですが、漫画版作者の二戸謙介さんがPVを作ってくださいました。漫画の世界感が感じられる素敵な仕上がりですので、興味がある方は是非ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=zl1r89pON-o
youtubeで『異世界転生に感謝を』で検索しても出ると思います。
ではまた次の更新で。
ありがとうございました。
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