その人から連絡があったのは、5月末の昼下がりでした。
まだ会ったこともないフォロワーからLINE@ に届いた、失恋の報告。
1000日を超える時間を一緒に過ごした人が、彼女の家から去ってしまった。
それも、”好きな人が確かにいた”という証拠や残り香は、きっとその部屋に残ったまま。
二人はどんなきっかけで付き合い、同じ時間を過ごし、そして別れたのか。
彼がいたはずの空間に一人でいる今、彼女はどんなことを思うのか。
想像を超える胸の痛みの内側を知りたくて、大分県まで話を聞きにいくことにしました。
出会ったきっかけと、同棲に至るまで。
今回連絡をくれた、あおいさん。23歳のときに友人の紹介で出会った彼と、4年間の交際を経て、別れることになってしまった。
――付き合ったのは4年前で、あおいさんが23歳、彼が25歳。付き合うことになった経緯は何だったのでしょう?
会社の同僚から「イイ人いるから、LINE教えておいた!」と言われて、半ば強引にLINEのやりとりを始めたんです。
実際に会うまでは2カ月くらいありました。でも、会うまで1日も連絡が途絶えたことがなかったから、まだ顔を見たことがない相手だったのに、そのやりとりの時点で「好きだな」と思っていました。
――連絡頻度の相性って、大事ですもんね。
もうどんな顔の人でもいいなあと思っていたんですけど、私の誕生日が7月12日で、その前日に当たる7月11日に、二人の好きなバンドのライブがあったんです。
――お! では、ライブで「はじめまして」です!?
そう! ライブはお互い友達同士と行ったんですけど、「こんな格好してるよ」って情報を伝えていて (笑)。ライブ中「あ、たぶん、あの人だろうなー」ってお互いに遠目で見ていたんです。
――キュンキュンしすぎて死にそうです。
あははは (笑)。
ライブが終わってからお互い友達同士で飲みに行った後、初めて合流しました。ちょうど日付が、7月12日になったときでした。
――誕生日になってから、初めて出会ったんですね。
大分駅の近くの飲み屋街で二人で飲んで、すぐに意気投合して。
バイバイとか到底しきれなくて、彼が「始発が来るまで、ネカフェに行こうかな」と言うので、一緒に行きました(笑)。それが、最初の日でした。
――激甘なスタートじゃないですか。
彼と一緒に買ったCD。彼が買ったものは全て持っていってしまったが、二人で買ったものだけは置いていったらしい。ある意味、4年間の記憶媒体だ。
――彼と付き合うことになったのは、その日のうちなんですか?
いえ、その日は何もなく彼が福岡に帰っちゃったんですよ。でもその後すぐに「来週の土曜、休みはないんだけど、弾丸で行ってもいいですか」って連絡をくれて。最初に会った日から1週間後の7月21日に、付き合い始めました。
――ちなみに告白場所は?
大分の「田ノ浦ビーチ」ってところです。恋人の聖地と言われてるところなんですけど……(笑)
――とことんベタなやつですね。
彼は車を持っていなかったので、「田ノ浦ビーチに行きたいんだけど」と言われて、私の運転で田ノ浦ビーチに行って、二人でボーっと海を見ていたところで、告白してもらいました。
――甘いです。素晴らしいです……。
始まった同棲。甘い時間。
――同棲を始めたのは、付き合ってすぐだったんですか?
いえ、9カ月くらい福岡と大分で遠距離恋愛をしていたんです。でも、当時彼は定職に就いていなかったのもあって、「ちゃんと働きたい」と言って、大分に戻って来てくれました。
――じゃあそこからこの家に?
しばらくは私が前に住んでいた一人暮らし用のアパートに居候状態でした。でも、彼がここから近くの会社に就職したので、職場に近いところに二人で引っ越そうと言って、去年の4月にこの家を借りました。
――え、じゃあこの家、彼氏さんの職場に近いってことですか……? 今日も平日だから、今も、すぐそこにいる……??
そうなんですよね……。もう、ちょっと、泣きそう……。
――彼氏さんと、この部屋での楽しい思い出ってありますか?
全部です……。全部楽しかった……。
――つらい。
なんか、もともと服の趣味が似ているんです。服の色味とか、素材とか、そういう趣味が全部一緒。だから、初めて会ったときも似たような服を着ていて、それが恥ずかしくも、嬉しかったんです(笑)。
――好きです、そういうの。
で、この家にいても、お互いどのタイミングで着替えたかなんて意外とわからないんですよ。でも、何気なく着替えてみたらペアルックだったなんてことが何度もあって。その度「ちょっとやめてー?」「マネせんでー!」って言い合ってる時間が、今考えると幸せすぎでした……。
――いま、とにかくタイムマシンが欲しいです……。
あおいさんの部屋。別れてから5日、彼の荷物はほとんど持っていってもらい、処分もしたそうで、部屋の所々でポカンと空いたスペースが見られる。彼の気配がそこに少しだけ感じられて、また切なくなる。
――他に、彼との日常で思い出すことってありますか?
えっと……私の仕事が終わるのはだいたい7時とか8時なんですよ。で、向こうが9時くらいなんですね。早く帰ってきた私がご飯を作って、その途中で彼が帰ってくるパターンが多かったんですけど。
――ふむふむ。
彼の帰宅後の行動を見ていると、「ああ、このおかず好きなんだろうな」とか「今日、お腹空いてるんだろうな」っていうのがわかるんです。料理している私の後ろをウロチョロしていたり、覗き込んだりするから(笑)。
――可愛すぎる。
夕飯が素麺とかだとベッドに座ってるだけになるし、味の好みもわかりやすくって、それがひたすら、可愛かったです(笑)
――あおいさんがどれだけ溺愛していたか、わかった気がしました。
別れ話の夜。
あおいさんが飼っている犬のウミちゃん。別れた彼はウミちゃんのことを子どものように可愛がっていたらしく、ウミちゃんは今でも夕飯時になると玄関で伏せをして、マンションのエレベーターの音がするたび、彼が帰ってきたのではないかとスクッと立ち上がり、ドアが開くのを待っているらしい。「この子も、慣れるまでどのくらいかかるんですかね」と心配するあおいさんの想いが切ない。
――仲睦まじかった二人なのに、別れてしまったんですよね……。別れは突然だったんですか……?
思い返してみれば、半年くらい前から「ああ、もう情で一緒にいるだけなんだろうな」って空気は感じていました。外を歩くときはいつも手を繋いでいたのに、半年前くらいから繋がなくなって。
向こうの飲み会の回数が増えたり、帰りが朝8時になっても連絡がなかったり。それを指摘する回数も増えていったんですけど、別れ話のときには「それが疲れた」とも言われたので……。
――じゃあ、何か大きなきっかけがあったとかじゃなくて、なんとなく愛情みたいなものが疎かになっていった結果だったんですかね……。
そうだと思います。
テレビ台の下には、彼の集めたCDがギュウギュウに詰まっていたという。左端の角にはギターと譜面台も置いてあったらしく、今はただただ、その空間が虚しい。
1本だけになった歯ブラシ。うなだれたヘッドが、あおいさんの気持ちを表しているみたいだった。
――でも、倦怠期って、きっかけがなければ別れ話も始まらないと思うんです。何か大きな出来事はなかったんですか?
本当に些細なことなんですけど……、いつもは、寝るまえに彼が「電気切るよ~」と一言告げてから部屋のライトを消すんです。そのあとに「おやすみ」って私とウミちゃんの頭を撫でてから寝るのが、前の家から3年間、変わらず続けられていた習慣だったんですね。
――素敵だ……。
でも、この前の月曜日の夜、初めてそれがなかったんです。いきなりパッと電気を切られて、ウミちゃんにだけ、頭を撫でたんですよ。
それが、本当に小さなことだったけど、私の中ではスイッチになって。「ああ、もう無理だ」と思って、「私のこと、好きじゃないんやろ?」って、真っ暗になった部屋の中で、言いました。
――それがきっかけだったんですね……。
ちょっとだけ、期待していたんです。「そうじゃないよ。どうした?」って、すぐに弁解というか、不安を解消してほしかった。でも、2、3分沈黙があって。
――つらい、聞きたくない……。
「いつか言わんとって、思いよったんやけど」って、別れ話が始まったんです。
――嫌すぎる……。
そこから2時間近く、真っ暗な部屋の中で、別れ話をしました。「嫌いになったわけじゃない」って何度も言ってくれたんですけど、でも、疲れたって、言われて。
――せつない。せつなすぎる。
1年くらい前までは、結婚して子どもを持つ話も、よくしていたんです。でも、彼が今の職場に移ったら、同僚さんたちの中に既婚者がほとんどいなくって、独身を謳歌している人が多かったみたいで。遊び方も派手になるし、そんな中、私が家で待っていて、家庭を築こうとしていたのは、彼にとって負担にもなったみたいで……。
――そんな理由、しんどすぎます……。
月曜日にその話をされて、私、火曜日に1日仕事しているフリをして、ずーっと考えていたんです。「これ、どうにかならないかな」って。
それで、行き着いた答えが、「私が子どもを望まなければいいんだ」ってことでした。「この人が横にいればそれでいい。籍を入れなくても、子どもができなくてもいい」と思って。火曜日に彼が帰ってきたときに、それを言ったんです。
――はい……。
胃袋つかんでやろうと思って(笑)、めっちゃ豪勢にご飯作って。ビール用意して、「お疲れ様でした」って言って、座ってもらって。「リョウくんがいればそれでいいから、子どももいらないし、30になっても40になっても、籍も入れなくていいです。で、40になって『疲れたな』って思ったら、またそのときは、言ってもらえればいいです」って。
――健気すぎる……どんだけいい彼女なんだ……。
でも、それでも、「そんなことしてあおちゃんの人生を潰すことはできない」って言われて……。このまま二人でいることの何が悪いんだろうと思って、水曜日も木曜日も提案したんですけど、「いや、別れよう」って頑なに言われて、たぶん、私といるのが本当に疲れてしまったんだろうと思って、諦めました……。
――そうだったんですね……。
そして、家を出て行く彼氏。
彼が初めてプレゼントにくれたというipod。中には、あおいさんのために彼が選んだプレイリストが入っていたという。
カツセさんのLINE@に連絡をしたタイミングは、彼の荷物をまとめているときだったので、水曜日だったと思います。「金曜日までいてもらわないと、仕事中にくじけてしまいそう」と言ったのは私で、彼もそれを受け入れてくれました。
でも、「あと何日でいなくなる」って分かりながら生活するのって、本当に辛いんです。何をやっても「ああ、これも、もう見られないんだ。最後なんだ」って思うから。
――うわあ、つらい……!
そのときが一番つらかったです。例えばですけど、彼、低血圧すぎて、目覚ましを5分おきにかけるんです。付き合っているときはそれにイライラしたこともあったんですけど、最後の3日間ぐらいは、それがもう可愛くて仕方なくて……。
――急に愛着が湧いたんですね……。
「わあ、まだ寝てる」ってニヤニヤしながら見ていて、「これも最後なんだ」と思うと泣きそうになるし、ひたすら情緒不安定でした。
それで、金曜日の夜に私の車に荷物を積んで、彼の実家がある別府まで、送ったんです。40分くらいでした。
――自分をフッた彼を送るとか、本当につらそうです……。
無事に彼の家に着いたんですけど、帰り際「ちゃんと運転して帰れる?」って心配されて、もう……めっちゃ泣いていたので。1回あの……、途中にあった田ノ浦ビーチに寄りました……。
――付き合った場所じゃないですか! うわー切ない!!
取材帰りに立ち寄ってみた田ノ浦ビーチ。天気が良いとかなり綺麗な場所らしい。ここで、あおいさんたちの恋は始まって、終わったのだ。
そこで一人で30分くらいぼーっとして、ちゃんと意識がしっかりするのを待ってから、帰りました。家に帰ったら、「ちゃんと帰れた?」ってLINEが来ていたけれど、もう、それっきり、連絡も取らないようにしました……。
――そうか……それで、二人の関係は終わったんですね……。
それでも、彼に言いたい一言は……。
――あおいさんはこの先の人生で、他の人と付き合うかもしれないし、結婚するかもしれないじゃないですか。彼氏さんのこと、忘れられそうですか……?
なんだか、全然想像できないです。4年間、彼といるのが当たり前すぎました。まだしばらくは、誰かと出会ったとしても、絶対比べちゃうと思うんです。むしろ、あわよくば、彼が35とか40とかになったときに、ひとりでいてくれたらいいなって思います。
――うん、うん、うん……。
はじめて、「養ってもいい」って思った相手だったんですよ。夫婦とか恋人の形って、男の人が女の子を養うみたいな印象がまだ強いですが、私、人材派遣会社で営業をしてるんですけど、スタッフさんの家庭の話とかをよく聞くんですね。「旦那さんが病気で働けなくなって、私が稼がなくちゃいけなくなった」とか。
――いろんなご家庭がありますよね。
そんな話を毎日のように聞いているから、女の人が働くことにもまったく抵抗がないし、もう、一緒にいられるためなら、どこまでも頑張ろうって思えたんです。
――そうだったんですね……。今、言ってやりたい一言があるとしたら、なんですか?
……「帰ってこい!」ですかね……(笑)
――ダメ、泣いちゃう。
もう、彼のものは、この家にほとんどありません。彼が忘れていったアイコスの充電器と、マンションの駐輪場に停まっている自転車くらいです。
私、会社の行き帰りに、彼の自転車を確認しているんです。「あの自転車がなくなったら、もう帰ってこないんだろうな」って、そんな風に思ってます。今朝は、まだありました(笑)。だから、もう少しだけ、待ってみたい。戻ってこないかもしれないですけど、それでも、信じていたいと思っています。
――まだたった5日ですもんね……その気持ちは、わかる気がします……。
おわりに
こうして取材は終わりました。
時に涙を流しながら、二人でいられた時間を懐かしんだり、整理したりしていくあおいさんを見ていて、恋は美しいけれど、そればかりでもないことを改めて思い知った気がしました。
あおいさんの元に彼がまた戻ってきても、こなくとも、あおいさんは自分の人生を進めて行くことになります。そしていつか、彼との4年間を「そんなこともあったなあ」と笑って振り返られる日がくればいいなと、月並みながら思いました。
同棲生活をこれから始めようとしている皆さんが、二人で築いていくストーリーを思う存分楽しめますように。
取材・執筆:
カツセマサヒコ
企画・編集:プレスラボ