書評
『水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす』(誠文堂新光社)
ファンやオタクを超えた秀逸な日仏文化論
フランスで日本のアニメやJポップが人気がある、という。毎年7月ごろに行われている「ジャパン・エキスポ」というイベントには20万人以上の来場者があるらしい。コスプレする若者も後を絶たない。嬉(うれ)しいことではある。ただ、彼らがいったいどんな経緯でそうなったのか、まるでわからない。たぶん、1980年代や90年代にたくさんの日本のアニメがフランスのTVで放映されたのだろう、とぼんやり想像するだけだ。彼らはそれをたくさん見て育ち、好きになったのだろう、と日本にいる者は、なんとなく思い描くだけである。
著者のトリスタン・ブルネは76年生まれ。たとえば、松本零士好きで有名なダフト・パンクの二人もやはり70年代半ばに生まれている。彼らは「フランスのオタク第一世代」と呼ばれる。パリ郊外の中産階級の家庭に育ち(フランスの郊外というと荒涼としたイメージがつきまとうが、大抵、中産階級)、毎週、日本のアニメが放送されるのを心待ちにしていた。
だから、社会学的分析や統計を重視した経済学的なアプローチを著者はしない。あくまで自分の経験に基づいて書いている。ここが信頼できる。『UFOロボ グレンダイザー』に熱を上げた少年は、長じて来日し、日本の歴史を研究して、漫画『北斗の拳』などをフランス語に翻訳する大人になった。
だが彼の胸の奥には、日本のアニメ経験が流れている。初めて日本にやってきて、踏切の音を耳にしたときに感じた不可解な懐かしさは、高橋留美子の『めぞん一刻』に由来するとわかったときの感動が、この本には脈々と流れているのだ。
80年代の「ジャパンバッシング」の背景分析など、興味深い記述が多く、一人の「オタク」の経験を越えた見事な日仏文化論に仕上がっている。
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