山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
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新たなる戦い 7

 エンリ・エモットがそう叫んだ瞬間、真っ先に動いたのはゴブリン達だった。見張り台に潜んでいた長弓兵団は、姿を現して弓を構える。見張り台から広場という近距離で狙いを外すとは思えないが、《ホーク・アイ/鷹の目》を発動して万全を尽くしている。家の影から近衛隊がエンリを守るように徴税吏との間に立ちはだかり、剣を抜く。また、盾でエンリが飛び道具で傷つくことが無いようにしている。また、暗殺隊は姿を現し、兵士達の首に鋭いナイフを突きつけている。建物の影から姿を現すオーガ達。

 それに遅れて村人達も徴税吏達を取り囲んでいく。

 徴税吏の兵士達が剣を抜く暇さえなかった。

 

「こ、これはどういうつもりだ」と青い顔をしながらも徴税吏は叫ぶ。長い年月、徴税吏をやっていれば、納税を渋る村もある。不作の年ともなれば、多少の小競り合いが起こることも珍しくない。しかし、戦い方を知らない村人と訓練された王国の兵士。常に、兵士側が強かった。

 しかし、今回は違った。王国の兵士達が圧倒されている。徴税吏として数十年働いてきたが、こんな事態は一度としてなかった。

 

「この村には、王国に渡す食料はありません。次の収穫までの間の食料すら足りていないんです」

 

 徴税吏として、村人のそんな言い訳は耳にタコができる程聞いてきた。しかし、王国という権威の名のもとに、それを黙らせてきた。

 

「嘘をつくな! この村の人口と、畑の面積から収穫量を計算したら、次の収穫期までの食料くらい余裕であるはずだ! 次の収穫までの間の食料が無いなどありえん!」

 帝国兵に扮した法国に村人が殺された。それを酌んで前回の税率は下げ、労役も免除した。そんな村から臨時の増税を取るのは徴税吏としても心苦しい。しかし、徴税吏としての仕事を全うしなければならない。

 

「本当です。申し訳ないです」

 

 エンリ・エモットは徴税吏に対して頭を下げる。言い合いは平行線。本来、平行線であれば、村人が動かないなら、強引に食料貯蔵庫の扉を破壊し、税額分の食料を兵士達を使って荷台に乗せてきた。

 が、今回はそんなことができないのは明白であった。

 

「の、納税を放棄したことは王国に伝えさせてもらう! 考え直して、納税を行う場合は、お前たち自ら王都まで運べ。もちろん、運ぶ荷台や護衛などもお前たちで手配してな!」

 虚勢だった。この村から徴税をするのは困難であることは分かり切っていた。しかし、王国の権威を徴税吏として守らねばならない。徴税吏としての矜持が、ナイフを首元に突きつけられているなかで、徴税吏を突き動かし、虚勢を張らせた。死を覚悟して。

 そして、徴税吏は、徴税内容が書かれている羊皮紙を巻いて、エンリの方に投げる。ゴブリン達もそれを受け取る意志はないようで、それは地面に落ちた。

 

 地面に落ちた巻物をしばし眺めた後、「解放してあげてください」とエンリは叫ぶ。

 その声に従って、暗殺隊はすっと太陽の光を浴びた影のようにすっと消えていく。見張り台の長弓兵団も弓を降ろす。

 

 徴税吏は「こ、後悔してもしらんぞ」という言葉を吐き捨て、広場から村の出口へと移動していく。兵士達もそれに続く。威風堂々とこの村を去ろうと努力をしているようだが、早足となる。が、それも仕方のないことだろう。殺されなかっただけ、幸運であったと考えるべきだ。また、村人の気が変わって、後ろから矢で射られる可能性もある。出来るだけ早く、この村から距離を取りたかった。

 

 ・

 

 去っていく徴税吏の一行を眺めながら、これでよかったのだろうか? とエンリは何度も考えるが、その答えは出ない。

 

「殺さないってのは意外っすね」と突然後ろから声が聞こえる。

 

「ルプスレギナさん!」とエンリはその声の主を見て声をあげる。

 

「ちっす。エンちゃん」とルプスレギナは悪戯が成功した子供のような顔をしている。ルプスレギナは、不可視の魔法で近づいてきて、突然声を掛けて人を驚かせる。エンリ自身、びっくりさせられることが多い。心臓に悪いのでエンリとしては止めてほしいのであるが、驚かせることがルプスレギナさんの趣味のようだし、ルプスレギナさんはこの村を救ったアインズ・ウール・ゴウン様の部下だ。驚かさないように、普通に現われてほしいとは思うものの、それをルプスレギナさんに言うのは憚られる。

 

「徴税吏の人を殺すって…… 実はそれも一瞬考えました。だけど、この前の徴税の時は、税率を低くしてくれていたという恩もありますから。きっと、何かの事情があって増税をしに来たのだと思いますし。この前、カルネ村を襲った王国軍と一緒くたに扱うのはどうかな、って思ったんです」

 

「そっすか。それがエンちゃんの判断なら、私は文句ないっす」と、右手を軽く振りながらルプスレギナは言う。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

「アインズ様が、もうすぐこの村にいらっしゃいます。それを伝えに来たっす。先触れってやつっすね」

 

「アインズ・ウール・ゴウン様が? どうしよう。歓迎の準備とかしないと」と、エンリは慌て始める。王国に襲われた際に吹いた角笛。そして現れたゴブリン軍団。エンリも、あの角笛が自分が想像していたのの数千倍も高価なものであったのだと思い知らされていた。改めてお礼をしなければならないと思っていた。

 

「それは不要ってアインズ様は仰られてましたよ。それに、この村では、アインズ様を歓迎するに相応しいものを用意できるわけないっす」

 

「そ、それもそうですよね」とエンリは、アインズ・ウール・ゴウン様のお住まいになられているナザリックのことを思い出す。そしてそこで出された料理も。出された料理を思い出すだけで、今も口に唾液が出てきてしまう。あれほどの料理を貧しいカルネ村で準備できるはずもなかった。

 

「それにしても、どうしてアインズ・ウール・ゴウン様が?」

 

「私がカルネ村に徴税吏が来たってことを報告したっす。そしたら、アインズ様が御身自らカルネ村に行くと言われたっす。報連相してよかったっす」

 

「ほうれん草?」とエンリは首を傾げる。

 

「あ、いえ。こっちの話っす」とルプスレギナにしては珍しく苦笑いをしていた。








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