山小人(ドワーフ)の姫君 作:Menschsein
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荷台が空の馬車がカルネ村の広場に何台も並んでいた。年に一度やって来るはずの徴税吏の一行だった。村々を回り、収穫された小麦を現物で回収していく者達。秋にやって来た彼らが再びやって来る。徴税吏もエンリが記憶している人物と同じである。村の広場に入る徴税吏。そして、村長としてエンリが進み出て徴税吏の対応をしている。村人は、それを離れた所から眺めている。
「臨時の徴税である。秋に納めた分の三倍を今回徴収する。また、労役の免除も撤回となった。来年は労役もあるので、それを事前に伝えておく」
あまりに一方的な通告であった。どうして、種まきをしている時期に、この村から食料を徴収しようというのか? 食料が足りなくなってしまったら、餓死の危険性まである。また、種籾を持って行かれたら、種まきができず、次の収穫を行うことができなくなる。
また、徴税吏の提示する量の小麦を納めたくない理由がエンリにはあった。王国に食料を渡すくらいだったら、その分、ゴブリンさん達にお腹いっぱいご飯を食べさせたいのだ。
それが、エンリの素直な気持ちだった。王国軍に襲われてから、カルネ村の食料事情は悪化していた。それは、ゴブリンの軍団がカルネ村に加わったことが原因だった。五千にも及ぶゴブリン達。人口がそれより遙かに少ないカルネ村では当然、それだけのゴブリンを賄えるだけの食料はない。オーガのために飼育している豚も、もっと数を増やさなければゴブリン軍団を養うことなどできはしない。
ゴブリン達も、カルネ村の事情を分かっているようで、「トブの大森林で適当に狩りをして自分たちの食い扶持は稼ぎますから、エンリ将軍閣下は気にしないでください」と言ってくれた。
だが、それとなく彼らの食事を観察していて分かったことは、彼らの食料事情もひっ迫しているということだ。狩猟というのは安定しない。それに、五千人のゴブリンの胃袋を満たすほどの量を得ることは、腕の良い野伏《レンジャー》でもかなり厳しい。それに、そんな狩りを強引に続けていたら、トブの大森林の動物は狩り尽くされてしまうのではないかと心配になってしまう。
「今日は趣向を変えて、草を煮込んだスープだけにしてみたんですよ。いつも肉ばっかり食べると太ってしまいますからね」などと、ゴブリン達が冗談のように言っていたが、ゴブリン達が薬草とその他の雑草を判別できないことはエンリも知っている。それに、鍋に入っていた草を見る限り、苦くて食べられない雑草が多く鍋の中に含まれていた。食べることができそうなのは、ふきのとうとツクシくらいであった。
エンリ自身も食べてみたが、一口食べただけで、涙が出てしまうほど苦かった。
「人間の味覚ではこれが不味いんですか。ゴブリンにとっては最高の味なんですよ。なあ、みんな?」
「その通りです。俺なんか、お替わり三回目ですよ」
などと笑い飛ばしているが、無理をしていることは明白であった。それに、「小鬼将軍の角笛」を吹いたときに現われた19人のゴブリンとは一緒に食事をしていたエンリだ。ゴブリンの味覚と人間の味覚が近いということも知っている。
すべては、ゴブリンさんの好意であることはエンリに痛いほど分かった。角笛を吹いたときよりも、心なしかゴブリンさん達は痩せているように見える。微々たる食事で不平を言わず、太陽が昇っている間は、農作業などを献身的に率先して手伝ってくれている。冬の寒い時期ですら、「草が枯れているこの時期にやれることはやっておいたほうがいいんです」と、開墾を率先してやってくれている。オーガ達のように、空腹となっても不平不満を口に出したりはしない。種まきをするために、土を掘り起こす作業も楽な仕事ではないし、体を動かせばその分、お腹は減る。
徴税吏に対してなんとか穏便に済ませようとしているエンリであるが、高圧的な徴税吏の態度に、徐々に怒りが込み上げてくる。
そんなことは考えてはいけないと分かっているが心の片隅でエンリは、前の王族の軍団に比べて、あまり強そうな兵士はいなさそう…… 兵士の数も数十人程度だし…… と考えてしまう。
カルネ村に存在するゴブリンの軍団だけで五千。先ほどから、徴税吏達には気付かれないようにしているが、見張り台や建物の影に長弓兵団がいつでも弓を放てるように準備している。エンリ自身にも見えないが、暗殺隊が、《インヴィジビリティ/透明化》を使って、徴税吏の一行全員の首を瞬時に刎ねることができる距離に潜んでいるはずだ。
ほぼあり得ないが、万が一にも、村の外にまで逃げ出した人がいたとしても、騎獣兵団がすぐに追いつき、彼らの息の根を止めるだろう。
徴税吏は、この村には来なかった……。
それが、一番の解決方法であるような気持ちになる。
徴税吏の周りを囲んでいる村人も、徴税吏達に対して冷たい視線を送っている。王国の軍団がカルネ村を蹂躙しようとしたのだ。それは当然であろう。
村長であるエンリの判断に一任されている。おとなしく税を納めるか、それともそれを拒否するか。
しかし、村人たちは農作業用の鍬を持って、遠くから眺めている。いざとなったら、戦うという意思表示であった。ネムでさえ、右手にフライパンを持ち、厳しい表情で徴税吏を睨んでいる。村の総意は、『どの面《ツラ》下げて、この村にやってきた!』であることはエンリにも分かる。エンリ自身も村人と同じ気持ちだ。
だが、王族の軍に反旗を翻したカルネ村に、何事もなかったように徴税吏がのこのこと来るということはどういうことだろう? とエンリは考える。村人とゴブリン軍団とで追い返しはしたが、生き残った兵士もいるはずだ。王族に刃を向けたとあれば、ただで済むはずがない。にもかかわらず、それに触れてもこない。
エンリは、その疑問が頭から離れない。感情的には、徴税吏を追い返したい。しかし、村長としてのエンリは、村全体の安全と、カルネ村の将来に対しての責任がある。
考えられるのは、王族の軍をカルネ村が追い返したということを徴税吏が知らないだけ、もしくは、敢えてそれに触れないようにしてくれているということだ。
それならば、臨時の増税分を納めることによって、王国への反逆の意思無し、ということを示すことができる。
この村を救ってくれた大恩のあるアインズ・ウール・ゴウン様に対して不義を働くことをカルネ村は絶対にしない。しかし、それ以外のことであれば王国に従う。税金も、もちろん納める。
それで、丸く治まるのではないだろうか?
しかし、カルネ村が王族に対して反逆したことを十分に承知で、その報復策を王国が用意した上で、徴税吏をこの村に送って増税分の徴収を迫っているのであるとしたら? 王族の軍団を追い返す力をカルネ村が保有しているということを分かった上で、徴税吏を派遣する。
エンリから見たら、徴税吏の一行は、普通の兵士に見えるが、そう見せているだけかもしれない。
(アインズ・ウール・ゴウン様に匹敵するような魔術詠唱者《マジック・キャスター》が、彼らの中に紛れ込んでいる可能性だってあるものね。ここで税を大人しく払うのであれば、先のことは水に流そう、そう王国側は提案してくれているんじゃないかしら。でも、それを確認しようにも、薮蛇になるかも知れないし……)
エンリは、決断できないでいた。考えれば考えるほど、どうすれば良いのか分からなくなる。徴税吏に従って税を払うか、払わないか……。村の命運を分けるかも知れない選択だった。逃げ出したかった。
どうすれば良いのか分からず、恋人であるンフィーレア・バレアレをエンリは見てしまう。
ンフィーレアもエンリの視線に気づいたのか、微笑んでくれた。前髪で隠れていない目は、優しく『エンリの正しいと思うようにすればいいよ』と優しく語ってくれているように思えた。
「カルネ村の村長よ! 早く荷台に言われた通りの小麦を運び込むように指示をだせ!」
徴税吏が、痺れを切らして叫ぶ。
エンリは、目を閉じて、もう一度考える。税を払うか、払わないかという二択ではない。
自分にとって大切なものはなにか。かけがえの無いものは何か?
それは、ネム、恋人であるンフィーレア。カルネ村の人々。ゴブリン達、オーガ達。自我があるのか無いのかいまいち分からないスケルトン・ゴーレムさん達。
この春の時期であれば、冬眠から目覚めたばかりでやせ細っている動物も多く、狩りの成果は乏しいだろう。オーガ達の働きによって多くの秋には収穫があったが、それでもゴブリン軍団の食事を賄うには足りない。そして増税によって、更に食料事情が悪化する。これ以上食料を切り詰めるなら、今でさえ空腹を我慢しているゴブリンさん達が、もっとお腹を空かせることになってしまう。
どうするべきか、エンリには分かった気がした。自分の決断が正しいかどうかはエンリには分からない。後悔をすることになるかも知れない。怖い。
エンリは、一度深く深呼吸をし、ゆっくりと両目を開けた。そして、真っ直ぐに徴税吏を見つめる。
「この村には、王国に渡す食料はありません」
エンリは、はっきりとそう宣言した。