山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
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幕間

 リ・エスティーゼ王国の六大貴族の一角。ブルムラシュー候の執務室には、金をふんだんにつかった調度品が幾つも飾ってあった。一際目を引くのが、馬の形を象った置物だ。馬の鬣《たてがみ》も細かい金糸で細かく再現されている。馬が疾走しているのを再現されていて、馬の両足、太ももの筋肉の躍動感など、走っている馬を、魔法と錬金術を併用して金に変えたかのようだ。細い金糸で一本一本再現された鬣《たてがみ》も、疾走する馬の鬣が風に乗って揺れているようである。ブルムラシュー候の執務室に置いてある装飾品と同水準の置物は、王家以外は保有していないであろう。

 

 そんな豪華な執務室で、この領主であるブルムラシュー候は、領地の月次収支報告書を読んでいた。

 

 金の産出量、ミスリルの産出量も、水準通りか……。今は、先の負け戦で物価が上がってきているし、少し鋳造を抑えるか。むしろ、物価が上がっている内に、小麦などの食料品を売って、金貨に変えておくのも手だな。どうせ、王国はあれだけの敗北をしたのだから、しばらく戦争などできやしまい。戦時に備えての食料の備蓄はしばらく不要ということだな。

 しかし…… あの魔導王、あれほどの力だったとはな。まさかエ・ランテルが割譲されてしまうとはな……。

 

 ブルムラシューにとって、エ・ランテルという都市はまさに金の木がなる都市であった。定期的に行われる王国と帝国の戦争。ブルムラシュー候は王国の有力貴族でありながら、帝国と繋がっていた。帝国から王国へ宣戦布告をする時期など、密かに帝国から知らされていた。戦争が始まる前には当然、兵士達に食わせる食料が必要となる。王国と帝国の戦いの場に選ばれるのは、カッツェ平野。そして、カッツェ平野から近いエ・ランテルは王国の食料調達の場となる。事前に戦争の始まる時期を知っていれば、事前に大量の食料を運び込み、そしてそれを王国に売ることができる。

 戦争では、先物取引など意味を成さない。その場に現物があるということが強みだ。必要なのは、兵士が食べることのできる現実の食料。

 いよいよ戦争が始まるということになれば、エ・ランテルで食料を買い込み、兵站が戦場となるカッツェ平野まで輸送を始めなくてはならない。食料を確実に確保しておきたいという軍事上の理由から、相場より多少高くても買ってくれる。

 

 魔導王の出現によって、王国と帝国の恒例行事とも言えたカッツェ平野での戦争は行われない可能性がある。今までは、王国と帝国、どちらが勝ったとしても、拮抗している両者の天秤がどちらかに大きく傾くことはなかった。緩やかに王国が衰え、緩やかに帝国が力をつけていくという趨勢であった。その流れが大きく変わった。

 戦争という大きな商機を失ってしまった。これが、大虐殺の知らせを聞いたブルムラシュー候の本音であった。

 

 金属の産出を抑えるのは良いとして、産出量を減らせば、鉱山で働かせている山小人《ドワーフ》達の人数もそれに応じて減らす必要があるな……。山小人《ドワーフ》の女を少し、奴らの娼館に回すか。そうすれば、そっちからのあがりが増えるな。

 奴隷制の廃止によって、娼館の需要が高まった。だが、娼館で働く女性は、訳ありが多い。借金の返済という名目で働かせているが、実質的には人身売買で、実質的には奴隷であった。結果、娼館ビジネスは地下に潜った。

 そして、体が未成熟な女と性交をしたいという需要は、どの都市にでもある。かつては、スラムの子供を攫って娼館に売り飛ばすことができたが、それは奴隷制の廃止で難しくなった。スラムに住む子供が失踪したという些細なことですら、王国の兵士は調査に乗り出す。当然、奴隷制の禁止に違反している人間がいるということを念頭に置いて調査をしてくる。

 山小人《ドワーフ》は、そんな問題を解決する有力な手段である。山小人《ドワーフ》は、ブルムラシュー領の中で生息していて、戸籍管理などは表向きされていない。いくらいなくなっても、それが問題になることはない。たとえ、そんな報告があがってきたとしても、領主であるブルムラシュー自身がそれを握り潰す。

 そして最大の利点は山小人《ドワーフ》の外見は、身長が小さく、山小人《ドワーフ》の成人でも、人間を基準とすれば、十歳を過ぎたばかりという容姿だということだ。供給が減っているなかで、需要を満たせる存在。山小人《ドワーフ》の女の取引価格はうなぎ登りだった。さらに、王都では、ヤルダバオトなる悪魔が王都を襲った際、娼婦が大量に死んだという情報もあがってきている。もちろん、その中には山小人《ドワーフ》の娼婦も含まれている。需要が大きいということだ。そして需要が大きければ、価格は上昇する。商機だ。

 

 あとは……。帝国に情報を売るのも少し間をおいたほうがよいということだな、とブルムラシューは思案する。

 その原因となったのは、先の王国の大敗後の御前会議だ。蝙蝠候とあだ名されるエリアス・ブラント・デイル・レエブンが御前会議で、ブルムラシューを名指ししていった一言だ。

「ブルムラシュー候。領地の金鉱山を掘るのはよいが、ほどほどにするべきではないか? あまり熱心にアゼルリシア山脈を掘られてしまっては困るのは貴殿だぞ? このままでは、アゼルリシア山脈を突き抜けて、王国と帝国を結ぶトンネルを作ってしまうだろう。そうなれば、そのトンネルを抜けて、貴殿の領地を帝国が真っ先に蹂躙するぞ」という発言だ。

 会議に参加していた貴族達は、それをブルムラシュー候を揶揄する言葉だと捉えていた。金に執着する者に対しての冷笑と侮蔑の言葉として。

 金貨1枚で家族ですら裏切るという悪評を持つブルムラシューなので、そう捉えられるのが自然だろう。しかし、蝙蝠侯爵であるレエブン候の真意は、『帝国に情報漏洩《トンネル》をすると、自身の身を滅ぼすぞ』という忠告だとブルムラシューは受け取った。その忠告は真摯に受け取るべきだ。真摯な態度が、金に、そしてより高い地位へと繋がる。

 しばらくは、帝国の密使は適当にあしらい、王国に忠誠を誓う貴族でも演じるか、と今後の基本方針を定めたブルムラシュー候であった。








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