山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

4 / 26
新たなる戦い 3

 蜥蜴人(リザードマン)の集落。集落にある小屋は、木材や干し草などで造られている。その集落のなかで例外といえる一つの建物は、石造りでできていた。そして、その石造の建物の中の最奥。アインズ・ウール・ゴウンの姿を模った石像が置かれている。

 

 その石像が奉られている神殿の中。何も無い空間に突如として闇が現れ、扉の形となった。そして、現れたのは、石像に似た人物。彫像よりも禍々しい人物。アインズ・ウール・ゴウンであった。そしてその後ろにアルベド、コキュートスが続く。

 

 アインズは、自分の石像が飾ってあるのを見つけた瞬間、感情が一気に抑制された。

 (自分の姿の石像が飾ってあるとか、恥ずかしすぎ)

 

「どうなさいましたか?」とアルベドが後ろからアインズに声を掛ける。アインズのわずかな変化に気づくのは流石はアルベドではあるが、この場合は恥ずかしすぎる。

 

「なんでもない。行くぞ」

 

「偉大なるかな、偉大なる方。偉大なるかな、偉大なる方」と神殿に仕えている森祭司《ドルイド》が斉唱を始める。それを背中で聞いていたアインズは、追い打ちを食らったように思えた。自然とアインズの足は早歩きとなる。

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのかつての仲間たち。仲間たちや自分が作ったナザリックの者達であれば、いわばアインズは創造主である。絶対の忠誠を尽くされてもそれには耐えられる、というか、アインズ自身に耐性がある程度できた。しかし、まったく関係のない蜥蜴人(リザードマン)達に、まるで神でも祭っているかのような扱いをされてしまうと、はっきり言って、恥ずかしいという感情しか生まれない。

 

(日本でも、死んだら神になるっていう宗教があった気がするな。それにタブラ・スマラグディナは、英雄が死んで神になる、といった類の神話は世界各地に残っているとか、そんな薀蓄を言っていたな。俺は、アンデッドだから、まぁ死んで神になったという扱いなのか?)

 

 アインズは足早に、神殿から出た。神殿外を歩いている蜥蜴人(リザードマン)達も、アインズ・ウール・ゴウンの姿を目にした瞬間、地面に平伏す。長い尻尾までもがぴったりと地面についている。

 静まり返ってしまった集落の状況に気付いたのか、木で作られた小屋から慌てて白い蜥蜴人(リザードマン)の部族連合村の連合長クルシュ・ルールーがでてきた。

 

「偉大なる王にして、この村の支配者であるアインズ・ウール・ゴウン様。私達の忠誠をお受け取り下さい」とアインズの前にひれ伏した。

 

「まずは突然の来訪を詫びよう。他の者達に、普段通りにするように伝えよ」

 

「滅相もございません。私達を含めたこの村の全てがアインズ様の所有物でございます。いつ、何時現れようが、謝罪など不要でございます。私達は、偉大なる不死者アインズ・ウール・ゴウン様に所有していただいていることに感謝をしております」とクルシュ・ルールーが平伏して答える。

 事実、この村に住んでいる蜥蜴人(リザードマン)は例外なく首にアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが刻まれたプレートを下げている。それは、アインズ・ウール・ゴウンの所有物であるということの証であった。

 

「そうか。では、我が所有物であるクルシュ・ルールーに命じる。蜥蜴人(リザードマン)の村を案内せよ」

 

「かしこまりました」

 

 村の外壁部分。陸の部分からやってくる敵から守るための外壁。コキュートスを始め、アインズがこの村を征服したときには、急ごしらえの土壁であったが、それがいまでは分厚く強固で、高い見張り台がいくつも建てられている。敵の姿が遠くから見えた段階で、警鐘を鳴らせるようになっている。

 

「ここは、先日完成した四番目の()()でございます。そして、あちらが建設中の五番目の()()でございます。四番目の()()は稚魚を養殖するのに使っております。コキュートス様、デミウルゴス様より、稚魚を増やす方法について、偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様よりお知恵を授かったと聞いております。誠にありがとうございます」と、クルシュ・ルールーは深々と頭をさげた。

 

「私はお前たちの所有者だ。当然のことだ。そんな些細なことでいちいち礼を言わずともよい。説明をつづけよ」とアインズは言う。

 クルシュ・ルールーの案内。その話の八割がお礼であった。

「アインズ様の所有物となったことで、五部族が不和なく連合することができています。ありがとうございます」

 

「アインズ様からお借りしたストーンゴーレム様の働きにより防壁が……」

 

「アインズ様が派遣してくださったナザリック・オールドガーター様により安心して村の中で暮らせるようになり……」

 

「至高の御方々によって創造された魚を頂戴して食料事情も劇的に改善して……」

 

 さきほどから集落を案内される度に深く感謝をされる。しかし、それらを立案して実行したのはコキュートスだ。もちろん、デミウルゴスあたりの知恵も借りての話だろうが。

 一方のアインズは、ただそれを許可しただけだ。感謝をされても、コキュートスの手柄を奪ったような、鈴木悟が働いていたブラック企業の、部下の手柄を横取りする上司のようではっきり言ってお礼を聞いていて居心地が悪い。それに、アインズ自身が統治していると言ってもよいエ・ランテルでは各種の問題が勃発していて、しかもそれに対する有効な策を考え出してもいない。

 

 俺、いらないんじゃね? そんな思いに駆られる。

 

「しかしデミウルゴス様が、『アインズ様の叡智に比べれば私の知恵など取るに足らない。これほど効果的で画期的な方法など、私が考え出せるものではありません』と仰られておりました」とクルシュ・ルールーが、守護者達に劣らぬほど心酔した目でアインズを見ている。

 

(ああ…… あれか)

 アインズは心の中でため息をはいた。

 

 デミウルゴスが考案した稚魚を増やす方法は、稚魚専用の()()の中に、卵を宿した雌を入れ、それに何匹かの雄を入れる、というものだった。そして産卵が終わった頃に、その雄と雌を()()から取り出す。そうすれば、()()の中には、受精した卵だけが残るという寸法であった。しかし、実際には()()の柵の目よりも小さい稚魚は泳いで柵の外に出てしまうし、稚魚の天敵となりうる小魚も()()の中に入ってきてしまう。むしろ、他の小魚にとっては自分より大きな魚がいない、安全で餌の沢山いる狩り場となる。効果としては期待できるが、多くの稚魚が柵の外に出たり、他の天敵に食われてしまうという欠陥があった。デミウルゴスが考え出したこの方法もザリュース・シャシャにとっては驚くべきことであったが……。

 

 それに対して、アインズがデミウルゴスに提示した方法は、卵を宿した魚を捕まえ、その卵を取り出し、それに雄の精液をかけて人工的に受精させる。そして、受精した卵は水槽にいれ孵化を待つ。孵化したら、()()では無く、プールのような場所で飼育し、共食いしないように適切に餌をやる。そしてある程度大きくそだった段階で()()に放すというものだ。

 デミウルゴスの話を聞いている内に、美しい自然を愛したブループラネットさんが、シャケという川で生まれ、海で大きくなり、そして産卵期になると川に帰ってくるという魚の話をアインズが思い出したからだ。

 そのシャケという魚を絶滅させまいと立ち上がり、シャケの稚魚の放流事業や、シャケの遡上の妨げとなるダムや取水堰(しゅすいぜき)に魚が通れるような魚道を設けるなどの活動をした環境保護運動をした人々のこと、山、森、川、海、全てを守ってこその環境保護なのだなど、ブループラネットさんはあたかも英雄譚であるかのごとく熱く語っていた。たっち・みーさんをリーダーとして炎の巨人スルト狩りの約束をしてモモンガがユグドラシルにログインをしたある日、ブループラネットのシャケという魚について熱弁が始まってしまったのだ。他のメンバーがこっそりとその場からいなくなっていくのに対し、ギルド長という立場でモモンガはそれができなかった。結局、ログアウトするまでの時間、ブループラネットさんが事細かに話すその話を聞き続けた。たっち・みーさんさんからは後日、スルトがレアドロップした原初の炎を、お留守番代としてわけてもらったが……。

 

(まさか、あの時聞いた話が役立つなんて、人生分からないものだよな)

 

 ただ、アインズがデミウルゴスに伝えたのは、稚魚飼育に関しての概要だけである。受精した卵がどのような水温で孵化するか、稚魚の餌となるのかなど、アインズ自身も知らないことが多いという状況だ。

 孵化した稚魚が育つための最適の環境を発見したのは、デミウルゴスの涙ぐましい試行錯誤の結果であろう。

 例えるなら、人間の感覚は全て脳内の電気信号だということをデミウルゴスに伝えて、デミウルゴスが研究を重ね、サイバー技術とナノテクノロジーを組み合わせてDMMO-RPGが可能となるインターフェイスを開発した、ということであろう。

 アインズは、ブループラネットさんから聞きかじった情報をデミウルゴスに伝えただけである。

 画期的な方法などとデミウルゴスやクルシュ・ルールーから称賛されても、素直によろこぶ事ができない。

 

 アインズがそんな遠い目で、湖の遠くを眺めていると、大きな魚を一匹抱えてやってくる蜥蜴人(リザードマン)の姿があった。

 

「アインズ様、先ほど収穫できたものです。これほどの大きさのものが育つのは大変珍しいことなので、アインズ様にお捧げできればと思います」とクルシュ・ルールーが言う。

 

 大きな魚を抱えた蜥蜴人(リザードマン)は、両手でその魚を持ち上げながら片膝をついてアインズの前にそれを差し出す。

 

(いや……。それを俺にどうしろと? まだ生きているし……。それに、俺はアンデッドだから食えないのだけど……)

 

 アインズの動揺は、すぐさま抑制されたのであった。








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。