山小人(ドワーフ)の姫君 作:Menschsein
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王都。ヴァランシア宮殿。3つの建物からなるその宮殿の1つ。王族の居住区。ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ、“黄金”と称される第三王女の客間。いや、既にラナーが王位継承権第二位であるというのは周知の事実である。先の戦争で、カルネ村へと調査に向かった第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフは帰らぬ人となった。戦争のゴタゴタでまだ王家が公式に発表していないだけで、王族派、貴族派ともにそれは公然の秘密であった。
ラナーの客間に集まっているのは、この部屋の主人であるラナー。そしてその王女付であるクライム。アダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」のイビルアイ。そして、ブレイン・アングラウス。そして、六大貴族の最大勢力であるエリアス・ブラント・デイル・レエブン。
一見、優雅に紅茶を飲んでいるようだが、その空気は重い。多くのかけがえのない命が失われた。王国全体が暗く沈んでいる。
そして、多くの命。それを経済という単位で読み替えると、それは莫大な損失であった。
特に、緊急の課題となっているのが、農地への種まきと軍の士気の低下であった。
王国の兵の多くは駆り出された農民であった。その多くが戦死。農民が不足している。耕地を耕し、種を蒔かなければ次の収穫など見込はしない。農作物は、雨のように天から降ってくるものではなく、人が働き、そして得ることができるものなのだ。戦死者の数が膨大過ぎる。働き手の減少が王国の目下の課題となっている。
二つ目の問題。軍人の士気の低下である。目の当たりにした魔導王の圧倒的な力。たった一つの魔法で七万人を殺す。そんな化け物に対峙しなければならない。厳しい訓練といったレベルではない。王国最強であったガゼフ・ストロノーフすらも死んだ。自分に何ができるのか。いや、何もできるはずがない。自らの愛する王国、それを守るのだという矜持を失う理由としては充分であった。むしろ、大敗をした王や貴族達への不満が増大していた。
「ラナー王女。何か良い方策はありませんか?」とレエブン候が重い口を開く。“黄金”と称される彼女は、画期的な政策を立案したという実績がある。
「良い方策はあります。しかし、どれも、『長期的に見て』ということです。この現状を打開する魔法のような策はありません」
「貴族派の妨害が無かったとしても?」
「はい」とラナーは答える。
ラナーの腹の内には、確かに幾つもの策が存在している。たとえば、子供を産んだ時に報奨金を出し、その子供が3歳まで育った時にはさらに報奨金を出す。人が死に過ぎた。国力は人口と言っても過言ではない。減ってしまった人口を戻すには、たくさん産んでもらうしかない。出産に関して、国が報奨金を出せば、人口の増加につながる。が、それはあくまで、十年、二十年のスパンで見た時に意味を持ってくる。
再び沈黙が訪れる。ラナー王女の後ろに犬のように棒立ちしているクライムは苦い顔をしている。
そんな時、部屋の扉が開く。入ってきたのは、「蒼の薔薇」のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。平時であれば、貴族でもあるラキュースは、ラナー王女と紅茶を飲む際には、ドレスを着ている。しかし、いまは今すぐに冒険に行くかのような彼女のフル装備であった。
「駄目でしたか?」と暗い顔で入ってきたラキュースにラナーは声を掛けた。
「まったく頑固な男だ。ガゼフ・ストロノーフという漢は」と、ブレイン・アングラウスは、王族貴族の前であるにも拘らず、だらしなく椅子の背もたれに体重を預け、足を伸ばし、天井を見つめた。
ラキュースが安置所で行ってきたのは、第五位階魔法<死者復活《レイズ・デッド》>。王国最強の男、ガゼフ・ストロノーフを生き返らせるためであった。しかし、その魔法の効果は無かった。
『<真なる死《トゥルーデス》>は、低位の蘇生魔法では甦らせることは出来ない』
魔導王アインズ・ウール・ゴウンが言っていた言葉。クライムとブレイン・アングラウスは、確かにその言葉を聞いていた。
そして、ガゼフ・ストロノーフが復活を望まない、という言葉も聞いていた。しかし、ガゼフ・ストロノーフを生き返らせようとしている。その理由は、王命であった。ランポッサIII世から、「蒼の薔薇」への勅命。
ランポッサIII世の決意は固かった。貴族派が、ガゼフが死んだことをもって、ガゼフに与えられていた王国に伝わる五宝物を、他の有力な戦士に装備させるべきだ、と強く主張している。当然、貴族派の息のかかった戦士を候補者に挙げて。
ランポッサIII世は言う。『ガゼフ・ストロノーフが、装備を返上すると言うのなら検討しよう』
死人に口なし。ガゼフ・ストロノーフが、意思表示できるはずもない。まずは、ガゼフの復活。何としてでもガゼフ・ストロノーフを復活させるという王の固い意志がそこにはあった。
それによって、ガゼフ・ストロノーフの遺言とも言える『復活を望まない』という本人の意思は黙殺されている。クライムやブレイン・アングラウスは、故人の遺言を無視することに抵抗がある。しかし、王国最強という戦力であり、兵士達の精神的支柱でもあるガゼフのことを考えると、王国にとって必要不可欠な存在である。そのことも痛いほど分かっている二人である。復活させることに関して、自分の思いを飲み込むしか無かった。
「<真なる死《トゥルーデス》>という魔法の呪いは、永続するのかもしれんな」とイビルアイが口を開いた。
ラキュースが、第五位階魔法<死者復活《レイズ・デッド》>をガゼフに対してかけるのは、これが最初ではない。数えることが嫌となるほど、ラキュースは安眠の屍衣《シユラウド・スリープ》のマジック・アイテムによって腐敗防止が施されているガゼフ・ストロノーフの眠っている安置所に赴き、復活の魔法をかけている。
しかし、ガゼフ・ストロノーフが復活する気配はない。しかし、望みもある。それは、ガゼフ・ストロノーフの肉体が灰にならないということ。<死者復活《レイズ・デッド》>は生命が戻る際に、多大な力を要する。鉄クラス以下の冒険者は灰となる。冒険者の基準で考えればアダマンタイト級のガゼフ・ストロノーフは、復活をするはずである。しかし、ガゼフ・ストロノーフは、灰にもならないし、復活もしない。灰になるか、復活するかの二択以外の結果。考えられる答えは、<死者復活《レイズ・デッド》>の魔法そのものが、何らかの効果によって打ち消されているということ。ラキュースが、日をおいて何度も復活の魔法をかけているのは、復活を妨げる魔法の効果が切れることを願ってのことだ。復活を妨げている<真なる死《トゥルーデス》>の呪いが時間の経過とともに消えるのであれば、ガゼフ・ストロノーフは復活をする。その一縷の望みをかけて、ラキュースは魔法を唱えているのだ。
しかし、結果は、ラキュースの魔法は打ち消されているという結果が続いている。
「スレイン法国からの返事もまだ来ていない。いつまで待たせる気だ」とレエブン候がため息とともに言った。
王国には、第五位階魔法以上の復活の魔法を使える魔術詠唱者《マジック・キャスター》は存在しない。いるとすれば法国であり、より高位階の復活魔法を使うことのできる魔術詠唱者《マジック・キャスター》の派遣を依頼していた。しかし、法国からからの回答は沈黙……。カルネ村でガゼフ・ストロノーフを殺そうとしたのは法国であるとほぼ確定している。しかし、それは魔導王アインズ・ウール・ゴウンが現れるまでの事。王国と法国の争いは、人類という種の小競り合いに過ぎなかった。今は、人類という種の存続をかけた戦いである。人間と魔導王の種の存亡をかけた戦い。帝国からは、秘密裏にであるが、同盟の打診が来ている。それにも拘らず、スレイン法国は沈黙し続けている。人間種を守るということを旗印に掲げる国にも拘らずである。
「カルネ村で魔導王アインズ・ウール・ゴウンの力を思い知ったのかもしれません。勝てる相手ではないと……。そのことは、先の戦争での法国の声明からも読み取ることはできます。が、それでは不可解なことが多いのです」とラナーは口を開く。
「それは?」
「まず、戦士長様の魔導王に対する評価です。カルネ村で命を救われた戦士長殿ですが、魔導王のことを帝国主席魔法使いのフールーダ・パラダインと同等、もしくはそれよりも少し上、という評価をされていると思われます。言葉をかえれば、戦えば被害は甚大だ、というような評価であったと思います」
「おい! ガゼフが魔導王の力量を読み違えたって言いたいのか?」と、先ほどまで話を聞いているのか聞いていないか分からない態度であったブレインが、ラナーに掴み掛かる勢いでテーブルに乗り出す。ラナー王女に危害を加えたりはしないと分かっているクライムも、流石に身構えるほどの勢いであった。
「故人を悪く言うつもりはありません。私が言いたいのは、戦士長様も測ることのできなかった魔導王の力量を、法国の人間が何故それを測れたのか、ということです」とラナーは詰め寄るブレインに怯むこと無く言って、言葉を続ける。
「それはカルネ村の件では恐らく不可能でしょう。それならば、どうして法国は、魔導王は手出し無用の存在であると判断したのか……。それは、別の判断要素があったと考えるのが妥当でしょう。そして、その別の判断要素として考えられるのは、王国では二つ。一つ目が、エ・ランテルの墓地で発生した事件。
「ラナー王女。まさか、それは……」とイビルアイが言う。
「はい。どちらも、アダマンタイト冒険者、“漆黒の英雄”モモン様が解決された事件です。そして何より不可解なのは、
「モモン様を疑うのか!!」と興奮するイビルアイをラキュースが抑える。
「考えたくもありませんが、魔導王と冒険者モモン。この二人に何らかの繋がりが、いえ。率直に言えば、同じ勢力に属しています」とラナーは言い切った。