山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

2 / 26
新たなる戦い 1

 ナザリック王座の間。玉座が高い場所に置かれ、階段の下には、守護者達が跪き、主の登場を待ち構えている。

 

 カツン・カツン、というスタッフが大理石を叩く音が遠くから聞こえ始める。それを聴いた守護者達はより一層、身を低くする。自らの絶対的な忠誠の証として――。

 

 王座の間の奥の扉が開き、最初に入ってきたのは、守護者統括アルベド。十段の階段から守護者達を見下ろす。これからこの場に現われるナザリックの主、アインズ・ウール・ゴウンを迎えるに相応しい準備が整っているか。

 

「アインズ様のご入場です」とアルベドは高らかに宣言し、自らも一段下がった場所に膝を突き、頭を垂れる。

 

 カツン・カツン・カツン。

 

 守護者達は、頭を深く垂れてその姿は確認することはできないが、王座から流れてくる圧倒的な気配。ナザリックの絶対的支配者。至高の41人にして最後まで残ってくださった慈悲深き方。アインズ・ウール・ゴウンであることを確信する。

 

 王座に腰掛けた音がし、先ほどよりも強くスタッフが地面を叩きつける。守護者の誰もがゴクリと息を飲む。

 

「頭を上げよ。我忠実な部下達よ。それぞれが忙しい中、この場に集まってくれたことに対して、私は感謝の意を表す」とアインズは言う。声に抑揚はなく、平坦で、心などこもっていない、上辺だけの言葉のように聞こえる。

 

「守護者一同、偉大なるアインズ・ウール・ゴウンに忠義を尽くさせていただいているだけで充分でございます。感謝などもったいなきお言葉」とアルベドが口に出すと、それを同意するかのように、再び他の守護者達も頭を垂れた。

 

「お前たちの忠義を受け取ろう」と支配者に相応しい声が響く。

 アインズとしては、守護者が集まる際にわざわざこうして仰々しい儀式めいたことをしなければならないのは、手間としか言いようがない。気楽に会議を始めたいという思いがあるが、アインズ自身も、不思議と慣れた。半分、諦めと共に。

 

「さて、今回集まってもらったのは、魔導国、そしてエ・ランテルを手にした今、次の一手を打つ。だがその前に、それぞれ現状について報告をし、認識の擦り合わせを行う」とアインズは言う。

 実際、アインズ自身に次の一手など全く考えていない。いや、正確に言えば、不眠不休でも疲れを知らない脳が幻痛で痛くなるまで考えたが、何も浮かばなかったという方が正しい。エ・ランテルを領土として獲得したが、支配者が変ったことで問題が発生してきている。新たに発生した問題は、アインザック達からヒアリングして、把握することができた。だが、実際はそれらの問題を打開する具体策を立案しなければならない。

 

「守護者達。偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様に各自、報告をすることを許します。まずは、私から報告します」とアルベドが続いて言う。

 

「魔導国エ・ランテルですが、現状様々な要望が、家畜から寄せられております。まず、緊急性があるのは、水を飲みたいという要望です」

 

「それはそれは……。私の牧場でも、水を3日与えないでいると、羊たちがメェメェと歌い始めますからねぇ。夏の炎天下に、水を欲しがる羊達の奏でる聖歌を聞きながら夕涼みをするなど如何でしょう?」とデミウルゴスが言う。

 

「デミウルゴス…… それも楽しそうな企画ではあるが、今はエ・ランテルについて話しているのだ」

 一緒に風呂に入るのも守護者達の間で好評であったし、次の企画は夕涼み会でも良いかもしれんな……。

 

「アインズ様、申し訳ございません」とデミウルゴスは頭を下げる。

 

「良い。私も活発な議論を期待しているからな。アルベド、続けるのだ」

 

「はい。水問題の解決策として、ストーン・ゴーレムと“無限の水袋”を使います。水の輸送隊を編成し、ナザリック北方の湖とエ・ランテルを常時往復させ、水を供給したいと考えています」

 

「ほう…… 逃げ出した人員分を、私が生み出した僕《しもべ》などで代用しようとは考えなかったのか?」とアインズは尋ねる。マジック・アイテムを扱える人材はナザリックにも多数いる。ナザリックから人材を補てんするのが一番簡単だと思っていた。

 

「問題は、水を生み出すマジック・アイテムです。エ・ランテルの水道施設を調べましたところ、エンドレス・ウォーター系のマジックアイテムが使われておりました。しかし、エンドレス・ウォーター系は水を生み出す最大量が決まっており、定期的にマジック・アイテムを替えなければなりません。宝物殿にも代替できるアイテムはありますが、至高の41人の方々が集められたアイテムを家畜に使うなどというのは不敬です。また、エ・ランテルに商人が来ない状況では、安定してマジック・アイテムを購入できる保証もありません。()()()()できれば良いのですが、それは今後の課題でしょう」

 

(ナザリックから派遣するという案、自分の意見として言わなくて良かった…… アルベドに完全に論破されてしまうところだった……。支配者の威厳ってものが損なわれてしまうからな)

 

「輸送をする際には、保存《プリザーベイション》を忘れるなよ。あと、一度加熱処理をするか、浄化魔法を掛けるなど、衛生対策も忘れるなよ」とアインズはアルベドに言う。マーレはそのアインズの指示の意味が分からなかったらしいが、デミウルゴスが「一度加熱処理をすることによって、殺菌をするんだよ。家畜は死にやすいからね」と補足する。そして、「流石ワ、英知ニ溢レル御方ダ」「人間にも配慮をくださる慈愛に満ちた方」とコキュートスとセバスがそれぞれ感動を言葉にする。

(現実世界では、雨水なんて真っ黒で、普通に蒸留しても飲めないからな。こっちの世界でも雨水を直接飲むことはしないしな…… 割と当たり前のことを言っただけなのに、ここまで感動されるとな……)

 

 水に関しては、マーレが「アインズ様の無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)で飲んだ水は冷たくて美味しかった」と発言したことによって、会議の場に嫉妬が渦巻いた場面などがあったが順調にその議論は進んだ。

 

「次は、魔導国の法律関係でございますが、魔導国の憲法を起草いたしました」

 

(憲法を新たに作るとか、国作りをしているって感じだな。「ユグドラシル」のようなVRMMORPG以外にも、建国シミュレーションもあったみたいだしな。きっとこんな感じだったんだろうな)

 

「拝読させていただきます。

第1条、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、偉大にして至高なる死の王アインズ・ウール・ゴウン様之を統治す

 

第2条、アインズ・ウール・ゴウンは神聖にして侵すべからず

 

第3条、アインズ・ウール・ゴウンは絶対支配者にして、統治権を総攬す

 

第4条 アインズ・ウール・ゴウン様の御言葉が法なり

 

以上です。」

 

「おぉ。ついにアインズ・ウール・ゴウン魔導国にも成文憲法が成立するのですね。この世界という名の宝石箱をアインズ様にお捧げすることを、このデミウルゴス、改めて誓わせていただきます」とデミウルゴスが跪いたのを発端に、守護者達も膝をつき、改めて絶対の忠誠を誓っていく。

 

「お前たちの忠誠を受け取ろう。アルベド、あと他国との関税などに関する件。子細はアルベドに一任しよう。帝国との連絡役であるロウネ・ヴァミリネンの意見も参考にしながら細かい部分を詰めていけ」とアインズは言った。

(えっと? 憲法って、もっといろいろ書いてなかったっけ? 少なくとも9条まではあっただろう……。9条が日本にあったお陰で、欧州アーコロジー戦争に日本が巻き込まれず、なんとか国家として存続できたんだもんなぁ……。4条しかないって短いと思うけどなぁ……。じゃあどんな条文を盛り込むかって聞かれても困るからけど……)

 

「畏まりました。他国との国交及び通商等に関しては、他国の領土において魔導国の治外法権を認めさせる、他国には関税自主権を与えない等の内容を盛り込んだ条約を締結すべく動いて参ります」

 

「うむ、その辺はお前に任せよう」

(よく分からないが、アルベドなら上手くやってくれるだろう。仕方ないんだ…… 人には向き不向きってのがあるんだ……)

 

「次の議題ですが、他国の商人達がエ・ランテルを素通りしている問題、食料の価格高騰、冒険者の依頼減少している問題、また、エ・ランテルから逃亡した人材の補充の件ですが……」と先ほど前は饒舌とも言えたアルベドの歯切れが悪くなる。

 

「ん? どうした?」

 

「残念ながらこれらの問題に関しては、もう少し時間が必要でございます——」

 

「アルベドよ! エ・ランテルはアインズ・ウール・ゴウンの名で支配しているのだぞ! アインズ・ウール・ゴウンが支配する都市が解決できない問題を抱える! アインズ・ウール・ゴウンは、国などを統治することもできない無能者だと、他国から嘲り笑われてもよいというのか! アインズ・ウール・ゴウンの名に傷を付けることは許さんぞ!」と、アルベドの言葉を遮り、アインズの体から絶望のオーラが発せられると同時に、強い口調でナザリックの支配者が言う。

 

 アルベドだけでなく、守護者達全員の背中には冷たい汗が流れる……。

 

「申し訳ございません。私の無能をお許しください……」とアルベドはその場に土下座をして地面に頭に地面を擦りつけている。そして、涙を流しながら自分の無能を謝罪し、「どうか、私どもを見捨てないでください」と泣きじゃくりながら繰り返すアルベド。

 

「許そう……。泣くなアルベド、このハンカチを使え。私はお前達を置いて何処にも行ったりはしない」とアインズは明言する。

 

(あ……。アルベドとかは、人間のことなんでどうでもいいやと考えている節があったから、発破をかけようとしたつもりだけど…… これじゃパワハラだな…… この台詞はアインズ考案セリフ集から削除だな。あと、絶望のオーラとセットでやると効果があり過ぎるのも注意だな…… それに分かっているんだ……。アルベドが手を焼いている問題は、魔法や力だけでどうにかできる問題じゃない。商人達を無理矢理連れ去ってきても意味ないし、商品を奪ってもただの強盗だしな……。国外の商人がエ・ランテルに来るようにするには、儲かることが必要だ。冒険者に依頼を出すにも金。食料を買うにも、金……。金、金、金、結局は金がエ・ランテルに無いってことなんだよな……。経済が回れば、人も物も集まる。だが…… 魔法とか力ではそれはどうしようもないんだよな……。やっぱ、どこの世界も最終的には金なのか……? 課金した金額が多いプレイヤーはやっぱ強かったしな……)

 

「次は、私から報告を。王国を裏から支配するために傀儡とした八本指ですが……」とデミウルゴスが口を開く。

 その報告を聴いた瞬間、アインズの脳に閃くものがあった。というか、金を得るにはこれしかないと思った。それに、アルベドだけ叱るのもアルベドに悪い気がする。今後、守護者統括としてやりにくくなるかも知れないしな。

 

「それよりもだ、デミウルゴス! もっと重要なことがあるだろう!」と、デミウルゴスの話を遮ってアインズは口を開く。怒りが混じっているような口調。人の発言を遮るというのは会議の場においてマナー違反であるが、それを咎める存在などこの場にはいない。発言をしていたデミウルゴスが、失態でも演じたかの如く頭を地面につけている。

 他の守護者達も、再び表情が強ばる。

 

「八本指からのアガリはどうなっている? その資金で、エ・ランテルをアインズ・ウール・ゴウンの名に相応しいほど繁栄させる手筈のはずだ。王国も、帝国も、法国も、その他全ての都市が羨み、恭順を願うほどの繁栄をな。だが、その資金がまだ届けられていないぞ。そうだな、アルベド」

 

「は、はい。その通りでございます」と、アルベドはハンカチで涙を拭きながら答える。

 

「も、申し訳ございません。貯まった資金も、王都に蓄えてございます」

 

「その金をエ・ランテルに回せ。可能だな?」

 

「可能でございます。八本指のメンバー達は、至高の方に仕える喜びを悟ったのか、恐怖公の仲間に中身を食われながら、身を粉にして働き、アインズ様にお捧げする金貨を稼いでおります。麻薬、密輸、売春……。それぞれの部門に、ギリギリ以上のノルマを与えておりますが、さらにノルマを厳しくいたします」とデミウルゴスは、地面に頭がのめり込むのではないかという程、頭を地面に擦りつけている。

 

「アルベド。その資金を使って、エ・ランテルにアインズ・ウール・ゴウンの名に相応しい繁栄をもたらせ。その資金とお前の能力ならばできるはずだ」

 

「御心のままに」とアルベドも頭を垂れる。

 アインズは、申し訳無い気持ちで一杯であったが、その気持ちは抑制された。そもそも、八本指を支配したというのは偶然であったし、それはデミウルゴスとマーレの手柄というべきものであった。それに、八本指が稼ぎ出した非合法の金貨を、エ・ランテルに回すなどという指示をアインズは出していない。それにも拘らず、あたかも当然のようにそれを言う。

 

「コキュートス! 蜥蜴人《リザードマン》の支配。進捗はどうなのだ。いや……。私が自ら現地へと行こう」とスタッフを地面に叩きつけながらアインズはさらに口を開く。

 

「御身ミズカラ足ヲハコバレズトモ」

 

「私が行って、不味いことでもあるのか?」

 

「ソンナコトハゴザイマセン。リザードマンタチモ、アインズ様ノゴ尊顔を崇メラレル事ヲコノウエナク喜ブデショウ」

 

「それならば、明日行くとしよう。先触れや、歓迎など要らぬ。ありのままの支配の状況を見せてもらうぞ」

 蜥蜴人《リザードマン》をどのように支配しているのか。アインズはそれに興味があった。そもそも、エ・ランテルという都市を統治するということの具体的な対応策が分からない。だが、同じように、ナザリックが支配した蜥蜴人《リザードマン》をどのように統治しているかを実地で見学すれば、なんらかのヒントを得ることができるのではないか。そして、その為には、歓迎パレードなどせず、ありのままの蜥蜴人《リザードマン》の集落を見学する必要がある。

 

「御意……」

 

「では、話はここまだ」とアインズは立ち上がる。それに呼応するかのように守護者達は頭を垂れた。

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 主《あるじ》が去った後の王座の間。守護者達の間に長い沈黙があった。沈黙の原因は、自らが忠誠を誓う主の怒り。

 

「アインズ様、恐かったね……」

 長い沈黙を破ったのはマーレであった。

 

「オ怒リデアッタ」

 

「久しぶりに怒っているアインズ様を見たよ…… ん? どうしたのシャルティア?」とアウラが言う。

 

「久しぶりにアインズ様のオーラに触れ、下着がひどいことになったでありんす」

 

「変態……」

 

「アインズ様がお怒りになった理由……。慈悲深き偉大なアインズ様がお怒りになる理由はなんだったのでしょう」とセバスが口を開く。

 

 守護者達の心配は当然であった。守護者統括であるアルベド。そして、守護者達からしたら悔しいが、自分達の主が信頼を多く寄せているデミウルゴス。その両名が叱咤されたのだ。いやでも、先ほどのアルベドと同じように、自分たちに愛想を尽かして他の至高の方々のように彼の地へと行かれてしまうかも知れない。それは、守護者達にとって絶望である。

 

「それは私が失態を演じたからです」とデミウルゴスは言った。

 

「私には、デミウルゴスが失態を演じたことすらわからないわ」とシャルティアが真剣に問う。主が何に対して怒りを露わにしたのか。それすらも理解できない自分自身が、普段の言葉使いを忘れてしまうほど悔しい。

 

「偉大なるアインズ様に比べたら、私など取るに足らない存在です」と珍しくデミウルゴスが自虐的なことを言った。主人の怒りを買ってしまったことが堪えているのだろう。

 

「王都を襲撃したこと。その際に、八本指を支配すること。帝国から使者が訪れること。そしてエ・ランテルを手中に治めること。アインズ様は全てを見通しておられたのよ」とアルベドは言う。

 

「だけど、それでアインズ様がお怒りになったのはなんで? 全てをアインズ様の計画通りってわけだよね?」とアウラが首を傾げながら言う。

 

「アインズ様が仰られていたじゃないか。私が八本指が稼いだ資金をエ・ランテルに送らなかったことにアインズ様はお怒りになられたのだよ」とデミウルゴスは言う。

 

「ソレハアインズ様ノゴ命令ニ背イタトイウコトカ?」

 コキュートスのその言葉を合図として、他の守護者達から明確な殺気が漏れ出す。主の命令に背く……。たとえそれは同じ守護者であっても、万死に値する行為だ。むしろ命令違反をした守護者を看過することなどできない。温和しいマーレでさえ、杖を構えていつでもデミウルゴスを攻撃できる体勢となっている。

 

「そういうことではないわ」と、守護者の中で唯一殺気を放っていないアルベドが言った。「八本指からの資金をエ・ランテルに回せ、などというご指示をアインズ様はされてはいないわ。アインズ様はそんなことは命令しなくても分かるはずだ、とお考えになられていたの。命令を待たずとも適切な行動をしろ、ということよ。いつもアインズ様が、自分で考えろと言われているでしょ? アインズ様の叡智。私達が到底理解できるものではないわ。だけれども、本来は、命令を待たずに主の望む物を差し出す。それが守護者の務めではなくて?」

 

「アルベド。そうは言っても、アインズ様のご命令の意図を理解するだけでも至難でありんすよ?」

 

「ぼ、ぼくも……」

 

「リザードマンノ征服ノ件二関シテハ、アインズ様の意図ヲ理解デキテイナカッタ」

 

「どうすればアインズ様のお役により立てるのかな?」とアウラが言った。

 

「八本指。エ・ランテル。蜥蜴人《リザードマン》。なるほど……。アインズ様が次にお考えになられていることが分かったような気がします」とデミウルゴスが言って、それに「気付いたようね」とアルベドが不敵に笑っている。

 

「ぼ、ぼく、それ知りたいな」とマーレが言うのに続いて、他の守護者達もそれに続く。

 

「それはですね……」とデミウルゴスが守護者達に説明を始めた。








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。