山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein
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Prologue

 ナザリック魔導国エ・ランテルの最高級の宿屋、『黄金の輝き亭』。かの魔導王アインズ・ウール・ゴウンが支配する都市となるまで、大商人達が夜な夜な集い、豪華な食事とともに、莫大な金額の取引を行っていた場所。城塞都市エ・ランテルの繁栄の象徴であった。王国と帝国の間には、高い山脈が聳えている。この二国間を行き来しようと思えば、必ずこのエ・ランテルを通らねばならない。また、その事は、法国と王国、帝国との交易でも言うことができた。王国、帝国、法国、それぞれの国同士の交易の要所。莫大な富が集まる場所であった。王国でも、エ・ランテルが王家直轄領であったのは、この為である。

 そんな繁栄を築いたエ・ランテル。その経済が傾けば、真っ先にしわ寄せが来るのが、嗜好品や高級品。そして、高級な宿屋であった。

 かつては国を行き交う大商人達で満室に近かった宿も、その部屋のほとんどは空室。いや、正確に言えば、宿泊客は、アダマンタイト級冒険者、漆黒のモモン。そして、その仲間である美姫ナーベ。この二人だけの貸し切り状態が長く続いていた。

 

 その『黄金の輝き亭』の1階にある食堂。そこには、重苦しい空気が流れていた。王侯貴族が宿泊する場合もあるため、給仕係も一流の訓練を受けているが、その顔も不安で曇っている。

 そこに集まっているのは、エ・ランテルでも知る人がいないと言っても過言ではない大物達だった。

 エ・ランテル都市長であるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。

 冒険者組合長のプルトン・アインザック。

 エ・ランテルの食料関係の取引を一手に引き受けているバルド・ロフーレ。

 工房組合の代表、ハイトル・ベルグン。

 そして、並んで座っている彼等の対面に座っている男が、漆黒のモモン。そして、その斜め後ろには、美姫ナーベが無表情のまま立っている。

 エ・ランテルの人間側の中枢メンバーであった。

 

「王国の商人も、帝国の商人も、そして法国の商人も、このエ・ランテルを素通りして行ってしまっている状況です。我々も、エ・ランテルの状況を各都市で説明して回っているのですが……」とバルド・ロフーレはため息とともに口を開く。顔には苦労がにじみ出ていた。

 七万の王国の兵士を一撃にして葬り去る魔法詠唱者《マジック・キャスター》。大虐殺を生き残った者たちや帝国の兵士の口に戸は立てられない。魔導王は、人間じゃない。そしてそれが支配するエ・ランテル。命を惜しむ者が近づくはずもなかった。

 

「商人が来ない。それに応じて、商隊の護衛などの依頼も激減している。銅、鉄の冒険者達が食えなくなって来ている。彼等の手綱を引き締めてはいるが、盗賊などに落ちぶれる輩が出るのは時間の問題です」とアインザックもいつもの明るいような口調ではない。声が鉛のように重たい。

 

「都市から逃げ出した奴らの穴埋めができる人材がいないことも深刻だ。化け物の支配する都市で悪事を働こうとする命知らずはいないのが幸いで、都市の治安維持関連は後回しでも良いが、上下水道の管理をしていた生まれながらの異能(タレント)を持っている多くが逃げてしまったのが痛い。水が都市に行き渡っていない。これは、死活問題だ」とパナソレイは腕を組ながら目を閉じ、眉間に皺を寄せながら言う。

 生物に必要な水。エ・ランテル程の都市ともなれば、井戸水だけでは限界があった。マジック・アイテムを使って大量の水を生み出していた。ナザリック地下大墳墓の四階層の地底湖の水底に置かれている、一度起動させたら永続的に水を生み出すようなマジック・アイテムなどは、伝説級のマジック・アイテムであった。明確に存在が知られているのは、天空城だけである。

 

「逃げ出した恥知らずどもめ」と他の面々も口々に彼等を軽蔑する言葉を吐く。が、その胸の内は嫉妬が占めていた。大都市ともなれば、水を生み出すマジック・アイテムは何処でも使われている。そして、それを操ることができる生まれながらの異能(タレント)は、はっきりと言ってしまえば、何処の都市へと行っても重宝される存在。食いっぱぐれの無い人間だった。自分がそんな生まれながらの異能(タレント)に恵まれていたとしたらエ・ランテルから逃げ出さなかったか? そう尋ねられたら返答に困ってしまうだろう。

 

「それで、かの魔導王アインズ・ウール・ゴウンに伝えるべき要望とは?」とモモンが逃げ出した者を侮辱する言葉を吐いている面々に向かって言った。

 

「私からは、エ・ランテルの通行の際に関する関税がどれほどなのか、それを早々に各国に公表して欲しいです。魔導王に支配されたエ・ランテル。これを、新たな商機と考える商人もいることは確かです。しかし、通行税、関税などがどれほどであるのか、それが分からなければ、商売をしようにもどうしようもありません。これは個人的な意見ですが、王国の税率以下にしないと、商人の足が戻るのに時間を要するでしょう」とバルド・ロフーレが口を開く。

 

「商人の足が戻れば、冒険者組合への依頼も増える。私からもお願いしたい」

「分かりました。必ずそれを魔導王に伝えましょう」

 

「私からはまずは、水。その一言に限ります。食料などの値段が徐々に上昇していて、住民の生活を圧迫し始めていることも気になりますが、まずは生きる為の水です。井戸に長蛇の列が毎日できている。市民区画では、半日井戸に並んでやっとバケツ一杯の水を手に入れることができるという状況です。目下、第一城壁と第三城壁の井戸も市民に開放して対処していますが、それでも追いつけません」と、パナソレイが切実な口調で言う。

 

「食料などの値段が上がっていることは申し訳無い。私達も各都市を回って、なんとか物流を止めまいとしているのですが、エ・ランテルから来たと分かると、かなり吹っかけられるのが現状ですし……」

 

「エ・ランテルの工房で作られた品も、かなり買いたたかれている状況です」と工房組合の代表のハイトル・ベルグンが、バルド・ロフーレの言葉に補足を加えた。

 

「それはどういうことでしょうか?」とモモンは尋ねた。

 

「昔から懇意にしている商会にそれとなく聞いてみたところ、上からそういう指示が出ているということを仄めかしてくれました」

 

「それは、王国ですか? 帝国ですか?」とさらにモモンは尋ねる。

 

「両方です。強いて言えば、法国もですが……」

 

「軍事的に勝てないのであれば、経済的にエ・ランテルを疲弊させる。定石であるとは言えるが、相手はあの魔導王だ。不死者だ。飲み食いが必要だとは思えん。そんな中で、敵対的な経済政策を行うなど、非人道的だ。そんなことをしても、困窮するのはエ・ランテルの生きた人間だ! 少し前まで、王国の民であった人間にそんな仕打ちをするなど、王国も薄情だ。だが…… もとはといえば、あの冷徹な化け物が……」

 

「それくらいにしておきましょう。かの魔法詠唱者《マジック・キャスター》。我々の話を魔法で監視している可能性もあります」と、憤っているパナソレイをアインザックが抑える。

 

「……」

 

「分かりました。では、皆さんの要望を魔導王に伝えましょう。あの、アルベドという女は、この街を殺戮や絶望で支配しようとは思っていないと明言した。しかしながら、このままエ・ランテルの状況は日々悪くなっていっている。約束を反故する気か? と強く私から言うことを約束します」

 

「頼みますぞ、モモン殿!」と、全員が一斉に頭を下げ、「では、今日のところはこれで」と各々、『黄金の輝き亭』の食堂から出ていく。

 

 その姿をモモンは黙って見送っているように見えるが、頭の中では大混乱であった。今すぐ、頭をかきむしりたい気分だった。

 そもそも、ナザリックを支配するだけでも大変なのに、さらにエ・ランテル……。もう完全に鈴木悟のキャパを超えている。

(通行税、関税の設定……。そういえば、魔導国としての憲法のようなものも公布していないよな。一応国ができたんだから、それをしないと……。あと、インフラの復旧。逃げ出した人を穴埋めする人材。それに、経済制裁に対する対処……)

 心の中に記したメモを読み上げるだけでも悩ましい。アインズの想定外の問題が噴出していた。そして、それに対してどのように対応すれば良いのか、まったく見当がつかない。

 しかし、対策をしなければいけないのは確実であった。この『黄金の輝き亭』の食堂が昼時だというのにモモンとナーベだけしかいないという状況を見るだけでも分かる。モモンの目から見ても、都市に活気が無い。冒険者組合に顔を出しても、ただ暇そうに酒を飲んでいる冒険者達。かつては溢れるばかり棚に並んでいたマジック・アイテムなども、品切れが目立つ。街を行き交う人も、下を向いている。というか、人通りが極端に少なくなった……。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの名でエ・ランテルを統治した。そしてその統治が失敗したということであれば、アインズ・ウール・ゴウンの名が傷つく。それはかつての仲間達に申し訳が立たない。エ・ランテルは、アインズ・ウール・ゴウンの名にふさわしい繁栄を誇らなければならない。

 

 そうモモンガは決意するも、具体的な行動が思い付かない。

 

「ナーベよ。お前は、先ほどの話、どう思う?」と、後ろで先ほどから黙って控えているナーベに話しかける。

 

「アインズ様に生殺与奪の全てを支配されるという最高の幸福を得ながらも、さらにアインズ様に慈悲を願うなど、下等生物の癖に不愉快です」

 

「……」聞いた自分が愚かだったとアインズは思う。

 

 ・

 

 それにしても、関税か……。だが、関税をたとえ低く設定しても、各国の商人達はやって来てくれるのか、そんな素朴な疑問がアインズの脳裏を横切る。王国や帝国からエ・ランテルとの商取引を禁止される可能性だってある。将来的に言えば、ナザリックと支配した地域だけで経済が回せるようにしておいた方が安全であろう。だが、その食料はどこにある……? ナザリックは飲食不要の者が多く、エ・ランテルの人口を支えるほどの食料を生産できるとは思わない。塩など各種調味料は容易いが、小麦などは魔法的手段で生み出すことはできない。

 

 何処かの都市で大量に買い付けるか? セバスを使って、大量に買い付けさせるか? <転移門>(ゲート)を使えば、物理的距離はなんとかなるだろうし……。だが、その金はどこにある? もう俺が冒険者組合で依頼を受けて報酬を貰うことは難しい。ナザリック最高の外貨獲得手段であった、アダマンタイト級冒険者モモン。しかし、エ・ランテルの人民代表という現状の立場で組合から依頼を受けることなどできない。

 いっそ、ユグドラシルの金貨をそのまま魔導国の通貨として使うか? それなら、宝物庫に腐るほどある。いや、ダメだな。警戒すべきはプレイヤーだ。そもそも、羊皮紙《スクロール》に魔法を込める、NPCの復活など、対価を必要とする魔法は、ユグドラシルの金貨でなければ行えない。王国や帝国の金貨ではできないという報告が図書館長から挙がってきている。ユグドラシルの金貨は膨大な量があるとはいえ、限りが有る。守護者達を復活させなければならない事態などに備えて、金貨は温存しておくべきだろう。それに、最悪なのが、敵対的なプレイヤーの手に金貨が渡り、それによってやっかいな魔法を使われるということだ。

 

 て、手詰まりだ……。デミウルゴスにでも対策を聞いてみるか……。








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