田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)
評論家、石平氏の最新作『中国五千年の虚言史』(徳間書店)は、現代中国の政治状況に対する痛烈な批判の書になっている。何より、本書の題名からして一つの「ウソ」が込められている。
そもそも、中華の地は歴代さまざまな異民族支配を受けてきた歴史があり、また王朝や支配者の交代を繰り返してきたわけで、一貫した体制が維持されてきたわけではないのである。つまり、しばしば呼称される「中国五千年」自体が一つの大きなウソなのである。これを書名にした石平氏と出版社の、皮肉というか批判精神は本書を最初から最後まで通底している。
本書は「永久独裁」を目指している習近平国家主席とその政権に常に批判的である。それは中国だけではなく、「中国的なもの」が次第にまん延してきている、日本を含む世界の状況への批判にもなっているのである。
本書では中国最初の統一王朝となった秦(しん)から現代までの、権力者たちの何度となく繰り返されるウソと大ウソ、それによる権力の簒奪と堕落、そして交代というワンパターンが鮮烈な筆致で描かれている。
例えば、数千万人が飢え死にしたといわれる毛沢東による「大躍進政策」のエピソードを見てみよう。当時の地方政府の役人たちによるウソのつきぶりは全く笑えない。
毛沢東の独裁者ならではの無謀な要求を、自分たちの評価を高めようと実際よりもコメの収穫量をけた外れに申告する。そして法外な収穫量が明らかに疑わしいにもかかわらず、政治的な保身や打算により、当時の専門家やメディアはこぞって、このウソを全国民に喧伝(けんでん)していった。
こうして、コメは過大な収穫量に応じて、中央政府に税として徴収され、その結果、猛烈な飢餓が実現してしまったのである。これは自然災害ではなく、まさに政治のウソが招いた人災である。
アジア人で初めてノーベル経済学賞を受賞したインドのアマルティア・センは、このような飢饉(ききん)を「権原」によるものであると指摘した。つまり、実際には豊富な食糧があるにもかかわらず、国民の大多数はその食糧を得る権利が、政治的にも経済的にもないのである。
このような状況は、300万人の餓死者を出した1940年代のベンガル大飢饉、そして数百万人の餓死者を出した90年代の北朝鮮の大飢饉などと、全く同じ構図である。その構図とは真実、この場合では「食料が実は豊かにあること」を知らせず、ウソを流布することで国民の大多数を死に至らしめる政治の在り方である。
しかも、このウソによる民衆の苦境や、権力の醜い交代劇は、中国の歴史の中に何度も何度も反復して現れるのである。それはなぜだろうか。