なぜ宇宙人からのメッセージは届かないのか?

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


好きな人から返事がこないと、あなたは携帯を1分おきにチェックしながら理由を悶々と考える。考えても考えてもメッセージは届かない。

人類も現在、悶々と考えている。なぜ、まだメッセージは届かないのか、と。

もしかしたら、宇宙人は電波以外の方法で交信しているのかもしれない。それは重力波や量子テレポーテーションを利用した通信かもしれないし、人類がまだ知らぬ物理法則を使っているのかもしれない。たとえ電波を使っていても、シャノンの情報理論によれば最大効率で圧縮された情報は圧縮法を知らない限りノイズと区別できない。だから宇宙人のテレビ放送や携帯電話の電波を判別できないのかもしれない。だが、大人が二歳の子供と話すときにわざと難しい言葉を使わないように、もし宇宙人が地球人とコミュニケーションを取りたければ、我々の原始的な技術レベルに合わせた方法でメッセージを送ってくるはずではないか?

もしかしたら、見逃しているだけかもしれない。宇宙人は何度も地球に電波を送っているのに、その時間にその方向へ正しい周波数でアンテナを向けていなかっただけかもしれない。国会議員がSETIの予算カットを議論していたその時も、連邦議事堂の中を宇宙人からの電波が素通りしていたのかもしれない。

もしかしたら、マーシーとバトラーがデータの中に埋もれていたホット・ジュピターの証拠を見逃していたように、すでに宇宙人からの電波を受信しているのに気づいていないだけかもしれない。何か人類が些細な常識にとらわれているために、データの中に埋もれているメッセージに気づいていないだけかもしれない。あるいは送り手の方が、彼らの常識に囚われた送り方をしているのかもしれない。

もしかしたら、宇宙に存在するのは内向きな文明ばかりだからかもしれない。宇宙人たちが気にするのも生活や娯楽や芸能人のスキャンダルや国同士のいざこざばかりで、遠くの星と交信することなど興味がないのかもしれない。地球より圧倒的に進んだ技術を持っていても、技術的才能が使われるのは、VRゲームに子供がもっと課金するような仕掛けや、バイオ食品合成機のソースに新しい味を追加することや、消費者のサブリミナルに訴え購買意欲をそそらせる家庭用AIや、肌の色がミントグリーンの種族とモスグリーンの種族が殺しあうための兵器開発ばかりで、何の役に立つかわからないSETIや宇宙探査などに血税を使えばたちまち批判されるからかもしれない。

もしかしたら、地球が危険だからかもしれない。血なまぐさい殺し合いを数千年にわたって繰り広げてきた銀河史上最も野蛮な種族が、その征服欲を一向に抑えられぬまま急速に技術を発達させるのを、宇宙人たちは戦々恐々としながら見ているのかもしれない。もし彼らの惑星の存在が知られてしまえば早晩地球人にテラフォーミングされ植民地化されてしまうと恐れているのかもしれない。まるで肉食獣がうろつくサバンナの草陰で息を殺す野ウサギのように、地球の方向へ決して電波を出さないように用心しているのかもしれない。「Wow!シグナル」を間違えて送ってしまった宇宙人はきつくお灸を据えられているのかもしれない。

もしかしたら逆に、地球が平凡すぎるからかもしれない。銀河に何億とある生命を宿す世界の中で、地球は何の変哲もない、何の面白みもない世界なのかもしれない。コメディSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』で、旅行ガイドブックに地球は「ほぼ無害」としか書かれていなかった、というジョークがある。地球はパリや京都やメッカやグランド・キャニオンではなく、百年間誰も旅行者が訪れない、名の知らぬ国の名の知らぬ村のような場所なのかもしれない。インスタ映えを好む宇宙人旅行者の興味をそそらないばかりか、ニュース性のある発見を求める宇宙人科学者がアンテナを向ける価値すらないのかもしれない。

もしかしたら、地球文明があまりにも原始的なため保護の対象になっているのかもしれない。アマゾンやニューギニアのジャングルの奥には現在も「未接触部族」が百余りあることが知られている。文明と一度も接触したことがなく、原始時代のままの生活をしている部族だ。政府は彼らの貴重な文化を保護するため未接触部族へ干渉しないようにしている。地球は銀河ユネスコの「保護文明リスト」に登録され、接触が厳しく制限されているのかもしれない。地球人に見られてしまったUFOのパイロットには、帰還後に重い罰金が待っているのかもしれない。

あるいはもしかしたら、宝くじに当たりはないのかもしれない。千億の星が輝く銀河に、千億の銀河がたゆたう宇宙に、地球以外の文明は一つもないのかもしれない。我々は本当にひとりぼっちなのかもしれない。

コルク

この連載について

初回を読む
宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

toshimabou 君のとこだけ届いてないんじゃないの?〉 #スマートニュース 約14時間前 replyretweetfavorite

cagean 好きな感じの考察。 約16時間前 replyretweetfavorite

FeiltagelseTP 風刺も皮肉も茶目っ気もあって面白いが、つらつら書いた最後の締めにあの内容を書くところは共感が持てる。 約18時間前 replyretweetfavorite

test_tsuzuki https://t.co/Ygm0KrPyi1 約19時間前 replyretweetfavorite