王都-9
セバスと別れ、戻ってきたクライムはラナーに何があったかを伝える。通りであったこと、セバスの話、そしてセバスが助けたという女性。
そしてその女性を匿ってもらえるかというクライムの質問に対し、迷いの時間は数秒も無い。即座という言葉が相応しい速度で発された、ラナーの返事は快いものであった。
「うん、構いませんよ」
「ありがとうございます」
優しく微笑んでいるラナーに、クライムは深い感謝と共に頭を下げる。
王女であるラナーの領地はかなり広く、それを考えれば女性の1人ぐらい匿うことなぞ容易いことだ。領内の外れの方の村にでも入れてしまえば、滅多なことでは情報は漏れないだろう。つまりは彼女の安全はかなりの確率で保証できるということだ。
これで突然現れたにも係わらず、自らに修行を着けてくれたセバスへの恩義を返せる。そしてラナーがそう判断したということは、迷惑をかける可能性も低いのだろうと、クライムは胸を撫で下ろした。
「クライム……心配した? 私が断ると?」
僅かに悲しげな色を含んだラナーの言葉に、クライムは弾かれたように頭を上げる。
「そ、そのようなことはありません! お優しいラナー様なら決して断らないとは思っていました。ですが、それによってラナー様にご迷惑をかけては従者として許されることではありません! ですのでもし、心配していたとするなら、ラナー様にご迷惑をかけることに対してです!」
クライムはあの拾われた日から、ラナーをこの世界でも最も優しい女性の1人であろうと信じている。
慌てて言葉を紡ぐクライムを見て、微かにラナーは唇の端を優雅に緩めた。その態度に先の発言が冗談だったと悟り、クライムは安堵のため息をつく。
ラナーという女性を悲しませることがあってはならない。そんなクライムの感情は、憧れの女性を眩しく仰ぎ見たことのある男性ならば理解できるだろう。
「……少しばかりその老人に会ってみたいわね」
「うんうん、でもおじいさんかー、残念」
「……はぁ」
横で話を聞いていたラキュースが興味を惹かれたように呟く。それに同意するようにティアが頭を縦に振る。
それは王国最強であるA+冒険者としての意志を含んだ言葉だ。
クライムが見るところガゼフ級という人物――セバス。そんな人物が居れば情報が耳に入っているはずなのに、A+冒険者である2人ですら名前に覚えが無い。それは興味を惹かれてしかるべき存在だ。
「外見を偽ってるとかありそうね」
「うーん、かもしれないね」
「A+やAクラスの冒険者で老人はいなかったし」
「外見から考えると、世捨て人って線も消えそうだしね」
「なら、女性の件でもう1度会う約束をしております。その際先方にお尋ねして、もし許可をいただければお会いしてみますか?」
「ええ、よろしく、クライム」
「畏まりました」
クライムはラキュースに頭を下げ、これで1通りの話は終わりだという空気が室内に生まれる。しかしながら、それをラナーは容易くぶち壊した。
「ところで、クライム。本当はもっと言いたいことがあるんでしょ?」
王女という地位に相応しい、落ち着きながらも豪華なこの部屋の空気がピキリと音を立てて凍りついたようだった。ラキュース、クライムは互いの顔を見合わせ、言葉無く視線を駆使して相談を行う。ティアはぼんやりとその光景を眺めているだけだが、そのぼんやりとした空気はまるで自分に話しかけるなという無言の障壁のようでもあった。
「……何を?」
ごくりと唾を飲み込み、クライムはラナーに尋ねる。そんなクライムを迎撃したのは不思議そうなラナーの瞳だ。
「クライムはもっと別のことを言いたいんですよね? もっと別のことを私にお願いしたいんですよね?」
ニコリと笑うラナーに、クライムは冷や汗が背筋を流れるのを感じ取った。
同じテーブルに座っているラキュースが僅かに怪訝そうに表情を歪め、それから何を言っているのか予測が付いたのか、しかめっ面へと変化する。
クライムが言いたいことはたった一言。
助けれないのか。
それだけである。
他にも捕らわれている人が居て、それらの人に救いの手を伸ばせないのか。だがしかし、そんな思いを込めた言葉をクライムは告げるすべを持たない。
目を閉じて知らない振りをすれば、何事も無く全て終わるのだ。多少の罪悪感は残るだろうが、実際に被害が出るよりも良い。
「その様なことは何もございません、ラナー様の勘違いかと」
「そう? クライムの考えていることは大体分かるんだけど」
「で、では今回が初めてお間違いですね。わ、私は何も特別なことを願ってはお、おりません」
「本当に?」
覗きこむように、ラナーがクライムの顔を伺う。
「は、はっ……その通り、です」
じわりと額に滲み出した汗を感じながら、クライムは言葉を濁す。ここから先は踏み込んでも利益どころか不利益しか出ない領域だ。ラナーという自らの主人の利益を考えれば、クライムの考えたことは破棄すべきアイデアである。
ラキュースも眉を顰めているのは、ラナーが言いたいこととクライムの思いを理解しているからだ。
「ねぇ、アルベイン。クライムの言う、セバスさんの拾ったという女性のいた地域から何か調べがつかない?」
答えの前にはぁ、と1つのため息。
「……あんまり首を突っ込むべき話じゃないと思うけど?」
「なんで?」
「なんでって……」
無邪気そうに顔を傾げたラナーに、脱力をしたようにラキュースは説明する。
「王都の闇に首を突っ込むのはよした方が良いということ。まぁ、あなたがどうこうされるということはないだろうけど、それでもあんまり良いものは見れないと思うわ」
困っている人がいて、救いの手を伸ばす。それは素晴らしい行いだ。しかし、事はそんな簡単にはすまない。王族という圧倒的な権力を持っていようともだ。それらの人を救うという行為は、それらを苦しめている存在と敵対する行為に繋がるのだから。
闇社会というのは欲望によって生じる、社会の腐敗した部分だ。当然、利権関係で王家とだって繋がっている犯罪者だっているだろう。ある意味必要悪な部分があるのだ。それとの敵対行為は弱りつつある王家に大きな落とし穴を作りかねない。
だからこそクライムも、その他の人を助けるという関係の発言は一切しなかったのだ。
ラキュースは迷う。
そういう汚れを王国で最も綺麗な人物に見せてよいのか。そしてそんなものの存在を知って、ラナーという女性が変に動き出したらどうすれば良いのか。
――答えは出ない。
「お願い、調べてくれる?」
じっとラキュースは友人の顔を見つめる。この友人は人の気持ちを理解するのが鈍い女だ。ただ――チラリとクライムに視線を流す――クライムの気持ちだけは異様なほど理解するのが早い。
もしかして気持ちを理解しない、空気の読めない女というのは演技なんでは無いだろうかと持ってしまうほど。
いや――。
ラキュースは被りを振る。いくらなんでも自分や王家を追い込むような演技まではしないだろう。
「無理」
「なら誰かにお願いするから――」
「――止めておきなさい。友人からの警告よ?」
「なら苦しんでる人は見捨てるの?」
「……それは……」
「仕方が無いんじゃないですか? 運が悪いからと諦めてもらうのが一番ですよ」
元々、イジャニーヤの一員であるティアの発言は容赦が無い。
「民が苦しんでいるのを、見捨てるのが正しい王家の人間の行動なの?」
「…………」
「……むぅ」
クライムとラキュースは言葉に出せない。
確かにラナーという女性ならするだろう行為ともいえるからだ。
黄金と称されるこの女性は民を考え、弱きものを考え、助かろうと足掻くものへ手を差し伸べる。
そんな女性なのだから。
クライムは思わず現れてしまいそうになる敬愛の念を必至に堪える。クライム本人としては非常に嬉しいのだが、ラナーのことを考えれば良い行動とはいえないために。
ラナーとラキュースは見つめあい、そしてラキュースは折れる。
「はぁ、分かったわ。調べてくるから少し待っていて。ティア行くわよ。あなたのコネクションを使って、盗賊ギルドから情報を買ってきましょう」
◆
「調べてきたわ」
それがものの3時間足らずで帰ってきたラキュースの1言だった。
先ほどまではドレスを纏っていたのに、今のラキュースは服装を変え、非常に動き安そうな格好をしている。冒険者が鎧の下に着る厚手の服だ。ただ、王女の前にくるということもあって、その中でも充分に綺麗なものを選んでるのだろう。泥や汚れ、あとは血の色といったものが一切無い。
それに動きにあわせて、微妙に花のような良い香りが立ち込める。香水なんて自分の位置をばらすようなものを冒険する人間が使うはずが無いので、それなりに気を使っていることか。
「お帰りなさい。さぁ、座って」
ラキュースとティアはラナーの指し示した、3時間前まで座っていた席にどかりと座る。その体を投げ出すように座り込む姿は、情報収集を急いだために疲労したことを充分に物語っていた。
「お、お早いのですね」
テーブルに座ったラキュースとティアの前に飲み物を準備しながら、クライムは尋ねる。
デキャンターのようなものから注がれる水には、ほのかな柑橘系の匂いが漂っていた。グラスを掴み、ラキュースは一気に呷る。綺麗な――染み1つ無い健康的な喉がごくごくと動き、果実水を即座に胃に収めた。
「はぁー」
こつんと置かれたグラスに、クライムが再び果実水を注ぐ。クライムはラキュースの横に座るティアに視線を動かす。両手でグラスを掴み、ハムスターとか小動物を思わせる雰囲気でちびりちびりと飲んでいるティアのグラスには、果実水はまだ充分に入っている。
それを確認すると、クライムは自らに許可された席へと腰を下ろす。
「ありがとう、クライム」
今度はゆっくりと唇を湿らすように、果実水を含んでから、ラキュースは1つため息をついた。
「えっと、元々、盗賊ギルドも厄介だと思っていたみたい。それで彼らが内偵を進めていたお陰で、直ぐに情報が集まったわ。始める?」
「ええ、お願いします」
「……ねぇ、ティエール。私はこれをあなたに言って良い話なのかどうか判断がつかないわ。こういった世界があるというのは知るべきだろうと思うけど、それが正しいのかまではね」
「……教えてアルベイン。知るべき事だと思うから」
「……なら一切隠し事はしないわ。それに言葉もあまり濁さない。構わないわね?」
じっと見つめるラキュースに、ラナーは微笑む。それは何も考えてないようにも、強く決心しているようにも思える不思議なものだ。ラキュースもじっと見つめ、僅かに首をかしげた。読めないのだ。
「まずは彼らは3つの店を経営……持ってるわ」ラキュースの表情が険しくなる。「1つが子供とか年齢が若い子を使っているところ。1つが成人しているけどなんとかなる人。そして最後が……先の2つでボロボロになった人が回されるところで、廃棄目的の使い方をするところ。最も下種なお客さんが集まるところよ」
処分を兼ねたところね、とラキュースは最後に呟く。
「で、その店はディーヴァーナークの8本指という奴らが色々と運営管理を行っているわ」
「ディーヴァーナーク? 堕落と快楽の魔神ですか」
クライムが横から尋ねる。
13英雄が倒した魔神とは別ではあるのだが、ディーヴァーナークは魔神の1体であり、穢れた欲望などを統べるとされる、神話において炎神に焼き尽くされ、魔界に封じ込められたという存在だ。
そんな魔神の持つ8本指は、人の大きな欲望8つを意味するとされていた。
「それじゃ、邪教集団が後ろにいるのかしら?」
「そうだったらよかったんだろうけど、残念ながら違うわ。単純にその名前を使っているみたいね。盗賊ギルドの調べによると」
邪教集団なら討伐する大義名分が出来る。これは流石に後ろに貴族がいたとしても庇うことの出来ない、重大な法違反だからだ。流石に神殿まで敵にするような人間を、いくら同じ派閥の貴族でも庇ったりしないだろうし。
「えっと、戦闘能力に長けているのは8人中5人。その他は店の金銭的な管理、法律的な管理、貴族とのパイプの強化やもみ消しの3人のようね。一応、その8人の外見的特長や能力を大雑把に教えてもらってきたわ」
ラキュースは厚手の紙を数枚取り出し、テーブルの上に広げた。
「失礼します」
クライムは手を伸ばし、紙に走り書きされた文章を読む。女性の手で書かれたそれは、ラキュースかティアの手によるものだろう。
名前、外見、そして主となる戦法。使っている武器等々、非常に細かく書かれている。
同じように紙を眺めていたラナーは興味を失ったように紙を戻す。王女であるラナーからすれば興味を引かれないのも当然か。
「えっと、強いの?」
「……何を基準に考えるかね。私たちからすれば全員大した敵じゃないわ。でもクライムからすれば強敵というより勝てない奴が何人かいるわね」
恐らく3人。もしかするともう1人追加というところだ。
クライムは全部の紙を眺め、そう判断する。
「えっと、それでその店は元々貴族とかのお払い箱になった女性が安く売られてきて、働かされているみたい。安く売られてくるのは処分も兼ねてるからね。それに最悪なタイプの性欲の発散にも使われているんでしょうね。最後の店ではかなり人が死んでるみたいよ。多分殺されてるんでしょうね。バラバラになった手や足の処分というのも見つかってるらしいわ」
太陽が雲に隠れるように――ラナーという女性の美貌にわずかな影が掛かる。その表情を見て、こんな世界のことを聞かせるべきではない。しかし知ってもらいたい。その2つの相反する感情がクライムの中に生まれる。
「そして厄介なことに裏にいる貴族はイズエルク伯ね」
ラキュースの言葉を聞いて、先ほどのラナーよりも強くクライムは眉を顰める。
王宮内の権力闘争はラナーまで飛び火しかねない危険な大きな炎だ。そのため彼は貴族の権力闘争もある程度は知るように努力している。無論、どこの派閥からも遠慮されてはいるために、充分な知識を持っているわけではないが、食堂や訓練所などでの兵士の動きを見ていれば僅かには理解できる。
闇のもぐった部分は不明だが、それでもクライムの知識ではイズエルク伯は――
「――王派閥の中堅貴族ですか」
みたいねとラキュースが肩をすくめる。
貴族の令嬢ではあるが、冒険者としての名高い彼女は貴族社会に関する知識はクライムより劣る程度しか持っていないはずだ。そんなクライムの疑問をラキュースは容易く答える。
「盗賊ギルドで聞いたわ。当然、後ろ盾のイズエルク伯についてだって盗賊ギルドだって調べているわ。その店の用途はどうも、派閥の強化や寝返りなんかに使っているみたいよ? 下種な欲望を満たして後腐れは無い」
反吐が出るとラキュースが呟く。
「さて、大雑把に説明したけどこんなところかしら?」
「完璧」
「そう、ありがとう、ティア。さて、どうするの?」
沈黙という帳が室内に下りる。そしてそれを切り裂くのはラナーの一言だ。
「兵士を動かして、ずばっと」
「無理ね」
ずぱっと切ったのラキュースだ。その勢いに押され、ラナーはそれ以上を口には出さず、別の手段に思考を巡らせる。
王女だからといって兵士を動かせるのはかなり難しい。
王女直轄の兵士がいればこんなことを考えるまでも無いのだが、残念ながらラナーには直轄の兵士はクライムぐらいなものだ。そのため兵士を動かすとなると命令を下す必要が出てくる。そうやってこの場合は王派閥の兵士を動かすこととなるだろう。
しかしながら相手の後ろ盾となるイズエルク伯は王派閥の貴族。どのようなコネクションがあるのかまでは不明だが、動員した兵士の動きが遅くなる確率が非常に高いのは容易く想像できる。
では貴族派閥の兵士を動員したらどうなるのか。
それは対立派閥に一撃を食らわせることの出来るチャンスを、敵対しているはずのラナーから貰ったようなものだ。全力で命令をこなし、そこに囚われている人は助かるだろう。しかしその結果として確実に王派閥の勢力をそぎ落とすものとなり、王派閥に亀裂を入れかねない原因へと繋がる。
つまりは兵士を動員等、ラナーの権力を使った行為では良い結果をもたらすことは出来ない。そのため次の案は――
「冒険者を動員したら問題は解決しますよね?」
「……でしょうね」
ポツリとラキュースは答えるが、その目に宿っているのは否定的な意志だ。次に説明したのはティアだ。
「冒険者なら問題は解決する。でもイズエルク伯の問題は解決しない」
イズエルク伯が裏で手を引いている商売を潰した場合、禍根は確実に残る。それが例え王女の命令だとしても。いや王女の命令だからこそというべきか。派閥の中心になる人物が派閥にダメージを与える行為をするのだから、派閥を大きく揺らす問題に繋がりかねない。
イズエルク伯が裁かれればもっと大きな問題に発展するだろう。
つまりはどう転がっても王派閥にはダメージとなる。だからこそラキュースは反対しているのだ。どっちにしてもラナーという友人の不利益にしかならないから。
「どうして? イズエルク伯が捕縛されれば問題は解決じゃなくて?」
「だから、そんな単純にはいかないのよ。派閥を揺るがしかねないの」
「……そんな悪い人は派閥に必要あるのかしら?」
「……派閥というのはそんな簡単なものではないわ。そしてある意味イズエルク伯が必要悪とされている可能性だってあるんだから」
「依頼人を隠せばいいんじゃない?」
「ギルドはその辺を調べるから、ラナーが依頼したということを完全に隠すのは難しいわ。ワーカーを雇うしかないけど……ワーカーは信頼性にかける場合があるから」
「ならアルベインが雇うというのは?」
「勘弁してよ。一応私も貴族の娘よ。下手なこと出来るわけ無いんじゃない。家に迷惑が掛かるわ」
「そうなの? でも正しいことしてるんだから……」
「はぁ。……いい? イズエルク伯が運営している店をどうにかするなら、イズエルク伯と交渉しないといけないわ。もしくはイズエルク伯に黙らせるだけの圧力をかけないといけない」
「王女である私なら圧力ぐらいできますよね?」
ね? とラナーはクライムとラキュースを交互に見る。
分かんないかなぁ、そう疲れたように言ってから、ラキュースはクライムへチラリと視線を動かす。そしてそんな視線に含まれた意味を、クライムは鋭敏に理解した。
「……ラナー様。正直、圧力をかけるのは難しいかと思います。ここまで考えてくださったラナー様のお優しさは皆、充分に理解しております。ただ、これは非常に繊細な問題。歯を噛み締めて、目を伏せるのが得策かと」
クライムはそうは思わないのだが、ラナーは根回しの大切さをあまり理解しない、わが道を行くタイプの女性だ。今回のような微妙な問題である場合、突き進んだ結果大怪我をする可能性は非常に高い。それをみすみす見過ごすわけにはいかないのだ。
自分の好きな女性が、ズタズタに傷つく、茨の道をあえて行くことを望む男はそうはいない。クライムはそれぐらいなら自分がズタズタに傷ついて、切り開いた少しは安全な道を歩いて欲しいと思うタイプの男だ。
囚われ、奴隷のごとき扱われ、そして死んでいく人は可哀想だし、そんなことをする奴らには吐き気すら催す。しかしクライムにとって最も大切な女性はたった1人であり、その人物のためならば目を逸らすのも仕方が無いことだと考えていた。
「クライム以外の直属の兵士を私も持つべきでしたね」
「そうだったかもしれません」
「持っていても貴族関係の問題は解決しないけどね」
「王女様は綺麗なお飾りだから」
「ティア!」
「事実」
重い沈黙が落ちる。ラキュースはティアに鋭い視線を送るが、爆弾発言を行ったティアの表情に変化は無い。
「アルベイン、クライム。やっぱりお飾りなんですよね」
「そ、そのようなことはございません!」
クライムは大声で言う。それは誤魔化すポーズのようであり、そしてそんなことに騙されるラナーではない。
「……本当ですか?」
「うっ……」
純粋なラナーの瞳に飲み込まれたように、クライムは言葉を続けることが出来なくなる。ティアの言ったことは事実だとクライムも思っているから。
ラナーは目を閉じ、頤を上に向ける。
そのまま数秒の時間が経過する。クライムはなんと慰めればよいのか考えるが、ちょうど適した言葉を思い浮かべることが出来ない。ラキュースも無言で、顔を歪めるだけだ。
「……仕方ありません。レェブン候を呼んで下さい。つい最近の色々な事態に対する会議で来てましたので、まだ王都内にいるはずです」
「候をですか?」
クライムの記憶では6大貴族の1人で、王派閥に属する貴族だ。ただ、その中でもある意味異質な存在であり、レェブン候の兵士達もあまり王派閥の兵士と仲が良い雰囲気をみせない。
そんな人物を? という疑問が浮かぶが、ラナーの命令であればクライムのすべての考えに優先される。ただ、念のために1つだけ確認は取る。
「……もう遅い時間ですがよろしいですか?」
クライムの視線が動き、窓の外の光景を確認する。外の天空には星星が浮かび、夕闇が世界を支配している。ただ、夕食の時間にはまだなっていないが、これからアポイントも取っていないのに呼ぶというのはある意味あまり品の良いことではない。
勿論、王女であるラナーの召喚を受けて、大貴族といえども断れるわけが無いが。
「構いません。私から緊急でお願いしたいことがあると伝えてくれれば、来ていただけると思います」
「畏まりました。ではこれからレェブン侯をお呼びしてきます」
クライムはゆっくりと席から立ち上がった。
「アインドラ様、では少し失礼します」
「ええ……。ねぇ、ティエール。蝙蝠を呼ぶなんて、何を考えているの?」
そんなラキュースの疑問の声を背中に聞きながら、クライムは部屋を出る。