PvP+N   作:皇帝ペンギン
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第9話

 その日を境に世界は変わり始めた。人々が望もうと望むまいと。

 

「また……ですか」

「ええ、今月だけでもう三件目です」

 

 NPCから報告を受けたスルシャーナはどうしたものかと頬杖をついた。ある日を境に、これまでほとんど生まれてこなかった魔法詠唱者(マジック・キャスター)の才を持つ赤子が多数確認されたのだ。それだけならば人類側の将来的な戦力増強に繋がるので喜ばしいのだが、亜人たちにも同様の現象が起きているらしい。国境沿いに配備した死の騎士(デス・ナイト)へ〈火球(ファイアーボール)〉や〈雷撃(ライトニング)〉が飛んできたのだ。それも全く別種の、異なる地域の亜人からだ。それらはユグドラシルの位階魔法である。

 元来この世界で魔法と言えば竜王(ドラゴン・ロード)たちの、その中でも一部の〝真なる竜王〟と呼ばれる存在のみが使用可能なものであった。以前スルシャーナや仲間が魔法を詠唱した際、魔力(MP)や体力がごっそり持っていかれた経験がある。それは本来存在し得ない法を行使した、世の(ことわり)に背いた代価ではないか? スルシャーナはそう仮説を立てていた。仮説を立証するためにスルシャーナ自身、魔法を試してみた。夜間人気のない場所まで出払って発動。実に二百年以上ぶりの詠唱だった。結果、問題なく発動し、魔力(MP)消費も相応のものであった。その意味するところは――

 

「何者かが世界の(ことわり)を変えた……と?」

「そんなことが可能だとすると――まさか!?」

 

 たっち・みーとスルシャーナは思わず顔を見合わせる。ユグドラシルをプレイしたことのあるものならば誰でも思い至るであろう。そう、世界級(ワールド)アイテムだ。

 

「以前アインズ・ウール・ゴウン(我々のギルドメンバー)が一定期間鉱山に入れなかったことがあります。今回何者かが使用した世界級(ワールド)アイテムはおそらくその類のものでしょう」

「運営にお願いできる系の世界級(ワールド)アイテム……ですか」

 

 この世界そのものに影響を与える世界級(ワールド)アイテム。そんな代物を何のためらいなく使用した謎の存在に背筋が凍る思いだった。無論、プレイヤーではなく亜人や異形種のなどの現地人の仕業という線も完全には否定できないが。思えばたっち・みーがスルシャーナのところにきて早百年は経過している。

 

「……百年周期でプレイヤーが転移している?」

 

 そんな法則がありえるのだろうか。荒唐無稽な話だが、現実に世界改変が起こってしまったのだ。注意するに越したことはない。そして位階魔法の他に変化がもうひとつ。

 

「たっちさん、実は相談したいことが――なっ!?」

 

 口を開きかけたスルシャーナの眼窩の赤が揺らぐ。死の騎士(デス・ナイト)との繋がりが切られていく感覚がした。それも一体や二体ではない、まとめて薙ぎ払われているのだ。南方の国境沿いに配置した死の騎士(デス・ナイト)たちが次々と屠られていく。竜王(ドラゴン・ロード)ですら短期間でここまでやるのは不可能だろう。

 

「たっちさん! 南方より侵入者です! もしかしたら世界級(ワールド)アイテムを使った存在かもしれません」

「すぐに向かわなければ!」

「私に掴まってください!」

 

 たっち・みーがスルシャーナの肩に手を置く。一度行ったこと、もしくは見たことある場所まで飛べる〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で一気に転移。二人の姿が執務室から掻き消えた。

 

 

 ・

 

 

 国の南方、国境沿いは酷い有様だった。何十体もの死の騎士(デス・ナイト)たちの残骸が其処彼処に散らばっていた。たっち・みーとスルシャーナはその惨状を作り上げた張本人たちと対峙する。

 二人組の男女だった。男は紫電の全身鎧(フルプレート)に身の丈程もある紫の双剣を担ぎ上げ。女は頭に二つのシニョン、金で縁取られた青い旗袍(チャイナドレス)に棘のついた両の腕輪。スリットから伸びる脚が骨を踏みしだいた。

 

「ふぅん、やっとお出まし?」

「リーダーの読みが当たったな。適当に暴れたら強者が向こうから勝手にやってくる、か!」

 

 言うや否や男の姿が搔き消える。紫電の大剣がスルシャーナの眼前へ迫った。たっち・みーの白刃が翻り、鋭い金属音を奏でる。二、三合斬り結び鍔競り合った。面付き兜(クローズド・ヘルム)越しに男は心底意外そうな表情を浮かべた。

 

「お? これに反応するか、やるな」

「で、も――ざぁんねぇん」

「ぐあっ……」

「たっちさん!?」

 

 死角から強烈な突き蹴りが飛ぶ。上段、中段、下段。百を優に越える数の蹴りが飛び交い、たっち・みーは吹き飛ばされた。

 

「〈三重魔法最強化(トリプレットマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 

 スルシャーナの両腕が帯電し、龍の如き稲妻が放出される。貫通効果もある三重の連なる龍雷が敵を襲おうと牙を剥く。

 

「よっと」

「ほいっ」

 

 されど二人は雷龍を完璧に見切っていた。必要最低限の動作で容易く躱されてしまう。

 

「――もらった」

 

 スルシャーナの背後に回った男が両の剣を勢い良く振り被る。正拳突きの動作で神聖属性の輝きが穿たれた。刹那、次元が断切される。

 

『――っ!?』

 

 今度は相手が驚愕する番だった。次元ごと大地を抉る斬撃がスルシャーナと男を分断する。

 

「彼には手出しさせません」

 

 背後に正義降臨の四文字を浮かばせ、たっち・みーが高らかに宣言した。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)負の炸裂(ネガティブバースト)〉」

「わわっ」

 

 スルシャーナを中心に放射状に負属性が吹き荒れる。女は咄嗟に後方転回。範囲外へ軽やかに飛びのいた。その隙にスルシャーナは〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉でたっち・みーの側へ転移する。たっちがグレートソードを最上段に構えると、男は剣を収め、降参したように両手を挙げた。

 

「待った待った、本気(マジ)になんなよ! ほんのお遊びだろ?」

「え? そうなの? サーチ&デストロイ! イケイケどんどんぶっ殺せ、じゃないの?」

「ちょっと黙ってろ。お前さぁ、たっち・みーだよな? 俺らと同じワールドチャンピオンの」

 

 その発言に三者三様で驚愕する。たっち・みーは何故正体がバレたのか、と。スルシャーナはワールドチャンピオンという言葉に。そして女は「え、たっち・みー? 誰だっけ」と。

 

「いや、誰でもわかるだろ? 俺らと打ち合える技量にワールドチャンピオン固有の特殊技術(スキル)。極め付けにそのエフェクト……んなもん使うのこいつくらいなもんだろ。初めは全身鎧(フルプレート)が変わってたから気づかなかったがな」

「ふぅん、そうなの」

 

 困惑した様子の男に連れの女はあまり興味がなさそうに返した。たっち・みーは百年以上前の記憶を呼び起こす。ワールドチャンピオンが一同に介し模擬戦を行った際、確かにこの二人がいた気がした。

 

「ワールド……チャンピオン」

 

 スルシャーナは驚きを隠せない。ワールドチャンピオン――たっち・みーと同格の存在たち。かつて彼ら六人からなるドリームチームが最強の傭兵魔法職ギルドを壊滅させたムービーが存在した。ユグドラシル内でも伝説となっており、スルシャーナも飽きるほど繰り返し視聴したものだ。

 

「久しぶりだなたっち・みー。長いこと見てなかったから引退したと思ってたぜ」

「……私のことなどどうでも良いでしょう。あなた方は何しに――いえ、世界級(ワールド)アイテムを使ったのはあなた方ですか?」

 

 親しげに語りかける男を無視し、たっち・みーは核心をついた。

 

「うん、そーだよお。感謝してよね? 言葉も通じるようになったし魔法もユグドラシルのにしたんだから!」

 

 女がこれっぽっちも悪びれもせず、ケラケラと笑いながら答える。

 

「何てことを……この世界に住む人々をそんな自分勝手な理由で弄んでいいはずがない!」

「はあ? 何言ってんのお前、いいに決まってんだろうが」

 

 怒りに震えるたっち・みーに対し、男は小ばかにするように吐き捨てた。

 

「あんだけ時間と金掛けたユグドラシルが終わったと思えばいきなりこの世界だぜ? しかもアバターの姿で、強さもそのままだ。やりたい放題やって何が悪いってんだ、ああ?」

「そうそう」

「あなた……方は」

 

 彼らは何を言っているのだろう。二人の主張にたっち・みーは軽く眩暈がした。まるで外国人と……否、異星人とでも会話しているかのような錯覚すら覚えた。彼らは危険だ、野放しにしておけない。たっち・みーの直感が警鐘を打ち鳴らした。ここから先は慎重にことを運ばなければならない。細心の注意を払い言葉を選択する。

 

「んで、あの骸骨(スケルトン)アインズ・ウール・ゴウン(お前んとこ)のギルメン?」

「……ええ、そうです」

 

 男が親指を立てスルシャーナへ向けた。此方の情報を引き出そうとしているのかもしれない。嘘も方便だ、肯定しておく。

 

「ふぅん、じゃあうちと一緒でギルド拠点ごと来たんだねぇ。いきなりだからびっくりしたよね」

「そうですね……」

 

 内心のショックを悟られまいとたっち・みーは必死にポーカーフェイスを貫いた。ギルド拠点ごと――それがどれほど規格外なことか。外敵の侵入を拒む地形ダメージ、堅牢な城壁、数々の罠。食料や装備、各種アイテムといった物資。NPCや召喚可能なモンスター、ポップ(無限湧き)するモンスターなどのプレイヤー以外の兵力、それらを賄える潤沢な資金など。比べるべくもなく、彼我の戦力差は明白だった。

 

「へえ、いいじゃん。んじゃあ俺らとアインズ・ウール・ゴウン(お前ら)で同盟組もうぜ!」

「一緒に蜥蜴狩りしよーよ! 楽しいよお、偉そうなこと言っててこっちの方が強いってわかると途端に交渉しようとしてくんの。マジうける!」

「蜥蜴狩り……ですか?」

 

 不穏な単語が聞こえた。あやうく詰まり掛けた台詞を何とか搾り出す。

 

「そう、(ドラゴン)のことだ。近々あいつらと全面戦争になりそうなんだわ」

「なっ……!?」

 

 スルシャーナが言葉を失った。竜王(ドラゴン・ロード)が使う超大爆発魔法とワールドチャンピオンたちがぶつかり合う。戦いの余波は戦火となりて国を……いや、やがては世界すら巻き込むだろう。想像するだに恐ろしかった。

 

「いやあ、降りかかる火の粉を払ってただけなんだがな。撃退する度に大群でやってくるから面倒のなんのって」

「だからこうやって各個撃破して回ってるんだよねー」

 

 まるでゲームの突発イベントを楽しむかのように二人は笑い合った。

 

「せっかくのお誘いですが――私たちの一存では決めかねるので」

「えー、マジかよ。お前だけでも何とかなんねえ?」

「一緒にドリームチーム作ろうよお~。今度はあの二人も賛成してくれてるし」

 

 あの二人というのは以前ワールドチャンピオンだけのチームを作ろうと提案した時に、たっち・みーと共に反対票を投じた二名のことだろう。いかなる心変わりがあったのだろうか。考えても仕方ない。注意深く言葉を選ぶ。

 

「一旦他のギルメンとも相談したいので。またの機会に」

「……まあ、急な話だったしな。そちらさんの都合もあるか。よし、次に行ってみるか!」

 

 装備の何れかに〈飛行(フライ)〉の効果があるのだろう。二人の体がふわりと宙に浮かんだ。

 

「俺らのギルドは南にずっと行ったとこにある砂漠地帯にあるから。気が変わったら来てくれよな」

「じゃあね~、ばいばーい!」

 

 ワールドチャンピオンの男女は来襲時と同様、嵐のように去って行った。

 

「…………」

「たっち……さん」

 

 取り残された二人。たっち・みーは黙したまま男女が飛び去った方角を見つめていた。スルシャーナの眼窩の灯が、かつてギルドを去りし日のギルド長と同じ色を湛えていたことに、たっち・みーは最後まで気づかなかった。

 

 

 ・

 

 

「……ねえ、どうしてあそこで仕留めなかったの?」

 

 高速で飛翔しながら女は男に尋ねた。

 

「……たっちのやろう、嘘言ってやがった。たぶんな。ギルド拠点かギルメンのことか……そこまでは知らんが」

「ほえ? どういうこと」

「俺らが敵対行動取ってた時、あんなに隙だらけだったのに遠距離から攻撃がこなかった。おかしいと思わないか? PKKで有名なアインズ・ウール・ゴウンなのによ」

「ああ~、そういえばそだね」

 

 あのギルドは超遠距離攻撃が可能な弓使いやワールドディザスターも所属していたはずだ。領土を荒らした二人を無事に帰したのもおかしい。いくら二人がワールドチャンピオンとはいえ、たっち・みーを含め十人程で囲んでしまえば数の暴力で倒せた筈だ。

 彼がワールドチャンピオンの装備を身につけてなかった点も腑に落ちない。侵入者に対し最強装備で迎え撃たない理由なんてあるのだろうか。

 

「くくっ……案外数人しか残らなかったのかもな」

 

 それならば全ての疑問が氷解する。非常に納得のいく答えだ。男のギルメンもまた、全盛期に比べほんのわずかしかメンバーが残っていない。アインズ・ウール・ゴウンも例外ではなかったということか。ならば難航不落と謳われたあの地下大墳墓を、今なら奪えるのではないか? 男は口元を釣り上げた。善は急げだ、巻物(スクロール)で〈伝言(メッセージ)〉を唱える。

 

「よおリーダー、俺だ。面白いものを見つけたぞ」

 

 後に八欲王と呼ばれる彼らの果て無き欲望は留まるところを知らず。天空城だけでは飽き足らず、今その魔の手はありもしないナザリック地下大墳墓へと伸びようとしていた。彼らは知らない。永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)によって世界を変えた結果、自身の人間性が大きく損なわれていることを。カルマ値や異形種の種族特性に引っ張られ、気づかぬうちにどんどん歪んでいるのを。

 

 

「私は……一体何を……」

 

 ここにも一人。死の支配者(スルシャーナ)も変わりつつある自身の感情に戸惑いを覚えていた。あれほど愛していた人間たちに、欠片ほども情が湧かなくなってしまったのだ。その思いは日に日に増していき、ついには憎悪と成り果てた。たっち・みーに相談する機会はワールドチャンピオン襲来の件で有耶無耶になり、完全に逸してしまった。それから数日後、ある事件が起きてしまう。それは図らずも、たっち・みーとスルシャーナを互いの意思に反し、決別させる結果となった。

 

 ・

 

 けたたましい子供の泣き声が響く。スルシャーナの執務室に程近い中庭からだった。元気が有り余る子供同士が喧嘩でもしたのだろうか。それにしては聞いたことのない激しさである。普段ならこのような場合、スルシャーナかたっち・みーが面倒をみてくれるのだが。NPCたちは一斉に庭に駆けつけ、そして思考が停止した。

 

「うわああああん」

「…………」

 

 咽び泣く子供の前にたっち・みーが佇んでいた。その手には一振りの剣。足元には中ほどから腕を切断され、動かなくなったスルシャーナが転がっている。その眼窩は虚ろなままで、何の光も宿していなかった。

 




タグにアンチ・ヘイト、オリキャラ、捏造を追加します。
TOP SECRETを削除しました。
あらすじも加筆予定。
詳しくは活動報告で。







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