IT業界にとって「ITゼネコン」という構造は切っても切れない存在です。
一般の方には聞き慣れないかもしれませんが、IT業界に従事している人にとってはもはや常識といえるほど。
ITゼネコンの構造には様々な欠陥を抱えていますが、メリットもありIT業界ではなくてはならない構造として存在し続けています。
知らずにIT業界に参入し、不用意にこの構造に組み込まれると、最悪のケースでは「やめておけばよかった」と後悔することも。
そこで今回は、ITゼネコンの構造や問題点、メリットデメリット、なぜ消滅しないのかなど、IT業界が抱える事情について紹介していきます。
もくじ [ひらく]
ITゼネコンとは?ピラミッド構造になっている産業構造
「ITゼネコン」という言葉を知らない方でも、「ゼネコン」という言葉は新聞などで聞いたことがあるでしょう。
「ゼネコン」は元々建設業界の用語です。
正式名称は「General Contractor」、土木や建設工事の一式を引き受け、工事全体を取り仕切る元請け企業のことを指していました。
ITゼネコンも意味合いは建設業界とほぼ同義で利用されます。
システム開発のプロジェクトを元請けSIerが一手に引き受け、それらを機能やサブシステムごとに細分化して下請けSIerに委託。
元請けSIerは全体の進捗管理と顧客との折衝を行い、直接プログラム製造などは行いません。
この構造は主に金融や医療、地方自治体の住民情報など、システム全体の開発費が数億円単位となる大規模システムの開発の場合に発生します。
元請けSIerが受注した大規模システムはサブシステムごとに下請けSIerに引き渡されます。
請負った下請けSIerはサブシステムをさらに細分化した機能ごとに分解して孫請けSIerに。
さらに分解されてひ孫請けSIerに。
これらはピラミッドの構造になっており、頂点の元請けSIerから仕事とお金がおりてくる構造です。

大手元請けSIer(直請け、プライム)
元請けSIerは国内でも名前の通った会社。
企業規模も非常に大きく、グループ会社の頂点に位置する会社です。
以下の企業が挙げられます。
日本の大手元請けSIer
- 日立
- 富士通
- NTT
- NEC
外資系の企業では以下の通りです。
外資系の大手元請けSIer
- IBM
- ヒューレット・パッカード
- Oracle
下請けSIer(一次請け)
下請けSIerは、元請けSIerから仕事を流してもらっている関係上、ある程度の派閥が存在します。
元請けSIerの企業ごとに派閥は存在し、「◯◯系」という呼称で呼ばれることも。
下請けSIerは数多く存在します。
富士通系では以下のような企業が挙げられます。
富士通系の下請けSIer
- 大塚商会
- 都築電気
孫請けSIer(二次請け)
孫請けSIerは大小様々な企業規模で、従業員数が少ない場合、1人~2人で業務も行なっている場合も珍しくありません。
孫請け以降は派閥等は存在せず、複数の下請けSIerから仕事を受けています。
また、国内だけではなく海外、中国やベトナム、インドなどの企業も近年は参入しており、激しい案件獲得競争があります。
孫請けSIer
- 大連華信コンピュータ
- OSK
- ネットワールド

世の中には無名の零細企業が数多くあり、これらの下請けや孫請けよりもさらに低賃金で仕事を受注していることもよくあります。
ITゼネコンの仕事内容
ITゼネコンの仕事内容はどのようなものがあるのでしょうか。元請け、下請け、孫請けのそれぞれの内容を見てみましょう。
大手元請けSIer(直請け、プライム)の仕事内容
大手元請けSIerの主な仕事は、顧客との折衝とプロジェクトマネジメント。
プロジェクトの様々な管理情報を取りまとめ、顧客に報告を行います。
折衝を行う相手は顧客のシステム管理部門。
実際のシステム利用は別の部門が行なっており、システム開発における管理的な部分を請け負っているケースが多くあります。
大手元請けSIerの仕事内容
- 進捗管理
- 課題管理
- トラブル発生時の対応
1.進捗管理
まず顧客と各工程におけるスケジュールを決定します。
多くの場合であらかじめゴールとなる本稼働日が決まっており、逆算することで大日程の線表が作成。
その大日程について顧客と合意がなされます。
スケジュールの合意がなされた後は定期的に進捗管理を実施。
開発状況を下請けSIerから報告を受け、それらを取りまとめた全体の進捗状況を顧客に報告。
遅れが生じている場合はどのようにリカバリを行っていくのかなどを顧客と共に検討します。
2.課題管理
都度発生する課題を管理し、顧客に報告します。
課題の解決は下請けSIerが行います。
元請けSIerは報告を受けた課題について、
- 解決予定日を超過していないのか
- 停滞している課題はないのかなど
- 課題解決が適切に進んでいるのか
などを管理します
3.トラブル発生時の対応
元請けSIerはシステム開発の全ての責任を請け負っています。
たとえ下請け、孫請けSIerが原因でトラブルとなっても、その責任は元請けSIerが負わないといけません。
現在発生しているトラブルの状況を把握し、適切な処置を現場で指示。
トラブル解決のための指揮を行います。顧客への状況説明も元請けSIerの作業です。
発生したトラブルの事象、原因、処置方法、今後の対策など、詳細を説明し、時には謝罪を行うこともあります。
このように元請けSIerは、システム開発と言っても設計やコーディングなど、システムエンジニアが行う作業は行いません。
それらは下請けSIerが行い、元請けはSIerは管理業務に専念します。
そのため、システム開発に関するスキルが育たない環境であるといえます。
下請けSIer(一次請け)の仕事内容
下請けSIerは、システム開発における上流工程を担います。
下請けSIerの仕事内容
- 要件定義
- 各種設計
- 受入テスト&総合テスト
- 適用作業
1.要件定義
要件定義は元請けSIerが行うケースもありますが、下請けSIerが行うことが多いでしょう。
顧客のシステム利用部門と直接会話を行い、システムに必要な要件をまとめていき、最終的に要件定義書まで落とし込んでいきます。
2.各種設計
まとめた要件定義書を元に、実際のシステムを開発するために必要な設計書を作成。
設計書は基本設計、概要設計、詳細設計と段階を踏んで詳細に落とし込んでいきます。
詳細設計書まで落とし込むと、実際のプログラムのコーディングができる状態となります。
3.受入テスト、総合テスト
孫請けSIerが納品したシステムについて、要件に合致しているかどうかのテストを実施します。
下請けSIerは、サブシステムにおける責任を請け負っているため、ここで正常動作するのかの確認をしなければなりません。
4.適用作業
テスト結果問題ないと判断されたシステムについて、現地環境に適用します。
下請けSIerは、主にシステム利用部門の担当者と折衝します。要件定義、設計などを担当。
プログラミングについては下請けSIerが一貫して行うケースもありますが、多くが孫請けSIerに委託しています。

孫請けSIer(二次請け)の仕事内容
孫請けSIerは、システム開発における下流工程を担当。
下請けSIerが作成した設計書を元にプログラミングを行なっていきます。
顧客と折衝するのは下請けSIerまで。
孫請けSIerは下請けSIerとコミュニケーションはとりますが、顧客と直接話をすることはありません。
孫請けSIerの仕事内容
- プログラムコーティング
- 単体テスト
1.プログラムコーディング
詳細設計書を元に、実際のプログラムの製造を行います。
詳細設計書はそのままプログラムに落とし込めるまでに記載されているため、孫請けSIerははその記載の通りにコーディングをします。
「設計書の通りに正確にプログラミングを行う」ことが求められており、独創的な作業とは程遠いでしょう。
2.単体テスト
システムの機能が正常に動作するかのテストを実施します。
テストは詳細設計書の記載内容を元に作成されます。
設計書の通りにプログラムが組まれているかのテストを実施します。
孫請けSIerは、請け負った機能のプログラムに関して責任を請け負っています。
しかし、設計書は下請けSIerが作成しているため、基本的には「仕様書通りに作成されていること」が求められます。
請け負った機能に不具合が生じたとしても、設計書不備が原因の場合、孫請けSIerは責任を問われません。
その場合は別途下請けSIerから費用をもらって修正を行います。
ITゼネコンのヒエラルキーとは!?ピラミッド構造のメリット&デメリット
ITゼネコンの構造の特徴として、ピラミッド構造があります。
大手元請けSIerが受注した大型システムを、サブシステムごとに切り分けて下請けSIerに依頼する。
依頼を受けた下請けSIerはさらに機能ごとに分解して孫請けSIerに依頼する。
この構造はまさにヒエラルキーといってもよいでしょう。
上位に行けば行くほどシステム開発に関する作業を行わずに管理のみを行う。
実際の作業は多段階で下位に流れていく。これにはメリット、デメリットの両面存在します。
ピラミッド構造のメリット
顧客から見たメリット
顧客から見たメリットは、責任の所在がはっきりできるということにあります。
1つのシステムを直接複数のソフトウェア会社に依頼した場合、トラブルが発生した際に個別に折衝を行う必要が出てきます。
ITゼネコンの構造では、全ての責任を元請けSIerが請け負っているため、どのようなトラブルであっても元請けSIerと折衝を行えば良くなります。
システム側から見たメリット
システム開発側から見たメリットとしては、小さなソフトウェア会社に満遍なく仕事を分け与えることができます。
日本には非常に数多くの会社規模の小さなソフトウェア会社が存在します。中には5人以下の少数で事業を行っている例も。
そのようなソフトウェア会社は、元々数億円単位の案件を受注することができませんし、仮に受注して失敗した場合、壊滅的なダメージを受けることとなるでしょう。
しかし機能分解され、その機能に限定した責任範囲の案件でしたら請け負うことができます。
このように会社規模の小さなソフトウェア会社に仕事を分けることができる点も、このヒエラルキー構造の利点といえます。
ピラミッド構造のデメリット
このようにメリットも大きいITゼネコンの構造ですが、問題点も存在します。
まず、大手元請けSIerはシステム開発を行う機会がないということです。
基本的な作業は、進捗管理や課題管理など、下請けSIerからの報告を元に顧客に報告を行うことです。
プログラミングはもちろん、設計書も作ったことがなく、Excelで統計資料を作ることしか行ったことのないSEも少なくありません。
それにより、元請けSIerはシステム開発のスキルがつきづらくなっています。
この現象は下請け、孫請けにもいえます。
下請けはプログラミング技術が、孫請けは独創的な技術がつきづらい。
このように役割を会社ごとに分解していることで一貫したシステム開発のスキルが身につかない構造といえるでしょう。
ITゼネコン・ベンダー・SIerの違いは
ITエンジニアを語るうえで良く出てくる用語として、「ベンダー」「SIer」があります。
それぞれどのような意味なのか、違いは何なのかを説明していきます。
SIerの中でも販売の窓口を持つ企業 ⇒ ベンダー
Slerとベンダーを構成するピラミット構造 ⇒ ITゼネコン
ベンダーとは
「ベンダー」は「売り手」つまり製品のメーカー、販売店のことです。
そのため、システム開発のみを行なっている会社はベンダーとは呼びません。
主にITゼネコンの構造の中で元請けとして実際にシステムを顧客に提供している会社のことを、ベンダーと呼ばれることが多くあります。
Sler【エスアイヤー】とは
「SIer」は「System Integration=システム構築」を行う企業を指します。
「システム構築」には広い意味があります。
広い意味では元請けの管理業務、下請けの設計業務、孫請けの構築業務も全て「システム構築」に含まれるため、それら企業を包括して「SIer」と呼ばれます。
ITゼネコンで働く人たちのデメリット
ITゼネコンの構造上の問題点は前述の通りですが、ITゼネコンで働く人たちにはどのようなデメリットがあるのでしょうか。
デメリット①給与格差がある
ITゼネコンの最大の特徴にピラミッド構造があります。
1つのシステムを一社で請け負い、それを細かな単位で下請けに流していきます。
例えば、1億円で受注した案件を、サブシステムごとに5社に委託したとします。
当然元請けは自社の社員が活動する費用、利益額を確保した上で5社に発注します。
この時点で総額1億円から大きく減額した金額となります。
下請けも同じように自社の社員が活動する費用、利益額を確保して孫請けに発注します。
こうして下に流れるごとに利益額分が減額されていくため。
末端の企業へはギリギリの金額で発注がなされます。
ひとつの案件で得られる利益額は上位に行けばいくほど高くなり、それがダイレクトに給与にも響いてきます。
その結果、同じプロジェクトで一緒に仕事をしているにもかかわらず、元請けと孫請けでは給与に数倍の格差が生じることも。
しかも、この構造の一番の問題点は、プログラムコーディングというシステムの根幹を担う人員が一番給与が低いということです。
最も間違いが許されない工程のはずなのに、そこで働く作業員の給与が低いことでモチベーションが上がらない。
それにより品質悪化が発生してしまいます。
デメリット②労働環境に問題がある
ピラミッド構造は労働環境にも影響します。
納期などの大日程は元請けSIerが顧客とともに作成し、基本的にその決められた大日程に従わなければなりません。
はじめから要件が詳細まで決まっていれば正確に工数積算が可能ですが、多くの場合でスケジュールを作成している段階では要件が定まっていません。
要件定義をしている段階で要件が増えたとしても、大日程は変わらないケースが多くあります。
その結果、しわ寄せは末端の孫請けSIerにきてしまいます。
現実的ではないスケジュールでの製造を求められ、しかし断ると今後の取引に影響が出てしまうため、無理にでも引き受けてします。
そして孫請けSIerでは利益率が低いため、新たな要員の確保ができず、結果として作業員の過負荷につながってきます。
上述の通り、末端の製造が最も重要にも関わらず、それを支える要員が一番苦労している。
そこにITゼネコンの構造上の問題があるといえるでしょう。
デメリット③将来が安定ではない
ITゼネコンの構造における安定性は、良くも悪くも元請けSIer次第となっています。
元請けSIerから仕事の発注がなければ、下請け、孫請けSIerは仕事がない状態となってしまいます。
自社の企業努力だけではどうにもならない不安定さが問題として潜んでいるのです。
これは複数の下請けSIerから仕事を請け負うことができる孫請けSIerよりも、単一の元請けSIerからのみ仕事を請け負っている下請けSIerの方がリスクが高い傾向にあります。
元請けSlerが一番安定しているのでおすすめ
ここまででITゼネコンのメリットデメリット、問題点などについて紹介しました。
もちろんこのITゼネコンの枠組みに入らない企業やフリーランスを目指すことも良いでしょう。
しかし、圧倒的にITゼネコンの系列企業が多い日本では、避けては通れない構造といえます。
それではITゼネコンの中で働く場合、どの地位の企業に属すべきなのでしょうか。
ITゼネコンの構造の中では元請けSlerが最もおすすめです。
まず会社規模が大きいため、業績が悪化する時期があったとしても持ちこたえる体力があり、安定して業務を行うことができます。
業務的な面でも顧客と直接調整ができる元請けSlerは、プロジェクト遂行を有利に進めることができるためおすすめです。
ただし、元請けSIerは管理業務がメインとなるため、第一線で技術的な業務を行いたい方には、業務が合わないなどの弊害があるでしょう。
ITゼネコンとは?仕事内容とメリットデメリットや特殊なピラミッド構造のまとめ
ITゼネコンは、IT業界のシステム構築を行う際の多重の下請け構造のことを指します。
大手元請けSIerが仕事を受注し、機能分解された後に下請け、孫請けと多段階に仕事が降りていきます。
その構造は建設業界の「ゼネコン」と構造が似通っており、ピラミッド構造を形成しています。
責任の所在がはっきりすること、小さなソフトウェア会社にもまんべんなく仕事を回すことが可能といった利点がありますが、末端の孫請けSIerが劣悪な条件で働かざるをえない状態となるなど問題も多いといえます。
安定的に働きたい場合は元請けSIerがおすすめですが、業務内容が管理業務となってしまうため、ソフトウェア開発のスキルがつきづらくなってしまいます。
自身のスキルセットやどのようなSEとなりたいかなど、進むべき道を考えた上で会社選びを検討しましょう。