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2018.08.04

ドラマ『宇宙を駆けるよだか』

 Netflixドラマ『宇宙を駆けるよだか』が面白く、また心に残った。
 このところ、よく和製ドラマを見るようになった。NHKのドラマは以前からもたまに見る。『ふれなばおちん』は感動した。途中まで見てほっておいた『受験のシンデレラ』はオンデマンドで通し見したら存外に面白かった。『嘘なんてひとつもないの』は愉快なコメディだった。などなど。まあNHKのドラマは見る、ということだった。そして民放ドラマは見ずして久しかった。最後に見たのは、仮面ライダーものや『あまちゃん』とかを除けば、『都合のいい女』だっただろうか。浅野ゆう子のファンだったか。ああ、Wowowドラマはいくつか見ていた。
 最近、民放ドラマをよく観るようになった。『モンテ・クリスト伯』は最初の2話で死にかけたがその後は面白かった。ありえないシュール設定も楽しいものだった。ギャグ視していたが、最終に近くなり、けっこう難しい問題を扱っているシリアスなドラマでもあった。『あなたには帰る家がある』も見た。当然のこととく木村多江の怪演に惹かれた。原作も読んだ。原作とはずいぶん違った印象を持った。『miss デビル』は愉快なコメディーだった。現在は『グッド・ドクター』にうるうるしている。まあ、自分も変わったなというか。和ドラマも楽しい。ということで、hulu『雨が降ると君は優しい』も見た。好きなテーマだ。そうしたノリで、Netflixドラマ『宇宙を駆けるよだか』も見た。
 まず面白さは若い四人の役者にある。主人公たち4人の演技は思いがけずよかった。設定は、この作品も漫画原作なんで『デスノート』級のシュールさだが、テーマは重かった。その核は、人の美醜というのはどういうものなのか、その深い部分を弁証法的にも思えるストーリー展開で追っていた。あまりの純度の高いアポリア(難問)なので結論は期待しなかった。ドラマらしい感情のエンディングは期待し、それは期待に応えるものだった。で、まあ、問題はアポリアである。
 物語は、幸福な家庭に育ち友達にも恵まれ心の健やかに育った美少女が、そのまさに対局にあるブス少女と体を入れ替えるという設定である。古典的な「とりかえばや」の類型ではあるが、それが暗示しやすい男女の取替ではなく、美醜のとりかえである。そして少し想像力のある人なら、そこから多様な悲劇が想像できるように、この物語も展開していく。というか、物語より演技のよさが、美醜の究極的なアポリアが日常に露出する感覚をよく表現していた。
 この設定の想像の延長には、美を獲得してもそれに見合わない心があれば苦しむというのがあり、実際そのようになっていた。そしてそのさらに延長には、心が大切なんだという、アポリアの失敗が待ち構えている。ひどい言い方をすれば、本作品も、友愛や親子愛から自分の心を立て直すということになっていくのでアポリアとしては失敗しているだろう。
 が、この作品は、そうした古典的なアポリアだけで終わるのだろうか。これは普通に、いや、普通にではないな、宇治十帖的な三角関係を描いたとも言える。この作品での美醜のアポリアはむしろ、男女の性愛の見えない部分を明かすための道具立てでもある。そのテーマは、簡単に言えば、「本当に愛する」ということはどういうことか、だろう。愛はけして見えない。そしてそのことは美醜のアポリアにも直結する。イージーな枠組みでいうなら、美醜のアポリアは見えない愛を見るためのプロセスであるということになるだろう。
 美醜のアポリアがアポリアでありながら、日常それほどまでは純化しないのは、愛が見えないという解に微妙に浸潤されることだ。美醜のアプリアの意識を掻き立てる美は、人口比で見るとごくわずかしかいない。そしてはまさに金のような純度による交換価値にも思えるし、ケインズのいう美人コンテンストのようでもある。いずれにせよ、人は自身の美を世間という審美の評定に委ね、その対価に見合うような美醜の恋人に落ち着くものだ(補正は権力や金)。幸い、生活というものは、美醜の配下にはなく、人は適度の美醜のアポリアの曖昧な解のなかに落ち着く。他方、美の人もまた生活のプロセスなかで容易に自滅する。いずれにせよそこには、あたかも進化論的に誘導されたかような生活への解のフレームワークがあり、ゆえに極度なアポリアということにもならない。ただ、そのことは、もう一つの別解としての「愛は見えない」ということでもあるだろう、とこの作品で思った。
 Netflixドラマは全世界公開になるので、国外の感想もざっとあたってみた。概ね好評だが、英米圏では、どちらかというとこうしたドラマを文化的な特異性と美醜の普遍性の枠組みで見ているようだった。ドラマとしての斬新さがないせいもあるだろう(余談だが『OA』という作品は斬新すぎた)。簡単にいうなら、「へー、日本人も美醜の問題に普通に悩むんだな」ということだろうか。それに関連するが、Netflix側では、微妙に英米圏ではない地域へのドラマの試行もあったようだ。簡単にいうなら、このドラマ誰得?中国とか中近東家で受けるの?的な。こうした線でいうなら、韓国ドラマ的なものと習合していくかもしれない。
 くだくだ書いたわりに、自分の心象の核に届かない。まあ、ブログ記事なんだからまた書くかもしれない。とりあえず、富田望生と清原果耶はよかった。富田がいなければ成立しないドラマであるが、清原のダークさはあやうく惚れかけた。重岡大毅と神山智洋もよかった。こういう野郎がモテるよなあと青春の僻みが惹起される以上によかった。

 

 

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