PvP+N   作:皇帝ペンギン
<< 前の話 次の話 >>

8 / 12
第8話

 ふと目を覚ます。知らない天井が視界に広がっていた。どうやら自分はベッドに横たわっているらしい。身体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走る。

 

「ぐ……あ……」

「おや? 気がつかれましたか」

 

 優しげな声が響く。男性のものだ。安楽椅子に腰掛け、書物を紐解いていた男が此方に気づき立ち上がる。ベッドサイドまで近づいてきた彼の顔を見た瞬間、言葉を失った。

 

「す、骸骨(スケルトン)……痛……!?」

「ああ、駄目ですよ急に動いては」

 

 見た目とは裏腹に、彼はいい人? のようだ。実に甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれた。毛布をかけ直してくれる。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらずに。困った時はお互い様ですから。――どうぞ」

 

 微笑む骸骨(スケルトン)からは一切の邪気を感じられない。湯気の立つ木のカップを手渡そうとしてくる。感謝を告げ受け取ろうとして、気づいてしまった。自分の手が人のものではないということに。思わずカップを受け取り損ねた。中身が床にぶちまけられる。

 

「あ、ああ……」

 

 節のある蟲のような手。手だけではない腕も、足も。無意識に顔を触っていた。触角のような感触に人のものではない凹凸。

 

「あ――」

 

 気を失った。最後に見たのは慌てふためく骸骨(スケルトン)の姿だった。

 

 

 ・

 

 

「……すみませんでした」

「いえいえ、初めは誰だって戸惑いますよね。僕もそうでした」

 

 二度目は流石に気絶しなかった。二十歳もとうに過ぎ、妻子持ちの身の男が何たる体たらくか。穴があったら入りたい。私が恥じていると骸骨(スケルトン)……いや、死の支配者(オーバーロード)のスルシャーナさんが慰めてくれる。互いに自己紹介を交わし、次第に状況を把握していく。

 

「つまりこの世界はユグドラシル(仮想現実)などではなく現実であり、しかも異世界である、と」

「はい、その通りです。信じられないかもしれませんが、それが事実ですので」

 

 肩を竦めるスルシャーナさんに私はまだ信じられない思いで一杯だった。だがこの姿は紛れもなくユグドラシルをプレイしていた時の私――たっち・みーの姿だった。

 そしてこの飲み物。スルシャーナさんが部下の方に淹れ直してもらったものに視線を落とす。ユグドラシル時代とは違い、匂いも味もある。嗅覚、味覚も含めた五感が存在するのだ。さらに流暢に動く口元。いずれも現代の技術では再現不可能であった。

 何よりまずコンソールパネルが出現せず、ログアウトができない。当たり前か。ユグドラシルを引退して久しい自分には、ログインした覚えなど全くないのだから。ならば何故自分はこんなところに、こんな姿でいるのか。

 

「――ぐっ」

 

 何とか思い出そうと最後の記憶を辿ろうとした瞬間、割れるような痛みが走る。それから断片的な映像が浮かぶ。

 

 ひとりの男。知っている。私はこの男を知っている。何かを話したはずだ。……一体何を。

 

 向け合う銃口。そして、そして――何があったというのだ。

 

 そこから先の記憶がパタッと途切れていた。思い出せない。

 

「それにしてもまさか貴方があの有名なたっち・みーさんだとは思いも寄りませんでしたよ!」

 

 話題を変えるようにスルシャーナさんがやけに明るく振る舞う。此方が気落ちしないように努めてくれているのだろう。やはりこの方はいい人だ。

 

「私のことをご存知なのですか?」

「もちろん! 有名人ですよ貴方は!」

 

 スルシャーナさんは興奮したように饒舌になる。

 

「ワールドチャンピオンのひとりにしてユグドラシルで三指に入る超上級プレイヤー! そしてあの悪名高きPK(Player killer)ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにおいて最強の存在! 貴方にPKK(player killer killer)されたプレイヤーは数知れず――あっ、すみません!?」

「いえ、良いんですよ。本当のことですから」

 

 慌てて謝罪してくるスルシャーナさんに笑って返す。アインズ・ウール・ゴウン……久しぶりに懐かしい名を聞いた。脳裏に様々な思い出が蘇り、浮かんでは消えた。深い郷愁に駆られる。

 異形種狩りが流行っていたユグドラシル黎明期。私は後にアインズ・ウール・ゴウンのギルド長になるモモンガさんを含め幾人かに声を掛け、クラン――最初の九人(ナインズ・オウン・ゴール)を立ち上げた。PK(Player killer)に晒される異形種たちを守り、救い、困っている人々を助ける。

 理想とは程遠い現実世界(リアル)でやりきれない思いを抱えたまま生きている自分が、遠い昔に憧れていたヒーローになれたような気がした。

 続々と仲間たちが増え、クランのメンバーが三十人に届きそうな頃。意見の対立から一人がクランを去ってしまった。あの頃からだろうか、私とウルベルトさんの折り合いが悪くなったのは。辞めたあの人と一番仲の良かったのは彼でしたから……

 未踏破ダンジョンのナザリック墳墓を見つけてから私はかねてより考えていたクランの解散とギルドの創設を提案。ギルド長にモモンガさんを推薦した。本人は柄じゃないと恐縮しきっていたが、あの人は本当に凄いのだ。

 周囲と軋轢を生んだ私では不可能な方法で誰とでも仲良くできた。それがどれ程の偉業か彼自身は理解していたのだろうか。その証拠にモモンガさん本人以外、誰からも反対意見は出なかったではないか。

 そうしてナザリック地下墳墓を攻略した我々はギルド――アインズ・ウール・ゴウンを創設した。満場一致でモモンガさんをギルド長に戴き、ナザリック地下墳墓をナザリック地下大墳墓に改造し、ギルド拠点に据えて。

 

「あの千五百人を撃退した時の動画なんてもう痺れましたよ! どれだけ繰り返し観たことか!!」

 

 スルシャーナさんが気色ばんで語る。PCやNPC、傭兵NPC合わせて千五百人の大連合がナザリックに大進行を掛けた時の話だ。千五百人vs四十一という絶望的な数の暴力を覆し、アインズ・ウール・ゴウンが勝利を収めた戦いは伝説となった。

 

「……私のことはもうその辺りでいいでしょう。スルシャーナさんのことを聞かせていただけますか?」

 

 尚も語り続けるスルシャーナさんを制し、此方から切り出した。皮膚も唇もない彼の口から飛び出したのは、到底信じられない内容だった。

 

 ユグドラシル最終日、スルシャーナさんのギルドは彼を含めて六人いたらしい。MMORPGから遠ざかって久しい自分は、ユグドラシルのサービス終了自体全く知らなかった。

 そういえば数日前、久しぶりにモモンガさんからメールが来ていた。私は職務に忙殺され、メッセージを開くことさえしなかった。いや、それは言い訳か。何より後ろめたかったのが本当のところだ。

 ……我々のギルド(アインズ・ウール・ゴウン)は最終日に何人程集まったのだろう。こんなこと言えた義理ではないが、かつてのギルメンたちが集ってくれたことを願わずにはいられなかった。

 

 

 ・

 

 

「私も仲間と共に、静かにユグドラシル終了(その時)を待っていました」

 

 夜空を彩る大輪の花が次々に打ち上がり、閃光を残し瞬いては消えていく。その度に湧き上がる大歓声。それはこの一瞬一瞬を惜しむような。ユグドラシルプレイヤー皆の思いを何よりも雄弁に物語っていた。

 今日この良き日、ユグドラシル最終日を飾るために運営側は色々用意していた。花火を始めとした三角帽子やクラッカーなどの格安の祝いの品々やクリスマスイベントと酷似した終了記念仮面。地表でエンカウントするモンスターはその動きを停止し、毒の沼地や溶岩、氷河はその効果を失い、マイナスダメージが発生しない。この最終日に限り、ありとあらゆるエリアが解放された。

 仲間たちとばか騒ぎするもの。花火を買い占め街中で打ち上げるもの。二足三文で投げ売られた神話級(ゴッズ)アイテムを買い漁るもの。傭兵NPCを引き連れ単独難攻不落なダンジョン最奥に挑むもの。ギルメンとギルド拠点で思い出を語り合うもの。ユグドラシルプレイヤーたちはそれぞれの楽しみ方で自分たちが十二年間寄り添ってきたMMORPGの別れを惜しんでいた。

 そしてついに終わりの時が来た。始まるカウントダウン。悲喜交々なアイコンが飛び交う。スルシャーナは仲間と共に空を見上げた。ずっと共に戦って来た傭兵NPCたちも一緒だ。

 

 10、9、8――

 

 思えばこの十二年間いろんなことがあった。仲の良いフレンドとギルドを結成し、いつの間にか自分がギルド長に任命された。上位ギルドに因縁をつけられ全滅したこともあった。世界級(ワールド)アイテムを初めて入手した時は感激のあまり仲間と朝まで盛り上がった……後に奪われてしまったが。

 百人近くいたメンバーが今では自分を含め六人しかいない。いや、六人も残っていてくれたという表現が正しいか。聞けばギルメンが一人も現れず、ぼっちで過ごすプレイヤーも珍しくないとのこと。自分は本当に幸せものだ。

 

 5、4、3――

 

 夢の終わりは現実の始まり。明日も会社だ。早く寝よう。

 

 2、1、0――

 

 瞬間、全てが光に包まれた。

 

 

 ・

 

 

「……それからどうなったんですか?」

「気がつくと私たちは見知らぬ場所にいました。そう、丁度今の貴方のように」

 

 スルシャーナは目を細め――実際には異なるが――どこか遠くを見つめるようにたっち・みーに語った。

 

 光が収束する。戻ってきた視界に映し出された光景に、スルシャーナたちはただ困惑するしかなかった。あれほど大音量で鳴り響いていたBGMは消え去り、周囲は嘘のように静まり返っている。夜空を彩る花火も他プレイヤーたちの喧騒も、全てがまるで夢幻のように消え失せていた。彼らだけを残して。流れる風が草花を揺らす。気がつけばスルシャーナたちはただっ広い草原にいた。

 何だ? 何だ? 何が起こった? サーバーダウンは延期されたのか? 俺明日早いんだけど……私だって――仲間たちの困惑の声。明確な答えを出せるものなど誰一人いない。答えのでない問いに沈黙が下りようとした時、

 

「――どうされました? 我が主様方」

 

 聞いたことのない女性の声。傭兵NPCが口を開いた。他のNPCも此方の様子を伺っている。その瞬間の驚きようったらなかった。激しく狼狽する仲間たち。だがスルシャーナは自身の感情が次第に沈静化していくのを感じていた。それがアンデッドの常時発動型(パッシブ)特殊技術(スキル)によるものだと気づくのはずっと後のことだ。

 狼狽たえながら口々に疑問を彼女に投げかける。これは何だ? もしかしてユグドラシルⅡなのか? だとしたら運営やるじゃん、見直したわ。コンソールが表示されないんだけど。GMコールも繋がらないし……というかここ何処よ。

 

「申し訳ございません。私には皆様のおっしゃっている意味がわかりかねます。無知なこの身をどうかお許しください」

「死んでお詫びを!!」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、傭兵NPCたちは非常に申し訳なさそうに頭を振った。自害しかねない勢いで土下座しようとするのを慌てて押し留める。立ち上がらせるのも一苦労だ。さて、NPCも知らないとなるといよいよ持って手詰まりだった。この先どうするべきか。考えあぐねていると、急に目の前のNPCの雰囲気が変わった。

 

「――主様方、ご注意くださいませ。戦場(いくさば)の臭いがします。此処からそう遠くありません」

『っ!?』

 

 野伏(レンジャー)としての直感か、それとも特殊技術(スキル)だろうか。いち早く異変を察知した彼女は武器を抜き油断なく構え、周囲を警戒した。慌ててスルシャーナたちも武器を構える。

 

「様子を見て参ります」

 

 NPCが駆け出した。疾風の如く草原を駆け抜ける彼女は小高い丘の上で不意に動きを止める。遅れて追いついたスルシャーナたちは絶句した。

 街――いや、規模からいってどう贔屓目に見ても村だろう。人口百人にも満たなそうな簡素な作りの村が――正確には村だったものが――丘の上から一望できた。それはこの世の地獄だった。無残にも破壊し尽くされた家屋。惨殺された村人の死体。泣き叫ぶ子供の声にそれを追う人喰い大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)たちの下卑た嗤い声。星明りひとつない薄暗い夜にも関わらず、悪戯に燃やされた家屋の火と煙とが〈〉を持つスルシャーナ以外にもこの惨状をまざまざと見せ付ける。

 

「……如何なさいますか?」

「ご命令をいただければ私めが」

 

 NPCたちの発言など耳に入らない。それ程に衝撃的な光景だった。ギルメンの中には思わず顔を逸らすものや嘔吐するものさえいた。当然であろう、目の前で()()が虐殺されているのだから。ならばどうして自分は平然と眺めていられるのだろうか――スルシャーナは疑問符を浮かべた。

 ユグドラシルでは倒したモンスターやプレイヤーはすぐに光の粒子になり消えていった。例えば竜を倒せば竜の鱗、牙、肉など素材やアイテムが手に入ったし、PvPでプレイヤーを仕留めれば所持していたアイテムのひとつがランダムでドロップした。間違ってもこのような凄惨な光景が広がるはずはない。

 つまりはこの世界はユグドラシルⅡなどではなく。鼻をつく血や煙の臭いも、目の前で死んでいく村人たちも。どうしようもなく現実だった。

 逃げ惑う子の一人が転ぶ。その表情は恐怖に塗れていた。人喰い大鬼(オーガ)は口元を釣り上げ手にした斧を勢い良く振り上げて、

 

「やめろぉおおお!!」

 

 耐えきれずギルメンの一人が飛び出した。力量差など推し測る余裕もない。ただ純粋にこれ以上見てられなかったのだ。大きく跳躍し、人喰い大鬼(オーガ)目掛け白刃を袈裟懸けに振り下ろす。右肩から左腹にかけて両断。舞う血飛沫に断末魔の叫び。人喰い大鬼(オーガ)がゆっくりと崩れ落ちる。それが戦いの狼煙となった。異変に気づいた人喰い大鬼(オーガ)たちは遊びの狩りを止め、仲間を屠った敵を取り囲む。彼に危険が迫る。

 

「主様!」

「ったく、あの馬鹿!」

 

 傭兵NPCや他の仲間たちも参戦する。同時にスルシャーナやギルメンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が彼らを援護しようと魔法を放つ。アイコンこそないが、何故か本能で発動方法を理解した。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

「〈破裂(エクスプロード)〉」

 

 魔法は問題なく発動した。対象である人喰い大鬼(オーガ)が崩れ落ち、小鬼(ゴブリン)は爆発四散した。しかし同時にスルシャーナも片膝をつき、魔法詠唱者(マジック・キャスター)も杖を支えに立つのがやっとの有様になる。魔法力(MP)もごっそりなくなった感覚がした。ユグドラシルとは決定的に魔法の法則の異なりを直感する。幸いにして巻物(スクロール)や魔封じの水晶、各種アイテムは問題なく使用できたので、これらで前衛たちを援護した。亜人たちが大した強さではないのが功を奏した。村を襲っていたオークやゴブリンの大多数の討伐に成功。残りも散り散りになって逃走していった。

 

「……それからが大変でした。何せ僕はこんな見た目ですし、彼らとは言葉が全く通じませんでしたからね」

 

 スルシャーナは当時を懐かしむ様子で目を細めた。眼窩の灯がわずかに揺らぐ。

 

 生き残った村人たちを介抱すると、彼らは涙を流し平伏した。「そんな、やめてください! 頭を上げてください!」とどんなに懇願しても彼らは止めようとしない。身振り手振りや地に絵を描いたりと多種多様な方法で異文化コミュニケーションを図った。数日にも及ぶ努力の結果、何故か彼らはスルシャーナたちを所謂〝神〟として認識していることがわかった。その認識だけはどれだけ否定しようとも拭えず、今に至っているという。

 それからのスルシャーナたちは村の守り神、もとい用心棒として過ごすことになる。初めは恐れられ、子供に泣かれたりしたスルシャーナだったが、現地人の言葉を覚える頃にはすっかり打ち解けた。彼の眼窩に手を突っ込んだり肋骨の内側に入ろうとする子供を母親が恐縮しきって叱り付ける光景が日常化する程だ。

 季節が移り変わる度に噂を聞きつけた人々がたくさん集まってきた。皆、亜人や異形種に家族を殺されたり、戦火に見舞われ住処を追われたりして行き場を失ったものたちだった。何時の間にかまとめ役となったスルシャーナは全ての人たちを受け入れる。こうして村は町に、町から小都市に、小都市から大都市に。そしていつしか国と呼ばれるまでになった。

 季節が移ろう間にいろいろなことがあった。かつてのギルメン同士の結婚。他のものも次々と現地人と結ばれていく。そうして子をなし、やがて年老いていき……皆逝ってしまった。スルシャーナひとりを残して。皆の今際の言葉はいつも同じだった。

 

「ごめんなさいねスルシャーナ……貴方ひとりに全てを押し付けてしまって」

「俺の息子を……人間たちをよろしく頼む」

 

 心からの謝罪。それからささやかな、されど大いなる願い。スルシャーナはその全てに力強く頷いてみせた。彼らの子を、その孫や曾孫の成長を……そして人間たちを見守っていこう。スルシャーナの望みは最早それだけだった。仲間たちとの最後の約束を胸に彼は長い時を生きてきた。たったひとりで。NPCでは彼の心の隙間を埋めることはついぞ叶わなかった。

 最後のギルメンがこの世を去ってから数十年後。季節が幾度巡ったかもうわからなくなった頃。新たなる来訪者(たっち・みー)がこの地に落とされた。国境沿いを巡回していたスルシャーナの死の騎士(デス・ナイト)の一体が彼を発見、ここまで連れて来てくれたのだった。

 

 

 ・

 

 

 想像を遥かに超える壮大な物語にたっち・みーは息を呑んだ。スルシャーナにかけるべき言葉が見当たらない。

 

「そんな顔をなさらないで下さい。これでも僕は幸せなんですよ? 現実(向こう)にいた時、誰かからこんなにも必要とされた経験ありませんでしたから」

 

 スルシャーナは胸を張って誇らしげに答えた。それから言い難そうに続ける。

 

「たっち・みーさんさえよければ……あの、僕と……その」

 

 その様は頼みごとをする際のかつてのギルド長を彷彿とさせた。たっち・みーは微笑みを浮かべる。

 

「スルシャーナさん」

「は、はい!」

「見ての通り私はこの世界に来たばかりで、他に行く当てもありません。根無し草な上、素寒貧です。こんな私でよろしければ……どうか雇ってはくれませんか? こうみえて結構強いですよ、私は」

「!? は、はい!! もちろんです!!」

 

 骸骨ゆえ判り辛いがスルシャーナは破顔した。それは部屋の外でこっそり様子を伺っていたNPCが、悔しさのあまり歯噛みするくらい久しぶりの出来事だった。

 

「まずはたっちさんに装備が必要ですね! 確か仲間が使っていたのが――」

「ああ、そんな……いいですよ、お構いなく」

 

 ごそごそと虚空へ手を突っ込んだりいそいそと部屋を行ったり来たり。スルシャーナは世話しなく動き出す。

 

「ねえ、彼の使ってた鎧って何処にあったっけ?」

「は、はい! ただいまお持ちします……っく」

「ん? 何でしょうか……悪寒が」

 

 こうして小さな遺恨を残しつつもたっち・みーはスルシャーナの国でしばらく世話になることになった。この国は大陸の端の方にある遮蔽物のほとんどない平野地帯に存在した。亜人や異形種に追われこんな辺鄙な土地まで追いやられて来たのだという。スルシャーナの仲間たちが皆健在の時代はじわじわと領土を広げ、人類の生存圏を少しずつ確立することができた。しかし今ではスルシャーナとNPCたちのみ。国境沿いにいくら死の騎士(デス・ナイト)を配備しても毎日のように各地で起こる小競り合いの前にはとても数が足りなかった。

 それにこの大陸の覇を競う多数の竜王(ドラゴンロード)たち。ひとたび彼らが姿を現せば、いかな死の騎士(デス・ナイト)とはいえ一方的にやられてしまう。開いた防衛網からまた他の亜人が雪崩れ込んで来て……この数十年、その繰り返しであった。一国の主にも等しい立場となったスルシャーナは迂闊に動くことはできない。

 そんな不毛な争いに終止符を打つべく正義が降臨す。純白の全身鎧(フルプレート)に身を包んだたっち・みーは圧倒的な強さで持ってこの問題を解決していった。時には交渉を、時には武力を用いて。竜王(ドラゴンロード)を単独で追い払ったこともある。そうして人類の生存圏は少しずつ拡大し、いくつかの国ができるまでになった。

 この平穏な日々がいつまでも続けばいい――たっち・みーは心からそう思っていた。しかしその思いはある悪意の元に儚くも崩れ去ることになる。

 

 

 

 

 

 

 たっち・みーの転移から数えておよそ百度目の季節が巡る頃、南方の砂漠地帯に静かに異変が生じていた。砂漠の真ん中に突如として謎の超巨大建造物が現れたのだ。あたかも城のようにも見える()()はユグドラシル時代、アースガルズの天空城と呼ばれていた。その辺りを根城にしていた竜王(ドラゴンロード)たちが天空城へと向かい、そして二度と帰ってくることはなかった。

 

「あの蜥蜴共何なの? マジむかつくんだけど!! いきなり攻撃してきやがって!!」

「変な魔法使ってたなー」

「よくわからんけど偉そうだからぶっ殺してやったわ!」

「日本語話せっての!」

「これからどうする? リーダー」

 

 それぞれが比類なき力を秘めし武具を身に纏う男女七人のプレイヤーは、リーダーと呼ばれた男に視線を送る。その男はユグドラシルにおいて頂点である九人のワールドチャンピオンの内、最初にその称号を得たものであり、そして最強の存在だった。

 

「……とりあえず情報がほしいな。おい、そこの! お前だよお前。ちょっと外行って生き物攫ってこい。モンスターじゃねえぞ、ちゃんと言葉話すやつな」

 

 いきなり言葉を話し出し、傅くままの三十人のNPCのひとりに適当に命令を下す。平伏し、絶対服従するNPCたちを見下ろすと、黄金の王座に座す男は満足げに嗤った。

 

「さてと……要領を得ぬが何やら愉しくなりそうだな?」

 

 男は右腕に巻かれた漆黒の永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)を弄ぶ。

 

 それから数日後、世界は彼らの手によって穢れ、犯された。彼らは後に大罪を犯せしもの、或いは八欲王とも呼ばれた。

 

 








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。