PvP+N   作:皇帝ペンギン
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第4話

 夕闇が王都を染め上げる頃、セバスは帰路を急いでいた。と言ってもその動作にはどこか気品が漂っており、優雅ささえ感じる足取りであるが。その手には魔術師組合で購入した巻物(スクロール)が数本、大事そうに抱えられている。

 

(……思わぬ収穫でしたな)

 

 本日の成果を指で軽く撫でながらセバスは先刻のやり取りを振り返る。帝国の豪商の娘とその執事という偽装身分(アンダーカバー)のため、今回は先日のお嬢様の非礼――無論、ソリュシャンの演技であるが――を詫び、挨拶周りをするだけのつもりだった。だが応対してくれた年若い青年は我侭なお嬢様に手を焼くセバスのことを信用してくれたのか、二回目にも関わらず巻物(スクロール)のリストを見せてくれたのだ。

 塩や香辛料を作る魔法や、家畜の乳の出をよくする魔法などナザリックではお目にかかれないものがたくさんあった。主であるアインズの役に立っている実感が湧き思わず笑みがこぼれそうになる。今日の分の報告書の草案を考えながら、二人で住むには少々大きすぎる館の扉を開いた。

 

「おかえりなさいませ、セバス様」

「ただいま戻りました」

 

 出迎えてくれた戦闘メイド(プレアデス)が一人、ソリュシャン・イプシロンの装いにセバスは少し疑問を覚えた。偽装身分(アンダーカバー)のための白いドレスではなく、本来のメイド装束だったのだ。彼女が正装でいるということはそれ即ち、

 

「どなたかお見えになられましたかな?」

「はい。デミウルゴス様、コキュートス様、そしてヴィクティム様がお待ちです」

 

 自然と眉根が寄せられるのをセバスは辛うじて押し留めた。疑問がますます深まる。<伝言(メッセージ)>やメッセンジャーではなく、多忙のはずのデミウルゴスが何故わざわざ来たのか。そして奇妙な組み合わせが意味するのは一体? ……まさか気づかぬうちに何か失態を? いや、ありえない。王都にはまだ着いたばかりだし、逐一報告書も提出している。何も問題はないはずだ。考えていても始まらないと結論付け、セバスは応接室の扉を開いた。

 

「お待たせして申し訳ありません、デミウルゴス様、コキュートス様、それにヴィクティム様も」

「構わないとも」

 

 皮肉げに顔を歪める悪魔が大げさに肩をすくめてみせる。彼の腕の中には第八階層守護者――ヴィクティムが抱かれていた。コキュートスは仁王立ちの体制を崩そうとはせず、セバスに目礼だけ返す。

 

「セバス、私達は役職こそ違えど、同じ至高の御方に仕える身だ。敬称は不要だよ」

 

 デミウルゴスがヴィクティムをソリュシャンに手渡しながら鈴の鳴るような声で言う。コキュートスも私モソレデカ構ワナイと冷気を放出しながら同意した。

 

「お二人がそうおっしゃるのであれば――ではデミウルゴス、用件は何でしょうか?」

 

 悪魔は両腕を広げ、たっぷりともったいつけてからセバスに向き直った。

 

「セバス、君に良い知らせと悪い知らせがある。さて、どちらから聞きたい?」

 

 ・

 

 ナザリック地下大墳墓第五層。全てが氷に覆われた極寒の大地で、アインズとアルベドは氷結牢獄を訪れていた。

 アルベドの姉であり、この氷結牢獄の領域守護者――ニグレド。彼女の探査魔法により〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に映し出されたのは何処か暗い森。十数人の男女が野営の準備をしている光景だった。

 

「この者たちがシャルティア様の装備を持っているようです」

「そうか、こいつらが――!!」

 

 憤怒に塗りつぶされそうな感情が驚愕に変わる。彼らの身に纏う機能性度外視のどこか遊びのある装備の数々。あれらはどうみてもユグドラシル製だ。この世界のものではない。

 

「……プレイヤーか?」

 

 だとしたらシャルティアが倒されたのも頷ける。百レベルといっても所詮NPCだ。PvP(player vs player)で鍛えたPK(player killer)技術を持つ、他のガチビルドプレイヤーが相手では分が悪い。

 

(そうだ、もし彼らの中にワールド・チャンピオンの職業(クラス)を修めてる者がいたとしたら……いや、第十位階魔法現断(リアリティ・スラッシュ)と見間違えた可能性は……降臨エフェクトは何かの勘違いで、もしくはたっちさんを模倣した誰かの仕業とか……)

 

 アインズの中でたっち・みーの疑惑が徐々に晴れていく。考えてみれば当然だ。既に引退してしまった彼が、こんなところにいるはずがない。そう、いるはずがないのだ。仮に敵に他のワールド・チャンピオンがいるとすれば、それはそれで面倒な相手だが。

 

(……場合によっては交渉する必要もあるかもしれないな)

 

 もし仮に向こうにこちらの数以上の百レベルがいた場合、撃破は相当困難であろう。ナザリック地下大墳墓のギミックを十全に発揮できれば、あの程度の数は容易く葬り去れるが……仲間達と創り上げた場に他のプレイヤーの進入など到底看破できない。

 

(アインズ・ウール・ゴウンの名を利用して何とか交渉を有利に……いや、散々いろんなギルドを敵に回したからなあ。向こうがこちらに悪印象を抱いてる可能性は高い)

 

 対プレイヤー戦を想定する前に、まずはたっち・みーの疑惑を晴らしてしまおう。

 

「ニグレド、続けて頼む。次は生物の方……いや、言ってしまおうか。標的は至高の四十一人の一人――たっち・みーだ」

「!? たっち・みー様が見つかったのですか!! ええ、はい。わかりました」

 

 ニグレドはアインズとアルベド(可愛い方の妹)の神妙な面持ちに何かを察し、それ以上聞かなかった。先刻と同様に<偽りの情報(フェイクカバー)><探知対策(カウンター・ディテクト)>等、数々の情報収集系における防御対策を講じ、それから探査魔法を発動させる。

 

「あら……これは」

「――っ!?」

 

 はたして、〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に浮かび上がったのは先ほどの薄暗い森。そして一団を離れた場所で見守る純白の全身鎧(フルプレート)の姿だった。

 

『――アインズ様、セバスを連れて参りました』

「あ、ああ……すぐに向かう」

 

 デミウルゴスからの伝言(メッセージ)に何とか返信する。画面に釘付けになったまま絶句するアインズに対し、アルベドの瞳はどこまでも冷ややかだった。

 

 ・

 

「何かの間違いです! あの方がアインズ様を裏切るような真似をするはずがありません!」

 

 セバスは玉座の間にて己の創造主の無実を必死で訴えていた。同意の言葉を口にする守護者達を遮り、手を組み考え込んでいる様子だったアインズは重い口を開いた。

 

 

「そうだな、私もそう思う……だが理由はどうあれ、たっちさんが我々に敵対行動をとる可能性を考慮しなければならない。セバス、その時お前は彼に拳を向けることが出来るのか?」

 

 その場面を想像してしまったのだろう。セバスは絶望に打ち拉がれ膝から崩れ落ちた。

 

「アインズ様、セバスを拘束しなくてよろしいのでしょうか?」

「私も同意見です」

 

 アルベドやデミウルゴスが進言する。創造主(たっち・みー)の言葉が最優先であるNPC(セバス)にとって、たっち・みーの言葉は劇薬になりかねない。場合によっては裏切りもありえるのだ。守護者達の目が殺気を放ちセバスを睨み付けた。

 

「やめよ、そこまでする必要はない」

『はっ』

 

 アインズは殺気立つ守護者達を制し、跪き頭を垂れるセバスと目線を合わせ、その肩へと手を添えた。

 

「そういう理由だ。セバス、私がたっちさんを迎えに行くからお前はここで待っていてくれないか?」

「アインズ様……ですが、どうか! どうか! 私めもお連れくださいませ……」

 

 頬を伝う涙を拭いもせず、セバスは懇願する。もう二度と会えないと思っていた、もしかしたら既に……と最悪の可能性すら想像していた創造主が見つかったのだ。自分がいの一番に馳せ参じなくてどうするのだ。セバスの思いはシモベ一同が理解できるものである。

 

「セバス! アインズ様の温情をこれほど受けておきながら貴方は――」

「よい。それに、これはセバスだけの問題ではない……他の守護者にも問おう。お前達は――」

 

 守護者各員にそれぞれ視線を送り、アインズは静かに問いかけた。

 

「お前達が至高の御方と呼び敬う存在が……己の創造主が我々に敵対した時……刃を向けることができるのか?」

 

 玉座の間に集う全てのシモベの表情が凍りついた。

 

 

 ・

 

 

 視界が白に染まる中、漆黒聖典は誰一人動けなかった。逃れられぬ死の足音が眼前まで迫り、

 

「……」

 

 純白の全身鎧(フルプレート)が、彼らと死の間に立ちふさがった。その背中が目に焼きついて離れない。轟音と供にザイトルクワエの断末魔が響き渡る。世界を滅ぼしうる魔樹はいとも容易く滅び去ってしまった。光が収束し、徐々に戻ってくる視界。

 

「生き……てる?」

「……う、ううむ」

「一体何が……」

 

 土埃に塗れながら隊員達は辺りを見渡した。天まで届かんとする巨駆を誇っていた魔樹は見る影もなく。その残骸が辺り一面に転がっていた。巨木といっていい破片はそのほとんどが灰燼と化しており、焼け焦げた臭いが鼻腔をくすぐる。謎の大爆発は周囲の木々もあらかた吹き飛ばしてしまったようだ。数え切れない葉が宙を舞っていた。では何故自分達は無事なのか。

 

「正義降臨様!?」

 

 答えは簡単だった。ザイトルクワエを中心に放射状に破壊の爪痕が刻まれる中、正義降臨の背後、つまり漆黒聖典がいた大地だけ無事なのだから。最前列にいる彼が皆を庇ってくれたのは明白だ。彼に感謝を伝えようとして、

 

『なっ……!?』

 

 息を呑む。呼吸が出来ない。皆の視線はただ一点に集中していた。

 それは死そのものか、あるいは死の神か。金で縁取られた漆黒のローブを身に纏い、携えた黄金の錫杖。皮膚も筋肉も臓器すらなく、空虚な眼窩には赤い光が灯っていた。悍ましいはずの骸骨の姿はむしろどこか神々しささえ感じる。

 そして死の神の従属神だろうか――細身の黒い全身鎧(フルプレート)、仕立ての良い服を着た尾の生えた男、二足歩行する蟲、初老の執事が恭しく従っている様子だった。

 天より降臨した神はゆっくりと地上に降り立った。

 

「……スルシャーナ、様?」

 

 誰かが掠れた声で呟く。スルシャーナ――六大神の一人。異形種でありながら人類を保護し、今日のスレイン法国の基礎を築いた存在だ。そして八欲王に滅ぼされた。六色聖典の一つである漆黒聖典が戴く色は黒、すなわちスルシャーナである。自分達の神が復活を遂げたのかと、隊員達の表情が困惑から徐々に色めき立ったものに変わる。

 刹那、どす黒いオーラがスルシャーナと思しき存在から放たれ、()()()装備に即死耐性がついてなかった三人がその場に崩れ落ちた。

 

「……は?」

「え……」

 

 死んだ。こんなにもあっけなく。一体何が起きたのか? 漆黒聖典の隊員達は混乱する。

 

「――『ひれ伏したまえ』」

 

 尾の生えた男の声が響く。その声色は先刻魔樹を吹き飛ばした高階位魔法を唱えた術者のものだ。途端、身体が重くなり無理やり地に押し付けられる。

 

「ぐ……がっ……」

 

 耐え難い重圧に押しつぶされそうになりながら必死に目を凝らす。無事なのは隊長である自分と他数名、カイレ、それに正義降臨のみだった。

 

「たっちさん……たっちさんですよね? 俺です! モモンガです!」

「……」

 

(モモンガ……? スルシャーナ様では、ない?)

 

 早く気づくべきだったのだ。あの化け物はスルシャーナ様の姿を借りた偽者。本物のスルシャーナ様が我々人類をあのように虫けらの如く殺し、歯牙にもかけないなんてそんなことありえない。正義降臨様に何やら話しかけている様子だが……過去に何か因縁が? もしやあれが八欲王の一人なのか。

 

「カイレ様……!」

「う、うむ」

 

 送った視線にカイレがすぐさま頷き、印を結ぶ。再び飛び出した龍がスルシャーナを騙った化け物へ放たれる。黄金の輝きが化け物を飲み込む瞬間、

 

「――ふんっ」

 

 割りいった黒い全身鎧(フルプレート)が戦斧で斬り裂いた。

 

「人間如きがアインズ様に――死ね!!」

 

 ギィン、と金属同士が不愉快な甲高い音を奏でる。白い全身鎧(フルプレート)がカイレの前に躍り出た。閃光のように振るわれた白銀の輝きが漆黒の刃を弾き返す。

 

「貴様……!」

「……」

 

 面貌付き兜(クローズド・ヘルム)越しに交差する視線。しかし正義降臨は意に返さず。漆黒聖典の方へ振り返り、遥か後方、森の中を指差す。それから自分の胸プレートを力強く叩いた。

 

 ――此処は自分が引き受ける。早く撤退を。

 

 それは幻聴か。精悍な剣士の声が聞こえた気がした。

 

「撤退だ、各員散れ!」

 

 第三席次の〈獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)〉で拘束されていた身体が自由になる。()()()生き残ってしまった一団は薄暗い森の闇へと散りじりに消えていった。

 

「アインズ様」

「よい。奴らの末路は既に決まっている……後はアウラ達に任せよ。伝言(メッセージ)を送れ」

「はっ」

 

 追撃しようとする守護者達を抑え、アインズは目の前の全身鎧(フルプレート)を見据えた。先程から何度も呼びかけを試みてるが一向に反応がない。此処を通さない、という強い意志は感じるものの明確な敵意は存在しないようだ。その有様はまるでNPCが一時的に敵対行動をとる様に良く似ていた。アインズがどうしたものかと考えあぐねていると、

 

「……ぐっ……う」

「っ!? この声は!」

 

 白い全身鎧(フルプレート)は唐突に兜を掌で覆い苦しげな声をあげる。途切れ途切れで要領を得ないが、それはかつての仲間の声だった。数年単位で聞いてなかろうが忘れられるはずもない。

 

「う、ぐ――あぁあああああ!!」

「たっちさん! たっちさん!?」

「たっち・みー様!!」

「アインズ様、お下がりくださいませ!」

 

 ついには頭を振り激しく絶叫する白い全身鎧(フルプレート)。手を伸ばそうとするアインズとセバス。脅威を感じアインズを守ろうと前に飛び出るアルベドにコキュートス、デミウルゴスの両名が追随する。永久に続くと思われた慟哭もやがては収束した。夜の森に静寂が戻る。瞬間、劇的な変化が起こった。

 

「この気配は――!?」

「おお、おお……まさしく」

「何トイウ力ノ奔流カ……」

 

 白い全身鎧(フルプレート)を中心に爆発的に立ち昇る圧倒的なオーラ。まさしく至高の存在と謳うに相応しき波動。虚ろだった双眸が力強き光を取り戻し、彷徨う視線が鋭いものに変わり死の支配者(オーバーロード)を捉えた。

 

「……スルシャーナさん? いえ、彼は私が……それにその装備は……まさか」

 

 男の視線が漆黒のローブから黄金の杖――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに移り、驚愕に見開かれる。

 

 

「――モモンガさん?」

「ええ、そうです! 俺ですよ! たっち・みーさん!!」

 

 守護者達から歓声が上がる。アインズは湧き上がる喜びで破願した。精神安定でどれほど抑制されようとも押さえ切れない。

 かつてのギルメンとまた再会できたのだ。この世界に来て以来……否、ここ数年で一番嬉しい瞬間だった。喜び勇んだアインズがたっち・みーに駆け寄ろうとして、

 

「え?」

 

 向けられる(きっさき)。たっち・みーはグレートソードを構えていた。まるでアインズを拒絶するかのように。敵と対峙するかのように。

 目の前の出来事が信じられず、アインズは狼狽した。守護者達も、アルベドすらあまりの光景に数瞬反応が遅れてしまう。

 

「たっち・みー様!?」

「たっちさん……? 何を」

「モモンガさん。貴方は……いえ、貴方達は何ということを」

 

 たっち・みーは悲しそうに事切れた漆黒聖典の遺体に視線を落とした。それから敵意が篭った瞳でアインズを睨み付ける。

 

「いや、だって……! この屑共はたっちさんを利用していたんですよ! 死んで当然じゃないですか!」

 

 何が悪いんだとばかりにアインズは反論する。精神支配されていた仲間を救っただけなのに酷い言われ様だ。深層心理に燻っていた憎悪の火がわずかに灯り始める。

 

「その通りです、私は世界級(ワールド)アイテムで精神支配を受けていました」

「だったら――」

 

 たっち・みーはアインズの言葉を語尾を強めて遮った。

 

「ですが――それはあくまで私自身の意志で、です」

「は?」

 

 自分の意思で精神支配される? アインズにはたっち・みーが何を言っているのか全く理解出来なかった。

 

「私がこうしているということは、カイレ(あの女性)も他の皆も既に……」

 

 アインズの困惑を他所に、たっち・みーは漆黒聖典の消息を憂いていた。アインズの憎悪が一気に燃え上がる。

 

「ふ、ふふ、巫山戯るなよ!! 俺が、俺がどんな思いでいたか!! 貴方が見つかったと聞いて、どんなに喜んだと……」

「……モモンガさん」

 

 泣いていた。涙こそ流れぬ身だが心が泣いていた。行き場をなくした悲しみは絶望を経て、激しい憤怒と憎悪とに変貌する。

 

「あ、ははは……あはははははははははは!!!」

 

 アインズの狂気に満ちた嗤い声。絶望のオーラが吹き荒れた。

 

「……たっちさんがそんなこと言うはずがない。俺を拒絶するはずないんだ……そうだ……お前は偽物だ!! 殺してやる! 殺してやるぞ!! 紛い物がぁああああ!!!」

「……モモンガさん、貴方がこれ以上罪を重ねる前に。せめて私の手で」

 

ワールドチャンピオンに対し超越者(オーバーロード)。白亜に対し漆黒。今、二人の至高の存在がぶつかりあった。








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