PvP+N   作:皇帝ペンギン
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第3話

 NPC達から逃げるように転移した先は宝物殿だった。山のようにうず高く積まれた目の眩むような財の数々には目もくれず。パンドラズ・アクターの長ったらしい挨拶もそこそこに切り上げ、アインズは最奥の霊廟を訪れていた。左右に居並ぶ計三十七体の化身(アヴァターラ)、四の空白。彷徨う足取りはやがて歩を止め、髑髏の眼窩に暗い火が灯った。

 

「たっちさん……本当に俺を裏切ったんですか? それとも……」

 

 見上げた視線の先には一体の化身(アヴァターラ)。胸元に蒼穹の輝きを携えた白銀の全身鎧(フルプレート)、翻す真紅のマントに剣と盾。装備の見事さと不恰好なゴーレムの手足が不思議に調和していた。アインズの脳裏にたっち・みーとの思い出が自然と想起される。

 まだYGGDRASIL(ユグドラシル)をプレイし始め間もない頃、異形種狩りで襲われていた自分を助けてくれたこと。その後、最初の九人(クラン)に誘ってくれたこと。ナザリック地下墳墓を発見し、仲間達と共に攻略したこと。たっち・みーの降臨エフェクトについてぶくぶく茶釜()ペロロンチーノ()の議論に一緒に巻き込まれたこと。どの敵を優先して攻略するか、たっち・みーとウルベルトが言い争っていたこと。全てが皆と過ごした輝かしいアインズ・ウール・ゴウンの日々だ。思えば今日の自分があるのはたっち・みーのおかげと言えるかも知れない。

 しかし今ではもう過去のこと。栄光の日々は過ぎ去り、残るは自分ただ独り。そう、思っていた矢先に起きた謎の異世界転移。そしてこの世界で意志を持ち動き出したNPC達。もう会うことも叶わないかつての仲間達が自分に遺してくれたかけがえのない存在だ。最悪ナザリックを失ったとて、彼らさえ守れればそれでいい。望みはただそれだけだった。

 そのはずなのに突如敵として現われ、愛し子のひとり(シャルティア)を屠ったかつての仲間――よりにもよってたっち・みーが、だ。自分がかつての仲間達にギルド長としてふさわしくないと失格の烙印を押された気持ちで一杯だった。

 

「アインズ様――」

 

 振り返るとパンドラズ・アクターが跪いていた。ピンク色の卵に穴が三つ開いただけの顔だが、その表情はどこか悲しげである。

 

「守護者統括殿から全てお聞きしました。おいたわしやアインズ様――我が創造主よ」

 

 芝居がかった嘆きのポーズに思わず強制的に精神が安定化する。おかげで沈んでいた感情も多少はマシになった。

 

「私が付いております! ご命令とあらば、この身はたとえ至高の存在にすら戦いを挑むでしょう!」

「そ、そうか……お前の忠義に感謝するぞ」

「――感謝など、もったいなきお言葉!!」

 

 長くなりそうな彼の話を聞き流し、アインズは気を取り直す。

 

(そうだ、まだ裏切られたと決まったわけじゃないんだ。だが念には念を入れて……)

 

「パンドラズ・アクター、世界級(ワールド)アイテムをいくつか持ち出すぞ。そしてお前にも働いてもらう――準備をしておけ」

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)

「……ドイツ語はやめよう、な?」

 

 アインズの乾いた声が霊廟に響いた。

 

 ・

 

「――まずは皆に謝罪を。先ほどはすまなかった」

 

 玉座の前に戻ってきたアインズは忠義の礼をとるNPC達に頭を下げた。

 

「おやめくださいアインズ様!! 御身が頭を下げるなど!」

「アルベドの言うとおりです。アインズ様はこの場に居らっしゃってくださるだけで何者にも勝る価値があります」

「そ、そうですアインズ様!」

「マサニ、皆ノ言ウトオリカト」

 

 慌てふためき弁護してくれる守護者達の思いに、アインズは救われた気がした。改めて感謝を述べようとして、堂々巡りになりそうなので割愛する。

 

「今後の方針を伝える――」

 

 弛緩した雰囲気は瞬時に消え去り、守護者各員は襟を正し膝をついて(こうべ)を垂れた。

 

「まずはたっちさんの真意を問いたい。たとえば何者かに精神支配を受け、あのような不幸が遭ったのか。それとも私に何かしらの不満を抱き、己の意志で反旗を翻したのかを、な」

『――っ!?』

 

 いくつかの可能性を告げた瞬間の守護者達の表情は凄まじかった。御身に不満など。至高の存在を精神支配するなんてそのようなことが。まさか世界級(ワールド)アイテムか。そうだ、きっとそうに違いない。今すぐ討伐隊を編成し、報いを。殺せ、殺せ、殺せ。

 

『――アインズ様、お忙しいところ申し訳ありません。よろしいでしょうか?』

 

 ヒートアップする守護者達の剣幕にどうしたものかと思案していると、念のためエ・ランテルの宿屋に置いてきたナーベラル・ガンマから<伝言(メッセージ)>が入った。冒険者組合からの召集らしい。断ろうとしたが、どうやらエ・ランテル近郊に謎の吸血鬼(ヴァンパイア)が現われた件とのこと。十中八九――いや、確実にシャルティアのことだろう。この件も放置するわけにはいかなかった。すぐに行くと伝えるよう命じ、<伝言(メッセージ)>を切る。

 山積みしていく問題に頭を抱えそうになる時、面通しも兼ねて連れてきたパンドラズ・アクターが目に入った。途端、アインズの脳裏に名案が浮かぶ。

 

「――騒々しい、静かにせよ」

『はっ!! 申し訳ございません!!』

 

 アインズの御前であることを思い出した守護者達は大慌てで平伏する。

 

「よい。ではパンドラズ・アクターよ、お前に命ずる」

「はっ、何なりとご命令下さいませ。我が創造主――アインズ様」

「私の代わりにモモンに扮しナーベラルと合流せよ。そして吸血鬼(ヴァンパイア)の件を上手く誘導し、一切合財がシャルティアと無関係とするのだ」

我が神のおのぞ(Wenn es meines Gottes)――かしこまりました」

 

 一応、改善しようとする努力が感じられたので良しとしよう。アインズはそう結論付け黒歴史から目を逸らす。

 

「マーレ」

「は、はいぃ!」

「エ・ランテル近郊の吸血鬼(ヴァンパイア)がいたとされる地点まで先回りし、待機していろ。もしモモンとナーベ以外の冒険者がついてきたら……わかるな?」

「はい! ぼ、僕……頑張ります!」

 

 一瞬、闇妖精(ダークエルフ)である少年のオッドアイに暗い光が灯るがアインズは気づかない。

 

「可能であればアウラにも一緒に来てもらえ。隠密能力に長けた魔獣が必要になるかもしれん……そういえばシャルティアの様子はどうだ?」

「はい、今は大分落ち着いたご様子でした。もう少し時間をいただければ、こちらに来られるかと」

 

 先に戻っていたユリが説明する。ここにいないということは、アウラはまだシャルティアについているようだ。やはり彼女たちは本当は仲が良いのかもしれない。

 

「よい、無理はさせるな。今のシャルティアは碌に装備もないのだからな――アルベド」

「はっ」

ニグレド(お前の姉)のところに行く、供をしろ」

「かしこまりました……ところでアインズ様、討伐隊編成の件なのですが」

 

 アルベドの金色の瞳がすっと細められる。縦に割れた瞳孔が冷静に獲物に狙いを定めていた。しかし、

 

「ルベドの起動は認めよう……しかしアレの同行は認めん」

「なっ、何故ですか! 今こそあの娘の力が必要な時かと愚考いたしますが!」

「それは、だな……」

 

 言いよどむアインズにアルベドが異議を唱える。困り果てたアインズに助け舟を出したのはデミウルゴスだった。

 

「アインズ様、私は彼女を第八階層に留めておくのに賛成でございます」

「デミウルゴス! 何を言うの! 我々の最大戦力を遊ばせておく気!?」

「やれやれ、普段の貴方なら既に気づいているでしょうに。アインズ様の真の狙いに」

 

「え?」

「ムゥ……」

「――ぇ」

 

 第八階層の対侵入者用決戦兵器とかつての仲間がぶつかり合うのはみたくない――そんな純粋な思いからの戸惑いは、どうやらナザリック一の知恵者に異なる解釈をもたらしたようだ。

 

「なるほど……囮、あるいは陽動ですか」

「ふむ。流石アインズ様御自らが創造されたシモベ。パンドラズ・アクター、君は創造主に似てとても優秀なようだ」

 

 新たな知恵者の出現に満足げに眼鏡を上げるデミウルゴスに、パンドラズ・アクターは軍帽を押さえるポーズで格好良く返した。後方で戦闘メイド(プレアデス)がひとり、シズ・デルタの「うわー」という声が聞こえた気がするが気のせいであろう。

 

「アインズ様、皆にもアインズ様の真意をお伝えした方がよろしいかと」

「う、うむ。ではデミウルゴス、皆に説明するのだ。全てのものが理解できるようにわかりやすく、な」

 

 アインズの言葉にデミウルゴスは胸の前に手をかざし、恭しく応えた。

 

「かしこまりました。いいかね、諸君。アインズ様はこう考えておられるのだ。たっち・みー様率いるあの部隊は囮、あるいは陽動であり――別働隊がいるのでは、と」

『――っ!?』

 

 一部の知恵者を除き、その場の大多数が驚愕のあまり言葉を失う。無論、アインズは精神安定化が発動していた。

 

「そして何かしらの方法でナザリックの場所が既に特定されているとしたら? 我々守護者が出払った隙を狙われたら目も当てられないからね。万一に備え、最大の防衛力を誇る第八階層の最強戦力は残しておく方が賢明なのだよ。その上……」

 

 饒舌なデミウルゴスの弁が止まり、アインズの方に向き直る。冷静沈着な彼にしては珍しく歯切れが悪く、その表情もどこか曇っていた。まるでこの先を言いたくないと暗に訴えかけるように。だが彼の上をいく知恵者であると思われている以上、ここで聞かないわけにはいくまい。アインズは顎をしゃくり続きを促した。逡巡は一瞬だった。デミウルゴスは覚悟を決め口を開く。

 

「アインズ様はこうも考えられている。その別働隊に他の至高の御方々がいるのでは、とね」

 

あくまで推測であり誰が、何人かなどは不明だがね――デミウルゴスの言葉は最後まで耳に入らなかった。アインズはその可能性が思い至らなかった自分を省みる暇なく、感情の爆発が沈静化されるのをただ待つしかなかった。

 

 

「君たち何しに来たんだい? 悪いこと言わないから早くここから立ち去った方がいいよ」

 

 一見、人間の女性のようにみえるが木と同じ肌の色、頭から生えた葉が彼女が人にあらずと教えてくれた。

 

「何だこのモンス――」

「待て」

 

 異業種と見るや否、斬りかかろうとする仲間を漆黒聖典隊長は手で制す。

 

「我々はスレイン法国のものだ。この場にはとある任務で来た。お前は?」

「私はピニスン。ピニスン・ポール・ペルリア。この近くの木に宿る森精霊(ドライアード)さ。君たちもしかして――」

 

 ピニスンと名乗る森精霊(ドライアード)は目を輝かし漆黒聖典の一団を見渡すが、やがてその瞳から輝きが失われた。

 

「なーんだ……雰囲気が似てたから少し期待したんだけど、やっぱり違うかあ。あの七人組はいつ来てくれるんだろう……」

「どういうことだ?」

 

 そしてピニスンはぽつりぽつりと語り始める。彼女が生まれるよりも遥か遠い遠い昔、世界を汚す存在が暴れまわっていた頃。〝世界を滅ぼしうる魔樹〟がトブの大森林に落とされたことを。その力の一部が発現し、この地を汚さんとした時、七人組が救ってくれたことを。若い人間が三人、大きい人が一人、老人が一人、翼の生えた人が一人、ドワーフが一人――この七人組は、もしまた魔樹が復活することがあれば必ず倒しに来る――そう彼女と約束を交わした、と。

 

 

「〝世界を滅ぼしうる魔樹〟!!」

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の正体はそいつか!!」

「その七人組とは……もしかして十三英雄の?」

 

 聞き逃せない単語の数々に漆黒聖典は動揺した。森精霊(ドライアード)を他所に議論が紛糾する。

 

「……世界を汚す存在とは八欲王のことでしょうね」

「若い人間とは十三英雄のリーダー――勇者様のことだろ?」

 

 隊員達は瞳を輝かせ少年のような声をあげた。十三英雄の冒険譚、御伽噺の英雄を憧れなかったものなどおるまい。中でもリーダーである人間の少年は絶大な人気を誇っていた。初めは誰よりも弱く、最終的には誰よりも強くなったと語り継がれている。幼少時、誰もが親に寝物語に冒険譚の続きをせがんだものだ。()の英雄の姿を夢想し胸が熱くなった。

 人間至上主義を掲げるスレイン法国としては、屈強な肉体や鋭い牙も爪すら持たない人間でもそこまで強くなった存在がいるというのは、人間種全体にとって大きな希望だ。尤も、今は正義降臨という別な希望があるのだが。

 

「老人はリグリット・ベルスー・カウラウ様だろう」

「――とすると大きな人は巨人(ジャイアント)、翼の生えた人とは有翼人、あるいはバードマンか」

 

 幾人かは複雑な表情を浮かべる。露骨に顔を顰めるものもいた。その感情は当然であろう。漆黒聖典(かれら)や他の六色聖典、アダマンタイト級(最高位)冒険者、リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ、バハルス帝国四騎士、最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)フールーダ・パラディンといった一部の例外を除き、人間は弱い。

 亜人との抗争でじわじわと削られていく人類生存圏。森妖精(エルフ)の国との戦争。崩壊しつつある竜王国に小競り合いを繰り返す王国と帝国。人類が種として一丸にならなければならないのに――暗雲とした思いが立ち込めかけるが、今はそれどころではない。

 

「その〝世界を滅ぼしうる魔樹〟はどこにいる?」

「? どこって――此処だよ、この辺りの草木が枯れきってるでしょう? 食事の後だよ、魔樹の――そうそう、〝ザイトルクワエ〟確かあの七人組はそう呼んでいた」

『――っ!?』

 

 慌てて周囲を警戒するが何も起こらない。

 

「魔樹は木々の命を吸って復活しようとしているんだ。それが明日なのか、ずっと先なのかはわからないけど……ねえ、君たちは誰か強い人を知らない? あの七人組の居場所なんて知っていたら最高なんだけどなー」

「その七人組は、既に……」

 

 おそらく人とは時間の感覚が違うのだろう。森精霊(ドライアード)を信じるならばその七人組が訪れたのはもう二百年以上前のことだ。多種族の寿命までは知らぬが流石にもう生きてはいまい。たとえ存命であれ高齢ではとても戦力になりそうもない。

 

「どうします?」

「本国に指示を仰ごう。正義降臨様がおられるとはいえ、相手は世界を滅ぼしうる存在だ。万全を期したい」

 

 十三英雄すら倒しきれず封印した相手。万一〝傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)〟が通用しない場合、討伐しなければならない。そのためにはスレイン法国の全戦力、できれば完全武装した番外席次〝絶死絶命〟や他の六色聖典、可能であれば国家の垣根を越えリ・エスティーゼ王国やバハルス帝国、竜王国や聖王国にも協力を要請すべきだろう。事はもう既に法国のみの問題ではないのだ。全世界に警鐘を鳴らし、今こそ人類一丸となって存亡の危機を乗り越えなくてはならない。

ただ、国家群からなる共闘が叶ったとしても、今度は特殊工作部隊である六色聖典の存在をどう扱うかという問題が発生するのだが――それは上層部の仕事だ。自分が頭を悩ませる必要はないと隊長は判断を下す。

 

「我々の双肩に世界の命運が懸かっていると知れ!」

『はっ!!』

 

 とにかく、今すぐにでも行動を起こさなければ。隊長の指示の元、第十一次席〝占星占里〟がその場を<転移(テレポーテーション)>しようとして、

 

「な、なんだ!?」

「これは――」

 

 大地が揺れる。地が割れ、おびただしい数の根が触手の如くうねり出てくる。その一本一本が他の木々の幹ほどに太く、それぞれが別種の生き物のように不気味に脈打っていた。隊員達は各々の獲物で斬りつけ、防ぎ、何とか身をかわしていた。

 

「あわわわわ!? 蘇っちゃった、蘇っちゃったよおぉ!!!」

 

 激しく取り乱す森精霊(ドライアード)の視線の先。高さにして約百メートル、小国なら丸呑みできそうな巨大な樹洞を持った巨木、その体長の三倍はあろうかという触手のような枝々が計六本。〝世界を滅ぼしうる魔樹〟と呼ばれた〝歪んだトレント〟――〝ザイトルクワエ〟が永い眠りから目覚めてしまった。魔樹の絶叫が不協和音となり大気を震わせた。

 

「狼狽えるな! 我々には正義降臨様がついてる!」

 

圧倒的な巨躯を誇るザイトルクワエに対し、正義降臨に一切動じた様子はなくグレートソードを構えていた。その姿に鼓舞され隊員達は平静さを取り戻す。

 

「――使え!」

 

カイレが胸元で両手を広げ印を結ぶ。六大神の至宝――傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)が発動した。旗袍(チャイナドレス)の意匠であった黄金の龍が具現化し、ザイトルクワエ目掛け一直線に放たれた。

 

「――<隕石落下(メテオフォール)>」

 

刹那、鈴を鳴らすような耳障りの良い声が響く。遥か天空より飛来せし光の塊がザイトルクワエに直撃し、全てを白に染め上げた。

 








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