PvP+N   作:皇帝ペンギン
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第2話

「やっぱり格好良いよなー、たっちさんのあれ。正義降臨ってやつ。俺も何か欲しい」

「いや、あれはないわ」

 

 ナザリック地下大墳墓正門神殿部。首尾よく侵入者を水際で撃退したアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達。

 猛禽類に酷似した頭部と翼を持つバードマン――〝爆撃の翼王〟ことペロロンチーノと、どう贔屓目にみてもピンク色のアレにしかみえない粘体(スライム)種、指揮官もこなすタンク役〝粘液盾〟――ぶくぶく茶釜。

 他のメンバーがリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで次々に第九階層の一室――円卓(ラウンドテーブル)へと転移していく中、どういう風の吹きまわしかこの姉弟は一階層の墳墓地帯を歩んでいた。侵入者を惑わす地下迷宮も彼らにとっては庭も同然だ。最適解のルートですいすいと進んで行く。

 

「なあ、シャルティアもそう思うだろ?」

 

 第三階層、転移門(ゲート)の辺りまで来たペロロンチーノは門の側に控え臣下の礼をとっていたシャルティアに話しかけた。

 

(何のことかわかりんせんが、ペロロンチーノ様がおっしゃるなら絶対正しいでありんす)

 

「いいえ、全然全くこれっぽっちも思わないで、あ、り、ん、す♥︎」

 

(ぶくぶく茶釜様!?)

 

 シャルティアの気持ちとは裏腹に、ぶくぶく茶釜が舌ったらずな猫なで声で勝手なアフレコをしてしまう。

 

「げえ、やめろよ姉貴! シャルティアが穢れるだろ!」

「は? どういう意味だコラ」

 

「おや? どうしたんですかお二人とも。こんなところで」

「皆さんもう円卓(ラウンドテーブル)でお待ちですよー」

 

 一触即発な空気を爽快に破壊してくれたのは〝純銀の聖騎士〟たっち・みーと〝死の支配者(オーバーロード)〟でありギルド長でもあるモモンガだった。二人は帰還の遅い姉弟を迎えに来たのだ。

 

「丁度良いところに。聞いてくださいよたっちさん、モモンガさん。姉貴がたっちさんの降臨エフェクトを――」

「――黙れ弟。貴様のベッド下のコレクションをバラされたいのか?」

「な、何故それを!? やっぱり何でもないですごめんなさい」

 

 土下座せんばかりの勢いで狼狽えるペロロンチーノ、それを踏ん反り返って睨みつけるぶくぶく茶釜。背後に降臨エフェクトを遊ばせ、これがどうかしたのかと首を捻るたっち・みーに、困り顔のアイコンで返すモモンガ。在りし日の至高の御方々のお姿。

 

「あ……あぁ……」

 

 気がつけば頬を透明な雫が伝っていた。シャルティアは思わず手を伸ばす。されど虚空を惑う手は何も掴めず、掴む者もおらず。それは今際の際の幻か。

 死せる勇者の魂(エインヘリヤル)や眷属たちが滅びる中、造物主(ペロロンチーノ)の持たせてくれた蘇生アイテムのおかげで彼女はただ一人生き残った。否、生き残ってしまった。スポイトランスを杖代わりに辛うじて立ち上がる。

 HP(体力)は全快だし、清浄投擲槍や不浄衝撃盾といった強力な特殊技術(スキル)もまだ使用回数は残っている。にも関わらず最早シャルティアに戦意はなかった。自分は一体誰と戦っていたのだろうか。わからない、わからない、わからない……

 混迷を極めた精神は崩壊寸前だった。ずたぼろになった魂は救いを求め、夢幻に手を伸ばし続ける。しかし星空の輝きに手が届くはずもなく。やがて終わりを告げる時が来た。

 

「たっ……ち……み……ま」

 

 目の前の相手が至高の御方と重なる。シャルティアにはもう夢か現かわからない。

 

「……」

 

 正義降臨と呼ばれた男はただ黙ってシャルティアを見据えていた。面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の下に隠された表情はその一切を伺えない。最後の瞬間までついに言の葉を交わすことなく、神聖属性の輝きがシャルティア目掛け振り下ろされた。

 

 

 ・

 

 

 ナザリック地下大墳墓最奥――玉座の間を沈黙が支配していた。シャルティアの嗚咽がやけに大きく響く。いや、すすり泣く声は彼女だけのものではない。アウラは目尻に涙を溜め、マーレは瞳を赤く腫らしていた。デミウルゴスは眼鏡を外しハンカチで宝石の眼を拭い、コキュートスがカチカチと悲しげに顎を鳴らす。そしてアルベドは顔を伏せていた。黒檀のような髪で隠されてるがおそらく涙を堪えてるのであろう。

 戦闘メイド(プレアデス)達も様々であるが皆、一様に悲しみにくれていた。当然であろう。任務とは言え、知らずに彼らが至高の存在と呼ぶ御方――真偽はどうであれ――と交戦してしまったのだから。

 対して、絶対の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンは、シャルティアの話を聞きながら茫然自失としていた。憤怒、悲哀、困惑、郷愁、憎悪など多種多様な感情が入り混じり、限界に達し、強制沈静されるのを繰り返しながら。

 

(何故こんなことに……)

 

 アインズはほんの数時間前の記憶を反芻する。アルベドから届いた一通の<伝言(メッセージ)>が全ての始まりだった。

 

 

『――アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールンが何者かに殺害されました』

「……は?」

 

 エ・ランテル近郊の墓地で起きたアンデット大量発生事件を見事解決させた冒険者モモン――つまるところアインズは、あまりにも予想外な<伝言(メッセージ)>に思わず素に戻り間の抜けた声を上げてしまう。即刻ナザリックに転移し、玉座の間で確認を取ると、確かにコンソールパネルからシャルティア・ブラッドフォールンの名が消え失せていた。

 

(よくもやってくれたな――!!)

 

 NPCはかつての仲間達が残してくれた、言わば彼らの子ども同然だ。その存在を傷つけられ、あまつさえ殺されて黙っていられるはずがない。刹那に湧き上がった憤怒と憎悪とは如何程であろうか。冷静になるまでに幾度なく精神沈静を余儀なくされた。すぐさま精鋭部隊を編成し、必ず借りを返してやると守護者達と息巻き、まずは情報収集とばかりにシャルティアを蘇生させた。

 そして、語られたのは想像を遥かに上回る悲劇。至高の存在(たっち・みー)との不幸な遭遇戦。

 

「ア゛イ゛ンズざま゛……ぐすっ……申し訳……も゛うじわげないでず。わ、わだしは……ヒック……どりがえじのづかないごどを」

「シャルティア! もういいよ、大丈夫だから! ね?」

「アウ゛ラ……?」

 

 一糸纏わぬ肢体に与えた黒マントだけの姿のシャルティアは涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。そんな彼女に気の利いた台詞ひとつ言えず、自身の感情すら持て余し気味のアインズが二の句を告げずにいると、アウラが先んじて行動を起こした。シャルティアをあやす様に抱き締め、頭を撫でてあげている。普段の犬猿の仲からは想像だにしない、まるで本当の姉妹のような光景だった。

 

「アインズ様! シャルティアはとても疲れているみたいです。部屋で休ませたいのですがよろしいでしょうか?」

「……う、む」

「アウラ様、私もお手伝いします。シャルティア様、こちらへ」

 

 アウラに戦闘用メイド(プレアデス)副リーダーのユリ・アルファが続く。二人に伴われ、なきじゃくシャルティアは玉座の間を後にした。再び静寂が訪れる。

 

「――アインズ様、よろしいでしょうか?」

 

 しばしの静寂の後、口火を切ったのは今まで沈黙を守っていたアルベドだった。

 

「早急に討伐隊を編成する必要があると愚考いたします。つきましてはあの娘(ルベド)の起動を許可いただければ」

「なっ……正気ですかアルベド!? 彼女を起動するなど」

「たっち・みー様ヲ滅ボソウトイウノカ? ソレハ不敬ナ考エダ」

 

 アルベドの提案にデミウルゴスとコキュートスは真っ向から反論する。

 

「ではどうすると言うの! たっち・みー様は強いわ。私達守護者はもちろん、第八階層のあれらを総動員しなければ勝てない!」

「何故そのような発想の飛躍をするのですか! 貴方らしくもない! まずは事の真偽を確かめるべきでしょう?」

「あの、その……喧嘩は良くない……です」

 

 喧々囂々と飛び交う守護者達の怒号を、アインズはどこか現実味がなく遠くに聞いていた。眼窩に灯る赤い光が天井から釣り下がる四十の旗、そのうちの一つを捉えた瞬間、激しく燃え上がる。そしてついにアインズの激情が精神抑制を超えた。

 

「くはははははは!! あはははははは!! あはははははは!! あははははは!! は、はは……」

 

『あ、アインズ……様?』

 

 ダムが決壊したかのような感情の奔流、アインズは狂ったように嗤い続けた。今まで見たこともない主の狂気じみた姿に、守護者達は驚愕のあまり凍りつく。

 

「糞が!! 糞が糞が糞がぁあああああああ!! ――俺を、俺達を見捨てただけじゃなく!! 裏切った!? 裏切ったのかあああぁあああ!!!?」

 

 口を飛び出すのは地獄の怨嗟、呪詛の声。握り締めたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンから迸る七色の光。ギルド武器により強化された漆黒よりなお暗い<絶望のオーラⅤ>が嵐のように玉座の間に吹き荒れる。押しつぶされそうな重圧が守護者達を襲った。

 

「アインズ様……どうか、どうかお怒りをお沈め下さい……」

「アイ……ンズ……さ、ま」

 

 怯えた様子の守護者達に、されど彼の支配者は気づかない。

 

「いや……俺より早く転移していた? 待てよ……裏切ったのではなく脅迫されているとしたら……もしくは精神支配……彼の種族自体は完全耐性を持っていない……しかし装備次第でどうとでも……いや、彼の最強装備はアヴァターラに……まさか世界級(ワールド)アイテムが? ――あ」

 

 繰り返される精神安定に徐々にアインズは冷静さを取り戻す。ブツブツと独り言のように思考を回転させていたがようやく周りが見えてきた。苦しげな守護者達が視界に飛び込み、慌てて特殊技術(スキル)を解除する。

 

「すまない……私は支配者失格だな」

 

 自分のしてしまった過ちに気づき、アインズは絶望に暮れよろめきながら掌で顔貌を覆った。守護者達はもちろん、耐性を持たせてるとは言え、レベルで劣る戦闘用メイド(プレアデス)にはさぞや苦痛だったろう。

 

「いえ! そのようなことはございません!」

「むしろアインズ様の反応は当然で御座います」

「そ、そうです! 全然、気にしてませんから」

「マサニ、アインズ様ガ気ニナサル必要ハアリマセン」

 

「本当に、すまない……ひとりにしてくれ」

 

 ぽつりと消え入りそうな声で自嘲気味に呟くと、懸命に擁護しようとする守護者や戦闘用メイド(プレアデス)を残し、アインズは何処かに転移していった。

 

 

 ・

 

 漆黒聖典の一団はエ・ランテル近郊から移動し、トブの大森林を進んでいた。謎の吸血鬼(ヴァンパイア)と遭遇するというトラブルに見舞われたが、一同の表情は明るい。鬱蒼と生い茂る道無き道を苦もなく進んでいく。自分たちには六大神の加護がある、正義降臨様がついてると先刻の見事な戦いっぷりを口々に讃えていた。

 嬉しい誤算がもうひとつ。吸血鬼(ヴァンパイア)が所持していた武具を鑑定してみたところ、自分たちの装備品に匹敵――否、ものによっては性能で大きく上回っていたのだ。曰く誰が装備するだの、呪われてそうだの、お前が装備してみろだの。そんな楽しげに談笑する仲間たちから一歩引き、漆黒聖典隊長の視線は正義降臨へ送られていた。彼もまた皆から引いたところで、輪に加わろうとせず一人で佇んでいる。

 

「この場に〝絶死絶命(かのじょ)〟がいなかったのは幸いなのでしょうか。それとも……」

 

 神人として驕り高ぶっていた自分を完膚なきまでに叩きのめし、上には上がいると現実を教えてくれた番外席次。その彼女を以ってしても正義降臨様には届かないだろう。今ごろ祖国でルビキューをつまらなそうに弄ってる彼女を想像し、隊長は外見よりも幼い印象を受ける笑顔を浮かべた。

 

「ふふ、残念でしたね。敗北を知れずに」

 

 尤も法国に帰り次第、正義降臨様の存在を知れば嬉々として挑み掛かるのだろうが――それは自分の預かり知らぬことだ。彼が心の中で合掌していると、草木が枯れきった拓けた場所が見えてきた。何故この一帯だけと疑問は残るが、野営地には最適である。英雄級揃いの漆黒聖典とは言え夜通し歩き続ければ疲労も溜まる。皆各々の武具を下ろし、野営の準備に入った。

 

 そんな彼らを遠巻きに眺める影がひとつ。何処から現れたのか太い木の枝に腰掛け、彼らの様子をじっと観察していた。

 

「――何者だ?」

 

 隊長が油断なく槍を構えると、他の団員達もすぐさま臨戦態勢をとり、カイレを中心に円陣に展開、周囲を油断なく見渡した。

 

「わー、待って待って! 怪しいものじゃないよ!」

 

 観念したように一匹の森精霊(ドライアード)が姿を現した。








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