PvP+N   作:皇帝ペンギン
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第1話

「……は?」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンは思わず間の抜けた声を上げた。視線の先には真祖(トゥルーヴァンパイア)たる自身の右の(かいな)。勢い良く振るい敵に叩きつけたはずのそれは肩口から鋭利に切り裂かれ、宙を舞っていた。鮮血が噴出す。神聖属性のためか、灼けるような痛みが走るも意に介さず、シャルティアは紅蓮に染まった双眸を極限まで見開いた。

 眼前には()()()の男女。それまで先頭にいたリーダーらしき長髪の男を守るような形で、白い全身鎧(フルプレート)の男がグレートソードをこちらに向けている。侮っていた。長髪の男以外、雑魚だと決め付けていた。〈気配遮断〉の特殊技術(スキル)か装備、はたまたマジックアイテムか。いずれにせよ、数瞬前まで最後尾に位置し、奇妙な服を着た老婆の傍らに控えていたはずの全身鎧(フルプレート)が信じられない速度で距離を詰め、シャルティアの右腕を奪ったのだ。

 

「ああぁぁあああぁああ!!」

 

 シャルティアを激昂させるにはその事実だけで充分だった。

 巫山戯るな巫山戯るな。赦せない、赦せるはずがない。至高の御方に創造されたこの身が、守護者最強たるこのわたしが――

 

「――下等な人間如きにいいぃいいいいい!!!」

 

 殺意と呪詛とを撒き散らしながらシャルティアはもう止まらない。〈時間逆行〉の特殊技術(スキル)により右腕を修復、その手には神話級アイテム(スポイトランス)。さらに真紅の鎧を纏いて完全武装。その姿はワルキューレを彷彿とさせた。

 天使のような翼を翻し、突貫。大地の爆発を置き去り、必殺の一撃を全身鎧(フルプレート)目掛け放つ。大気が絶叫した。

 百レベルであるシャルティアの全身全霊を込めた槍突撃(ランス・チャージ)だ。例え同格の守護者達であっても只ではすまない。完全に受けきる事ができるのは至高の御方々か、防御に特殊技術(スキル)を特化させたアルベドくらいであろう。

ましてや脆弱なこの世界の人間如きではなおさらである。原型すら留めず消滅していても何ら不思議ではない。そう、思っていた。

 

 キィン、と甲高い悲鳴のような金属音が響く。

 

「なっ……」

 

 ならばこの光景はなんだ? スポイトランスの穂先が、全身鎧(フルプレート)の心臓を穿つはずだったそれは、男の繰り出したグレートソードの(きっさき)と拮抗していた。シャルティアの瞳が初めて動揺に揺らぐ。

 ある程度実力差があれば可能であろう。先刻、賊のアジトを襲撃した際、雑魚と戯れたシャルティア自身のように。あの時、シャルティアは雑魚の刀を指で摘み上げて見せた。では自分とこの全身鎧(フルプレート)にそこまでの技量差があるのか。否、ありえない。

内に湧いた疑念を払拭すべく五月雨の如くスポイトランスを穿つ。対して全身鎧(フルプレート)はシャルティアの猛攻を流れるような動作で軽やかに躱し、往なし、あるいは斬り払った。

 

「クソが……!!」

 

 当たらない。飛び散る飛沫を浴びながらシャルティアは盛大に毒突く。傍目には拮抗してるかにみえる攻防、だが全身鎧(フルプレート)の僅かな間隙を縫う激烈な一撃が、彼女の真紅の鎧をそれとは違う赤で染め上げた。これが返り血ならば、嗜虐的な笑みを浮かべ悦に浸るところだが、残念ながら全てシャルティアのものである。

対してシャルティアの獲物は只の一度も相手を捉えるに至らず、スポイトランスはその役目を果たせずにいた。

 

「ぐぅ……これでも――喰らえ!!」

 

 業を煮やしたシャルティアは互いの武器が弾け合う反動を利用し宙返り、そのままの勢いで空へ躍り出る。そして一定の間合いを取ると特殊技術(スキル)を発動した。左腕を振り被る動作に合わせ、掌に光が収束する。やがて白銀の輝きが巨大な槍を形成した。清浄投擲槍――MPを消費する事で必中の追加効果がある神聖属性の槍だ。槍は光の尾を煌めかせ一直線に全身鎧(フルプレート)へと迫る。

 

「……」

 

 対して男は獲物を振りかぶる動作をみせるも中断、瞬時に左手の盾を構え半身となった。

 

 直撃。

 

 清浄投擲槍は盾ごと籠手を易々と貫き、全身鎧(フルプレート)の左腕に真紅の花を咲かせた。

 

(やった! これなら――)

 

 シャルティアは口元を釣り上げる。やはり先刻までのは何かの間違いだったのだ。人間如きに自分がやり込められる筈もない。そう気を良くしたシャルティアが追撃をかけようと、今一度光の槍を召喚しようと手を翳しーー

 

 眼前に迫る鉄塊。

 

 それが男が投擲した盾だと気づくのと、スポイトランスを横薙ぎに振るったのはほぼ同時だった。鈍い音と共に開けた視界、その先に男の姿はなく。

 

「っ!?」

 

 ゾクリ、と全身の毛が粟立つ。嫌な気配に突き動かされるまま、シャルティアは己が身を星幽界(アストラル)体へと変貌させた。

 

 閃光が走る。

 

 神聖属性の輝きを携えたグレートソードが、数瞬前までシャルティアがいた空間を斬り裂いたのだ。あらゆる物理干渉無効のミストフォームでなければ致命傷を負っていたかもしれない。誇りを傷つけられた彼女が激昂する間も無く、追撃が迫る。返す刃が鈍色に輝き、星幽界(アストラル)体のシャルティアを襲わんとし、

 

「あぁああ、煩わしい!!」

 

 赤黒い衝撃波がシャルティアを中心に放射状に迸り、男を弾き飛ばした。不浄衝撃盾――攻防一体の特殊技術(スキル)により彼女は窮地を脱す。

 

「――ここだ!! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)〉!!」

 

 僅かに体勢を崩す全身鎧(フルプレート)に地獄の業火を叩き込む。煉獄の炎が男の全身を覆い尽くした。脆弱な人間如きにしては良くやった方だが、あれではひとたまりもあるまい。

 

「あははは! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)生命力持続回復(リジェネート)〉」

 

 嘲るように嗤い、シャルティアは傷を癒しながら眼下の男女を見下ろした。

 

(……一番強いのは始末した。なら残りで注意しなければならないのはあの長髪の男? それとも奇妙な服の老婆か)

 

 どのみちこの人間共を捕らえれば、全ての失態が帳消しになった上に釣りまでくるのだ。哀れな家畜たちを値踏みする。シャルティは口元を凶悪に釣り上げ、〈集団全種族捕縛(マス・ホールド・スピーシーズ)〉を唱えようとして、

 

「いいのか? 余所見をして」

 

 みすぼらしい槍を構えもせず、長髪の男は事もなげに敵であるはずの彼女に告げた。

 

「はあ? 何を言って――」

 

 言葉を最後まで発せなかった。唇を濡らす滑りが甘美な血の味だと気づいたときにはもう遅い。首という蓋を失った身体から噴水の如く噴出す鮮血。

 

「ぐ……がっ……」

 

 〈時間逆行〉の特殊技術(スキル)を発動、間一髪命を繋いだシャルティアは首を庇いながら振り返る。はたして、全身鎧(フルプレート)の男は健在であった。否、その様を健在と言ってもよいものであろうか。ぶすぶすと鼻をつく焼け焦げた臭いに漂う黒煙、所々意匠が溶け落ち最早純白とは程遠い鎧。おそらく中身は二目と見れぬ有様であろう。

 男のあまりの惨状とは裏腹に、今さっき振りおろされたばかりの剣は、決して折れぬと意志を示してるかのようであった。シャルティアはほとんど反射的に〈生命の清髄(ライフ・エッセンス)〉を使用し、そして驚愕に目を剥いた。鎧の損傷具合とシャルティアの予想に反比例し、男はほぼ無傷だったのだ。加えてそのHP(体力)量は、シャルティアを遥かに凌駕していた。

 

(こいつ……私よりも……)

 

 HP(体力)、物理攻撃、物理防御、素早さ、魔法防御――MP(魔力)や魔法攻撃こそ定かではないが、戦闘に必須なほぼ全ての要素において、守護者最強を自負するシャルティアを上回るかもしれぬ存在。シャルティアの脳裏に初めて撤退の文字が過ぎる。

 上位転移(グレーター・テレポーテーション)を唱え転移門(ゲート)を開けば、今ならまだ撤退できるかもしれない。しかし初任務で無様に敗走など。栄えあるナザリックに敗北はありえない。いや、アンデッドであるシャルティアにとって死など恐るるに足らない。それよりも恐ろしいのは、

 

『お前には失望したぞ』

 

 最後にただ一人残った御方が自分に失望し、ペロロンチーノと同じ〝りある〟に去ってしまう事。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ――シャルティアの慟哭が響き渡る。その様は親と逸れ泣きじゃくる幼な子にも似ていた。魂の叫びに呼応するように白い光が人型を形成し、やがて、シャルティアと瓜ふたつになる。死せる勇者の魂(エインヘリヤル)――シャルティア最大にして最後の切り札。特殊技術(スキル)やMPこそないが身体能力はシャルティア其の物。さらには鼠、蝙蝠、狼等、無数の眷族達をあらん限り召喚し、全身鎧(フルプレート)へ向け強襲させ、とどめと言わんばかりに<第十階位怪物召喚(サモン・モンスター・10th)>を詠唱した。

 

「ああぁあああぁあああ!!」

 

 シャルティアが選んだのは数の暴力による圧殺。まとわりつかせた眷族たち、高レベルモンスター、そして二人の百レベルの全身全霊をかけた槍突撃(ランス・チャージ)。その全てがたった一人の男目掛け放たれた。

 

 

「おお……何という」

「これ程とは……」

 

 全身鎧(フルプレート)の男を除く十二人の男女――漆黒聖典の一団は固唾を飲んで戦況を見守っていた。いや、呆然と見ていることしかできなかった。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を討伐、あるいは支配下におくべく出撃した彼らに突如として襲い掛かった未知の吸血鬼(ヴァンパイア)。彼らの窮地を救ったのはスレイン法国最奥に封ぜられていた秘宝。六大神や八欲王にも匹敵するとうたわれるもの。眉唾だったその存在は圧倒的な力でもって吸血鬼(ヴァンパイア)を追い詰めていく。

 まさしくレベルが違う。人間では到達不可能な聞いたこともない高位階位魔法、見たこともない超強力な特殊技術(スキル)を操る吸血鬼(ヴァンパイア)に対し、彼はそのいずれをもたった一振りの剣で薙ぎ払っていった。スレイン法国特殊工作部隊六色聖典中、最強であるはずの漆黒聖典(かれら)が間に入る余地もなく。

 それは神人とよばれる第一席次、漆黒聖典隊長も例外ではなかった。彼ですら視界を縫うように飛び交う影を捕らえるのがやっとである。

 

「カイレ様、あれが……」

「はい、彼の御方こそ六大神が我らに残したもうた人類の希望。その名は――」

 

 隊長の搾り出すような震えた声に、カイレと呼ばれた旗袍(チャイナドレス)――〝傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)〟、その実はあの全身鎧(フルプレート)の男と同じく六大神の遺物――を着た老婆はしわがれ声で応えた。

 

 

 男がグレートーソードを最上段に構えた瞬間、彼の背後で爆発が起こる。爆撃地雷(エクスプロードマイン)でも暴発したのだろうか。否、この際どうでもよい。思考の隅に余計な考えを押しやり、死せる勇者の魂(エインヘリヤル)と共にスポイトランスを全身鎧(フルプレート)に穿とうとして、

 

「――え?」

 

シャルティアは見てしまった。男の背後に爆発と共に宙に浮かぶ四文字を。即ち、〝正義降臨〟を。

 

「〝正義降臨(セエ・ギ・コウリ)〟様――どうか我々をお導き下さいませ」

 

 祈るように紡がれる名。〝正義降臨〟と呼ばれた男はその名を体現すべく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 








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