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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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戦-12


「見事な戦いぶりだった」


 アインズは機嫌よく、目の前で跪き、頭を垂れるコキュートスに賞賛の言葉を送る。村に残ったリザードマンたちの絶望を具現したような姿は、目的を充分に達成したといっても良いものだったのだから。

 これなら充分に抵抗無く支配できるだろう。


 それにユグドラシルプレイヤーもいなかったのも、アインズの機嫌が良い理由のうちだ。


「アリガトウゴザイマス」

「さて、リザードマンの村を支配することとなったが、とりあえずは幾人かを選抜して戦士としての訓練をさせよう。どこまで強くなるか興味があるというものだ」


 アインズたちユグドラシルの存在は強くなれない――正確にはスキルが習得できないのでは、というのが幾つかの実験で理解できたことである。つまり強くなるにはそれ以外の面での強化が必要だということだ。

 では次の疑問として、この世界の存在は何処まで強くなるのだろう、というのは当然生まれて然るべきものだ。



 アインズはこう思っている。

 成長しようと考えない最強は、単なる停滞だ。いつかは追い抜かれるだけだ。

 100年先の軍事技術を持っていたとして、それは確かに最強かもしれない。だが、そこで止まっていればいつかは最強の地位から落ちることとなる。今は周辺国家の中では強いかもしれない。だが、その強さがいつまでも保たれる。そう考えて行動するものは単なる愚か者だ、と。



 もし仮にこの世界の存在がユグドラシルで言うところのレベル100を軽く超えることが出来るのなら、早急に何らかの手段を取る必要が出てくるというものだ。

 ブレインという手駒があることはあるが、シャルティアというユグドラシルの存在の力を受けて――ヴァンパイア化――しまっている。そのためにブレインの強さの上昇が、この世界の一般なのかというと疑問が生じる。

 つまりはユグドラシルとはあまり関係の無い、この世界の一般人的な存在での実験が必要だとアインズは考えているのだ。


「リザードマンに英才教育を施したいが、ブレインを使用してみるか」


 ちらりと部屋の隅で不動の姿勢を崩さないブレインに視線を送る。機嫌よさそうにぶつぶつと呟くアインズに対し、顔を上げたコキュートスが質問を投げかける。


「アインズ様。アノリザードマンハドノヨウニ処分サレルノデスカ?」

「あのリザードマン?」

「ハッ。ザリュースト言ウ者ト、シャースーリュート言ウ者デス」


 あの最後まで立っていたリザードマンかと、アインズは納得する。結局、死んだ奴らだが、死体はまだ湿地に転がっているはずだ。


「そうだな。死体をこちらで回収できるなら、その死体でデス・ナイトでもつくってみるか? ある程度強い者の死体を使って、デス・ナイトを作ったことは無いからな、良い実験になる――」

「――ソレハ惜シイカト」

「ふむ?」


 アインズの言葉に重ねるように言う、守護者達からすると無礼な態度を取ったコキュートスに、アインズは初めて興味を持ったように眺める。そして軽く手を挙げ、他の守護者の眉を顰めた表情を元の状態へと戻す。


「どういうことだ? 奴らは弱かったと思ったのだが……。それほど価値があったか?」


 アインズが遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>を用いて観戦していた中では、コキュートスの圧倒的勝利だったはずだ。特別見るべきところが無いほどの。それともアインズが見逃しただけか。


「……確カニ弱者デシタ。シカシナガラ、強者ニモ怯エヌ、戦士ノ輝キヲ見マシタ。アレハ処分シテシマウニハ勿体無イカト」

「ふむ……」


 正直、戦士の輝きとか言われてもアインズにはピンと来ない。漫画や小説でよく聞く『殺気』という単語があるが、それすらもアインズは「ふーん、そんなのあるのか?」としか感じないのだ。そんなアインズにとっては、戦士の共感という奴はわけの分からん世界の話だ。

 これはアインズが現在はこんな姿だが、元々は単なる一般の社会人ということに起因する。日本に生きる一般人が、殺気とか戦士の輝きという単語に深い感銘を覚える方がやばいだろう。まだ優秀な営業マンの輝きといわれた方が、漠然とだが分かるというものだ。


 そんなアインズだが、コキュートスという存在がそういうならそうなのだろうという程度の理解力はある。


「なるほど……勿体無いか」

「ハッ」


 勿体無いとか言われてもなぁ。というのがアインズの本心だ。しかし、この辺で主人として部下の考えを取り入れる度量も見せたほうが良いだろうか。

 アインズは暫し考え、自らには忠実な部下がいることを思い出す。

 周囲に並ぶ、臣下として相応しい――無言、かつ直立不動の姿勢を崩していない、そんな部下達を。


「デミウルゴス。どう思う?」

「アインズ様のお言葉こそ最も正しいかと」

「……シャルティア、お前はどうだ?」

「デミウルゴスに同じでありんすぇ。 アインズ様のご判断に従いんす」

「…………アウラ」

「はい。あたしも皆と同じです」


 答えになってない。アインズは頭を悩ます。

 そして色々と考え、守護者からすると大した問題ではないのではないか、という答えに行き着く。つまりはどちらに転がろうが、大したメリットもデメリットも無いと判断している可能性がある。


 無論、守護者の視点がどこにあるのかが、問題になる場合は当然ある。

 ようは100万円が端金だと考えてる者が大した金額じゃないよ、と言ったとき、その言葉がどれだけ信用できるのかと言う問題。いわば価値観の違いから来る差だ。


 聞いた意味が無かった――。

 仕方なく、アインズはアインズなりに、メリットとデメリットについて考える。


「……そういえばリザードマンの村を支配することになったが、代表になるものはいるのか? そんな組織だったものは無いのか?」

「イエ。代表トナル者ハオリマス」

「ほう。どんな奴だ」

「アインズ様ガオッシャッテイタ、白イリザードマンデス」

「あれか! なるほど、なるほど……」


 ならば利用できるか。そうアインズは考える。ピーピングも役に立つ、とも。


「つれてくるまでにどの程度の時間が掛かる?」

「オ許シヲ。ソウ仰ラレルト思ッテ、近クノ部屋マデ呼ンデアリマス」

「いやいや、良いぞ、コキュートス。時間を無駄にするのは愚かの行為だ。お前の判断は間違っていない。よし、では、つれて来るんだ」

「えっと、待ってください!」

「どうした? アウラ?」

「この場みたいなあまり見栄えのよろしくない場所で例え、従属する相手とはいえ会うのは、アインズ様には相応しく無いと思います。ナザリックの玉座の間でお会いすべきかと思います」


 シャルティアとデミウルゴスが同意という風に微かに頷く。


「……申シ訳アリマセン。ソコマデ考エガ至ラナカッタ、私ヲオ許シクダサイ!」

「ああ……」


 そんなことまるで考えた無かったよ。アインズはそう思い、さてどうするかと考える。そしてふと思い出す。あのときの言葉を。ならば――。


「――アウラよ」

「はい!」

「ここに来たとき言ったと思うが、お前が作りあげているこの場は――お前の思いが篭ったこの場は、ナザリックに匹敵すると私は考えている。あの言葉は嘘ではない。コキュートス。つれて来い。この場で会おう」

「ア、アインズ様!」

「アウラ。よすんだ」

「デミウルゴス!」


 なんで止めるの、とアウラは顔を紅潮してデミウルゴスに食って掛かる。


「アインズ様のお言葉は正しい。ならばアインズ様がこの場をナザリックと同等と看做されているという言葉もまた――」

「――正しい」


 シャルティアが言葉を続ける。


「アウラよ。もう一度言うぞ? 私は最も信頼できる部下――守護者の中の一員であるお前が、努力し作り上げているこの場所も、ナザリックと同等の場所だと思っている。例え、今現在製作中だとしてもだ。理解したな?」

「……アインズ様、ありがとうございます」


 深く頭を下げるアウラ。そして同じように頭を垂れる他の守護者達。

 コキュートスやデミウルゴスそしてシャルティアが何故頭を下げるのか。多少困惑するが、アインズは何かあったのだろうと深くは考えずに、コキュートスに指令を下す。


「コキュートス、では、つれてくるんだ」

「ハッ!」




 数分程度の時間がたち、アインズの元に真っ白なリザードマンが連れて来られる。

 白いリザードマンはアインズの前に跪き、顔を伏せる。


「名を聞こう」

「はい。偉大にして至高なる死の王――アインズ・ウール・ゴウン様。私はリザードマン代表のクルシュ・ルールーです」


 どこかで聞いたことのある仰々しい称号だ。アインズは一瞬、横に控えるシャルティアとアウラに視線を動かすが、すぐに戻す。


「……ふむ、良く来たな」

「はい。ゴウン様。私達、リザードマンの絶対なる忠誠をどうぞお受け取りください」

「ふむ……」


 アインズはしげしげとクルシュを観察する。

 なんとも綺麗な鱗だ。魔法の明かりを受け、艶やかな輝いている。触ったらどんな感触がするのかと、アインズはちょっとした知的好奇心に襲われる。


 何も言わないアインズにクルシュの肩が僅かに震える。それは寒さとかの外部的な要因からではなく、精神的な面――恐怖からだ。

 アインズが気に入らないとでも言えば、全てのリザードマンは皆殺しにあう。だからこそ、言葉の1つ1つも注意をしなくてはならない。そんな精神の磨り減るような気持ちのクルシュからすれば、アインズの不自然な沈黙はまさに恐怖の種だ。

 そう、相手がたとえ自らの連れ合いを殺した存在でも。


「……そうか。では受け取ろう。お前達、リザードマンはこれから私の支配下だ」

「――はい」

「さて、では要求をするとするか」

「はい」


 どのような要求が来るかとクルシュの体が震える。


「まずは幾人かのリザードマンを私の兵にするために鍛える。最も優秀なものを選び出せ」

「幾人でしょうか?」

「そうだな……まずは10人でかまわん」

「畏まりました。早急に手配します。一体、いつまでに選べばよろしいでしょうか?」

「2、3日中でどうだ?」

「はい、まったく問題はありません。最も才に優れたものを選びたいと思います」

「そうだな。あとは……現状では特別無いな」

「え? よろしいのですか?」


 顔を伏せたままクルシュが僅かに驚いたような声を上げる。どれだけの無理難題を押し付けられるかと思っていたら、これだけですんだのだ。当然驚くだろう。


「一先ずはな。クルシュ・ルールーよ。私の支配下に入ることでお前達リザードマンは繁栄のときを迎えるのだ。将来のリザードマンは感謝するだろう。私の支配下に入ったことを」

「いえ、ゴウン様という偉大な方に敵対しながら、これほどの慈悲を与えてくださり、私達は既に感謝しております」

「そうかね?」


 アインズはゆっくりと座っていた玉座から立ち上がる。そしてクルシュの傍に近寄ると、しゃがみこむ。そして肩に手を回した。

 クルシュの体がピクリと動き、震えがアインズに伝わる。


「それと特別にお前に頼みたいことがあるのだ」

「なんでしょう。ゴウン様の忠実な僕である私に出来ることであれば何なりと……」

「僕としてではなく、忠実な奴隷としてお願いしたいことがあるのだ――代価はザリュースの復活だ」


 バッと勢い良くクルシュの顔が上がる。

 その顔は驚愕に歪んでいる。そんな表情に勝ち誇ったような気分で、アインズはクルシュの観察を続ける。


 クルシュの表情は隠そうとしてるのだろうが、めまぐるしく動く。どのような感情が走ってるのかまでは、人間とはかけ離れているためはっきりとしたことは読み取れないが、喜怒哀は浮かんだだろう。


「そんなことが……」

「私は死と生を操ることすら出来る。死というのは私からすると状態の一種でしかないのだよ」


 クルシュの消え去るような声を聞きつけ、アインズはそれにも答える。


「毒や病気と同じだ。流石に寿命は無理だろうがね」

「……では忠実な奴隷としての私に何を望むのでしょうか? ……私の体でしょうか?」


 アインズは絶句する。


「いや、それは、ちょっと……」流石に爬虫類はねぇ、と思わず素に戻りそうになるが、アインズは必死にキャラを作る。「ゴホン。違うとも。簡単だよ、私を裏切るリザードマンがいないかしっかりと監視をして欲しいのだ」

「そのようなリザードマンをおりません」


 言い切るクルシュにアインズは嗤う。


「それを本当に信じるほど私は愚かではない。確かにリザードマンの思考形態まで熟知しているわけではないが、人間というものならば裏切りは珍しくは無い。だからこそ、内部を秘密裏に監視する者が欲しいのだ」


 クルシュが無表情に戻ったことに、アインズは話の持って行き方を失敗したかと内心慌てる。

 コキュートスに言われた関係上、できればザリュースを蘇らせる方向に話を持っては行きたいのだが、なんの代価もなしに復活させてしまうのは、微妙にメリットが少ない。

 だからこそ、クルシュというスパイを作成することで、そのメリットを補おうというのだ。


「……今、君の上に奇跡はある。しかし、その奇跡がいつまでもあるとは限らない。この瞬間を掴めなければ全ては終わりだよ?」


 立て続けにアインズは口を開く。


「死んだ人間を完全に元の状態に戻す。しかも記憶も、という話があって、それでも死んだ人間は元には戻らないと言い切る者もいる。だが、それは私からすると、単純に蘇らせる者を信じられないからだと思うのだよ。もしその人間に最も近い者――家族や親友、または恋人が蘇らせると言ったら、納得してしまうのではないかね?」


 クルシュはやはり無表情のままだ。

 アインズは失敗したかと内心思いながら、感情に強く語りかけることとする。デミウルゴスとか上手そうだから、任せれば良かったかなと思いながら。


「つまりはこう言いたいのだ。本当に大切なものを間違えてはいけない、クルシュ。君にとっての大切なものはザリュースではないのかね? 愛する男――そして幸せな家庭を築きたくないかね?」


 ピクリとクルシュの表情が痙攣したように動いた。


「おぞましい儀式をするとかではない。この世界にだってあるだろう? 復活の魔法が。それを使うだけだ」

「それは伝説の……」


 そこまで言ってクルシュは言葉をきる。

 目の前にいる存在がどれほどの者かを思い出して。


「クルシュ。君にとって最も大切なものは何なのかな? 考えて欲しいのだ」


 多少、アインズはクルシュに考えさせる時間を与える。特には一方的に捲くし立てるほう――考えさせる時間を与えない方が上手くいく場合もあるが、この場合は時間を与えるべきだろう。

 少しづつ視線が揺らぎだしたクルシュを観察し、アインズはあと一押しかなと判断する。

 次に提供すべきは無料ではないと、理解させることだ。只のものだと怪しんだりもするが、妥当かと思われるような金銭を要求されると納得してしまうものだからだ。


「先も言ったように無料ではない。君の仲間のリザードマンを内部からこっそり監視するのだ。場合によって苦汁の選択もするだろう。そして裏切らないように、復活させるザリュースには特殊な魔法をかける。君が裏切ったと私が判断したら、即座に死ぬような魔法だ。君は苦悩を得るだろう。だが、ザリュースの復活はそれに見合うだけのものが無いかね?」


 そんな魔法なんか無いけどな。

 そんなことを脳裡で思いながら、アインズは言うべきことは全て言ったと、言わんばかり態度でゆっくりと立ち上がる。そして両手を広げる。

 そんなアインズを苦悩に満ちた目でクルシュが見つめていた。


「そうそう。復活させた後、ザリュースには私からこう伝えよう。利用価値があるから蘇らせたと、ね。君の名前は一切出さないことを約束する」


 アインズは上手くいったかなと思いながらも、表情には出さない。無論、骸骨の顔に表情は殆ど現れないのだが。


「さて、クルシュ・ルールー。今、選択したまえ。奇跡は二度は起こらん。愛するザリュースをその手に取り戻す、最後のチャンスだ。どうする? 手を取るか? 取らないか? 選びたまえ」


 アインズはクルシュにゆっくりと手を差し出した。それと同時に守護者たちを釘を刺す。


「断ったとしても何もするな。――さぁ、返答はいかに? クルシュ・ルールー?」





 ■




 全身の脱力感が酷い。

 体の中がドロドロになっているようだった。

 異常な疲労感だ。どれだけ過酷な運動をしてもこれほどの酷い状態になった事は無い。


 ザリュースは重い瞼を必死に開ける。


 眩しい光が目の中に飛び込んでくる。リザードマンの目は自動的に光量を補正してくれるが、それでも瞬時の光には多少弱い。ザリュースは目をぱちくりさせ――


「ザリュース!」


 強く誰かに抱きしめられる。


「く、くるしゅ?」


 その声はもう2度と聞けるはずが無い。そう思っていたメスの声だ。

 ザリュースはようやく慣れた目で、抱きしめてくるメスを見る。

 それはやはり自らの愛したメス。クルシュ・ルールーだ。


 何故、これは一体。

 無数の疑問や不安がザリュースに襲い掛かってくる。最後の記憶は――自分の頭が湿地に落ちていく瞬間のもの。絶対に自分はコキュートスに殺されたはずだ。

 それが何故生きているのか。まさか――


「――くるしゅまでころされたのか?」

「え?」


 痺れたように上手く動かない口を動かし、ザリュースは問いかける。

 それに答えるのは、不思議そうなクルシュの顔。その表情を見て、ザリュースは僅かに安堵する。クルシュは死んだわけでは無いと知って。では一体どうして自分は生きているのか。

 その答えのヒントは横から掛けられた声だった。


「ふむ。復活したが混乱しているというところか。これでは戦闘中の復活は難しいな」


 その声の主に気付き、ザリュースは驚きながらそちらを見る。


 そこに立っていたのはアインズ・ウール・ゴウン。巨大すぎる力を持つ魔法使いだ。

 そしてその手には、まるで似合わないような神聖な雰囲気を漂わせる、30センチほどの一本のワンドを持っている。それは象牙でできており、先端部分に黄金をかぶせ、握り手にルーンを彫った非常に綺麗なものだ。この大魔法使いが持つのだから、凄まじい魔力を秘めたものなのだろうとザリュースは予測する。


 そしてその予測は正解だ。

 ザリュースは知らないが、それこそ蘇生の短杖<ワンド・オブ・リザレクション>。ザリュースを蘇らせたアイテムである。通常であれば神官系魔法の道具を、神官系魔法を使用することができないものが発動することは出来ないのだが、この系統の魔法のアイテムは特別に使用することができる。


 ザリュースは目線をキョトキョトと動かし、少しでも情報を収集しようと試みる。抱きしめてくるクルシュの影から見える光景。それはここが先ほどまでいたリザードマンの村だということだ。

 場所は広場であり、取り囲むように無数のリザードマンが平伏している。ピクリとも動かないその姿――それは異様なほど強い崇拝を感じさせるものだった。


「いったい……」


 アレだけの力を見せられれば平伏するのも道理だ。しかし、周囲のリザードマンからはそれだけではない、もっと強いものを感じる。

 リザードマンに神はいない。いうならそれが祖霊だ。しかし、周りにいるリザードマンから感じるのは自らの神に対する崇拝だ。


「ふむ。下がれ、リザードマン。誰かが言うまで村に入ってくるな」


 そんな言葉。

 それに誰も反対するものもいない。それどころか声を上げることなく受諾する。身動きする音と湿地を歩く水音。それだけを後に残して全てのリザードマンが広場から離れていく。

 まるで魔法で洗脳したかのような忠誠心にザリュースは驚く。


「アウラ? 出て行ったか?」

「はい。行きました」


 答えたのはダークエルフの少女だ。今までアインズの後ろにいたために視線が通らなかった関係で、ザリュースは気付くことができなかったのだ。


「そうか。ではザリュース・シャシャ。まずは復活おめでとう、といわせてもらおう」


 復活。

 その言葉の意味が理解できるまでザリュースは少しの時間が必要だった。そして理解したと同時に身震いするような感情が襲ってきた。


 復活――蘇らせたというのか、俺を。


 ザリュースは目を大きく見開き、口も大きく開ける。だが、言葉は出ない。喘ぐような息が漏れるだけだ。


「どうした? 別に復活に対して、リザードマンはさほど嫌悪感を抱いているはずではないのだろ? それとも言葉を忘れたのか?」

「ふ、ふっかつ……あ、あなたはししゃをよみがえらせられるのか……?」

「そう言っている。なんだ、その程度すら出来ないと思っていたのか?」

「だいぎしきを……おこなって?」

「大儀式? なんだそれは? 私1人で問題なく出来る行為だぞ?」


 その言葉を聞き、もはやザリュースに言葉は無かった。大儀式を行っての復活魔法はありえる。多くの神官を併用した――かの13英雄の1人が責任者を勤めた儀式で、事実蘇った者はいると伝説に残っている。

 それを1人で行うことが出来る存在。


 化け物? 違う。

 巨大な力を持つ魔法使い? 違う。


 ザリュースは完全に理解した。

 神話の兵を率い、悪魔を従える。

 つまり、それは――目の前にいる存在は神に匹敵する存在だ、と。

 ザリュースはよたよたと体を起こし、アインズの前に平伏する。クルシュも慌てて同じように平伏した。


「いだいなるおかた」


 それを見下ろしながらアインズはすこしだけ驚いたような様子を見せ、すぐに何かを納得したのか、軽く頭を振ることで答える。


「ちゅうせいをつくします」

「で?」


 何を要求するんだと言外に潜ませ、アインズはザリュースの言葉を待つ。


「りざーどまんにはんえいを」

「そんなことか。私の支配下に入るものには繁栄を約束するとも」

「かんしゃします」

「さて、いまだ言葉がたどたどしいぞ? 少し休めば慣れるだろう。今は休め。後ほど色々と決めなくてはならないことがある。まずは私の支配地であるこの村の警備をしっかりとしないと不味かろうしな……。まぁ、デミウルゴスと相談してくれ」


 アインズはそう言うと、この場から離れようと歩き出そうとする。だが、その前にザリュースはすべきことがある。今で無ければならないことを。


「おまちを。ぜんべるとあには?」

「死体はそこら辺にあるはずだ」


 アウラと共に歩き出そうとしたアインズは、足を止めると無造作に村の外の方角を顎をしゃくる。


「よみがえらせてはくださらないでしょうか?」

「……ふむ……蘇らせるメリットを感じないな」

「わたしをなんでよみがえらせてくれたのかはわかりませんが、ぜんべるとあにはりざーどまんでもつよいもの。かならずや、やくにたてるとおもいます」


 アインズはザリュースをしげしげと観察する。それからクルシュへと目が動く。


「考慮しよう。……2人の死体を保管しておけ。いくつか考えた後、復活させるかどうか考えよう。それと弱い奴の場合は復活できずに灰になる可能性がある。まぁ、大丈夫だとは思うが、その可能性も忘れないようにな。では約束どおり10人のリザードマンを選出しておけ」


 アインズはローブをはためかせながら歩き出す。そのすぐ横を歩くアウラの、あのヒドラ可愛いですよねー、とアインズと会話する声が遠くなっていった。

 ようやくザリュースは平伏した姿勢を崩すと、クルシュに尋ねる。


「じゅうにんとは?」

「10人のリザードマンを自らの兵として鍛えるつもりだから、選出しておけというのが最初に私達に下された命令よ」

「なるほど……」


 納得したようなことを言っているが、ザリュースからすると疑問は尽きない。

 あれだけ強い部下を保有しながら、何故、遥かに劣るリザードマンを兵にするというのか。それも10人ぽっち。リザードマンの立場からするとありがたい話なのだが、真意がまるで読めない分、強い違和感を感じてしまう。

 だが、支配ということにあまり興味を持っていないようだというのは、非常に幸運なことだ。あれほどすさまじい力を持つ存在が守護をしてくれるというのなら、それは意外にリザードマンの繁栄に繋がるかもしれない。

 ザリュースは体に張っていた力を抜く。


「いきのこった……いきかえったか……」


 これからどのような支配が待っているかは不明だ。だが、リザードマンの有効性をアピールできれば、それほど悪いことにはならないだろう。


「くるしゅ。じゅうにんのなかに――」

「ええ。ザリュースも入るのね」


 予測したとおり、そんな表情でクルシュは頷く。


「分かったわ。でも言われたとおり、今は休んで、疲労を回復させないと。大丈夫、あなたを運ぶぐらいは出来るから」

「ああ……たのむ」


 ザリュースは体を崩すように横になると目を閉じる。体を酷使した日に、深い眠りが待っているように、目を閉じると共に瞬時に眠りが押し寄せてきた。

 自分の体を撫で回す優しい手の感触を感じながら、ザリュースの意志は暗闇の中に再び落ちていった。


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