☆大悪起これば大善来る.人を恨む、あるいは憤る、嫉妬する・・
そういうことは誰しもあることでしょう。
その心情の発露から、悪い噂を流す、意地悪をする、
という行動に出るとする。
されど結末は「人を呪わば穴二つ」である。
山崎正友に共感し、日顕によって発狂した宗門。
まさに彼らは、池田先生を抹殺せんとして自滅した。
以下に、小説・新人間革命第30巻「誓願」から、
その恐るべき「C作戦」の実像を示す。
1990年、ついに「C作戦」が実行される。
その企ての発端は学会創立60周年を祝賀する本部幹部会の伸一の
「ベートーベンの歓喜の歌を合唱しようとの提案」を口実とし、
「キリスト教の神を讃嘆するする行為で、大聖人の御聖意に反する」
との言いがかりをつけた。
これに反論した学会に対し、宗門は「誠意ある回答がない」と、
臨時宗会を開き「宗規改定」を行い、「言論、文書をもって官長を批判する」なら処分できるとした。
この規則改定の狙いは学会壊滅に目的があった。
そして宗門は12月29日、池田先生の法華講総講頭・大講頭の
資格停止通知が届いた。
1991年1月2日、会長の秋谷、理事長の森田が登山し、
日顕との話し合いを求めたが拒否された。
その後も宗門は対話を拒絶し続けた。
宗門は僧俗の関係について次のように述べている。
「本質的に皆平等であるとし、対等意識をもって僧俗和合を進める
というのは大きな慢心であると同時に、
和合僧団を破壊する“五逆罪”に相当する」・・
宗門は、僧が「上」、信徒が「下」という考えを
学会に押し付け、隷属させようとした。
1991年(平成3年)7月、宗門は学会員を辞めさせて
寺の檀徒にする「檀徒作り」を公式方針とした。
すなわち、宗門は学会組織の本格的な切り崩しに踏み切り、
「破和合僧」の大罪犯した。
さらに「法主信仰」の邪義を立て、法主を頂点とした
衣の権威で信徒を支配しようとした。
1991年11月8日、ついに「創価学会解散勧告書」が学会本部に届く。
文書は11月7日付けとなっていた。
この8日、創価学会は記者会見を行った。
解散勧告書はまったく無意味なものであり、
日蓮大聖人の教義と精神から逸脱したものであると訴えた。
学会は日顕退座要求の署名運動を開始し、
やがてその署名数は国内外合わせて1242万人にも達した。
11月29日、宗門から「破門通告書」が届いた。
「解散」しないから「破門」するという・・
これが「C作戦」であった。
(以上、第30巻誓願の趣意)
これが史実です。証拠です。
C作戦は永遠に邪宗門の血脈となります。
もはや、学会は邪宗門と永遠に交わらないでしょう。
こうして創価学会は、魂の独立を果たしました。
日蓮大聖人の仏法がここに完成しました。
<別館>ブログトップへ