ハッピーエンドしか許されない   作:アセロラ☆
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今日中に三話更新する予定。


13 『レム』

 ──そのときに得た感情のことは、今でも深く覚えている。

 

 振るわれる剣、飛び散る鮮血。

 見慣れた景色が炎であぶられ、見知った人々が物言わぬ骸へと変わっていく。

 

 終わっていく世界。閉じていた世界。報われない世界。

 ただただ厳しくて、ただただ理不尽で、ただただ傷付けられるだけの、そんな世界。

 

 手を伸ばし、指を動かし、唇を震わせて、それでも懇願する。

 

 そんな救いのない世界であったとしても、自分にはそれしかなかったのだから。

 ずっとずっと、目の前を塞いでくれる背中の後ろから、覗くだけだった世界。

 

 その壁がふいに取り払われて、広がった世界の眩しさに目を細めて、肌を焼く炎の熱さと色を、焦げつく肉の臭いと色を、宙を舞う『角』の美しさとその色を、全てをその眼に、開き切っていなかった視界に刻みつけて──、

 

 もう、終わってしまうかもしれない世界の中で、自分がなにを思っていたのか。

 そのときに得てしまった感情──そのことを今も覚えているから。

 

 

 それからの彼女の日々は全て、その感情への罪滅ぼしだけでできていた。

 

 

 

 ✣✣✣

 

 

 

 ──レムという少女にとって、姉と比べられることは非常に辛い日常だった。

 

 亜人族の中にあって、鬼族が持つ膂力とマナは飛び抜けて高い部類に入る。

 比類ない戦闘力、『森の王』とされる種族特性は自然の中においてその優位性をさらに強め、彼の存在を亜人族有数の強者と認めさせるに足る力を見せつけてきた。

 

 肉体の強靭さ、扱えるマナの質、戦闘においてこれほど頼りになる種族はない。

 唯一、鬼族が持つ弱点があるとすれば、それは種としての絶対数の少なさだ。

 

 強大な個を生み出すことに特化した種は、多数の芽を息吹かせるには至らず、鬼族はその力と相反して、細々と山奥に集落を構えるような暮らしを余儀なくされた。

 もっとも、その強靭さと違って気性は穏やかなものが多く、その生活に対して不満を抱いているものなど多くはなかったが。

 

 そうして人里離れた土地で暮らす種族であったからこそ、厳格な掟というものがいくつも存在した。

 掟を破れば罰則が下され、最悪追放すら免れない。個体数の少なさから身を寄せ合う彼らにとって、追放は生涯の孤独を意味する。

 故に、掟は何事があったとしても守られなくてはならない。

 

 ──鬼族にとって、双子は『忌子』である。

 それも、数少ない鬼族たちの中で定められた、厳格な掟のひとつであった。

 

 元来、鬼族のものはその頭部に二本の角を有して生を受ける。

 平時には角は頭蓋の中に隠されているが、事態が鬼としての本能を揺さぶる状況へと変われば、角はその頭部より姿を現し、周囲のマナを食らい尽くす。

 大気中のマナをねじ伏せて従わせ、自らの戦闘力を大きく高める。角はそのための器官であり、鬼族にとっては種としての誇りそのものといえる。

 

 そして双子はあろうことか、その二本の角を分け合って生を受けるのである。

 

 鬼族において、角を失ったものは『ツノナシ』と呼ばれ、種族としての立場を失う。一本の角の損失でさえその誹りを免れない。にも関わらず、双子はその大事な角を最初から欠損して生まれてくる。これが忌むべきことでなくてなんといえよう。

 

 故に双子は忌子とされ、生誕直後に処分されるのが習わしだ。

 彼女らの命運も、本来ならばそのときに尽きていたはずであった。

 

 苦渋の決断を下した族長の手で、その処断が行われる瞬間、双子の片割れが発した絶大な魔力──その天賦の才が見出されていなかったのならば。

 

 

 双子は姉をラム、妹をレムと名付けられ、鬼族の末席に名を残す運びとなった。

 

 その彼女らの生活は、決して順風満帆だったとはいえない。

 命を救われたとはいえ、双子であるという事実は拭い去れない。

 最初から『ツノナシ』のレッテルを張られた彼女たちは、両親含めた一族のあらゆるものから冷遇されて育った。

 自分たちと血が繋がっているにも関わらず、余所余所しい態度を崩さない両親。忌子である二人に嫌悪と侮蔑を隠さない同族。いまだ歩けず、言葉も悪意も理解できない彼女らにとって、それは最低の生育環境であったといえる。

 

 もっとも、そんな悪環境での生活がどれほど続いたかといえば、それは彼女らが物心つくまで──正確には、双子の姉が自意識を確立するまでであった。

 

 幼児期のラムを表現する上で、もっとも簡単なものは『神童』であろう。

 歴代の鬼族の中でも比肩するもののいない才覚。年少にして彼女の扱うマナの保有量は飛び抜けていて、なによりその角の美しさが鬼族全てを魅せた。

 

 己の才能に、実力に溺れず、額に宿した一本の純白の角そのもののように、真っ直ぐに自身を示すその姿に、同族の誰もが自然と頭を垂れた。

 まだ十に満たない少女に対して、それはまさに別格の扱いであった。

 

 余所余所しかった両親も、嘲弄を隠さなかった同族も、生誕直後の彼女らを殺めようとした族長ですら、彼女の威光の前には言葉もない。

 列強の亜人族の中でも選ばれし鬼族、その鬼族の頂点となるべく生まれた存在。

 

 強大な個を尊ぶが故に、強大である存在に対して礼を尽くすことを欠かさない。そんな鬼族であったればこそ、ラムへの献身に一切の打算は存在しない。

 

 そんな姉の栄光の道を、ただただ拙い足取りでついていくのがレムの日常だった。

 

 飛び抜けた才能はなにもない。扱えるマナの量は平凡。鬼としての力も角一本の身としての平均。姉と違って自信の欠片もなく、彼女の背に隠れて小さくなり、決して人目につかぬよう、話題に上らぬよう影として振舞う。

 それこそが幼い彼女の処世術であり、未発達の心を守る防衛手段だった。

 

 姉が嫉ましかったわけではない。

 両親が憎かったわけではない。

 同族が疎ましかったわけではない。

 

 常に先を歩く姉はいつでも優しく、歩くスピードの遅い妹を何度も振り返って手を差し伸べてくれた。

 余所余所しかった両親も姉の天分を知るにつれ、妹であるレムに対しても同様の愛情を注ぐようになってくれた。

 村の同族たちも飛び抜けて優秀な姉の後ろを、懸命についていく彼女に期待と羨望を寄せた瞳を向けるものも少なくなかった。

 

 誰よりも優しい姉。期待をかけてくれる両親。姉のように立派になれと応援してくれる同族の皆──その全てが、レムにとっては身を切り刻まれるような苦行だった。

 

 なまじ、見た目が姉と瓜二つだったことも少なからず影響したのだろう。

 身長や顔立ちにいたる容姿全てが似通っているのに、その身に宿す『鬼』としての資質だけが大きく食い違う。

 

 無論、レムもその状況を変えようと努力をした。

 幼い子どもの浅はかで稚拙な試行錯誤に過ぎなかったが、レムはあらゆる手段を試して姉に一歩でも近づこうと、なにかひとつでも姉に勝ろうと努力したのだ。

 

 しかし、全てにおいて姉は彼女の上をいっていた。

 なにをしても届かない領域があることを、それが誰よりも身近で、誰よりも愛おしい存在であることを、レムは幼児期の時点で悟らされてしまった。

 

 姉に並ぶことはできない。

 いつでも前に立ち、世界を照らす光を先に浴びる姉。その姉の背中からおっかなびっくりと顔を覗かせ、眩い輝きに体を小さくするのが自分の立ち位置。

 そんな風に諦めてしまえば、日々の苦難も全てを草木が風を受け流すように認めてしまうことができた。

 

 ──そんな諦めを甘受した日々が、どれほど続いたことだろうか。

 

 

 

 ✣✣✣

 

 

 

 ある夜、レムは暑さによる寝苦しさを感じて目を覚ました。

 

 木造りの寝台に横たわり、汗だくの体から掛け布団を引き剥がす。あたりを見回して彼女はふと、隣の寝台で寝ているはずの姉の姿がないことに気付く。

 

 すぐに、姉を探しにいかなくてはならないと思った。

 彼女が目覚めているのなら、威風堂々と歩くその後ろに付き従わなくてはならない。たとえそれが単なる小用による一時の目覚めであっても、それを欠かしてはならないという強迫観念がこの頃のレムを支配していた。

 

 部屋の外に出て──そう考えたとき、彼女は遅まきに失してようやく気付く。

 

 暑さの原因、それが住み慣れた我が家が炎に包まれているからだと。

 触れたドアノブの熱さに手を離し、レムはその事実に思い至る。眠っていた嗅覚が目覚めて焦げ臭さを感じ取り、額をむず痒さが走ると角が表へ顔を出す。

 

 即時、強化された肉体を振るって戸を破り、業火に覆われる家屋を駆け抜ける。理由はわからない。しかし、本能の命ずるままに外へ、外へ。

 

 脆くなった壁を蹴りひとつで破壊し、レムは家の外へ飛び出した。

 この瞬間においても彼女の脳裏を支配していたのは、『家の外へ出て、姉の指示を仰がなくては』という一種の狂信めいた思考だった。

 その思考が、家の外で目の当たりにした光景を前に一瞬で塗り替えられる。

 

 集落の中央、そこにうず高く積まれた黒焦げの死体の山。

 燃え盛る家々、焼き払われる木々、見慣れた世界が一晩で赤い地獄へ変わっている。

 

 炎にあぶられ、ねじくれた死体の中に親しんだ顔が並んでいるのが見えて、レムは即座に思考を放棄し、その場に崩れ落ちた。

 そんな彼女をゆっくりと取り囲む、黒いローブを羽織った人影。深々とフードをかぶった影の顔は間近にくるまで見えず、見えた顔にも見覚えがない。しかし、そこに友好的な光は一切感じ取れず、レムの頬は似合わない微笑みを浮かべていた。

 

 それは幼い少女が作るには達観しすぎた、諦めを何度も噛み殺した顔だった。

 

 その痛ましささえ伴う表情に、影は微塵も取り合わない。

 手を振り上げ、その掌の中に輝く銀色の刃を少女へ向けて振り下ろし──直後、影の首が一斉に吹き飛ぶ。

 

 鮮血、同時に四つの命が奪われ、飛ばされた首は自らの絶命にすら気付かないほど鮮やかな手並み、悲鳴すら上がらない。

 感じ慣れたマナの波動、それを肌に直接得て、姉の仕業だとレムは確信する。

 

 それを見取った瞬間、レムはその場に立ち上がる。

 姉がどこかにいるのならば、その背中に従わなくてはならない。

 

 視線をめぐらせる必要もなく、すぐに彼女の姿は見つかった。

 自分と瓜二つの顔を今は悲愴に歪めて、彼女は妹に駆け寄ると抱きしめる。腕の中のレムの体に傷がないのを確かめ、安堵したように弛緩する体。

 その体を抱きしめ返しながら、レムはこれ以上ない幸福と哀切を噛みしめていた。

 

 ──その後のことは、よく覚えていない。

 

 全てを姉に任せていたのだとは思う。

 それが最善で、なにより正しい。姉のすることはいつだって、全ての可能性の中でもっとも尊ばれるものであるのだから。

 

 なのに、気付いたときには周囲を取り囲まれていた。

 人影の数は視界を覆い尽くすほどで、それらをぼんやりと眺めながら、レムはそれでも姉が何とかしてくれると信じ切っていた。

 

 目の前の背中が、懸命になにかを叫んでいる。

 涙を流し、身を縮めて、必死でなにかを訴えかけている。

 

 地に伏せられると、レムが困る。姉を見下ろすことなど、彼女の生き方においてあってはならない事態だからだ。

 姉の後ろで、姉より身を小さくして、そうすることが存在意義。

 

 姉が叫ぶ。立ち上がり、自分の前に両手を広げている。

 マナがほとばしる。姉の常軌を逸した力が展開され、周囲ことごとくを切り刻む見えない刃が世界を蹂躙する。

 

 だが、それが走る前に、姉は振り返ってレムを抱きしめて──衝撃。

 

 そして、レムは見た。

 姉の頭部を横殴りにした鋼によって、その白い輝きが赤い空を舞うのを。

 

 くるくるくるくると、折られた角が回転する。

 根本から折れた角、噴き出す鮮血、そして甲高い誰かの絶叫。

 

 それを目にしてなにを思ったのか、今でも鮮明に覚えている。

 

 自分を庇って、暴行を受けて、角を折られた敬愛する姉の悲鳴を聞きながら、羨望し続けた美しい白い角が宙を舞うのを見ながら、

 

 ──ああ、やっと折れてくれた。

 

 と、そう思ったのだ。

 

 

 

 ✣✣✣

 

 

 

 ──黒い靄が漂う世界に、スバルの意識は再び招かれていた。

 

 なにもない、漆黒の『無』だけに支配された世界。

 意識だけが宙を漂い、スバルはぼんやりと己の存在を自覚する。

 

 誰もいない。なにもない。何事も起きない。

 始まりがない。終わりがない。無為しか存在しない世界。

 

 夜の海に投げ出されたような、茫洋とした感覚にだけ身を任せ、スバルの意識は思考すら放棄して無為の波間に沈みゆく。

 

 と、ふいにその暗闇の世界に変化が生じた。

 

 正面、意識だけのスバルの眼前に誰かが立ったのだ。

 地面──と思われる位置から影が垂直に伸び、人形を為して存在を浮かび上がらせる。

 

 顔は見えない。姿はおぼろげだ。ただ、ぼんやりと女性の影だろう、と思う。

 

 影は揺らめき、ゆったりとこちらに手を伸ばしてきた。

 つと、指を伸ばせば触れられるだろう距離。と、それまで意識だけだったスバルの存在は、その伸ばされる指に応える指を得たことに気付く。

 

 なにもなかったはずの世界、意識だけが漂っていた世界に、その意識を反映する肉体が生じた。もっとも、こちらに生じたのは右腕と、作りかけの左手だけだったが。

 

 意識は戸惑い、目の前に伸びてくる指を見る。

 指はまるでこちらを慈しむように優しげな仕草で迫り、どうしてか無性に泣き出したくなるような気持ちになる。

 

 そうされることを、ずっと待ち望んでいたような不可思議な感傷。

 影がさらにうごめき、衝動的にその手にこちらも指を重ねようとして──止まった。否、止められたのだ。

 

 伸ばそうとしたスバルの手を、後ろから伸びる白い手が包み込んでいた。

 柔らかく、熱いぐらいの感触。

 

 振り向いて、その掌の持ち主を見たいと思う。しかし、腕と違って視界はこちらの意思に従わず、振り向く動作はどうしてもできない。

 

 まるで禁じられたように動きを制止され、そして次第に触れる掌の力は強くなり、スバルの意識は後方へと引き寄せられていく。

 

 それはつまり、目の前にいた影との別離を意味する。

 

 伸ばされる指が懇願するように、縋るように、悩ましく動いてスバルを誘う。

 握られた右手に反し、空いた左手でその指に触れようとして、しかし半ばまでしか存在しない左手は空しく闇を掻き、届くことはない。

 

 心が震える。激情を叫ぶ。──だが、それを音にする口が存在しない。

 

 遠ざかる、遠ざかる、消えていく、影。

 それは泣きそうなスバルの方へ、最後に指を伸ばして、

 

『──いしてる』

 

 聞き取れなかった最後の言葉、それすらもおぼろげになり、世界は消失した。

 

 

 

 ✣✣✣

 

 

 

「⋯⋯何でこの屋敷で働いているのか、ですか?」

 

「そ。イマイチ俺にはそこんとこがわかんねぇんだ。お前ら二人揃ってかわいいし、やろうと思えば他にもできることあるだろ?」

 

「そう、ですね。レムも姉様も別にここで働かなくとも衣食住を維持することは出来ます」

 

 尚更なんでだ、という首を傾げたスバルの問いに心が洗われるような感覚がレムに降り掛かった。

 姉の劣化品、と自身を蔑んでいたレムにとってもナツキスバルのように一個人として見てくれる存在は少なく、新鮮だったのだ。だからこそ、間者と疑われているスバルにも親しくしてしまっているのだろう。

 そうすれば、もしもの時、苦しくなるのは自分だ、と理解していながら──。

 

「レムも姉様もロズワール様に多大な恩があるんです。だから、それをここで仕えることで返して行こうと」

 

「へー、ロズワールがねぇ。見直したぜ、三人とも」

 

「三人⋯⋯? ロズワール様だけなら一人では?」

 

「んー、三人だよ。俺が見直したのはロズワールとレムとラムの三人だ。ロズワールはただの変態だと思っていたからそういうところもあるんだなってね。ラムも俺を罵倒するだけじゃなく、しっかりと恩を返そうとする誠実なところを見直した」

 

「じゃ、じゃあレムは⋯⋯?」

 

「ちゃんと姉様の付属品として仕えてるんじゃなくて、自分の意思で忠誠を誓っていたからだな」

 

「────」

 

 この人は、ナツキスバルはよく周りを見ている。口が悪く、目つきも悪く、ずけずけと人の心に踏み込んでくるくせに、常に人間関係を気にしながら、大丈夫だと確信を持った上で心の中に巣食う闇を曝け出そうとしてくるのだ。

 だからこそ、彼の言葉というのはレムの心に響いた。

 

「そういう関係って良いよな。雇い雇われの関係じゃなくて、義理や恩で忠誠を誓ってる主従って憧れるぜ」

 

 などと本人は気にすることなく宣っているが、今のレムにはそれを聞き取ることも不可能だったと言える。

 見直した、と言われた。

 確かに、レムは自身のことを姉の劣化品、もしくは付属品として蔑んでいた。姉は完璧な存在であり、そんな姉を超えるために努力を積んだつもりだった。しかし、どんなに家事が上手くなろうとも感じるのはただ純粋な劣等だけ。レムを喜ばせるものは何一つなかったと言える。

 

「すげぇな。どうやったらそんな速度で野菜が切れんだよ。超人かてめぇ」

 

「やっぱすげぇぜお前。才能っつーか。俺にはそんな上手く盆栽みたいなの出来ないし、何か全部片っ端から切り落としたくなるんだよ。だから、お前みたいにしっかりとセンスのある奴は尊敬すんぜ」

 

「おぉ⋯⋯! どうやったら俺と同じ時間でこんなに差が出んだよ。風呂掃除だけでここまでプレイヤースキルが違うものなのか⋯⋯? こことかなんか光ってるし。マジでパネェな」

 

「ばっかお前。そのことは掘り返すんじゃねぇっつーの。あの告白は今思い返せば相当臭かったかなーとか、自分でも分かってんだよ! まぁ、たしかにエミリアに会わなければお前やラムに惚れている可能性だってあるよ。姉様には姉様の魅力が。レムにはレムの魅力があんだからさ」

 

 取り繕うことのない本心。相手を喜ばすための欺瞞ではない純粋な感想。その言葉たちはレムの荒んだ心に光を灯していた。何気ない日常での会話がレムという少女に救いを与えていたのだ。そして、レム自身もナツキスバルに対し、いつの間にか好意的に接してしまっていた。間者の可能性を信じたくなくて、疑うことなく。

 

 ────だからこそ、ここぞという時に辛くなる。

 

 それは日が昇り出す前の夜。

 屋敷内をうろついていたのを目の当たりにしたレムは素早く鉄球を取り出し、ナツキスバルという友人に敵対していた。

 おかしいのだ、何故この男はエミリアの元へ向かっている。明らかに何か手を加えるつもりなのでは、と疑心を抱きながらもそんな些細なことで疑うなんて最低だ、とレムの良心が痛むのを理解していた。

 

「⋯⋯どこへ向かうのですか、スバルくん」

 

「何だよレムかよ。びびったわ。エルザじゃねぇのか────」

 

「何で、誰かと遭遇することに驚いているのですか⋯⋯? やっぱり、疚しいことがあるから」

 

「いや、何でそうなんだよ。俺はただ──」

 

「そうやって! またレムを騙すつもりなんですね⋯⋯。姉様を誑かして信頼を得れば、ちょろいレムくらい取り込むのは簡単だと!」

 

 屋敷が震えた。レムの咆哮にも等しい心の叫びはスバルを後退させる。心の中で奔流し、渦巻く激情。騙されて、好意を抱いてしまったことによる怒り。騙されたことによる悲しみ。何より大切な姉を誑かしたことによる怒り。自分でも何が言いたいのか分からないくらい、レムは錯乱していた。

 

「エミリア様にあんなこと言ったのも嘘だったんですね。あんなスバルくんらしくない臭い告白の正体はエミリア様から少しでも信頼を勝ち取るための────」

 

「てめぇ……戦争だろうが……! それ言い出したら戦争だろうが……っ!」

 

「あれ⋯⋯? なんか思ってた反応と違いますね。まぁ良いです。どうせ、スバルくんはレムに今ここで殺されるんですから」

 

 そう言って鎖を垂らし、鉄球を床に落とす。こちらは戦闘準備が出来た。後はナツキスバルが構えるのを待つだけ。

 

 ────いや、おかしい。何故、レムはあの男が構えるのを待ってるんですか?

 

 ナツキスバルの弁明を待っているのだ。心から信頼していた男が何の理由もなく屋敷を彷徨くわけが無いと、彼から理由を聞き出そうとしている自分がいるのだ。

 

「聞け、レム。俺はお前と戦うつもりはねぇ。ただエミリアの元へ────」

 

「うるさいですッ!! どうせ、その後は姉様を誑かすつもりなんですよね!? レム、はレムは! 姉様に危害を加える者を許さない!」

 

「お前、滅茶苦茶な事言ってんじゃねぇよ。支離滅裂過ぎて意味がわかんねぇっつーの」

 

「なら、その手に持つ武装は何ですか!? 何かと戦う準備でもしていたんですよね!?」

 

「ああ、していたさ」

 

「────ッ! やっぱり、誰かを襲うつもりで」

 

「お前との戦闘の準備をな」

 

「────」

 

 ナツキスバルは今、なんと言ったのだ。レムと戦う準備をしていると言ったのか。何で、どうして、まさか、こうなるのを分かっていてナツキスバルはレムを誘き出した。理由は、分からないが明らかに誘い出されたのだ。

 

「レム、お前は一つ勘違いをしている」

 

「レムが、勘違いを⋯⋯?」

 

「ああそうさ。俺がこの屋敷で過ごす中で最も危惧していたのはなんだと思う?」

 

「誰かに疑われることですか?」

 

「微妙に違う。俺が危惧していたのはお前だ、レム。俺はお前が俺を殺そうとするのを危険視していたんだ」

 

 この男は、ナツキスバルはレムが考えていることもお見通しで、どうすればレムが釣れるかも知っていたのか。

 だとすれば、何のために⋯⋯。

 

「レム。俺はな、本当にエミリアという一人の少女が好きで好きで仕方が無いんだ。だからこそ、エミリアを害すなんてことはしないし、他の奴がそれをすることも許さねぇ。そして、レム。俺はお前のことも好きなんだよ」

 

「⋯⋯へ?」

 

「お前という一個人のことを俺は好きで好きで仕方が無い。エミリアには浮気性だって怒られたが、それでもレム、俺はお前が好きだ」

 

「ど、どうして今それを」

 

「力を貸してくれレム。これから起こる惨状を阻止するためにはお前の協力が必要なんだ⋯⋯!」

 

 そう言って真剣な顔で訴え掛けてくるスバルに顔を赤らめる。嘘は言っていないと分かった。でも、何でレムのことが好きなのと力を貸すのが関係あるのだろうか。

 

「俺は、お前が傷つくのは嫌だ。だからこそ、お前には協力してほしいんだよ!」

 

 その真っ直ぐな告白に、先に折れたのはレムの方だった。

 

 

 

 

 

 




最後らへんがなんか難産。
次回はまた時系列が戻るかな。







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