東京医科大学が恐れた未来はすでにアメリカで起こっている

東京医科大学が入試で、女性受験者の得点を一律に減点し、合格者数を抑えていたとする報道がありました。大学が点数操作をした理由は「女性は出産や子育てで、医師現場を離れるケースが多く、医師不足を解消するため」と伝えられています。しかし、アメリカではすでに医学大学院に進学する半数以上を女性が占めているのだとアメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんは伝えます。

東京医科大学が女性合格者を全体の3割以下に抑えるために、女性の受験者の点数を一律に減点していたという報道があった。募集要項では男女別の定員はなく、点数操作についても受験者にはまったく知らされていなかった。朝日新聞の記事によると、「女性は大学卒業後に出産や子育てで、医師現場を離れるケースが多い。医師不足を解消するための暗黙の了解だった」というのが理由らしい。

ソーシャルメディアでみられる声には、女性からの憤りと同時に、「これまで私たちが訴えてきたことがようやく証明された」といった開放感も感じる。「女子は相当高得点を取らないと合格できない、という愚痴を聞かされたときは被害妄想だと思ったがそうではなかった」という反省の声もあった。「私立の医科大学だけでなく、国立大学の医学部でも行われている」、「公的助成金を受けていたなら詐欺になる」といった意見から、この問題がここで終わらない可能性やそれをきっかけに社会が変わる希望を感じる。

医師不足が問題なら女性医師が仕事を続けられる環境を整備すべき

それにしても、優秀な女性を拒否し、それより劣る男性に下駄を履かせることが「医師不足」解消の対策だというのは、ふだん「頭が良い」ことを誇る日本人のアカデミアがやることとしてはお粗末すぎる。

女性医師が出産や子育てで仕事が続けられないことが医師不足につながっているのであれば、続けられるような対策を立てるべきだろう。男性にはきっと思いつきにくいだろうから、対策を立てるときには若い女医たちにも加わってもらう。そこまで頑張って勉強してきた女性が、あっさり仕事をやめたいわけはない。続けられる方法があれば、ほとんどの人は少々大変でも続けるものだ。

「実際に女は子供を産むし、その間は仕事ができないから、独身や男に負担がかかる。それが現実だから仕方がない」といった意見も目にした。でも、続けられる環境を作り、続ける女医が増えれば、それが普通になっていくものなのだ。子育ては一時期でしかない。大変な時期だけなんとかくぐり抜ければ、その後は長い間医師として働いてくれる。かえって医師不足解消になるし、優秀な女性医師が仕事を続けることができれば、現場での男性医師の負担も減るのではないか。

そもそも、「女は出産と子育てがある」という理由で医科大学や医学部への入学を制限するのであれば、看護学部への入学も制限するべきだろう。医師と看護師では仕事の内容は異なるが、夜勤もこなす看護師や助産師の仕事は、医師と同じくらい肉体的にも心理的にも負担が大きい。結婚して、子供を産み、子育てをする可能性も同じだけある。それなのに、「女は子供を産むし、子育てをするから看護師になるべきではない」といった意見は聞いたことがない。

そこには、伝統的な男女の役割や、女性差別の長い歴史が影響しているのは間違いないだろう。

19世紀のアメリカで行われた女性医師への差別

ヨーロッパやアメリカでも、長い間、医師は「男の仕事」だった。女性はどんなに優秀であっても医学校への入学は認められなかった。

ナポレオン戦争で従軍医師として活躍し、1820年にハルステッド法という乳がんの手術を成功させたイギリスのジェームズ・バリー医師は、実はミランダ・スチュワートという女性だった。彼女は、医師として生きるために、死ぬまで自分のジェンダーを隠し続けたのである。

1849年、アメリカで女性として初めて医師の資格を得たのは、イギリスからアメリカに移住したエリザベス・ブラックウェルだった。「ゴールドメダル」を授与される優秀な成績で卒業したにもかかわらず、医師として採用してくれる病院はなく、産科医のトレーニングを受けるためにパリに渡ったが、そこでも助産師の仕事しかさせてもらえなかった。ブラックウェルが医師として初めて診療所を開くことができたのは、1857年のことだった。

でも、女性受験者に対する東京医科大学の扱いは、19世紀のアメリカの状況からそう進歩していないのではないか。

東京医科大学は、「医師不足を解消するため」とその理由を説明しているようだが、歴史的な背景や病院以外の場所の状況を見ると、それだけではない気がしてならない。

「女は取りたくない」

日本では、男性と同等かそれ以上の才能がある女性が公平に扱われていない状況はほかにもある。

ソーシャルメディアでは「成績が良い者だけを採用すると女性ばかりになってしまう」と、わざと女性を落として男性を採用する企業があることも報告されている。

私自身の経験でも男女差による不公平な扱いは何度もあった。
20代のときに転職を試みた外資系企業で、カナダ人の支社長は気に入ってくれたのだが、入社すれば直接の上司になる日本人男性との面接で「女は取りたくない」とはっきり言われて最終的に落とされたことがある。そこは男性中心とみなされていた職場だった。

また、就職した別の外資系企業では、中間管理職の役職であったこともあり、責任ある仕事をいくつも引き受けていた。それなのに、男性の平の営業職よりも給与が低いということを知った。日系アメリカ人の支社長にその理由を尋ねたところ、「渡辺さんが普通の男性の3人分働いているのは知っているけれど、男性より給料は多く出せない。日本では、女のほうが給料をたくさんもらっているとわかると男の士気が落ちるから」と言われた。

日本でこういう体験を数えきれないほどしてきた女性としては、根拠がない推察で申し訳ないが、今回の東京医科大学についても、深いところに「男の士気が落ちる」という恐れがあるような気がしてしまう。

だが、アメリカではすでに東京医科大学が恐れた未来が現実のものになっているのだ。

医学大学院に進学する半数以上が女性であるアメリカの現状

アメリカで医師になるためには、4年制大学を卒業してから4年制のメディカルスクール(医学大学院)で学ぶ必要がある。アメリカでは、このメディカルスクールに入学する女性が年々増加しており、2017年にはついに半数を超えたのである。

アメリカでも、女医にとって出産や子育てとの両立が困難だというのは同じだ。それは多くの記事になっている。

現在ボストン大学(Boston University)のメディカルスクールで学んでいる私の娘も、メディカルスクールに入学する前から「いつ結婚し、いつ子供を産めばいいのか?」と悩んでいた。それくらい時間の余裕がない。実際に、3年目で実習が始まっている今年は土日の休みがない。「休日」は1年に2日しかないのだという。

でも、「女だから」ということで手加減されることもなければ、差別されることもないので、よけいなストレスがないという。そこが、多様性がある環境の良さだ。

そして、心強いのは、学校や将来の職場に、結婚し、子供を産み、仕事を続けている女性のお手本がたくさんいることだ。彼女らが、「両立が大変なのは事実だけれど、私の場合はこうした」とアドバイスしてくれ、「私もそういうときがあった」と心理的に支えてくれる。

女医が増えることは、男性医師にもメリットがある。

娘が子供の頃に通っていた小児科は、若手の男性医師と女性医師の仲良しグループが共同創始したクリニックで、夏休みや子供の急病などで誰かが休むときには互いにカバーしあっていた。そこの男性医師が幼い子どもを連れてスーパーで買い出しをしているところにばったり出くわしたこともある。男性も女性も、同じ仕事をし、同じように子育てをしている実例であり、将来医師になりたいと思う女の子たちを勇気づけてくれる光景だ。

女医が増えても世界は崩壊しない

むろん、仕事と家庭を両立させるのは、男にとっても女にとっても簡単なことではない。すべての人が楽をできるような理想郷などはたぶんないだろう。

だが、職場から女を締め出しても、達成や成功へのプレッシャーが強くなるだけで、男は決して楽にはならないと思うのだ。仕事も、家事も、育児も男女がシェアすれば、ひとりの肩にのしかかっていた重圧は、ゼロにならなくても軽くなる。相手のしんどさが理解できるようになるので、衝突も減る。

東京医科大学は、女医を増やすことによる被害をあれこれ想像して怯える必要はない。アメリカではすでに起こっている現象だけれど、世界は崩壊していない。

むしろ、日本人の津川友介氏(医師、医療政策学者、UCLA助教授)による「女性医師の方が男性医師よりも患者の死亡率や再入院率が低い」という研究論文がアメリカで話題になっているほどだ。

これを読めば、日本人もきっと「もっと女医を増やしてほしい」と思うことだろう。

この連載について

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

kumi70jp https://t.co/64jvhIEPaM 7分前 replyretweetfavorite

toofuya 男も変われる。” 7分前 replyretweetfavorite

ucotton 「女医が増えても世界は崩壊しない」ことに、ひとりでも多くの人に気付いてほしい。私たちは性差はあっても敵ではない。 https://t.co/N1TbXaOgaX 8分前 replyretweetfavorite

pol_and_eco |渡辺由佳里|cakes(ケイクス) https://t.co/VaLtaNOyT2 15分前 replyretweetfavorite