魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭
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 私も言いそう。
 広げてみた風呂敷でかすぎ問題。





アインズ様の「ファッ⁉」までの秒読み開始

 

 

 トブの大森林には隠密性に長けた低級モンスターをかなり多く投入し、その掌握を第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラに一任している。

 ダークエルフである彼女はビーストテイマーとレンジャーのクラスを修めており、広大な森林に潜む多くの動植物を調査する任に適していると思われたからだ。

 幼くも利発でその整った容貌ゆえに、知らない者からすれば庇護欲を掻き立てられ、危険な場所になどとても行かせられない、などと口にするのかもしれない。確かに(ナザリック基準では)本人の戦闘能力はさほどでもないが、しかし百にも及ぶ魔獣を用いた群としての制圧力は決して侮っていい物ではない。

 ましてや今は敬愛するアインズより直接任務を拝命し、日々奮起し、やる気に満ち満ちていた。

 本来は天真爛漫な彼女だが、やはり外界を見下すナザリックの色を強く持っているため、身内以外への対応は辛辣なものである。今日も今日とて、愚かにも恭順の勧告に従うことなく反抗するゴブリンたちを蹂躙していた。

 

「うっへえ、よっわ。これならまだ、この間の……なんだっけ、ガ…ゴ…? 毒の剣を持ってたトロールの方がマシかも」

 

 ナザリックにおいては重要な地位にあるアウラに流石に瑣末事をさせるわけにはいかないと、配下として預かっているモンスターたちが敵対者を蹴散らしているのを眺めての感想である。

 とにかく存在を把握し機先を制することを優先した探索・情報収集特化のモンスターばかりなため、戦闘能力はさほどでもないのだが、そんな彼らにさえ為すすべなく殺されてゆくのだ。アウラからすれば呆れてしまうのも仕方のないものであった。

 

 

 ふと、ナザリックの外で活動している他の同僚たちを思い浮かべる。

 弟であるマーレは、ナザリックの隠蔽ののち、その延長として『偽りのナザリック』の建設に着手していた。

 セバスは戦闘メイドの一人ソリュシャンを伴い、商会を立ち上げ人間たちの国で暗躍している。

 デミウルゴスは聖王国へ赴き、アベリオン丘陵とやらに牧場を構え、スクロールの素材確保などの様々な研究に従事している。

 コキュートスは、この森の北にあるひょうたん型の湖の付近一帯を支配下に置き、複数あったリザードマンの部族を纏め上げ統治している。

 

 このリザードマンに関しては、先立ってアインズ自らが赴き、彼らの食糧問題や部族間の抱えるしがらみを聞き出し、魚の養殖に関する知識を提供し、薬草栽培技術の試行や部族間合議制の構築などを指導したのだ。あらかじめ種族の繁栄を約束する代わりに支配下に降る旨を説明し、外敵からの保護さえ約束した。

 見返りがあるとはいえ上からの一方的過ぎるこの話に、頑なに恭順を拒む者もいた。強者にこそ敬意を示すと口にする者たちに、アインズはそれも必要な通過儀礼だと理解を示した。「断ればこちらは軍事行動を起こすことになる」と忠告し、五つの部族の代表者たちも含む精鋭を選ばせた。

 

「私の信頼篤き部下コキュートス。お前たちがこの者に挑み勝利すれば、先の話を撤回しよう。お前たちリザードマンの独立を許容しようではないか。魚の養殖などの知識も無償で与えてやる」

 

 そのあまりに太っ腹な話に、裏を勘繰る気配もあったが、青白い凍河の支配者によってそんな疑念ごと精鋭部隊は粉砕された。

 武人の礼儀に倣い、侮りを含まぬ容赦のない殺戮であった。

 その強靭さに慄き、さらには打ち倒された者たちをあっさり蘇生させたアインズの力に畏敬を抱き、彼らは完全な従属を誓った。

 以後の彼らの指導は直接その力を見せ付けたコキュートスが適任だとされ、慣れない外部勢力の政治的統治に四苦八苦するヴァーミンロードだったが。アインズの期待に応えんとして、結構うまくやっているらしい。

 とりわけ『旅人』のザリュース・シャシャのような戦士やその兄であるシャースーリュー・シャシャ、ゼンベル・ググーといった各部族の族長らとは武技の研究や調練を通じ、関係も良好らしい。

 

 さて、アウラ自身はといえば、このこの大森林の支配者を気取っていた東のウォー・トロールを駆除し西のナーガを降したくらいだ。北にも『双子のなんとか』がいるらしいが、逃げたのか巧く隠れたのかは知らないが、未だその姿は見ていない。

 偽のナザリックは「らしさ」の演出のため、トブの大森林のかなり奥、鬱蒼とした場所に築いていた。そのため気性の荒い攻撃的なモンスターたちが大挙して押し寄せ、それらの対処を優先していたため、かえって人里に近い浅い場所の探索ができていなかった。

 

「むむむ。こりゃ雑魚を潰すのは程々にして、駄目元で南の『賢王』だかを探したほうが有意義かなー」 

 

 

 

 

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「ご苦労だった、モモン君。心から感謝するよ」

 

 エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックは労いの言葉をかけた。

 

「保護された五人の女性は責任を持って組合が預かろう。身元の確認の他に事情聴取も行わねばならないが、まあ、それはもういくらか落ち着いてからでいいだろう」

 

 小遣い稼ぎのためモンスター狩りに赴き、つい森の奥深くまで進んでしまったところ、どうも無法者どもの拠点らしき洞窟を発見した。

 そんな偶然(・・・・・)に見舞われた金級冒険者モモンは、その入り口に散らばった死体から、既に何者かによって襲撃を受けた後であると判断し、だが慎重に内部を探索することとなった。

 すると、夜盗であったと思われる武装した死体が散らばるばかりの先に、牢に捕らえられた女性たちを発見した。

 身代金目当ての人質というよりは、どうも屍を晒している連中の性欲の捌け口として飼われていたらしい。夜盗どもの壊滅から一日以上は経過していたらしく、元々碌な食事も与えられていなかったであろう事も重なり、空腹と栄養失調でかなり衰弱していた。

 彼女らを縛から開放し、たまたま(・・・・)家主のために薬草採取もしてこようと用意していた馬車に乗せ、こうしてエ・ランテルまで連れて戻った。

 顛末としては以上である。

 

 これには長であるプルトンをして、金級に過ぎないモモンに直接礼を言わざるを得なかった。

 

「以前から街道を通る馬車が襲撃されているのは問題とされていたが、街の衛兵や冒険者による見廻りにも限界があってね」

 

 しかし、と首を捻る。

 

「君の話にある洞窟だが、まあ、明日改めて確認のための人手は出すことになる。しかし、その場所の辺りに関する不審な目撃情報や、討伐の話は生憎と確認できていない。完全に寝耳に水だよ」

 

 どういうことだろうか。まさか通りすがりが善意で悉く切り捨てたとでもいうのだろうか。

 

 

 

 

 トブの大森林の探索を命じているアウラから「血の匂いが漂っていたので確認したら、洞窟に人間たちの死体が散らばってました」という報告があった。

 どうも無法者が襲撃を受けたらしいが、その塒にはまだ囚われている者がいるらしく、「殺しときますか?」と命令を待つアウラを慌てて静止し、取り敢えず救出することとした。

 アインズとしては、ナザリックの勢力下近辺に余計な火種を放置したくなかっただけで、どうせなら冒険者モモンの評判を上げるのにでも役立てばいいか、と軽い気持ちで保護したに過ぎない。

 シモベを配置していない未調査の範囲でのことであり、何があったのか詳細はわからずじまいだが、それは今後エ・ランテル側で解明してくれるだろう。

 組長の執務室を辞した後手続きを終えたアインズは組合を出て、陽が傾き始める中、宿としている倉庫に戻る。

 そのまま《ゲート/転移門》を使いナザリックに帰還した。

 

(今日もお仕事頑張った!)

 

 職場から帰宅したような気分で、ささやかに自らを労う。

 だが悲しいかな、実は愛しい我が家こそが最も過酷な職場でもあった。

 

 

 

 

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 久々にナザリックに帰還していたセバスからの報告と上申により、アインズはとある男と面会することとなった。

 セバスとそしてソリュシャンが営む商会が、予想以上に成長し注目を集め始めているらしく、懇意にしている商人の一人が彼らの主人との接触を求めてきたのだ。

 かなり力のある大商人で、その仕事もまっとうなものでキナ臭い噂も無い。そもそも、カルマが極善に傾くセバスが「他よりはよほど好感が持てる」と評し薦めてきたのだ、本当に一般的でまともな人物なのだろう。アインズとしても拒む理由も無かったため、応じるよう伝えた。

 その男、バルド・ロフーレはエ・ランテルを本拠としているため、そちらにある屋敷にアインズが訪れる形になる。

 話を聞いたアルベドなどは、下等な者のほうこそ礼を尽くしアインズの元……王都のセーフハウスに足を運ぶべきである、と進言したが、アインズは宥めつつその提案を退けた。

 サラリーマンとしての営業の経験を持つアインズとしては、あちこち飛び回り多忙な商人を、出張先でしかない王都に無理に留めるのは失礼だと思えた。確かに今回の話は先方の要望によるものではあるが、だからといって普段は不在ということになっているアインズの到着まで拘束していい理由にはならない。彼我の資本力の如何に関わらず、商談とは対等であるべきだ。今現在は圧迫交渉などは必要ないのだから。

 むしろ、そうしたこちらからの誠意が、より好ましい印象を相手に与え、今後の展望に寄与することになるはずである。

 アインズの言葉を受けたセバスは、自ら足を運ぶ労を惜しまないその器の大きさに、改めて心服するのであった。

 アルベドは「なんと慈悲深い、さすがは我が愛しいお方」と一人悶え、本日の側付きのメイドであったフォスなどは、敬愛する至高の存在の偉大さを目の当たりにして絶頂寸前であった。

 

 捕捉になるが、原作同様にアインズは休暇制度を導入し、一般メイドのアインズ様当番も実施されていた。たまに階層守護者統括がメイド服を着て紛れ込むことがあるが、当然のごとく用事のない場合摘み出されていた。

 

 

 

 

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 エ・ランテルの高級住宅の立ち並ぶ一角。

 その日、バルド・ロフーレの屋敷の前に四頭のスレイプニイルに引かれた豪奢な馬車が止まった。

 十人の使用人とともに屋敷の主自ら出迎えたその前に降り立つ客人は、漆の如く上質な黒の外套を纏った『髑髏の仮面の男』であった。背後には顔馴染みのセバスも控えている。

 厩へ馬車を誘導するよう(ことづ)けさせ、

 

「本日はお招き頂きありがとうございます」

 

 そう挨拶を口にする男を、バルドは速やかに屋内へ誘導する。

 お互い忙しい身であるうえ、相手にはわざわざ無理を言って時間を空けて貰っているのだ。形式ぶって家の前で長々と口上を並べるのは失礼だと判断した。

 それに、決して派手ではないが大貴族と言っても通用するその装いと、不思議と似合うおどろおどろしい仮面に驚き、動揺を隠しきれず唖然とした使用人たちの間抜けな姿を見せたくはなかった。

 

「いえ、こちらこそわざわざご足労頂き、心から感謝致します」

 

 職業柄、商談を頻繁に行うため、玄関から大広間を抜けたすぐ横手に応接間はあり、そこへ通す。

 部屋に入ると上座にアインズを座らせ、家政婦に飲み物を持ってこさせる。

 

「紅茶でよろしかったですかな」

 

「ええ」

 

 アインズも「お構いなく」などと口にはしない。ここでは(かしず)かれることに慣れた者としての態度であるべきだからだ。

 

「改めまして、アインズ・ウール・ゴウンです」

 

「ご丁寧にありがとうございます、バルド・ロフーレです。私もあっちこっち飛び回っていますが、あれだけの商会を差配されているだけあって、アインズさんの多忙さはそれ以上でしょう。それほどお時間は取らせません」

 

 配られる紅茶に興味からつい向けていた視線を戻し、アインズも仮面越しに笑顔を見せる。

 

「ここしばらくイプシロン商会とは大変よい取引を行わせて頂き、一度直接お礼を申し上げたく」

 

「いえ、こちらこそよくして頂いてると聞き及んでいます。不肖の部下に任せた商会が、立ち行かなることもなく順調に商いを続けていられるのもバルド氏の助力あってのこと。今後ともよろしくお願いいたします」

 

 お行儀のよい謝辞から始まった会話だが、内心いきなりバルドは当惑していた。

 妙だ。手慣れている。

 事前の情報では、目の前の男は長年隠遁していた魔法詠唱者との話だった。若くして財を成し、魔法の研究に没頭し蟄居していたと。さらに異国の者で、この辺りの一般常識には疎いと。

 そのわりには、礼儀作法は上等なものだ。流石に貴族的な慇懃さとは別種のものではあるが、少なくとも世捨て人の如く体面に無頓着のようには思えない。

 いかにも魔法詠唱者らしい不気味な仮面の隙間からのぞく風貌は、どう見ても四十までは届いていないだろう。大雑把に伝え聞く経歴とは、どう考えても計算が合わないのだが、よもや生まれは商家だったのだろうか。

 そんな推察が頭をよぎるバルドとは別に、アインズの後ろに控えるセバスも表情には出ないものの驚いていた。

 あるいは不敬な表現になるかもしれないが、己の主人が、こうも完璧に人間種の社会の作法に準じたコミュニケーションをとれるとは想像できていなかったのである。

 

 会話は続く。

 

「ほう、それではソリュシャン嬢はご友人のご息女なのですね。てっきりアインズさんのご息女かと。いや、他にも多くの家族を養わなければならないとは。そのために活動の範囲を広げる、そのご決断は大変素晴らしい。微力ながら私も応援させて頂きますよ。うむ、さしあたっては流通の拡大などどうですかな。勿論私どもも利益が増えて美味しい思いができますからな、はっはっはっは!」

 

 とりとめのない話の中、バルドは奥歯に物が挟まったような違和感を払拭できないでいた。謎を看破しようとしたら、新たな謎が更に湧いてきたようなものだったからだ。

 過去何をしていたのか、どうやって財を築いたのか、いまひとつ明瞭でない。魔法詠唱者として冒険の果てに、というのもまるっきり嘘ではないのだろうが、意図的に隠している部分が多く、しかもそれを取り繕う気はないらしい。

 うまくはぐらかされている気がしないでもないが、あまり追及できる空気ではない。下世話な興味本位で良好な関係を崩したくなどなかったからだ。

 疑惑はそれだけではない。

 謙遜が過ぎる。いや、先ほども感じた、それこそ商人じみた交渉の上手さから考えれば、それはまだ社交辞令の範囲だと言えた。

 それとはまた別に、自慢が無さすぎるのだ。

 その美麗な装い。この場で背後に控えている執事や、あの麗しき令嬢。他では見られない優れた商品。

 普通ならば見せつけ、誇り、自尊心を満たすだろうし、こういった場では相手より格が上であることを示し、以降の取引を有利にしようするものである。

 だというのに、家族愛的な身内贔屓は見受けられるものの、そういった傲慢さがない。

 財を築きあげたからには、それを得ようと行動するだけの欲望はあるはずなのに、そういった人間的な『欲』があまりにも感じられないのだ。

 それとも、隠遁者ならばこの類の歪さはさほど不可思議ではないだろうか。

 

 まさか、その正体がアンデッドだとは思いもしない。

 もっとも、人間『鈴木悟』だった時分から、この男は物質的には無欲で、そのコレクター魂はもっぱら『ユグドラシル』内に向けられていた。

 かつてはデータに過ぎなかったアイテムや財が本物になった今現在でも、それらに対しては「自分やナザリックの安全確保」のための物として、そして仲間との思い出や或いは手に入れるのに苦労したが故の感傷によるもの、という認識しかない。

 保有する財や立場と比較したアインズの価値観のズレは、周囲から見れば理解し難いものに違いなかった。

 

「おっと、随分長く話し込んでいたようですね。申し訳ないですが、そろそろお暇させて頂こう。本日はありがとうございました」

 

「そうですか。いえ、こちらこそ、貴重なお時間を割いて頂きありがとうございました」

 

 席を立ち互いに握手をする。

 

 

 

 

 見送りのため、玄関では来訪時と同様に家の者らが総出で並ぶ。

 馬車に乗り込むアインズに、わずかに眉根を寄せたバルドは別れの言葉に付け加える。

 

「宮廷でも、昨今はあなたの話題が上る日が多いと聞く。商売っ気のある貴族の方たちからも、経済貢献を理由に召喚し贈答を、という意見がかなり出ているらしくてね。恐らくは近いうちに、そういう機会が訪れると思われる」

 

 そのいささか申し訳なさそうな口調や表情から察するに、バルドを含めた商人たちにも都合をつけさせる要請なり工作なりもあったのだろう。

 

「それが本当であるならば光栄な話ですな」

 

 余計なことは口にしない。

 この人も大変だな、と内心少し同情しつつ、アインズはその場を辞した。

 

 

 

 

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 ナザリック地下大墳墓、第九階層ロイヤルスイートにあるアインズの部屋。

 先立ってのバルド・ロフーレの言葉について考える。

 

「社交界デビューかぁ……」

 

 いよいよ魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンがこの世界で表舞台に立つ時が到来するのだ。

 

 正直、謁見だの接待パーティーだの、どうすればいいのか。

 人間であったとき、社会人であるからには堅苦しい公の場にも出た経験はあったが、そんなのは華やかなものでも程度が知れた。

 所詮、小卒サラリーマンでしかなかった鈴木悟には、王侯貴族ら上流の人間が集う場所でのマナーや慣例なぞ分かるわけもなく、自分など場違いも甚だしいとさえ思っていた。

 やばい。絶対ミスるわ。やらかすわ。

 

 こんな時に限って精神安定化が発動しない。

 少しばかり先のこととはいえ、不安が抑えきれずウンウン唸っていたが、悩んでいても仕方ないと切り替える。

 別に覚悟を決めたわけではない。単に問題を先送りにして、頭をカラっぽにしただけである。そういや元からカラでした。

 だが、手を付けねばならない案件がいくつも控えている以上、それも仕方がない。と、自分に言い訳をしておく。

 

「さしあたっては―――あれか、トブの大森林」

 

 より正確には、ナザリック地下大墳墓を中心とした勢力圏について。

 できるだけ軋轢を生まないような話に持っていきたい。

 王宮に乗り込む機会を得た以上、すぐにも取り掛からなければならないものだ。

 

「これはアルベドだけではなくデミウルゴスにも話を通しておく必要があるな。うーん、こんなの、あいつら絶対不審に思うだろうなあ」

 

 今日はデミウルゴスも聖王国から帰還していたはずである。《メッセージ/伝言》を使い二人を呼び出す。

 ナザリックにおいても、外界蔑視の傾向がとりわけ強い二人には理解し難い話になるだろう。

 それでも、暴君になる気などないアインズとしては、穏便に済ませられるものはそうしたかった。

 一瞬、宝物殿にいる黒歴史(パンドラ)に助力を乞うべきか迷ったが、すぐにその考えを打ち消す。全体の計画の進行状況を鑑みて、アレを表に出すのはまだ早いと判断したのだ。決して対面するのに心の整理がついていないわけではない。

 この場は自力のみで困難に立ち向かうべきだ。

 

「頭の良いあの二人を相手にプレゼンかぁ……。いや、ここが気合の入れ処だぞアインズ・ウール・ゴウン! 頑張れ俺、為せば成る!」

 

 気合を入れ漆黒の外套を翻す。

 忠誠を誓い敬意を捧げてくれているシモベたちに見合う自分であるために。

 

 

 

 

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「流石でございます、アインズ様」

 

「え」

 

 なんか、ついこの間も見たぞこの光景。

 

「最早王国に逃れるすべなし。後になってどれだけ蠢動しようと、道理が通っているのはこちらの方。周囲の国家からの横槍を気にすることもなく、心置きなく粉砕できるというもの。くふー、素晴らしいですわ」 

 

「え」

 

 ちょっと待って、なんでそんな悪い顔して乗り気なのキミら。

 粉砕? あれ、そうならないために一所懸命に説明したんだけど。

 話の内容ちゃんと伝わってる……よね?

 

「さっそく誰か……プレアデスが適任かしらね。必要な書類や小道具を用意させた後、正式に命じておきます」

 

「ん? 待ちたまえ。エントマは今、ローテーションで私とコキュートスの仕事の補佐をそれぞれしてもらっている。シズはナザリックのギミックに関する全てを把握しているその特性ゆえ、あまり外には出したくない」

 

「そうなると更にソリュシャンを除いて三人になるわね。少な過ぎない? 一般メイドにふっても良いんだけど、戦闘能力のないあの子たちだと、揉めたときに困るのよねえ」

 

「別に然程慌てることは無いんだ。ユリたちには申し訳ないが、それぞれ各都市を巡ってもらおう」

 

 宜しいですかアインズ様、というデミウルゴスの言葉にアインズは「うむ」と鷹揚に頷くが、その空洞である頭蓋の中では何が何やらと混乱していた。あれ、バッドスターテスは無効の筈なんだけどナー。 

 それでも、支配者ロールは維持しなければ。

 理想の上司であるために、状況が把握できなくとも、部下への気配りは怠らない。

 

「面倒を掛けるのだ。私が直接命じよう。ああ、仰々しく玉座の間を使うこともない。ユリ、ナーベラル、ルプスレギナをここへ」

 

 

 

 

 執務室での簡易なものとはいえ、アインズより直接拝命を受けた三人は心を奮わせた。

 とりわけ、最後にアインズが席を立ち近くまで寄り、それぞれの肩や腕に触れ、

 

「いささか面倒な話だが頼んだぞ。お前たちならば万事抜かりなく果たすと確信している。しかし任務なんぞよりも、お前たちの無事こそが最も重要だ。決して無理はするな」

 

 とその身を案じる言葉を賜ったことに感動していた。

 アルベドやデミウルゴスだけでなく、扉近くに控えるインクリメントも、至高の御方の深い慈愛に打ち震えていた。

 こうしてまたアインズは、メイドたちの食堂や副料理長の営むバーで話題として取り上げられる、新たなアインズ様伝説を提供してしまうのであった。

 

 

 

 




 原作より救われた部分もあれば、その逆に、原作では救われていたはずが悲惨なことになる部分も当然あります。
 所詮右か左かの違いです。










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