魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭
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おかしい。私はもっとのんびり書きたいのだ。
ランキング死すべし、慈悲はない。




ちょっとした幕間

 

 

 

「取るに足らぬ存在に餌としての役目を与えるとは。流石でございます」

 

 眼鏡の奥で目を細め微笑む悪魔。その口元の笑みがこちらを見透かしたゆえのものでないことを祈りつつ、アインズは鷹揚に頷く。

 

「お、おう」

 

 しまった。どもった。

 取り繕うように吐き出す。

 

「あとは馬鹿どもが餌を辿ってセバスに食いつくのを待つばかり……かなー、なんて」

 

 最後は尻すぼみになってしまったが、目の前の智謀の忠臣は気付いていないようだ。

 そのデミウルゴスの横に並び同じように傅くアルべドも、偉大な主人の深謀遠慮を疑っておらず、くふーと同意を示す。

 

「まさに。腹に収めた瞬間、臓腑ごと引き裂かれるとも知らずに。その無様を直接見られないのが少しばかり残念ですわ」

 

「う、うむ」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層、アインズの執務室にて。

 その部屋の主は、かく筈のない冷や汗を必死に抑え込んでいた。

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

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 リ・エスティーゼの中でも指折りの一等地にあるセーフハウスを借りている商人の娘。新しく事業を拡張するために遠い異国よりやってきたという彼女に仕える執事セバス・チャンは、すでに周辺住民に認知され好意的に受け入られつつあった。

 上等な誂えの執事服に遠目にも鍛え抜かれているとわかる肉体を包み、背を伸ばしきびきびと歩く姿は道行く女性たちを魅了する。「わがままな主である娘」の態度との落差が無かったとしても、その慇懃な態度と礼節は、彼と会話をしたことがある者ならば誰もが感嘆するものであった。

 

 住まいの近くの人々と常日頃より挨拶程度とはいえ交流を深め、困っている者がいれば助力を尽くす彼の努力の賜か、あるいは性分ゆえか。セバスはこの古めかしい王都にそれなりに馴染むことができていた。

 地域住民たちだけではない、幾人かの有力者とも好感ある繋がりを維持しつつあった。

 

 仕えている女性からの眉を顰めるような対応を見ているからか、商談や取引を持ち掛けた商人や貴族の中には、それとなく引き抜きを持ち掛ける者も少なくなく。中にははっきりと、ぜひ自分の息子たちの補佐にと口にする者さえいた。

 セバスでさえ参ったのは、取引相手の奥方や娘たちの一部までが明らかな秋波を向けてくることだった。

 それが取引やひいてはナザリックにとって有益な人脈構築に繋がるというのであれば、そして偉大なる主人の命さえあれば、手段の一つとして応じることもあるのだろうが。しかし、今のところ王国貴族や周辺の商人たちに対し取引以上の繋がりを持つ必要性はなく、アインズからもそのような指示は受けていない。むしろ余計なしがらみは極力作らず、当面は上辺だけの交友関係を維持するようにさえ言われていた。

 

 ソリュシャンなどは時折思わせぶりな態度をとるため、多くの男性たちが魅了され、(演技としての)性格はともかく肉体は彼らの情欲をかき立てており。頻繁に個人的な、あるいは商談という名目の会食に誘われてはいたが、いまのところ関係を持ったり摘み喰い(意味深)をするということは無かった。

 

 「イプシロン商会」はカッツェ平野を挟む人間種の国家、帝国、法国、王国にそれぞれセーフハウスを構え、それらを往来しつつ、緩やかにしかし確実に、権力を持つ者たちの生活へとその触手を伸ばし浸透しつつあった。

 

 

 

 

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 アインズはソリュシャン・イプシロンに「商人」としての全権を任せてみようと画策していた。

 

 ナザリック地下大墳墓に属するシモベたちは、この世界において外部からの刺激、経験から何かしがを得て成長することが可能なのか。その先行試験として、せっかく手間を掛けて構築した商人という地位を、有効に活用しようと思ったのだった。

 

 当初は情報収集のための建前でしかないその役割に説得力を持たせるため、帝国・法国・王国にて種類を問わずあらゆる物資を大量に購買していた。それは金払いのいい上客という印象を周りに与え、また、周辺国家の経済・物価相場の把握にも役立った。ちなみに、その際支払った金銭は、ナザリックではアイテムボックスや保管スペースの肥やし程度の扱いでしかないレベルの宝石類を事前に売却することで得たものであった。

 ここで、ある程度の統計が取れた後、さて、購入した大量の物品をどうするか、となった。

 

 エクスチェンジボックスにいくらか放り込んではみたが、どうも時代や文化に左右されることのない価格になるらしく。たとえば彫刻はただの石、絵画は絵の具と紙として査定されてしまうらしく、あまり懐の足しにはならなかった。アインズとしてはユグドラシル金貨を補填したかったため、換金目的でアンデットやゴーレムを使用した食料大量生産計画を思いついたりしてはいたが。

 さて、現状ではエクスチェンジボックスに入れても元は取れない。ナザリックに属する者たちはそもそも外界の劣った品など必要としておらず。では、すべて溶かしたり解体したりして原料やインゴットにまで戻し、ナザリックの職人・・・鍛冶師などの加工技術を持ったシモベたちに加工してもらい、新たに商品として売り出してみては、と相成った。

 結果は上々。

 今のところ工芸品や武器の類が好評で、思っていた以上の収益を上げていた。他に第六階層で行っている農耕実験で収穫した作物や、裁縫技術を取得している一部シモベ作による絨毯やクロスなどが、出荷量は僅かだが注文を集めつつあった。

 

 余談ではあるが、どこぞの守護者統括殿は「私の作ったものを捧げる相手はただおひとり」といってガンとして譲らず、商品製作チームには入っていない。他の仕事も山積みだし仕方ないネ。

 

 

 

 

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 バルド・ロフーレは早期から知己を得てイプシロン商会と定期的な取引を行っている人物だ。おもに城塞都市エ・ランテルでの食料取引の大部分を押さえており、毎年行われている帝国との戦争のこともあって、かなり有力な商人といえた。

 王国の玄関口であり交通の要の一つであるだけでなく、戦費という形で確実で莫大な利益が見込めるため、多くの商人が出入りするエ・ランテル。そこにあって大権力者と呼べるだけの地位を得ただけあり、バルドという男は利に聡く、時に冷徹に物事を判断することもある傑物である。しかし、そういった狡猾な顔とは別に、他者が謂われのない理不尽を受けているのを目にしたとき、眉を顰め溜め息が出るのを抑えられないほどには、人情深くもあった。

 

 セバスと面識を持ったのも、美人だが熾烈なお嬢様に罵声を浴びせられている老執事を労って声をかけたのが切っ掛けであった。

 以後、度々顔を合わせており、先だって納入された品の目録に不備がないかの確認―――を兼ねたお茶の誘いであった。

 

「今日は別件で王都に来ていたのだけど、タイミングが良かったよ。前に来た時はセバスさん、帝国の方へ行って不在だったからね。せっかくだから、できればあの見目麗しいご令嬢にもご同席していただきたかったですな……ああ、いや、やはり居られない方が落ち着いて話ができますかな」

 

 肩をすくめ、カップを傾ける。

 冗談を口にして軽く笑い合える程には、友好を築けていた。

 

「大口の顧客からは更なる入荷を急かされているよ。そちらの商会の品はどれも素晴らしい。とりわけ果物が良い。私も市場に流さず全部自分の食卓に、なんて度々思うよ。いや、オレンジもリンゴも人の食欲を掻き立てる魅惑的な味だね」

 

 その言葉はお得意様へのお世辞でもあるのだろうが、多分に感情が込められていた。

 

「聞けば、工芸品の類も素晴らしいとの話じゃないか。私はそちらは専門外だが、同業者たちからの噂を聞いていると事業拡大のチャンスかと、年甲斐もなく野心を抱きそうになる。いや、イプシロン商会の存在が前提だがね。いやはやまったく、嬉しい悲鳴とはこういうのを言うんだね」

 

「そう言って頂けると、私どもも新しい市場への挑戦の甲斐があったというもの。バルド様のお言葉をお伝えすれば、我が主人も喜ばれるでしょう」

 

 セバスの謝辞に含まれる固有名詞に反応し、バルドは目を細める。その変化もすぐに隠されたが。

 

「いや、しかしこう言っては何だが、君たちとの取引ではこちらばかり得をしているようで、時々申し訳ないと思うことがある。私も含め、この周辺の国の商人たちはすでに君たちを好意的に受け入れている。どうだろうか。ここいらで、仲介を経ずに直営店を構えようとはしないのかね。市場価格だって、もう大凡の把握は済んでいるんだろう。いや、これは私にとっては損になる話かな」

 

 冗談めかして笑いながら、でもね、と続ける。

 

「本当に不思議なんだ。もっとうまく利益を上げることなど君たちには容易だろうに、何故それをしないのか」

 

 イプシロン商会は、未だ新顔として業界に参入して日が浅いが、その認知度は日々鰻登りだ。最初期には、コネもない余所者が「商会」などと嘯き厚かましい、などと相手にしない者たちも多かったが、そういった連中はいま現在、臍を噛み心底後悔しているだろう。余所者であろうと、轡を並べる同業者として対等に接し、先達として親身にこちらの情勢を指南した者たちは、お得意様として、この新進気鋭といった活躍の商会からの恩恵を多大に受けている。

 

 行政による監督が徹底されている法国ではイマイチのようだが、今や王国・帝国で商いに関わる者ならば、誰もが是非とも繋がりを持ちたいと思っているだろう、それがイプシロン商会の周知の評価であった。

 そして、その代表とされる少女は、そこいらの貴族令嬢など霞んでしまうほどの美貌を誇っており、その容姿を生かせば大貴族や王族にさえ取り入ることができるだろうと噂の的であり、下世話な話さえ少なからずあった。また、彼女の傍に仕える老執事は、その所作の優秀さから目の肥えた豪商や貴族の誰からも一流のものと認められていた。若かりし頃は美丈夫としてさぞ世を騒がせただろうとも。

 実際に、王国・帝国の王宮には既に稀有な存在として、商会と彼ら二人の話は挙がっていた。

 それゆえに、バルドの口にした疑問は彼だけのものではなかった。

 この異国からの来訪者たちには、好意的な注目と同時に、そうした「なぜ」が多く向けられていた。その中でも、とりわけ大きな関心は―――。

 

「とはいえ、私どもの主人からは現状の維持を望まれておりますので」

 

 再び挙がった名に、今度こそバルドは隠すことなく眉を顰めた。

 彼らの『主人』。あの我儘だが美貌の少女に商会を与え、任せている者。未だ誰の前にも姿を現すことなく、存在のみが語られる者。

 それこそが、多くの者より興味を向けられている、一番の謎であった。

 

「無暗に権力に近付いても、異邦人の身では、不要な煩わしさが増えるだけ。皆様のご厚意により、短い期間で我が商会はこの地でここまで軌道に乗ることができましたが、やはりまだ新参者ゆえ、そういったことは時期尚早かと」

 

「……成程、慎重だ。そしてその弁にも理がある。君ほどの者が忠義を尽くすのだ、君の御主人の判断は先を見据えたものであるのだと思うよ」

 

 そこまで口にして、少し唇を湿らせる。

 

「さぞ、ひとかどの大人物であるのだろう。どうだろう、一度直接お会いできないだろうか。正直なところ、件のお方の正体……失礼、その正体に関しては既にかなり噂になっていてね。私としても美味しい目にあわせて頂いてるわけだし、やはりお礼の一つも贈らせてほしいのだよ」

 

 その言葉に、セバスは笑みを深める。

 成程、思った以上に自分たちは目立っているらしい。これは上申すべき内容に厚みが増したと、内心で自らが至高の存在の利に貢献している事実に充足感を得る。

 

「お伝えしておきます。私からも言葉を添えておきましょう」

 

「助かるよ。ありがとう」

 

 取り敢えず、足掛かりは構築できた。双方ともに、見えないところでほくそ笑む。

 それぞれが含む意味合いはだいぶかけ離れていたが。

 

 

 

 

 随分と話し込み、さてそろそろお暇すべきか、とセバスは現在の拠点である屋敷に意識を向けた。

 そこへ、話の区切りを読んでバルドは何でもないことのように、それまでとは別の話を振った。

 

「ところで、小耳に挟んだんだけれどね」

 

「はい」

 

「地方の貴族の方たちに対しての出資を行い始められたと」

 

 耳敏い。やはり商人として優秀な男である。

 そう胸の裡で評価を下し、それを表情に出すこともなく肯定する。「これはお耳が早い」とセバスはわざと苦笑を見せる。

 誰から見ても採算が見込めるはずもない投資であったからだ。目の前の男と同じく情報に敏い、親しくしている取引先の人間たちが、揃って物言いたげな気配を隠せていないほどに。

 その中にあって、こうして直接言葉にするあたりが、格別のお得意様の一人であるという親密さの表れであり、バルドという男の情深さでもあった。

 

「少し前の話になるのですが、ある貴族の方から農地改革の相談を受けまして。或いはと思い、規模の大きい農家の方にお願いして、農作物の生産に関わる魔法を習得している魔法詠唱者の方を紹介して頂いたのです。検分の結果、野菜や穀物の生産には適していないため、酪農や養鶏に切り替え、その設備投資を少しばかり」

 

 どこからか話が広がり、他の幾つかの貴族からも同じような話が寄せられた。

 それらも既に概ね片付け、今後は利息も含め融資した設備費の回収を行うことになる。

 早い話が農業・畜産業のプロデュースである。あまり発展性が見込めないため、利益は少ないだろうが。

 詳細を聞いて、バルドは受け入れ難いとばかりに肩をすくめる。

 どちらかといえば、商ではなく慈善事業に近いものと見たのだ。

 

「あるいは優位性を確保した人脈作りにしても、いささか無茶が過ぎましょう。得るものなど微々たるものでさえない」

 

 バルドの口にする「地方の貴族」という言葉には、明らかに『貧しく地位の低い』という枕詞が込められていた。

 それに、と忠告は続く。

 

「王国では投資に関する法はかなり緩い。極端な話、許可なく高利貸しが営業できてしまうほどに。だがそれは」

 

 と、そこで少し声を潜め

 

「それは、そのたぐいの商売は『八本指』なる者たちが完全に掌握しているがゆえ。セバスさん、遠い異国から来たというあなた方にはいまいち理解して頂けないかもしれないが、この『八本指』なる組織はこの国の裏では絶対的な存在でね。本来表側であるはずの貴族の領分にも手が……いや、『指』が伸びている。情けない話、この王国の臓腑はいささか不健康と言わざるを得んのですよ」

 

「だから、実の無いものであろうと、金銭の貸し借りは彼奴らめの目を集める。イプシロン商会にはなんら利の無い話だ。早めに手を引くことをお勧めするよ」

 

 やはり好感の持てる男だ。この繋がりは継続すべきだろう。

 ご配慮感謝いたします。立ち去るバルドの後ろ姿に、白髪の執事はそう頭を下げる。

 そして下げたまま、その俯いたその顔には、苦笑とともに掛けられた言葉への拒絶が浮かんでいた。

 

 

 

 

 忠告確かに。

 だが。

 我らが偉大なる至高の主は、それこそを欲している。

 愚かな者どもが餌に食らいつくのを。

 

 

 

 

 麗しき白貌の主人の言葉を思い出す。

 

 我らは悪を否定しない。それも政戦両略の一側面に過ぎないからだ。なにより、かつての我らはそれこそを是とした。

 彼奴等が打ち砕かれるのは無能であるがゆえ。矮小な悪であるがゆえ。

 法が法として機能せず、正しきを為さんとする意思を権力の濫用が阻むならば。

 悪は更なる悪逆でもって誅されるのが妥当。

 王国民の腐肉を貪る餓鬼どもにその酬いを。

 そのうえで、有益な者がいればナザリックへの奉仕によってその罪科を贖ってもらおう。

 

 悪の華たる、我々の流儀に沿うものにはなるだろうが。

 セバスよ。お前が望むというのであるならば。

 お前の創造主である『彼』の信念、その身で体現して見せよ。

 

 

 

 

 ちなみに。

 その発言は、場の流れに逆らえず、頑張って格好つけたものに過ぎない。

 何があったかは多分皆さんの想像の通り。

 さすがは(ry 

 

 

 

 

 





サバ折りさん「イプシロン商会印のリンゴうめえ」
なお高価なため高給の漆黒聖典を当分辞められず。










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