日本でも企業価値10億ドル(約1100億円)以上のユニコーン企業が登場し、M&A(合併・買収)による企業再建なども活発になっています。一方では成長企業が一転窮地に陥ったり、別会社に買収されたりすることも珍しくありません。業界や企業の攻守交代が激しく続く中、40歳代の転職では、多くの「逆転現象」が起きています。入社時の条件が良かった人が数年後に不遇な状況に陥り、入社時の条件には恵まれなかった人が数年後に大成功している。この現象は、なぜ起きるのでしょうか。
■攻守交代が続く日本企業と転職の地殻変動
7月10日、「シックスパッド」などで知られる理美容・健康関連メーカーのMTGが東証マザーズに上場しました。日本のユニコーン企業としては、フリーマーケット関連アプリのメルカリに次いで2社目の上場でした。米国や中国に比べてその数は少なすぎるといわれるものの、かなりの資本を創業早期に調達する急成長ベンチャーの数は確実に増えています。
またM&Aでの企業再建や事業継承案件も急増中。その一方で、成長企業が一転窮地に陥ったり、別会社に買収されたりすることも珍しいことではなくなりました。最近の皆さんの印象に残っていそうなケースでは、RIZAPグループに買収されたジーンズメイトや、ディー・エヌ・エー(DeNA)がエボラブルアジアに事業売却したDeNAトラベルなどでしょうか。
数年で業界構造も個別の企業単位でも攻守交代が激しく続くのが今。そんな中、歩調を合わせるようにと言うべきか、40歳代の転職では「転職後の大逆転現象」が頻発するようになっているのです。
好条件につられるように転職した人が、一転、数年後に不遇な状況に陥ったり、逆に入社時の条件には必ずしも恵まれなかった人が、数年後に大きく成功したりしています。
この逆転はなぜ起きるのかについて、事例を見ながら考えていきましょう。
■「年収と肩書」「安定や規模」で選んで起きたこと
まずは先に、失敗パターンから。
●失敗パターン1
IT(情報技術)業界・営業部長のAさんは、法人セールスでの実績を足がかりに数社から内定を獲得。その内定先企業の中から、オファーされた年収額面(+肩書)の高い順に並べ、「最も高い」という理由でB社を選択、入社しました。
ところが、職務内容や企業文化になかなかフィットできず、それもあって入社時に約束された年収額や予定の昇進が履行されなくなるなどの「話が違う」トラブルも発生してしまいました。結局、十分に活躍できずに不満がたまり、半年ほどで退職を決断。再度の転職活動を余儀なくされてしまいました。
●失敗パターン2
メーカー・経理部長のCさんは、面接に進んだ数社の中から「安定、規模」の観点でD社を選択、転職しました。
ところが同社の業績は、結果として入社時をピークに不振に陥ります。強みだった半製品の分野で市況が低迷したためです。大企業である同社では、業績不振で昇進機会がなくなるどころか、管理職のだぶつきが表面化。ミドル・シニア層の大規模なリストラを敢行せざるを得なくなりました。その荒波にCさんものまれ、「安定した大手企業で定年まで守られて勤め上げる」という夢は砕け散ったのでした。
■目先の条件より「自分らしさ」で選んだ人が得るもの
次に、成功パターンを紹介しましょう。
●成功パターン1
サービス業・営業部長のEさんは、話が進んだ数社の中で、年収面ではより高額のオファーもありましたが、自分として職務内容や期待値の部分で非常にフィットすると感じ、また会社の理念やビジョンへの共鳴を持てて、面接でお会いした方々、訪問時に垣間見える社内の雰囲気などがとても自分にぴったりくると感じたF社を最終的に選択しました。
入社してみるとそれは間違いなく、早々にプロパー社員たちにも溶け込むことができ、想定通りに経験やスキルを生かすことのできる担当職務・マネジメントにおいて成果を順調に出し、結果として、入社時の想定以上に速いスピードで昇進・昇給を実現。何よりも、日々、気心の合う仲間たちと仕事ができ、将来に向けての夢とチャレンジを持って業務にまい進することができていることがうれしくてならないと言います。
●成功パターン2
ベンチャー企業・事業企画マネジャーのGさんは、チャレンジと可能性を最重視で、前職よりもさらにアーリーステージのH社を選択。GさんなりにはH社の事業構想や社長、幹部の人物タイプや考えをしつこく伺い、「これならば、仮に結果としてH社の事業がうまくいかなくても後悔はしない」と腹をくくって同社に参画。
想定通りと言いますか、入社当初は未整備な組織や事業内容で四苦八苦がありましたが、Gさんも同社の他のメンバーたちも、もちろんH社経営者や経営陣も、何としてもこの事業を成功させるという信念で奮闘。2年を過ぎたところでその頑張りが花開き、ベンチャーとしての急成長の波に乗りました。そこから2年後に新規株式公開(IPO)を果たしてさらに現在、急成長を続けています。Gさんも同社の役員となり重責を担うとともに、予想以上の報酬・資産も得ることとなりました。
■「天国→地獄」「地獄→天国」 いずれを引くかはあなた次第
これらの事例は、個人を特定しないように、私が日々関わっている幹部転職者での実例を複数重ね合わせたものです。
最後に「傾向と対策」についてまとめてみましょう。
●傾向と対策1
「自分が活躍できる(心から活躍したいと思える)職務・風土」を選択しているか否か。
●傾向と対策2
「底値買い」をしているか、「高値買い」をしているか。
先日、吉野家ホールディングス会長の安部修仁さんのお話をうかがう機会がありました。そこで安部さんは祖業の歴史や沿革もお話しくださったのですが、ご存じの方もいらっしゃるでしょう、吉野家は一度、1980年に会社更生法の適用を受け事実上の倒産をしています。当然その際に多くの幹部、社員が「こんな会社」と言って辞めていきました。そんな中を残った安部さんら少数の若手幹部の奮闘で、見事吉野家は10年と経たないうちに再上場を果たします。
「再建のときに多くの社員が辞めていったが、そこで残って頑張った幹部は皆、10年たたないうちに再上場で全員が億単位のリターンを得て、その後もさらに活躍している。辞めていった人間が『俺も残っていれば』と言っていたが(苦笑)」。言わずもがなですが、後の祭りですよね。と言いますか、厳しいときに逃げ出すような人たちが、再建させる力を持っていたかといえばはなはだ疑わしいですが。
読者の皆さんには釈迦に説法ではありますが、仕事とは短距離走ではなくマラソンであり、転職とはゴールではなく次のスタートラインに立つことです。
禅語に「指月」というものがあります。「月をさす指を見るな、月そのものを見なさい(手段にとらわれずに目的を意識せよ)」。禅では仏の教えを月に、教えが書かれた経典を指にたとえ、こう説かれているわけですが、私たち現代人は、さしずめ「仕事を通じての成果貢献と、それを通じて結果として手に入れるもの」を月、「年収、肩書、企業規模、知名度などの諸条件」を指として理解すべきではないでしょうか。
40歳代の転職は、せっかくの新天地で「人生の逆転チャンス」を得たいなら、「傾向と対策」の1×2の視点での本質論で転職先案件をデューデリ(価値を精査)し、それに人生を懸けてみるのも悪くないのではないかと思うわけです。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は8月10日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
井上和幸 経営者JP社長兼CEO。早大卒、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職後、リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)のマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。「社長になる人の条件」(日本実業出版社)、「ずるいマネジメント」(SBクリエイティブ)など著書多数。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。