2時間43分に「ムダはない」しかも書籍化!枝野幸男“最長演説”の舞台ウラ

大築 紅葉
カテゴリ:国内

  • 「原稿は読まない」準備したのはメモだけ 
  • 直前の勝負メシは「冷やし中華」と「バナナ」 
  • 「意味のある長時間演説」へのこだわり

衆院最長!?枝野演説は異例の書籍化

「2時間43分」
この時間は7月20日、安倍内閣不信任決議案の審議で立憲民主党・枝野幸男代表が本会議場で行った趣旨弁明演説の長さだ。衆議院では記録が残る1972年以降で最長の演説となった。

この枝野氏の演説内容は「緊急出版!枝野幸男、魂の3時間大演説『安倍政権が不信任に足る7つの理由』」と題した本として8月9日に出版されることになり、アマゾンの予約ランキングで一時1位になるなど、注目を集めている。

今、改めてこの演説の、私が見た舞台裏を振り返りたい。

安倍政権の問題点を列挙

この通常国会では、働き方改革関連法案における裁量労働制のデータ不備、森友学園をめぐる財務省の決裁文書の改ざん、自衛隊の日報隠ぺいなど、様々な問題が相次いで発覚した。しかし圧倒的に数が少ない野党は、安倍政権を追い込むことができないまま、国会は終盤を迎え、枝野氏は「どう決着をつけるか」を悩んでいた。

そこで7月7日、枝野氏は内閣不信任決議案提出へ向けて、党内の全議員に「これまでの安倍政権の不祥事を挙げてほしい」と指示した。そして上がってきたメモを見て、枝野氏は演説に10項目ほどを盛り込むと決めた。

原稿はなし「一番言いたいことは頭の中にある」

ここで、普通なら演説原稿を書き上げることになるのだが、実はこの演説に正確な原稿は存在しない。枝野氏が準備したのは、要点を中心にまとめた1万字のメモだけだった。

枝野氏は手元の「メモ」をみて、2時間43分の演説を行った

そのメモには1番から7番まで、この国会での安倍政権の問題点が並べられた。そして政府の豪雨災害への対応を質す0番が直前に付け加えられ、次のラインナップとなった。

0.豪雨災害対応に対する不誠実な対応
1.過労死を増やす高度プロフェッショナル制度の強行
2.カジノの強行
3.アベノミクスの行き詰まり・限界露呈
4.政治と社会のモラルを崩壊させるモリカケ問題
5.誤魔化し国会答弁・数の横暴―民主主義のはき違え
6.行き詰まる外交と混乱する安全保障政策
7.官僚の相次ぐ不祥事 

枝野氏は「一番話したいことは頭の中にある」「ムダに伸ばすことはしない。でも伝えたい思いを読み上げたら3時間はかかる」と周囲に語っていた。
枝野氏が長時間演説を準備していることについて党内からは「枝野氏は必要があれば5時間でも6時間でも話し続けられる。問題はトイレだけだな」と演説力を評する声が聞かれた。

枝野氏の勝負メシは「冷やし中華とバナナ」

枝野氏は普段、事務所がある衆議院議員会館内のコンビニで昼食を買う。

演説当日の7月20日も、枝野氏は午後1時から始まる本会議での趣旨弁明を前に、正午過ぎにいつものコンビニに立ち寄った。
「この日くらい、いいものを食べないのか?」という記者からの問いに、「いつもと違うことをしてもだめだ」と枝野氏は“ルーティン”を崩さなかった。

そしてこの日の勝負メシは…『冷やし中華』と『バナナ』。
枝野氏がバナナを食べることは珍しく、そのワケを尋ねると「スポーツ選手とかも腹持ちがいいように食べたりするでしょ」と、長時間演説に向けてのエネルギー補給などを考慮したことを明かした。

枝野氏が購入したものと同じ「冷やし中華&バナナ」

「もう誰も止められない」

実は枝野氏は民主党時代の2015年にも、安倍内閣不信任案の趣旨弁明で1時間44分にわたって演説した。しかし、この演説では、最中に党内から中止の指示が出て、自身の準備した原稿をすべて語り尽くすことはできず、不完全燃焼に終わった。

しかし今や枝野氏は野党第一党の党首。枝野氏の周辺は「もう誰も止められない」と口をそろえた。

フィリバスターではない「意味ある」長時間演説への思い

枝野氏はこの国会、予算委員会や党首討論で質問に立っても、追及を微妙にかわす安倍首相を決定的に追い込むことはできないまま最終盤を迎えた。最後のチャンスは、内閣不信任案の趣旨弁明であり、枝野氏はここで長時間にわたりすべての思いを訴え尽くす決意だった。

こうした国会での長時間演説は、アメリカなどでは「フィリバスター」=議事妨害と呼ばれ、法案の廃案を目指す抵抗手段の1つに位置付けられる。ゆっくり歩いて投票して時間をかせぐ牛歩戦術になぞって「牛タン戦術」とも呼ばれている。

一方で枝野氏はこれまで安倍首相の国会答弁について「意味のないことをだらだらだらだらだらだらだらだら話す」とたびたび批判してきた。
だからこそ枝野氏にとってこの長時間演説は、法案を廃案にするための時間稼ぎ=フィリバスターではなく、「長時間でも内容に意味のある、思いを訴え尽くす演説」でなければならなかった。

2時間43分の大演説 成果と今後は

そして午後1時過ぎ、枝野氏の政府・与党への最後の抵抗が始まった。


今国会を「憲政史上最悪の国会」と振り返り、安倍政権の問題点を次々と訴え退陣を迫った。

「カジノや恣意的な選挙制度改悪を災害対応に優先させた一点を持っても不信任に値する」
「このまま安倍政権の横暴を許していけば後戻りできなくなると強く危惧している」
「後の歴史に断罪されることのないよう、一刻も早く身を引かれることをお勧めする」

2時間43分に及んだ“衆院最長”の演説。テレビの生中継はなかったが、多くの人がライブ配信を視聴した。
演説中のTwitterでは「#枝野がんばれ」というワードがトレンド入りした。
結局、不信任案は大差で否決され、枝野氏の演説には与党や野党の一部から「やりすぎだ」「記録を更新したいだけだ」などの冷ややかな声もあがった。小泉進次郎議員も「国会改革の必要性を、身をもって見せていただいた。ありがたい」と皮肉った。

しかし演説後の枝野氏は水を飲み、すがすがしい顔をしていた。長時間の演説に込めた思いを記者団に問われると、「それだけ安倍政権がおかしなことを様々な側面でしているということの証だ」と語った。

2時間43分をかけて思いのたけを訴えた枝野氏。7月31日の会見では演説について「申し上げたことを前に進めていきたい。ますます責任が重いと思う」と語った。枝野氏が自ら語るように、次は、行動と結果をもって、国民に対しての責任を果たすことが求められることになろう。

(政治部・野党担当 大築紅葉)

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