倉山満(憲政史家)

 なぜ安倍政権は倒れないのか。口が悪い人は、「三代の民主党政権や麻生太郎よりはマシという以外に何ら業績がないのに、なぜ倒れないのか」と訝(いぶか)る。安倍晋三内閣を擁護する良識派も「日々の仕事を黙々とこなす行政官としてはともかく、政治家としての実績は安倍政権には思い当たらない」と首をかしげる。

 確かに、吉田茂のサンフランシスコ講和条約、鳩山一郎の日ソ国交回復、岸信介の安保改正、池田勇人の高度経済成長、佐藤栄作の沖縄返還と並べて、「景気が回復軌道に乗った」だの「日米関係が改善した」だのと後世の歴史教科書に書くわけにもいくまい。

 本稿では、安倍政権が倒れない消極的な理由を六つ、積極的理由を一つ説明しよう。

 では、第一の理由である。自民党内の過半数が安倍支持だからである。そもそも政治のルールを確認しよう。1955年以来、極めてわずかな例外を除いて、自由民主党総裁が総理大臣となる。自民党総裁は総裁選挙に勝利すればなれる。歴代総裁は皆、派閥の支持を得て勝利を勝ち取った。一人の例外もない。

 安倍首相の場合は、出身の最大派閥である細田派96人に加え、第二派閥の麻生派59人、そして幹事長がいる二階俊博派44人の合計199人が結束しただけで、衆参両院407人の49%を占める。

 これに無派閥の安倍シンパが30人はいると目されているので、過半数を軽く上回る。他の総裁候補と言えば、岸田文雄政調会長の派閥は48人、石破茂元幹事長のそれは20人。野田聖子総務大臣に至っては、自身が無派閥である。彼らがどうやって票集めで勝とうというのか。

 安倍首相は、麻生太郎と二階俊博の2人のご機嫌を損ねなければ安泰なのである。現に2人に、副総理兼財務大臣と幹事長、すなわち政府と党の最高の地位を与えて遇している。岸田、石破、野田…誰が対抗馬に立つか知らないが、三派の結束を切り崩す算段や如何に。
麻生太郎副総理兼財務相(左)と自民党の二階俊博幹事長=2018年7月(斎藤良雄撮影)
麻生太郎副総理兼財務相(左)と自民党の二階俊博幹事長=2018年7月(斎藤良雄撮影)
 ついでによくある勘違いを指摘しておくが、小泉純一郎氏は「脱派閥」で輿論(よろん)の支持を得て最大派閥の橋本龍太郎首相を破ったとされるが、そういうことを言う人は何を見ていたのだろうと思う。小泉元首相ほどの派閥政治家はいない。当選前から派閥の領袖である福田赳夫氏に忠勤尽くし、安倍晋太郎、三塚博、森喜朗ら歴代派閥領袖の覚えがめでたかった。

 むしろ安倍晋太郎氏の後継をめぐる争いでは、常に中堅若手に人望の厚い小泉氏が支持した側が勝利した。小泉氏は四代の領袖の下で着実に地盤を固めていたので、「派閥離脱」を演出できたのである。

 また、基礎票においても、「YKKトリオ」を組む山崎拓、加藤紘一の両派に自分が所属した森派を合わせれば100人、橋本派と互角である。さらに橋本派と同盟を組む堀内光雄派を切り崩しただけでなく、橋本派の重鎮であり参議院を抑える青木幹雄氏まで味方につけた。

 小泉元首相は政権運営において、自民党の他の全員を敵に回しても青木氏との同盟関係だけは尊重したが、小泉、青木の2人が組めば常に自民党の過半数なのだから当たり前である。安倍首相の対抗馬の誰が、かの小泉元首相と同じ芸当ができようか。