6.ケイン孤児院を救う
いやあ、昨日はびっくりした。
しかし、このまま山の麓にいる
その時だ。
不思議な天啓のようなものが全身を駆け巡ったのは。
気がつくと、ケインはミスリルの剣を拾って無我夢中で
ミスリルの剣を拾ったのも、弾かれて
いや、ここまで重なってしまえばもう奇跡だ。
あとで調べると、
それでも、偶然にも倒せたのは山の神様が守ってくれたに違いないと、ケインはそのあと念入りにお参りしている。
もちろん、ケインは自分の力で倒したのではないので
しかし困ったのは、拾った
「あのでも、このミスリルの剣は絶対に落とし物だと思うんですよ」
いくらケインでも、こんなダンジョンの最下層に安置されてそうな宝剣が山から勝手に生えてくるとは思わない。
落とした人はきっと困ってるに違いない。
「でもケインさん。落とし物だとしても、こんな良い剣は使わなきゃもったいないですよ。預かってるつもりでいいですから、そのまま使ってください」
「でもこんな高いもの、落としたり壊したりしたら」
「大丈夫です。もし失った時に落とし主が現れたら、そのお金はギルドで弁償しますよ」
「いつも渋い冒険者ギルドにしては、やけに気前がいいですね」
あまりに話がうますぎて、ケインは困惑している。
エレナは、「……だってそれ、剣姫のプレゼントですもん」ってボソッと言ってしまう。
「いまエレナさんなにか言いました?」
「いえ、こっちの話です。さて、お待ちかねの
金貨六千枚って、もはや持ち歩ける量ではない。
金貨の価値の十分の一しかない、銀貨一枚でギリギリ三日は食いつないで生活しているケインには、もう額が多すぎて実感がわかない。
「……凄すぎて唖然としてるんですよ」
「これが今回の報酬になります」
そういって、エレナさんは白くてキラキラ光るコインを六枚渡してくる。
「これって、なんですか?」
「一枚で金貨一千枚の価値がある白金貨ですね」
「これがそうなんですか。生まれて初めて見ましたよ!」
「私もなかなかお目にかかれない代物ですね。こんなに価値が高いのは、白金の生成に莫大な魔力がいるからだそうですよ。宝物としての価値もありますが、錬金術の希少原料としても使われるとか」
「なるほど、すごく綺麗ですね」
震える手で受け取って、なんとか革袋に入れる。
「何でしたら一枚だけ金貨千枚に両替しましょうか。ギルドの報奨として払った分については、いつでも金貨や銀貨に両替しますよ」
「いや、もうちょっと考えてからにします」
六千ゴールド。
お金が儲かって嬉しいけど、なんだかもう現実感がない。
使い道を考えるどころじゃない。
なんだか足元がふわふわするような、とても落ち着かない気持ちだった。
※※※
心を落ち着けようと考えたら、自然と教会のほうに足が向いた。
こういうときはお祈りをするのがいい。
そうだ、裏にある孤児院のほうにも挨拶してこようかなと回りこむと。
ケインの耳に、複数の男と女が争う声が聞こえてきた。
「今月の利息分二百ゴールドだけでも払ってもらわなきゃ、こっちも困るんだよねぇ!」
「すみません。あと一週間だけ待ってください。ポーションの売上が全部回収できたらなんとか……」
柄の悪そうな三人組が、教会のシスターを囲んでいる。
そのうちの二人に、ケインは見覚えがあった。
どちらもCランク冒険者だ。
ふとっちょのずるい顔をした年配の悪漢がカーズで、鼻や耳にピアスを付けた若い金髪のチンピラがジンクス。
色々と悪い噂のあるファミリー(大規模な冒険者パーティーをファミリーと呼ぶ)『双頭の毒蛇団』のメンバーだ。
そして最後にもう一人。
後ろで黙って立っている、顔に蛇の刺青を持つスキンヘッドの凄みのある男が『双頭の毒蛇団』のボス、スネークヘッドだった。
Aランクの
普段は物静かであまり表立っては動かないが、Aランクの実力に加えてその性格は冷酷非道。
スネークヘッドを本気で怒らせた者は、必ず消されると噂されている。
ボスの威を借るおっさんの悪漢カーズは、大物ぶってジンクスをたしなめる。
「おいジンクス。相手は仮にも教会のシスターさんだ、あんまりやりすぎるんじゃねえよ」
「でもカーズさん、契約違反するほうが悪いっすよね!」
「フヘヘ、そりゃそうだ。だが、こっちだって鬼じゃねえ。シスターシルヴィアはなにせ、希少なハイエルフだからなあ。債務奴隷になれとまでは言わんが、ちょちょっと利息分だけ身体で稼いでもらおうか?」
「私は教会のシスターです。そんなこと、神様が許しませんよ」
シスターであるシルヴィアは、長く美しい銀髪に神秘的な銀色の瞳を持つ絶世の美女である。
長い耳と永遠にも等しい寿命を持つ彼女は、ハイエルフという珍重される種族だ。
それに加えて、オーディア教会の敬虔なシスターという肩書きまでつけば、もう価値はうなぎのぼりである。
売りをやらせれば、金持ちの好事家が巨万の富を出しても買おうと殺到するだろう。
「かてぇこと言うなよ。なぁ、悪いようにはしねえって。オメエみたいな別嬪がこんな貧乏教会で燻ってちゃそれこそ神様のバチが当たるってもんだ。孤児たちだって、そうすりゃもっと良い暮らしができるだろうがよ」
「やめてください!」
スケベそうに鼻の下を伸ばしたカーズは、シスターシルヴィアに手を伸ばそうとした。
ついに、ケインは我慢しきれずに飛び込んでしまう。
「おい、お前らいい加減にしろ。教会で何してんだ、子供たちだって怯えてるだろ」
シスターが人相の悪い男達に囲まれてるので、孤児院の子供達も集まっては来ているが、冒険者のファミリーというよりマフィア組織のファミリーのような男達を怖がって震えている。
ケインだって本当は凄く怖いのだ。
所詮はチンピラに過ぎないカーズとジンクスはともかく、その後ろで黙ってこっちを睨んでいるスネークヘッドの威圧感は
スネークヘッドの、つまらなそうな眼はこう語っている。
お前など、いつでも殺れるぞと。
街中でそんな犯罪行為をやるわけもないとわかっていても、これまでダース単位で人を殺してきたであろうスネークヘッドの殺気を孕んだ視線は、辺りの空気を冷やす。
それでもケインは後に引けない。
他ならぬシスターシルヴィアがピンチなのだ。
そんなケインに、若いチンピラのジンクスは偉そうに叫ぶ。
「なんだ、誰かと思ったら『薬草狩りのケイン』じゃねえか。関係ない奴はすっこんでろよ!」
「まあ待て、ジンクス。……もしかして、テメェが教会の借金の利息の二百ゴールドを払えるっていうのか?」
おっさんの悪漢のカーズはジンクスを止めると、ケインに尋ねる。
「カーズさん。コイツ、
「ほーう、金が入ったってのか。こんな貧乏教会のために身銭を切れるもんなら、切ってもらおうじゃねえか」
「教会の借金はいくらなんだよ」
「だから、利息で二百ゴールドだ。ほんとに払うのか?」
ニヤニヤしながら、こずるそうな眼でカーズはケインを睨む。
「そうじゃなくて、元金も含めて全部でいくらかって聞いてるんだ!」
啖呵を切るケイン。
「はぁ……元金も払うって、正気か?」
と、そこで。
ずっと後ろで黙って聞いていたスネークヘッドが、重い口を開く。
「教会の借金は、利息も含めて全部で六千ゴールドだ。返済期日は今日だが、払えるのか?」
そう聞いたスネークヘッドに、チンピラのジンクスが吹き出した。
「ププッ、薬草狩りが六千持ってるとかありえね……ス、スンマセン!」
ちらっとスネークヘッドが一瞥しただけで、ジンクスは真っ青になって頭を下げた。
「で、どうなんだ?」
「……払える。今ちょうど、六千ゴールド持ってる」
ケインは、革袋から白金貨を六枚取り出してみせた。
それを一瞥すると、スネークヘッドはつまらなそうに「出してやれ、証文」とカーズに言った。
カーズは驚いて眼を泳がす。
「いや、六千払うって、冗談だろ。しかも、なんだよこんな金貨見たことねえぞ。ボス、偽物なんじゃないですか?」
スネークヘッドは、呆れた声で言った。
「偽物じゃねえよ。カーズ、見たことないなら白金貨の光沢と刻印を覚えておけ。白金貨は上位の錬金魔法で製造されてるから偽造は極めて難しい。こいつが
「しかし、ボス!」
「カーズ……俺に二度も命令させるなと、いつも言ってるよな。俺たち『双頭の毒蛇団』は、クリーンな金貸しをやってんだ。金を返すって言うなら、こっちとしては文句はない」
スネークヘッドに凄まれると、カーズも真っ青になって震えてあがり、慌てて借金の証文を取り出した。
ケインは、カーズが取り出した証文と白金貨を交換した。
「ふん、邪魔したなシスター。また金が足りなくなったらいつでも相談に乗ってやるから事務所に来な」
スネークヘッドは、それだけ言うと部下を連れて教会から立ち去った。
おかげさまで日刊2位、週間2位になりました。
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