オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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舞踏会はあまり長くするつもりはなかったので章名にはしなかったのですが
思いのほか長くなり、この後まだニ、三話くらい掛かりそうなので章を分け舞踏会編としました


第52話 舞踏会での一幕

(うーむ。誰も話しかけてこない。俺一応勲章貰ったし、ここにいる連中もそのことは知っているはずだよな? 放っていても向こうから話しかけてくるものかと思っていたが、こちらから積極的に話した方がいいのか?)

 ラキュースから聞いていたのはあくまで動きや、貴族に対するタブー、失礼の無い言葉遣い等の言わば相手を怒らせない方法であり、こちらから貴族を相手に売り込みにいく際の作法は聞きそびれていた。

 というよりモモンとして話をしたので冒険者モモンが、積極的に権力者達との接し方を聞くのも不自然だろうとあえて聞かなかった。

 貴族らしい奴は多いが、その中で誰から声を掛けたものか、そもそも今回は王族とのパイプ作りがメインなので、一番に王族の元に行けばいいのか。

 さっぱり分からない。

 

「アインズ様。そろそろ私達が練習した曲が掛かる頃合いです。ホールに移動しましょう」

 

「ん? ああ、そうだな。せっかく練習したのだし、一度も踊らないのは不自然だな」

 招待状に記載されていた曲目の楽譜をわざわざ購入し、エーリッヒ擦弦楽団に演奏させ、その中で恐怖公が最も踊りやすいものと判断した曲に合わせたダンスをアインズ達は練習してきた。

 アルベドは非常に目立つため、一曲踊るだけでも周囲の視線を集めてくれるだろう。

 そうなれば取りあえずアインズも上流階級の嗜みであるダンスが出来ると周囲に見せつけることが出来る。

 

「アインズ様。私と踊りたいと言って下さっても宜しいんですよ?」

 

「む? そうか。そうだな」

(こっちも折角練習したんだしな。しかし今度は大丈夫だろうな)

 先ほどのように色々と不味いことになって一度帰宅されたり、いつかのようにタックルを食らってこの場で押し倒されたらどうしよう。

 そんなことを考えつつも、アインズは今日は流石にガントレットではなく、手袋を填めた手を差し出す。

 

「アルベド。私と踊ってもらえるか?」

「はい。アインズ様」

 頬を赤らめ、いつものギラギラとしたものではなく、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、アルベドはそっとアインズの手に自分の手を乗せる。

 

(いつもこうならなぁ。本当に非の打ち所のない美女なんだが)

 勿論口には出さない。そんなことを言えばどうなるか分かったものでは無い。

 色々と考えていたアインズだが、今だけはダンスに集中しようと意識を切り替える。

 まだまだダンスは稚拙さが目立ち、他のことを考えながら踊れるほどではないのだ。

 ホールの一角に近づくと、楽団が奏でていた曲が変わり、この一週間で何度聞いたかもしれない王国では有名らしい曲が掛かり出す。

 

(よし。やるぞ)

 心の中で気合いを入れて、アルベドと共に恐怖公より最も大事だと言われた姿勢、指の伸ばし方や顔の動かし方。

 そう言った細部を気にしながら必死になって踊る。

 アインズは仮面のお陰で表情は見えないがもし自分に表情があったらそこまでは気を使えずに強ばったものになっていることだろう。

 その点アルベドはダンスを完全に会得しているらしく、アインズに身を任せつつも、流れるように優雅な動きで踊り続ける。

 周囲の踊っている者ではなく、離れているところから見ている者達が彼女に見惚れ、何度も熱い息を吐いている姿がダンス中にも見え、集中しようとするアインズの邪魔をする。

 それらを振り払いながら、永遠とも思えるほど長い一曲が終わり、アインズとアルベドは他の者達と同じように一礼し、その場を離れていく。

 

(取りあえず問題は無かった、よな?)

 

「アインズ様」

 

「うん?」

 

「楽しかったですね?」

 

(俺は楽しむ余裕なんて無かったけど……)

 そう思うが、流石に言葉には出せない。

「そうだな」

 言葉少なく頷き、アインズは取りあえずその場を離れる。次の曲がかかってしまう前にここを離れなくてはならない。

 最後までアルベドのエスコートは忘れずに。そんなアインズにアルベドはずっと嬉しそうな微笑みを浮かべ続けていた。

 

 

「おや。ゴウン殿」

 練習したダンスも披露し終え、さあいよいよ誰かに話しかけてやろうと心の中で考えていた矢先、でっぷりとした体格の男が近づいて来た、見覚えのある顔だ。

 

「やあ、ロフーレ殿か。お久しぶりだ」

 エ・ランテルの商人バルドである。

 エ・ランテルでは有数の商会だが、王宮の舞踏会にも招待されていたとは。

 

「ははは。そうですな、つい先日お店の方に顔を出して、契約を交わしたのですが、その時はいらっしゃらなかったようでしたので」

 

「あの店は基本的にセバスとソリュシャンに任せているのでね。ああ、ロフーレ殿、彼女は私の連れでソリュシャンやナーベと同じく私が面倒をみている知人の娘でアルベドと言う。アルベドも紹介しよう、こちらはエ・ランテルのロフーレ商会のバルド・ロフーレ殿だ」

 この二人が直接関わりを持つことなど無いだろうが、アルベドをこれから他人に紹介する際の練習になるし、アルベドが人間相手にちゃんと敬意を持って接することが出来るのか、確かめる事も出来る。

 それにしてもこうした紹介する順番などのマナー程度ならば、リアルでの営業で培ってきたものがあるのだが、上流階級相手には更に細かなルールがあるのだから大変だ。

 

「ご紹介に預かりました。私はアインズ様の元でお世話になっております、アルベドと申します。姓や称号の付かない土地の生まれでして、名前だけで失礼します。以後お見知り置きを」

 

「お、おお。これはこれはご丁寧に。私はエ・ランテルで商会を営んでおりますバルド・ロフーレです。ゴウン殿とは日頃から良いお付き合いをさせていただいていますよ。何かご入り用の物がございましたらお声を掛けて下さい」

 

「ええ。その時は是非」

 にこやかに談笑するアルベドにアインズはホッと胸をなで下ろす。

 いつかカルネ村にともに出向いた際、人間とは下等生物であり虫のように踏みつぶしたらどれだけ綺麗になるか。などと甘い声色で苛烈な事を言っていたことを思い出す。あれが本心でこの姿は演技なのだろうが、それを知っているアインズでも見抜けないのならば問題ないだろう。

 

「それはそうとゴウン殿、聞きましたよ。王都では様々な調味料やスパイスを売り出しているとか」

 

「ええ。ソリュシャンの提案でしてね。食品を扱うロフーレ殿にこう言っては失礼かもしれませんが、私はさほど食に関心があるわけではないので、その手のことは彼女に任せていたのですが、それが見事に当たりましてね」

 

「ほう。確かにご息女は食事に強い拘りがあるようでしたな、なるほどなるほど」

 そう言えばソリュシャン達とロフーレが出会ったのは、黄金の輝き亭でソリュシャンが金持ちアピールのために食事にケチを付けたことがキッカケだと報告書で読んだ記憶がある、そのことを思い出しているのだろう。

 バルドの目が妖しく輝く。

 

「今回はゴーレムの追加注文とそちらから食材の発注のみの契約でしたが、どうでしょう。そういった品も我が商会に仕入れさせて頂きたいのですが」

 早速きた。

 今回、アインズとしては口約束でも商談を交わさないと決めていた。

 誰も商会のことを知らなかった頃ならともかく、今は王国でも帝国でもそれなりに名が売れ、商品のことも知られてきている。

 営業としてとにかく商品を売り込む事ばかりやっていたリアルとは違い、こうして向こうから契約を持ちかけられることも多くなると見越していた。

 それらが契約して問題ないか見抜くことなど出来る訳が無い、なので最初から契約を結ぶことはしないと決め、全ての案件を持ち帰って他の者に調べさせてからにしようと考えているのだ。

 

「うーむ。王都の商品に関してはセバス達に任せていますので、私の方からは何とも。一応私からも話しておきましょう」

 

「そうですか……エ・ランテルにはまだああ言った商品はありません。王都だけではなかなか広まり難いでしょう。我々でしたら食材の仕入れのみならず、エ・ランテルや他の土地にもパイプがありますのでより効率的に……」

 ペラペラと自慢話を始めるロフーレに、アインズは辟易する。

 恐らくアインズの反応が芳しく無いのを見て自分の店と契約することの利点を語り出したのだろう。

 今回の目的は既に顔見知りのバルドではなく、もっと大勢の者達と知り合いにならなくてはいけないと言うのに、面倒な男だ。

 しかし、まだ第六階層の僅かな畑しか持たないアインズにとって、大量の食材を仕入れることの出来るバルドとの関係は出来るだけ友好的に保っておきたい。穏便にこの場を離れる術は無いものだろうか。

 そんなことを考えていると、横からアルベドが口を挟む。

 

「ロフーレ様。申し訳ございません、少しアインズ様をお借りしても? 恥ずかしながら私、舞踏会に出るのは初めてでして、もう少し踊りたいのです」

 

「おお。舞踏会の主役をいつまでも引き留めていては失礼にあたりますな。ゴウン殿この話はまた後日、私もエ・ランテルに帰る前にもう一度お店の方に寄らせていただきますのでその時にでも」

 

「そうですね。私も暫くは王都にいることになるでしょうからまた是非お会いしましょう」

 その前にソリュシャン辺りに話して丸投げしておこうと心に決め、アインズはアルベドに連れられてバルドから離れることに成功した。

 

「ふぅ。よくやったアルベド」

 

「──しつこい人間でしたね。アインズ様の時間を無駄にするとは」

 

「ま、まぁ。あれはあれで使い道のある男だ、放っておけ」

 

「……はい」

 完全に納得してはいないようだが、取りあえずあの場は切り抜けた。

 しかしこれからもこれが続くかと思うと気が滅入る。

 そんなことを考えつつ周囲に視線を向けると、離れたところからこちらに顔を向けている兜姿の男が目に付いた。

 パンドラズ・アクター、こと今はモモンだ。

 先ほど話したアインズからの合図を見逃さないために見ているのだろう。

 そんな奴の元に近づく一つの影が見え、アインズは慌てた。

 いつもの冒険者然とした姿とは大分印象の違うピンク色のドレスを身に纏っているが、特徴的な金髪の縦ロールは見覚えがある。

 アインズに王国の常識を教えてくれたラキュースだ。

 

(まずい。パンドラズ・アクターにモモンが礼節を聞いたことは話したが、ラキュースには細かい常識的なことまで色々と聞いている。それが知られたら俺の演技がばれる可能性が)

 多少のことなら誤魔化しも利くかも知れないが、パンドラズ・アクターは自分で言うのも何だが、とても優秀だ。僅かな情報から色々と察してしまうかもしれない。

 それは困る。アインズはアルベドに小声で話しかける。

 

「アルベド。モモンに蒼の薔薇の女が近づいている。奴と話したことがあるのは私だけだ、パンドラズ・アクターの演技がばれる可能性もある。私は奴と代わるから後のことは任せる。適当な相手と話しておけ」

 

「アインズ様……畏まりました。こちらのことは私にお任せ下さい」

 何か言いたげだが仕方ない。

 事態は一刻を争う。

 

「アルベド、お前ならば問題なく事を進められると信じている。奴のフォローを頼むぞ」

 

「はい、お任せ下さいアインズ様」

 とりあえずアインズもアルベドに対してフォローを入れると途端に花を咲かせたような笑顔を見せる。

 アインズは一つ頷き、パンドラズ・アクターに交換の合図を送り、同時に魔法を発動させる。

 周囲に気づかれずに交換する方法は簡単だ。

 時間停止の魔法を発動させて事前に登録していたモモンの服装にアインズが、アインズの服装にパンドラズ・アクターが着替えた後、お互いの位置を交換するだけ。

 同時に魔法停止対策をしている者がいないか確認するが、誰一人として動いている者はいない。

 やはりこの場に時間対策をしている者はいないようだ。

 

「よし。後は頼むぞ二人とも」

 先にこちらに移動したパンドラズ・アクターとアルベドに声を掛け、二人が力強く頷いたことを確認後、アインズはモモンがいた場所に移動する。

 ホールから外れた会場の隅であり、ここなら好んでモモンに声をかけてくる者もいないだろう。

 そう、ラキュースを除いて。

 何が嬉しいのかニコニコと笑顔を浮かべているラキュースの顔を見て兜の中で思わずため息を吐く。

 王国の貴族だと分かった時に、この状況は想定出来たはずなのに気づかなかったアインズが悪いのだが、まあこれで貴族達との顔繋ぎは自分より優秀な二人に任せられる。

 王族との話もそのままそちらに任せても良いだろう。どちらを選ぶかは既に話しているのだから問題ないし、デミウルゴス並だという第三王女にアインズの正体を悟られる心配もなくなる。

 むしろ良いタイミングだったと考えるべきだ。

 そうポジティブに考えることにして、アインズはパンドラズ・アクターが居た位置に移動し、魔法の効果が切れる時を待った。

 

 

「こちらにいらしたのですね」

 

「ああ、ラキュース殿……この場ではアインドラ様の方がよろしいですか?」

 魔法が解け、近づいてきたラキュースに今気づきましたとばかりにアインズは会釈して背中を預けていた壁から離れ一歩近づいた。

 

「ラキュースで結構です、モモンさんは私にとっては命の恩人ですから」

 こういった場では冒険者としてではなく、貴族として接した方がいいのではないか、と思っての発言だったが、ラキュースはあっさりとそれを否定する。

 前にも思ったが彼女も王国の貴族という割には平民に対してごく普通に接する。

 元々現役の冒険者として活動している貴族というのがそもそも異端なのだから、当たり前といえばそうなのだが。

 

「ではラキュース殿」

 

「こういった場で女性に殿は相応しくないかもしれませんね」

 

「ではラキュースさん、でよろしいですか?」

 

「ええ」

 とりあえずラキュースは気分を害している様子はなく、にっこりと笑顔を浮かべたまま、彼女はモモンの横に移動する。

 

「あー、ええ。そのドレス、いつもとは印象が違いますが、よくお似合いですよ」

 取りあえず恐怖公に教わったとおりに相手を褒めてみる。

 言われたラキュースは一瞬驚いたように目を開いてから、恥ずかしそうに小さく笑った。

 

「ありがとうございます。こういった服は正直苦手なのですが、これも貴族の娘として生まれた責任の一つですから。今まで、いえ今でもですが、実家にはそれなりに自由にさせて貰っているので、せめてもの償いとしてこれぐらいは」

 

「私のような一介の冒険者では想像も付きませんが、感服します。最高位冒険者チームをリーダーとして取りまとめ、更に責任ある貴族としての責務を果たすとは。私では真似出来そうにもありませんね」

(いや、実際はやってるけど。最近では商会の主まで兼任してるけども。まあ俺の場合は人任せの部分が多いからな、本当に一人でやれと言われても無理だろうからな)

 現地の人間の中では、と前置きをすればラキュースはそれなりに使える人間と言えるだろう。

 何より現地産の復活魔法の使い手というのは実に興味深い。

 その話もしたいところだが、流石にこの場では相応しくないだろう。

 

「モモンさんに比べたら私なんて……」

「いえいえ」

 互いに謙遜し合い、どちらともなく無言になった。

 ラキュースは手にしていたグラスを傾けながら、チラチラとこちらと正面のホールを見比べている。

 何か言いたいことであるのだろうか。

 そもそも何のためにラキュースは自分の元に近づいてきたのか。知人を見つけたから挨拶しただけならばもう用事は済んだはずだ。

 それこそ彼女が自分で語っていた貴族としての責務とやらは、要するに上流階級の者と会話し、知り合いになったり元からの知り合いに挨拶をして回ったりする。そう言うことではないのか。

 だとすればこんなところにいるのは無駄でしかないはずだ。

 

(こっちから促した方がいいんだろうか。男から言わないと離れられない決まりとか? いやしかしさっきバルドと話したときアルベドが自分から離れるように言っても特に気にした様子無かったしな。うーむ、分からん)

 

「……曲が終わりますね」

 

「そう、ですね。ラキュースさんは踊らないのですか?」

 向こうから話を振ってきたため、アインズはこれ幸いと、話を合わせてさりげなく離れるように差し向けてみる。

 すると彼女は驚いたように、顔を上げアインズの顔を殆ど睨みつけるように見つめた後、深々とため息を吐いた。

 

「一人では踊れないでしょう」

 敬語が消えトゲトゲしい声色になりながら、ラキュースはそう言って残っていた酒を一気に煽った。

 

(──あ、もしかして俺からの誘いを待ってたのか。そう言えばダンスは女からは誘えないって聞いたような)

 しかし困った、アインズはもう踊れる曲はない。

 勿論それを理由に断ることは出来るが、そもそも誘われたわけでもないのに踊れないから無理。なんて言うのはそれはそれで良くなさそうだ。

 この辺りの断り方も聞いておけば良かった。と思うがもはや後の祭りだ。

 仕方ない。ラキュースはモモンが礼節に詳しくないのは知っているのだし、はっきり言っても問題にはならないだろう。

 

「ラキュースさん。舞踏会に来てそれもどうかと思うのですが、私はダンスが全く踊れないもので。ですので、その」

 いきあたりばったりで口を開いたは良いが、この後なんと続ければいいのか思いつかない。

 少しの間、必死になって考えながら口篭っていると、ラキュースは眉間に寄せていた皺を解き小さく微笑む。

 

「ふふっ。ごめんなさい。そうでしたらこの間言って頂ければ手ほどきも出来ましたのに」

 

「いや、私はあくまで今回は護衛ですから、アインズ様のお側に居ることになると思っていたので」

 

「今回はガゼフ戦士長率いる戦士団の皆さんが警備を務めておりますから、お任せして大丈夫でしょう」

 口調が再び貴族然としたものに戻り、機嫌も直ったのか、ラキュースは近くを通りかかったボーイにグラスを預けると代わりのグラスを二つ手に取り、そのうちの一つをアインズに渡した。

 

「こういった気遣いも、本来は男性の仕事ですよ。モモンさん」

 はい。と渡されたグラスを受け取るが、どうせアインズは飲むことが出来ない。

 さてどうしたものか。

 幻術で下に顔は作っているし、飲まないまでも兜を外して顔を見せるぐらいはしてもいい気がする。

 というかそれを狙って酒を渡してきた可能性もある。

 

「ありがとうございます。ラキュースさん、言葉遣いは敬語でなくても結構ですよ、先ほどのように普通にしていただけると、私も肩が凝りませんし」

 グラスを受け取りつつ、関係ない話をして時間を稼ぐ。

 

「それは出来ません。ここでは私はアインドラ家の娘ですから、それは……今度外で会った時にしましょう。まだ教えなくてはならないことも多いようですしね」

 

「いえ、そこまでして頂くわけには──」

 

「モモンさんにお教えするのは私達の命を救って頂いたことに対する対価、それが中途半端なものでは蒼の薔薇としてもアインドラ家の娘としても礼に反します」

 力強く宣言する様は日頃アインズ当番としてアインズに付き従い、その日の服を選ばせる時のメイド達に似たものを感じる。

 これをアインズの言葉でやめさせるのは難しそうだ。

 それにこれからアインズが王国貴族になるとしたらもっと貴族らしい振る舞いやルールを学ばなくてはならない、その時もラキュースに聞けば解決すると考えればありがたい。

 

「そう言うことでしたら、ご迷惑でしょうがよろしくお願いします」

 

「ええ。その際はモモンさんも敬語ではなく普通に話して下さい。貴方は私の命の恩人であり全ての冒険者の頂点に立つお方、私の目標でもあるのですから」

 それとこれとは違うのでは。と思うが、別に敬語が得意な訳でもない。向こうが良いと言っているのだから問題ないだろう。

 

「分かりました。留意しましょう」

 

「ええ。そうして下さい」

 その言葉を最後に再び沈黙が流れるが先ほどよりは空気が軽い。

 酒を飲むわけにもいかないので、周囲を観察すると、アインズ達のように壁際に集まっている者達が結構居ることに気がつく。

 舞踏会と言うからには、全員ホールに集まって踊り続けているような者を想像していたがどうやらそうではないようだ。

 その中で男二人組の姿が何となく目に付いた。

 この場からは離れ、影に隠れるようにしているがアインズの目で問題なく普通に姿は見える。

 一人は神官のような法衣を纏った男で、もう一人は格好こそ小綺麗ながら大柄で貴族のようには見えない男だ。

 大人数が集まっている室内では別段目立つ存在ではないが、何となく気になる。

 そんなアインズの視線に気づいたのだろう。ラキュースもまた、その二人が居るところに目を向けると頷いた。

 

「やはりモモンさんも気づいていましたか」

 

「え? あ、ああ。そうですね」

 

「あの大柄の男性、どう見ても一般人ではありません、あの動きは訓練された戦士です。それも恐らくは私以上の」

 

(そう言えば戦士系の奴らってなんか知らないけど動きだけで相手の強さが分かるらしいな、セバスもそんなこと言ってたし、しかしアダマンタイト級冒険者のラキュース以上って、そんな連中がまだ居たのか。調査が必要だな、探ってみるか?)

 

「法国の使者である神官と共にいるのですから、やはり法国の者でしょう。あそこには一般には知られていない特殊部隊が幾つか存在しています、その一つに所属している者かと」

 そう言えばそもそもガゼフを襲った陽光聖典も他国には知られていない特殊部隊だと聞いている。あれもその仲間だと考えるべきか。

 

「ふむ。しかし何故そんな者達が護衛に?」

 

「王家主催のパーティには今までも法国の使者が招かれたことはありますが、あそこまで強力な護衛を付けたことはなかったはず。となると何か別の狙いがあるのかも知れませんね、今回だけ特別な何か」

 

(となると魔導王の宝石箱、いや俺か。そう言えばあの時、監視に対して攻勢防御が発動していたな。大して覗かれてはいないと思ったが、アインズ・ウール・ゴウンが陽光聖典を全滅させたことが知られていたとしたら。その正体を確かめるために法国の人間を寄越し、護衛として特殊部隊を付けるくらいはするか。ならば奴らはアインズ、つまりはパンドラズ・アクターに近づくはず……)

 少なくともモモンには関係ないだろう。

 パンドラズ・アクターとアルベドに任せ、ここで高見の見物をするか。

 それともちゃんと教えに行くべきだろうか。

 今回の任務に法国の件は入っていない。

 二人に任せて問題ないだろうか。

 どうするべきか。と考えていると件の二人組がこちらに向かってくるが見えた。

 流石にホールを突っ切るようなことはしないが、視線は明らかにこちらを捉えている。

 

「こちらに来ますね」

 

「ふむ。私達が見ていたことに向こうも気づいたのか」

(何故モモンに。陽光聖典を全滅させたこととは関係ないのか。しかし少なくともラキュースがここにいては不味いか)

 何の用かは知らないが、王国貴族のラキュースが居ては突っ込んだ話が出来ないだろう。

 

「私に用があるらしい。ラキュースさんはここから離れた方が良い」

 

「……分かりました。モモンさんなら心配はいらないでしょうがお気をつけて」

 思ったよりもあっさりとラキュースはアインズの提案を了承した。

 

「大丈夫。何の用かは知りませんが、ここで暴れるような真似はしないでしょう」

 アインズの言葉に一つ頷き、優雅に一礼するとラキュースはその場を離れていった。

 法国にはプレイヤーの気配を感じる。通常の現地の者が分からないようなことでも、気づかれる可能性は大いにある。

 そもそもモモンの正体に気づき、接触しようとしているとも考えられるのだ。

 

「さて。いったい何の用だか」

 手に持ったままにしていたグラスを近くを通ったメイドに預け、アインズは二人が近づいてくるのを待った。




今回までは今まで知り合った者たちとの話がメインでしたが次は法国やら王国貴族と知り合い、話が進んでいくことになります






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