「がんばってください」で被災者は元気になったのか――東日本大震災の内陸部被災者に対する「精神的な励まし」のネガティブな効果

精神的に励ましてもらった回数と抑うつ傾向の関係

 

結果は表1の通りであった。「食料や水、燃料を分けてもらった回数」、「スーパーやガソリンスタンドなどの情報を教えてもらった回数」については、沿岸部被災者、内陸部被災者のいずれの場合も、抑うつ傾向とは統計的に意味のある関連性がほとんど見られなかった。これらのサポートの受領とメンタルヘルスの良好さは、ほぼ無関係であった。

 

一方、「精神的に励ましてもらった回数」については興味深い結果が得られた。精神的な励ましは、内陸部被災者の場合のみ、メンタルヘルスを悪化させる効果があった。精神的な励ましを3回以上受領した人びとは、一度も励ましを受けていない人びとに比べて、抑うつ傾向を持つ蓋然性が2倍ほど高くなっていた。しかし、沿岸部被災者の場合は、精神的な励ましと抑うつ傾向は無関連であった。

 

 

表 1 抑うつ傾向(震災発生から半年後)を従属変数としたロジスティック回帰分析

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震災をめぐるアイデンティティ仮説

 

なぜ、このような結果が得られたのであろうか。「精神的な励まし」がネガティブな効果を持つこと自体は、筆者の個人的な「違和感」にも一致する。

 

しかし、「精神的な励まし」が甚大な被害を受けた沿岸部被災者には特別な影響を及ぼさない一方で、相対的に被害が軽度であった内陸部被災者に対してネガティブな効果を持つというのは、どのような理由によるものだろうか。この不可思議な結果に対する理論的な説明が必要である。

 

筆者が再度、文献を調査したところ、ソーシャル・サポートがメンタルヘルスに対して悪影響を及ぼすメカニズムを説明する仮説とみなせる議論がこれまでに5種類、提出されていることが分かった。しかし、そのいずれもが本研究の結果を説明することができなかった。

 

たとえば、そのような仮説の1つに「無力感仮説」がある。この仮説は、精神医学や臨床心理学の現場で「うつ病の患者に励ましのつもりで『がんばれ』と言ってはいけない」という経験則として知られているものであるが、「もうこれ以上がんばれない」、「励ましてくれる相手の期待に応えられない」というように、送り手からの励ましが受け手の無力感を増幅させることにより、メンタルヘルスが悪化するというメカニズムを想定できる。

 

しかし、この仮説は本研究の結果を説明できない。「被災によって生じた無力感が精神的な励ましによって増幅され、メンタルヘルスを悪化させた」ならば、内陸部被災者だけでなく、より被害の大きかった沿岸部被災者においても、精神的な励ましはネガティブな影響を及ぼしたはずである。しかし、この予測は本研究の結果とは一致していない。

 

このように、従来の仮説はいずれも本研究の結果を説明することができなかった。そこで筆者は「震災をめぐるアイデンティティ仮説」という独自の仮説による説明を行った。この仮説の主張は次の通りである。

 

東日本大震災の発生によって、日本社会には「被災者」と「非被災者」という新たな社会的カテゴリが誕生した。しかし、「被災者」という社会的カテゴリに対するコミットメントの程度は「沿岸部被災者」と「内陸部被災者」とでは大きく異なっていた。

 

沿岸部被災者は津波で家を流されるなど、被害が甚大であったため「被災者」という社会的カテゴリに抵抗なくコミットし、明確なアイデンティティを持つことができた。一方、内陸部被災者はライフラインの寸断や食料の不足などの困難に一定期間、晒されたものの、メディアで報道されるような典型的な被災者(=沿岸部被災者)に比べると被害が軽微であったことから、「被災者」という社会的カテゴリにうまくコミットできなかった。

 

しかし、内陸部被災者は「非被災者」にも該当しないため、「被災者/非被災者」という日本社会の新たな構図の中に自らをうまく定位できなかった。たとえば、「私は明らかに非被災者ではない。しかし、津波の被害を受けた沿岸部の人びとに比べると、被害が軽微である自分のことを『私は被災者である』と主張してもよいのだろうか」などと考え、いずれのカテゴリにも自分を分類できなかった。

 

すなわち、内陸部被災者は、震災をめぐるアイデンティティの問題について、両義的かつ不安定なアイデンティティを持つことを余儀なくされた。「精神的な励まし」を受けることにより、自らのアイデンティティの両義性をより鮮明に意識させられ、その結果、メンタルヘルスが悪化したと考えられる。

 

 

リサーチ・クエスチョンへの解答

 

本稿では、3つのリサーチ・クエスチョンを提示した。これまでの議論を踏まえると、以下のように解答できる。

 

(1)東日本大震災の被災者に対するソーシャル・サポートの提供は、常に望ましい効果をもたらしたのか

 

東日本大震災の被災者に対する支援が常に望ましい効果を発揮したとは言えない。

 

(2)望ましくない効果をもたらしたサポートがあったとすれば、それは一体、どのようなサポートであり、どのような被災者に対して望ましくない効果をもたらしたのか

 

情緒的サポートの1種である精神的な励ましは、内陸部被災者のメンタルヘルスを悪化させた可能性がある。

 

(3)なぜ、望ましくない効果が生じたのか

 

内陸部被災者は、沿岸部被災者とは異なり「被災者/非被災者」という社会的カテゴリのいずれにもコミットできず、震災に関して両義的なアイデンティティを持たざるを得なかった。精神的な励ましを受けることにより、アイデンティティの両義性をより鮮明に意識させられた結果、メンタルヘルスが悪化したと考えられる。

 

 

本研究を理解する上での注意点

 

本研究を正確に理解するための注意点を2つ挙げておく。

 

1つは、本研究はすべての情緒的サポートがネガティブな効果を持っていることを示しているわけではないことである。情緒的サポートには、精神的な励ましの他にも「親身になって相手の話を聞く」など様々なものがあるが、本研究はこのような情緒的サポートの効果については検討していない。

 

したがって、本研究の結果を「あらゆる情緒的サポートが内陸部被災者のメンタルヘルスに悪影響をもたらした」と一般化すべきではない。本研究は、あくまでも「精神的な励まし」のネガティブな効果だけを指摘しており、情緒的サポートの一般的な効果について検討したものではない。

 

もう1つは、「励ましの送り手」によっては、精神的な励ましはネガティブな効果をもたない可能性が残されていることである。本研究では「精神的な励まし」の主な提供者は、内陸部被災者の存在という「被災地の実態」を正確に把握していなかった非被災者であると想定しているが、サポートの送り手について測定し、分析したわけではない。

 

したがって、実際に被災地を訪れ、内陸部被災者の実態をよく理解した上で適切な励ましを行うならば、ネガティブな効果は生じない可能性もある。また、臨床心理士等が専門的な知見に基づいて医療行為として「精神的な励まし」を行う場合についても同様である。このようなサポートは本研究の分析の範囲を超えているため、その効果について議論することはできない。

 

その他、本研究のテクニカルな問題点や議論の詳細、文献の引用などについては、下記の原著論文を参照していただきたい。

 

「東日本大震災における軽度被災者のメンタルヘルスに対するソーシャル・サポートの負の効果」

 

 

違和感を言語化して

 

リサーチ・クエスチョンに解答したことで、研究の目的は達成された。本稿を締めくくるにあたって、学術的な意義とは異なる、本研究の社会的な意義について議論する。本研究は筆者自身の「違和感」という個人的な動機から出発しているが、この研究は何かの役に立つのだろうか。

 

筆者は、本研究は「内陸部被災者」が自身の被災体験について理解して納得すること、そして、自らの被災体験を受容し、新たな日常に向けた一歩を踏み出すことに貢献できるのではないかと考えている。

 

「精神的な励まし」に対する違和感を覚えたのは、おそらく筆者だけではないだろう。あのような違和感は「見えない被災者」としての数多くの内陸部被災者が共有する集合的・社会的な被災体験であったと考えられる。その意味で、本研究は内陸部被災者の集合的な被災体験を解明するものであると言える。

 

震災の経験を風化させないことは重要であるが、個々の被災者は「私の東日本大震災」に区切りを付け、新たな生活を始めなければならない。そこでは、個人的な被災体験について理解し、納得し、受容するという心理的なプロセスが必要になると考えられる。

 

筆者にとっては、新たな出発のためには、曖昧模糊とした「違和感」を言語化し、その理由を明らかにすることが重要であった。そこで、研究者としてのスキルを活かして、一人の内陸部被災者としての「違和感」を学術的に追求する価値のあるリサーチ・クエスチョンに昇華させ、実証分析と理論的説明によって理解するという方法をとった。本研究は、内陸部被災者に対する筆者なりのソーシャル・サポートである。

 

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