カリフォルニア・エクストリームといえば、アメリカの代表的なレトロゲームのイベントであり、CAXの通称でも知られています。本年度の開催日は7月28、29日であり、いままさに行われている最中なのですが、今回の展示において大きな目玉となっているのが「メジャー・ハボック」の続編です。
以前このブログでも取り上げたことですが、CAXの特徴はなんといっても、稀少なアーケードゲームが展示されるという点にあります。当時ほとんど出回らなかった、あるいは未発表に終わったゲームが、しかも実際の筐体でプレイできるという、またとない機会を提供しているのですが、今回はその中にメジャー・ハボックが入ったというわけです。
特異な名作
このメジャー・ハボックという作品、アタリの数ある名作群のなかでも特異な位置を占めているといっていいでしょう。
その特徴としてまず挙げられるのが、画面表示にベクタースキャン方式を採用しているという点です。
ベクタースキャンはもともと大型コンピュータのディスプレイに使われていた技術で、写実的な表現は不得手な反面、高速で高精細なグラフィックが表現できる利点がありました。
メジャー・ハボックはシューティングとプラットフォームという複数の要素を組み合わせた個性的なアクションゲームでした。残念ながら商業的な成功こそ果たせなかったものの、作品自体の出来は当初より高く評価され、影響を受けた後続の作品も多く、作者であるアタリのプログラマ、オーウェン・ルービン氏はこれ一作でゲーム史に名を残す存在となりました。
そして今回、35年ぶりの続編が作られたわけですが、その中心となったのがジェシ・アスキー(Jesse Askey)さんというひとりのプログラマでした。
メジャー・ハボックは少数ながら熱心なファンがついていることで知られていますが、その筆頭に挙げられるのが、このジェシさんなのです。
メジャー・ハボックに取り憑かれた少年
ジェシさんのメジャー・ハボックとの出会いは偶然から生まれたものでした。
ある日いきつけのゲームセンターに顔を出したところ、ちょうど新台が搬入されているところに出くわしたのです。
アタリの名前が入った梱包材から出てきたのが、メジャー・ハボックの筐体でした。しかも親しくしていた店員のはからいで、その筐体のセットアップまで任されたのです。
当時、ジェシさんは13歳。まさしく運命の出会いでした。
もちろん、ゲームとしてのメジャー・ハボックにも熱中しました。もっとも当時のジェシさんは子供だったこともあり、思うようなスコアを残すことはできず、年長のプレイヤーが自分より先の面をプレイするようすを羨ましく眺めたりしていました。
ただし、それで諦めるようなジェシさんではありませんでした。
それから2年後、ジェシさんは友人と資金を出し合って、メジャー・ハボックの基板を購入したのです。
当時のジェシさんは地元の電器店で働いており、電子工作の心得もありました。その知識を生かして、友人が持っていたアーケード筐体をメジャー・ハボックに換装しています。
もっとも、オリジナルの筐体ではないためコントロールに難があり、思うようにプレイすることはできませんでした。どうしても先の面が見たかったジェシさんは、やむを得ずゲームを改造することにしました。コモドール64とEPROMライタを使い、オリジナルROMの解析に取りかかったのです。
ゲームROMの中身をダンプしたものをプリントアウトすると、鉛筆を片手に6502のコードをこつこつと解読していきました。
そして1か月後、ようやくプレイヤー数の設定値を変えることに成功します。
プレイヤー数を無限に設定すると、ジェシさんは友人と一緒に、ひたすらプレイを続けました。当時、メジャー・ハボックには「結末」があるといわれており、それが本当なのかどうか確かめたかったのです。
ですが、いつまでたってもそれらしきものは出てきませんでした。ふたりは48面まで行ったのですが、そこでいったん諦め、エンディングなど存在しないのだろうと結論づけました。
ただし、それからもジェシさんは調査を続けました。翌年の夏にはマシンを80386を積んだPCに変え、改めてゲームROMの解析に取り組んでいます。それでも思うようにはいかず、一度などはアタリに直接電話して、メジャー・ハボックのソースコードがもらえないかどうか交渉することすらやりました。学校の自由研究の課題にしたいので、というのが口実だったのですが、当然ながら断られてしまいます。(なお、この時に応対したのが、アタリのプログラマでセンチピードやガントレットの作者、エド・ログだったそうです)
ようやく、ひとつの成果に
それから5年の歳月が過ぎました。社会人になったジェシさんでしたが、相変わらず電気関係の仕事を続けており、さらにはゲームROMの解析にも地道に取り組んでいました。
もっとも、この頃にはようやくメジャー・ハボックやI、ROBOT(アタリが開発した最初期のポリゴンゲーム)の真価が認められるようになり、これらの作品の技術的な分析がインターネットで語られるようにもなっていました。
そして1995年、それまで集めた情報を元に、メジャー・ハボックの改造版を完成させます。それはオリジナルにいくつか独自面を追加したものでした。
また同じ頃、メジャー・ハボックの作者がルービン氏であることをようやく突きとめ、しかも共通の知人を介して、接触を取ることに成功します。
もっとも、ルービン氏にしてみれば、さぞ複雑な気持ちになったことでしょう。
ゲームの作り手にとって、誰かが自分の作品に夢中になってくれることは嬉しいものです。ですがその相手が10年以上も、しかも貴重な20代のすべてを、その解析に注ぎ込んだ人間だとしたらどうでしょう。ソースコードがあれば不要になるはずの作業に膨大な時間を費やしていたわけで、気の毒に思わない方がどうかしています。
そんなこともあってか、オーウェン氏はジェシさんが出すメジャー・ハボック関連の疑問にていねいに答えてくれました。
おかげで、ジェシさんにとっては積年の疑問が、それこそ霧が晴れるかのように解決していきました。そうして入手したノウハウは自作の改造版に投入され、結果としてより強固な出来映えとなりました。その作品は「Return to Vaxxx」と名付けられ、今に至るまで好評をもって迎えられています。
また一方で、メジャー・ハボックのレベルエディタも作りました。これさえあればPCで面を自作することができ、しかもエミュレータでプレイできるのです。(もっとも、メジャー・ハボック本体に自作面を組み込むことはできないため、それだけで独自の改造版を作るところまではいかないのですが)
そして、この時点をもって、ジェシさんのメジャー・ハボック探究の旅はひと段落となりました。それからはビデオゲームよりもピンボールのコレクターとしての活動を中心にされていたようです。
35年目の再訪
そして今回のCAXで、ジェシさんは再びメジャー・ハボックに向き合ったというわけです。
現時点では今回の改造版がどういうものなのか、詳しいところは分かっていません。分かっているのは、8つの面が追加されているということくらいです。ジェシさんが以前作った改造版とどれくらい違うのかもはっきりしていません。
気になるのは、「The Promised End」という副題がついていることです。約束された結末とは、どういうことなのか。この点に世界中のメジャー・ハボック愛好者の関心が集中しています。
ルービン氏は以前より、オリジナルのメジャー・ハボックでは当初の構想のすべてを実現することはできなかったと話していました。
もしかすると、今回の改造版は単なる拡張版ではなく、それどころか当初予定していた内容、たとえば何らかのエンディングが、ついに実装されているのかもしれません。というのも、以前のジェシさんの改造版とは違い、今回のバージョンに関しては、早い段階からルービン氏も関わっている可能性があるのです。だとすれば、当初の構想が盛り込まれていても不思議ではないでしょう。
もしこれが実現すれば、メジャー・ハボックは、35年目にして、ようやく完結したとみなすこともできます。
石の上にも3年といいますが、メジャー・ハボックの場合、その10倍以上もの歳月が費やされた結果、ようやくひとつの結末に至ったわけです。
本当に長い時間でしたが、これによってジェシさんの長い旅も終わりとなるのでしょう。
(今年のCAXに登場したルービン氏)
追記
なおこのThe Promised Endについて、CAXでの公開以降どうなるかは明言されていないのですが、ジェシさんのgithubを見ると、同じ名前のディレクトリがすでに用意されており、今のところは空ですが、おそらくはこちらで公開されるものと思われます。(また同じアカウントには、以前制作したレベルエディタも掲載されています)
ROMが公開されれば、エミュレータでも遊ぶことができるようになるはずです。もっとも、できることなら筐体に組み込んだ形でプレイされることをおすすめします。メジャー・ハボックの場合、コントロールのこともありますが、やはりベクターグラフィックスは専用ディスプレイで見てこそのものだからです。ベクターグラフィックスは今なお根強い支持を得ていますが、その魅力を存分に味わうには、容易なことではないのが残念ですが、実物に接する以外にありません。
追記2
Major Havoc: The Promised End
追記2
Major Havoc: The Promised End
ジェシさん運営の公式ブログです。このエントリを書いた後で知ったため、ここには反映できなかったのですが、ゲームの具体的な内容について、いろいろ明かされているようです。