モモンガさんが冒険者にならないお話 作:きりP
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あまりにも意外すぎる評価の高さに胃が痛くて死にそうですw
「つまりアインズ・ウール・ゴウン様……いえカルネ村に現れた仮面の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンは一時封印されるのですね?」
まるで出来る美人社長秘書のようにキリッとした表情で、アインズに問いかけるアルベド。再度椅子に縛り付けられていなければ完璧である。
アインズ以外の胸中は「お前すごいな!?」といったところであろうか。先ほどまでの醜態はなんだったのかと思わせるような、それでいて切羽詰まっていて、出来るお姉さんであろうとする必死さに、皆が苦笑を浮かべそうになる。
理由はわかるのだが、先ほどまで憤慨していたアウラやデミウルゴス、同じ当事者でもあり同時に椅子に縛られているシャルティアでさえあっけにとられる豹変ぶりだ。
「そうだな……あの時はあれが正解でもあったが、あの者は一時隠遁してもらう方が無難か……」
少し蕩けたような……いやトロンとした表情で語るアインズ。中空を見つめながらまたしても長考中である。
「だがそうなると、やはりカルネ村には誰かに常駐……いや一日一度程度でもよいか……」
ぶつぶつと思考を巡らせる御方の瞳を、ここにいるすべての
なんで
ただ一人パンドラだけが御方を心配そうに見つめているが、創造主に「皆には内緒にするように」ということを言われていたために、指摘することは無い。
アルベドとシャルティアを介抱していた時から徐々に金色になってはいたのだが、現在はアルベドにそっくりな金眼になっている。
彼女は三姉妹の次女ではあるが、姉と違って妹とは会う機会が少ないためか、その属性は無かったのだが、この時、介抱されながらその瞳の色に気づいたとき、初めて新たな属性が身についたのである。そう、妹萌えと言う名の『姉属性』がだ。
「アウラ、マーレよ」
「はっ!? はい!」
「!? はいっ!」
完全に思考が別次元に飛んでいたアウラとマーレは、急にかけられた御方の声にびくっと体を震わせる。
「? アウラには森方面への探索を命じていたが、ある程度の探索がすんだら第二ナザリックの建築にあたってもらいたい。マーレもナザリックの隠蔽作業に不備が無いか確認したのちアウラを手伝ってやってくれ。そこをアインズ・ウール・ゴウンの……いや旅の魔法詠唱者の
この声にはアウラもマーレもまだ慣れないのかなと、若干不安になりながらも、早く会議を終わらせたいと指示を飛ばしていく。
アインズがここに至るまで何故指輪を外さないでいるかというと二つの理由があった。一つは先ほど叶ったが、皆に水を振る舞って一緒に飲みたかったからだ。そしてもう一つの理由が「これ、眠れるんじゃないか?」という人間の三大欲求に意識を持っていかれたためだ。
パンドラが語らなかった瞳の色。通常時状態では黒なのだが、バフ効果がかかるとサファイア色になるらしい。そして状態異常時の『注意』状態で金色。デバフ他状態異常時にはシャルティアの瞳にそっくりな赤色になる。要は信号機である。
「アルベドとシャルティアの瞳の色でオッドアイを」などと言っていた某声優の案だったのだが、なにか役に立つ機能をと考えた結果、使用者本人がまったく気づけないという本末転倒状態に陥っている。
アインズは『睡眠』の状態異常注意。つまり眠いのだった。
だが一週間近く緊張を強いられ、それをパッシブスキルや種族特性などで無効化されつつ、それでも無い胃を痛める数日間。寝れない時間を思考に費やし、絶対者としてのロールプレイを維持しようと必死に過ごしてきたのだ。
さすがにこれには、近しい仲間がこの場にいたとすれば同情の念を禁じ得ないであろう。
通常時であれば『石橋を叩いて他人に渡らせる』アインズではあったが、眠気と呪いともいえる某錬金術師の設定に、考え中の案も含めてサクサクと放出していく。
「お前たちはこれがなにかわかるか?」
アインズが中空から取り出したのは『ユグドラシル金貨』であった。
「ユグドラシル金貨……新硬貨の方でございますね」
すぐさま答える出来る秘書。アルベドはアルベドで必死である。醜態を晒しすぎたことによる姉としてのプライドの復権か。いや出来る姉として、そして出来る妻と思ってもらいたくて。
『姉妹愛と夫婦愛の親子丼』と言う新たな造語が、彼女の内面に芽吹き始めている。
アインズはまず守護者達に指示を飛ばす前に彼らの知識を確認しようとした。アインズの懸念もさもありなん。守護者達はユグドラシル時代は一歩もナザリックから出たことが無いのだ。パンドラを例外としてどこまでユグドラシルの知識があるのかわからなかったのだ。
だが守護者やプレアデスはわかるのだが、エイトエッジ・アサシンまでもがユグドラシル金貨を知っていることは意外であった。
NPCとプレイヤーの知識の差をいろいろな質問で埋めていくアインズ。どうやら言葉がしゃべれるある程度の知能を持ったNPCであれば、最低限のユグドラシルの知識が通じるとわかったのは僥倖だった。
「先ほど話したお前たちをないがしろにしていた理由の一つなのだがな、私は毎日この金貨を集めに、ナザリック外に出ていたのだ。それもこの異世界転移により出来なくなってしまった」
「くっ……」
ユグドラシル時代のアインズの行動に気づいていたデミウルゴスは下唇を嚙み声を漏らす。アルベドももちろん知っていた。御方がナザリックを維持するために必死になっていたことを。
「だが安心してくれ。ナザリックは現状永遠ではないが、パンドラの試算によれば1000年は問題ないとのことだ」
「!?」
この言葉に守護者達は、いやこの場にいるアインズとパンドラ以外の全てのものが目を見開き顔を蒼褪めさせる。いま至高の御方はなんとおっしゃられた? あの切なげな表情でなんとおっしゃられたのだ?
この難攻不落のナザリック地下大墳墓は永遠に永久に不滅ではないのかと。
「……そうだなトラップギミックの資金は少しわかりにくいか。皆が分かるところで言えば食料かな。かつての仲間たちと集めた大量の食材もあるが、あれも一方的に減っていく。ダグザの大釜は飲み物は別として、基本あれは金貨を消費して食材を出すアイテムだ。確か食堂キッチンに併設されているあれは宝物殿と連動させていたかと思う」
「ひぃ!?」
思わず声を漏らしてしまったのは常ならばここにいることは無かった存在。アインズから無限の水差しを預かり、給仕を買って出ていたペストーニャ・S・ワンコである。
気が付いてしまったのだ。 自身が取りまとめる41人の一般メイドのペナルティについて。Lv1のホムンクルスである一般メイドたちは、そのレベルゆえのペナルティにより、そりゃあよく食べるのである。
そのペスの漏らした声に他の守護者、プレアデスたちも現状の危機に気が付いていく。御方が必死なまでに行動に出ようとしていたその真意がまた一つ理解できてしまったからだ。
必死に息抜きをしようとしていただけなのだが……実際はアインズが先ほど語った通り1000年は余裕であるし、最終的には個人資産以外にも手を付ける状況にならざるを得なくなれば、アインズだって子供達のためにそれを使うであろう。つまり「万年」てやつだ。
だが眠さ限界バリバリ、だんだんと糸目になってきたアインズには、このお通夜のような惨状に気づけない。眠ってしまわないように必死になりながら、言葉を続ける。
「カルネ村の村長に聞いたところによると、この国の金貨はユグドラシル金貨の半分の価値だそうだ。 だがな、だからと言ってこの国の金貨2枚はユグドラシル金貨1枚にはならないことを知ってほしい」
DUPE対策、いや贋金対策か。基本ユグドラシル金貨は一枚一枚に目に見えない刻印がされている。多少傷がついたり、曲がってしまっても問題ないが、鋳つぶしてそっくりな金貨に作り直しても、それはただの金でありユグドラシル金貨にはなりえないのである。
この世界を征服しかねない配下たちにまず釘を刺す。もちろん御方の思いを斜め上に理解して世界征服に邁進しようとしていた配下の気持ちは、全く知らないところではあったが。
「ただな、シュレッダー……エクスチェンジボックスというものがある。あれでユグドラシル金貨を作ることが出来る」
資源をユグドラシル金貨に変換するもので、パンドラに音改さんに変身してもらえば、商人系のスキルにより高額査定されることを説明していくアインズ。
思わずシュレッダーなどと言ってしまったが要はゴミ箱。いや、MMO経験者なら拠点に置いておけるNPC商人みたいな箱と思ってくれれば理解は早いかもしれない。
「つまり……何を話していたんだかな……地盤固めの話だな……ナザリック防衛警戒レベルの引き下げによる再度の見直し。シャルティア……ナザリック最強のお前は出来ればフリーにしたい。それも踏まえて配下のみでの防衛網の再構築をアルベドとデミウルゴスと相談して築いてくれ」
「ハッ! 勅命拝命いたしました!」
いい声と素晴らしい姿勢で答えるシャルティア。これがどれだけ大事な使命であるかも理解しているし、自身を信頼してくれての勅命に薄い胸が熱くなる。
ただ椅子に縛られてさえいなければ格好がついたのだが。
「コキュートス。 つまりナザリック防衛の要はお前だ。……みんなを頼むぞ」
頭をこっくりこっくりさせながらコキュートスに語り掛けるアインズ。
「オッ、オオ!、コノ剣ヲ盾ニ変エ必ズヤ御方ノ期待ニ応エテ見セマス!」
ヴァーミン・ロードが咆哮する。
「アルベド、デミウルゴス……先ほどの話の通りだ……パンドラと協力して金貨の消費と生産が折り合うような……あとはカルネ村の者たちにも協力してもらえれば農業も……」
完全に限界に来ていた。この眠気はいつから来ていたのだろうか。そういえばあの日、有休をとって朝からログインしていたっけ。その状態がこの身体になってからも引き継がれているのかなあ。なんて考えが浮かんでから目の前がブラックアウトする。
ガターン! と椅子を倒して玉座の間の冷たい床に倒れ伏す至高の御方。
守護者達を安心させようと、しぼりにしぼりだしたその案は、なぜか世知辛いナザリック像を作り出してしまい、アインズが倒れた後のてんやわんや、守護者達の悲壮感は言わずもがなであった。
だが翌朝目を覚ましたアインズが、派手なピンクのベビードールをまとっている事に気づいた絶望感とどっこいどっこいであった事で、お相子である。
次回はあれがやりたい。あの忠誠の儀の守護者ターンみたいなやつw