リポート:小椋崇広(NHK札幌)
年間の自殺者が1,000人を超える北海道。
札幌にある「北海道いのちの電話」への取材が今回、特別に許可されました。
ブースは3つ。
ところが、相談員は1人だけでした。
相談員
「北海道いのちの電話です。」
相談員が足りず、3つのブースで24時間対応できない状況です。
かかってくる電話の、わずか4%しか受けられません。
相談の最中にも、電話が次、また次と鳴り響きました。
相談内容は、深刻さを増しています。
「いまにも死にたい」など、自殺をほのめかす相談は2,000件を超えています。
相談員
「“ずっと死にたいと考えている”ということや、“ロープをかけているんだ”という方もいらっしゃって。」
人手不足に悩む「いのちの電話」。
「ぜひ続けてほしい」と願う人もいます。
桑原正好(くわばら・しょうこ)さん、66歳です。
「いのちの電話」に救われた経験があります。
11年前、息子の大輔さんが突然、自ら命を絶ちました。
「なぜ息子の変化に気づけなかったのか」。
桑原さんは、半年間家にこもり、自分を責め続けました。
その時、ふと目にとまったのが、「いのちの電話」の番号。
気がつくと、1時間話し続けていました。
桑原正好さん
「自分の胸の内を話す、それだけでよかった、聞いてもらえればよかった。
アドバイスも特別くださったわけではありません。
でもそのとき、本当にそれが身にしみて私にはうれしかった。
24時間眠らない、いのちの電話であってほしい。」
今、「北海道いのちの電話」では、ボランティアの申し込みを待つ、これまでの方針を変え、積極的に相談員の募集をしています。
この日は、市民を対象にした自殺予防の研修会で、参加者に直接呼びかけました。
北海道いのちの電話 事務局 杉本明さん
「現在、相談員が不足して、大変厳しい状況が続いています。
ぜひ応募して頂ければなと思います。
よろしくお願いします。」
しかし、興味を示す人はいたものの、応募はありませんでした。
設立当初から運営に携わり続けている、林義子(はやし・よしこ)さん。
相談員の募集や育成を担当してきました。
いのちの電話が生まれたのは、高度経済成長のまっただ中の昭和46年。
格差が広がる中、社会からこぼれ落ちる人を救おうという呼びかけで始まりました。
相談員の中心になったのは、主婦たち。
時間を見つけては参加していました。
林義子さん
「みんな何か“自分が役に立ちたい”、“役に立てるかしら”と考えながらきた。」
しかし、ここ数年、そうした主婦からの応募が減ってきているといいます。
林義子さん
「自分で時間をつくる努力とか、それからまた労力だとか、そういうことを考えないと応募できない状況があるんだろうと思う。」
専門家は、背景には共働きや、親の介護の機会が増えるなど、社会の変化があるのではないかと指摘しています。
北海道いのちの電話の事務局では、空いてしまったシフトを埋めようと、1人ひとりの相談員に働きかけています。
北海道いのちの電話 事務局 杉本明さん
「あしたの夜ですね。
こことここなんです。
空いているのが埋まらない。」
1人でも多くの命を救おうと、24時間体制だけは維持しようとしています。
北海道いのちの電話 事務局 杉本明さん
「いつどんな状況で自殺に傾くか分からないので、なんとか夜も電話受けているよっていうことで続けていきたい。」
阿部
「取材にあたった札幌放送局の小椋カメラマンです。
『いのちの電話』は厳しい状況ということですが、続けるためには何が必要なのでしょうか?」
小椋崇広カメラマン(NHK札幌)
「『いのちの電話』のような取り組みを、社会全体で支える、そういった考え方が必要になっていると思います。
例えば、デンマークでは、臨床心理士の資格を取る際、一定期間、相談員になることが義務づけられている地域があります。
相談員になる、きっかけが整えられているんです。」
和久田
「こうしたボランティアに頼る運営というのは限界がきているのでしょうか?」
小椋カメラマン
「実は、そもそも社会全体でボランティアに参加する人は少なくなっているんです。
内閣府が去年行った調査なんですが、ボランティア活動に参加したことがない人は80%にのぼっていて、理由では、半数以上が「参加する時間がない」、他にも「休暇がとりにくい」「経費が負担」という答えが多いんです。
『いのちの電話』の相談員は、主婦を中心に、さまざまな職業の人たちで支えられています。
専門家は、共働きや非正規労働の増加など、社会の変化で余裕を失っているのではないかと指摘しています。
今後は、国や地方自治体、民間も一緒になって、支援のあり方を考える時期にきているのではないかと感じています。」