「お金は危険なもの」と語る社会派ラッパー、Kダブシャインはなぜセルアウトしたのか?
【Kダブシャイン インタビュー前編】
Kダブシャイン:最初にちょっと話していい? 俺自身、「宵越しの金は持たない」みたいな考えがあってね。たまに、あちゃ~ってなるんだけども(笑)、江戸っ子気質にお金を消費しちゃったりするわけ。そこには、お金にこだわるのは卑しいという価値観や、そもそもお金は汚いというように育てられたという背景があるのかもしれない。
昔の話だけどさ、レーベルを友人と一緒に作って、自分たちで原盤を所有して音楽をやってたんです。資産を持とうとしてね。だけど、そのときのパートナーが裏切って、つまり、お金のこといろいろ隠されていて、全部ご破算になったことがあったのね。その経験から、「お金は人生を、人を狂わす」とずっと思っているんです。で、結局は地道にコツコツやっていく以外ないんじゃないか、という結論になったんですよ。
今の人たちを見ていると、若いころから経済に敏感な人はずっと試行錯誤を続けていて、彼らはとても上手だなというか、経済やお金に対する観念がそもそも違うんです。でも俺の周りにはさ、松濤なんかに実家があるお金持ちの2代目、3代目で、金の使い方も投資の仕方もまったくわからなくて、ただただ、家賃収入だけで生きているやつがたくさんいるわけですよ。たとえどれだけお金を持っていても、意識的にじゃないと、経済観念をしっかり持つことは難しいと思うんだよね。学校で、もっとお金の使い方を教えてくれればいいのにね、とは思いますよ。
あなたたちは経済観念、ちゃんと持ってる? 金融界の回しものじゃないよね?(笑)
違います(笑)。最近、会社によっては高校や大学に社員を派遣して、お金の授業をやっているところもあるらしいですね。「フィンテック」も周知されてきましたし、これからみんな意識を高めていくんじゃないでしょうか。
Kダブシャイン:20代~50代でどういうふうに収入が変化していくのか。それを子どものころから知っていれば、生活設計もしっかりできる。まあ、俺らみたいのはギャンブルみたいな人生だと思うんですけどね、音楽でうまくいくだなんて。
音楽、HIPHOPとお金のかかわりについては、かなり本質的なテーマだと思うんですね。直近だと、“ザ ジャッジメントデイ”のイントロがお金の音だったのは衝撃的でした。これは資本主義批判とでもいうのでしょうか。
Kダブシャイン:うーん……正面から資本主義を批判しているわけではないんです。でも、資本主義の暴走というか、「金融」を使ってお金を増やしたいという人々の欲って一人ずつだとそんなに大したことないかもしれないけど、地球規模でそうなってしまうと、いつか滅びるんだろうなという気がするんですね。ひとつの普遍的な価値観が壊れたり、人間味が失われたり。
Kダブさんは、社会にコミットメントした曲を、今でも作ろうというモチベーションはどこから湧いてくるんですか?
Kダブシャイン:こんな世の中だけど、俺たちはここで生きていかなければならないわけですよ。経済って景気に左右されるものだから、まず景気を良くしようという流れが世にはあるんだけど、どこかで限界をむかえるだろうしね。金融って「実態のない経済」だと俺は見ているんです。そこに人の希望とか欲望が集まりすぎると、本来行くべきところにお金がいかなくなるし、歯止めが利かなくなる。
つまるところ、人類が発明したもののなかでも、お金って原子力と同じで、凄く危険なものだと思っているんですよ。人生を左右するし狂わせるし、人間関係を壊すこともある。お金で死ぬ人、殺す人もいますよね。だからとても危険なものだと考えていて。自分で自分の欲をコントロールできなくなる人がたくさん生まれるし、そういう人が身を滅ぼしていく。
今は戦後とは違うわけで、もう社会全体が大きなマーケットにされてしまっているんです。社会を見たとき、さまざまな人に、さまざまな暮らしがあるというよりも、「これだけ人数がいて、ここにこれだけ投資すれば金になる」というように考える人が支配層になっているとすれば、それは完全に見間違いだと思う。人間って、生き物だからね。生きているんだから。
そんな社会状況に苦言を呈したいというのが、こういう曲を作るモチベーションだったと思うんです。
HIPHOPは持たざる人へのチャンスであり、社会復帰プログラム
今ってHIPHOPは日本に定着してきてますけど、Kダブさんみたいに社会的なメッセージを盛り込まない人もいるわけですよね。それって、どう思います?
Kダブシャイン:それだから論争にすら、ならないけどね。相手の論理が見えなくて喧嘩にもならない。HIPHOPがある種のカウンターカルチャーであるとするならば、もともと、うちは母子家庭で貧乏だったんですね。だから自分は弱者側にいたと思っているし、今もいると思ってるので、反体制的な側面は大切にしないとね。伝えたいメッセージは必ず、あるはずですから。
歴史を辿ればそういう音楽ですもんね。
Kダブシャイン:何もない人が次の段階にいくためのチャンスになるのがHIPHOPで、ある意味、社会復帰プログラムのようなものですよ。ゲトー(スラム街などを指すスラング)にいて、ドラッグでしか生きてこられなかったやつが世間に出てきて、努力してブランドショップとかを始めて、金持ちになっていくわけじゃないですか。それと同じように、HIPHOPにはゼロからの脱出みたいなパワーがある。そこでまた、もともとゲトーで小金持ってるやつが持ち物をひけらかすカルチャーがあって、それがHIPHOPと融合したものがありますよね。“お金持ちのラッパー”イメージ みたいな。
俺はただ、それも含めて世間の人のイメージで、まだ一部しか見えていないと思ってるんですね。HIPHOPがなかったころと今とを比べたら、HIPHOPで金持ちになったやつは何人かいるけど、全員が金持ちになったわけじゃない。黎明期の人なんて誰も金持ちになってない。今でも後世の悪口ばっか言ってるよ。
やっぱり、10年間稼ぐことができても意味がないんですよ。40年、50年稼ぎ続けられないと意味がない。だから、ラップはスタートのための経済手段だとも思いますね。
成功のための一手段って見方もあると思うんですけど、一方でレベル・ミュージック(反権力の音楽)的な意味合いが強いHIPHOPの、どのあたりに魅了されたんですか?
Kダブシャイン:80年台後半のブラックパワー・ムーブメントみたいなものが大きくて。その前からラップは聴いていたけど、そのタイミングでブラックパワー・ムーブメントやマルコムXのリバイバルがあったりしたんです。
アイデアとして、それまではもともと奴隷で、自尊心のない黒人が多かった時代にHIPHOPは出現した。それで、自分のことをよく知り、好きになって大切に考えるようになる。要は、自分たちのことをよく分かっていないやつらが、本当は尊厳を持って生きるべきだということを、HIPHOPで学んでいくというのが恰好良いなって思うんです。戦後の日本もアメリカの支配下にあって、言えばかつては二級市民の扱いだったわけですよね。
それはアメリカ国内での、かつての黒人もそうですし、米軍の核の傘の下にいる日本国民も、受ける疎外感の程度は違うけれども、図式としてはパラレルだと思っていて。つまるところ、アメリカの支配層からしてみると、俺たちは今も二級市民扱いなんですよ。米軍基地のことを考えればわかるでしょう?
程度の差はあるにしても、“ホワイト・アメリカ”という部分で考えると、黒人がHIPHOPによって自尊心を取り戻して、「自分たちは白人と対等に打って出ていいんだ」ということが理屈ではわかってはいたけれど、ラップで、よりわかった。いま全く戦う気力をなくした日本人は、俺から見ると争うことをやめてしまった過去のアメリカの黒人たちと同じに映る。
だから俺は、HIPHOPってものを日本に持ち帰ってきて、日本人のためにやれば、黒人たちが自尊心を取り戻せたように、日本人も自尊心を取り戻せるんじゃないかという思いがあってやり始めた。でもね、日本でラップやってるやつらって、ほとんどそういう視点がないんです。「楽しいから、かっこいいから」って。大義名分がない。何かやるのに大義名分が必要なのか、という考えも横行しているようだけれど、俺は本物がやりたくてやってるから。なんちゃってHIPHOPに興味はないんです。
めったに買うことのできない「リアルな経験」を持っていたからこそ
KダブさんがアメリカのHIPHOPを知って、それを日本に持ち帰ったというのが歴史的には大きなものでした。そのきっかけとなったのがアメリカ留学。高校からなので金銭的にも大変だと思ったのですが。
Kダブシャイン:時代も良かったのか、産経新聞が主催してる交換留学制度っていう、公立にホームステイでいける制度があったんです。交換といっても、うちに誰かが来るわけじゃなく、国と国が何百人かずつやりとりしているような感じで。意外に、日本の私立の高校に行くよりは、公立と同じくらい安かったんですよね。
動機として、HIPHOPとアメリカどちらが先だったんですか。
Kダブシャイン:音楽が先かな? だけど行ったらHIPHOPがすごいことになってて、それまでラップは聴いてたんだけど、「これがHIPHOPっていうものなんだ」って感じてね。渡米前はハードロックとラップが同じくらい聴いていました。プリンスがすごい好きだった。
ラップは中学生くらいの頃に出会ってて、とにかく新しいもの、って感じだった。新しくて面白かったんですよ。スクラッチしたりとか、歌うのではなく喋り続けて音楽に乗せるとか、腕を組んだりして。とにかく新しいこと、それまでなかったものがやりたいって思っちゃったみたい。
ブラックカルチャーとか、もちろんソウルにもハマっていくし。でもオールジャンルを聴いていた中学生~高校生あたりから、自分の好きなジャンルが決まっていくじゃないですか。そこで「レゲエかラップどっちかだ」て思って、都会的な方に行っちゃたんですよ。ニューヨークで作ってるものはジャマイカで作ってるものより東京に合うはずだって。で、ラップばっかり聴くようになった。アメリカに行ったら、もう完全にラップしか聴かなかったね。これが新しくて。
当時の空気は想像するしかないですが、もう聴くしかないっていう雰囲気だったんでしょうね。
Kダブシャイン:ただ在米日本人とか白人は、80年代でラップ聴いてるやつはほとんどいなかったですよ。ビースティ・ボーイズくらいから「ちょっと聴いてみなよ」って進めてたりしたけど。俺がアメリカに行ったとき、ちょうどビースティ・ボーイズとかRun-D.M.C.とかが大ブレイクした、86年。2年目くらいだったかな。アメリカもこんな勢いだったから、ちょっとアンテナ張ってる人はみんなラップに行っちゃったんじゃない。
そうですよね。86年っていうと、そういう。
Kダブシャイン:やはりリアルな経験は買えないですからね、そのリアルな経験があったからこそ、その後の活動に大きく活かされたと思います。ただ俺は、金がなくて、金が欲しくて成功したというよりは、気持ち的に貧しい人の精神的な劣等感がなくなるものとしてのHIPHOPが役に立つと思ってて。そういうお金でハッスルというHIPHOPよりは、ポジティブとかピースとかユニティとか、そっちのHIPHOPを本当はやりたい。
たぶん、今アメリカに行ったってJAY-ZとかRussell Simmonsみたいなのもいれば、Afrika BambaataaとかGrandmaster Flashみたいなイデオロギー、HIPHOPのスピリチュアルな部分をより広げようとしている人たちもいて、俺は後者の方を今まで選んできてますよね。
そうですよね、それは音楽を聴いて明らかだと思います。
Kダブシャイン:ただ両立しないと、将来のことは、今後のことはわからないから。
それが最近の活動にも反映されてるのかなとも思いましたけど。
Kダブシャイン:(笑)。そこは痛いところをつかれたな。音楽でもスポーツでも、35を過ぎたらポンコツですよ。ポンコツというかベテランというか。コーチになったり監督や解説になったりするでしょ。
音楽だって、もうブランド化してる人以外はだいたい、それくらいで正味期限が切れちゃうじゃないですか。若手の某有名バンドが45歳になっても売れていると思わないよ(笑)。だけど、作詞家として、作曲家として誰かに曲を提供して、大ヒットを出すことはできるから、そういう身の振り方もあるかなって、今の俺は思ってる。
逆に言えば、HIPHOPもそういう例は、今リアルタイムで初めて作っているのかなって気がします。
Kダブシャイン:そうなんですよね。やっぱり、人にうまく見せる例、という前例みたいなもんがないんですよね。開拓していく領域なんですよ。さすがに長いだけあってアメリカにはいくつかいい例はあるんだけど、アメリカだって結局、ラッパーやアーティストが成功してお金持ちになると、いろいろブランドだ会社だとか、学校にプログラム用に寄付したりだとかするじゃないですか。
投資家である一定のステータスを得た人は寄付したり財団を作ったり、自分のお金の投資と違う、名誉の投資をちゃんとやるから、日本の小金持ちたちはそういうのをもっと見習った方がいいですよね。
そうですね、やはりスポーツ選手が監督になるような、そういう流れは他の音楽のジャンルにもあったことで、それをセルアウトとかいうのはちょっと違うのかなと。成功した後も人生は続くわけで、そのことについて土台や例がないからみんなどうしたらいいのかわからない状態だけれど、Kダブさんは、まさに今取り組まれているのかなと。
Kダブシャイン:まぁ、そういうことになるのかな。まだ、道なかばだけどね(笑)。HIPHOPの成長している頃のセルアウトとメインストリーム化してからのセルアウトはもはや定義が違うし、貢献のステージをあげていかなきゃカルチャーが耕されないからね。
Kダブシャイン
日本語の歌詞と韻(ライム)にこだわったラップスタイルが特徴。
現在の日本語ラップにおける韻の踏み方の確立に大きく貢献したMCと呼ばれている。
その作品は日本及び日本人としての誇りを訴えかける歌が多く、日本人MCとしては「児童虐待」・「シングルマザー」・「麻薬」・「国家」・「AIDS」など様々な社会的トピックを扱う数少ないMCとして知られ、その洗練された文学的な韻表現と社会的な詩の世界は様々なメディアで高い評価を獲得している。
また、コメンテイターとしても、数々のメディアに登場していて、スペースシャワーTVで放送中のRHYMESTER宇多丸氏との『第三会議室』は、根強い人気を誇っている。
聞き手:小熊俊哉
構成:Owlly編集部
写真:加藤甫
後編はこちらから
- 「それなりに身を切らないと得られるものはないんです」 Kダブシャインから若者へのメッセージ
- https://www.watch.impress.co.jp/owlly/articles/1134394.html