過労自殺の現場となった、借り上げの女性寮(江東区門前仲町)。賃貸募集の備考欄では正直に「告知事項あり」と明記されていた。
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「人生も仕事もすべてがつらいです。お母さん自分を責めないでね。最高のお母さんだから」。そんな遺書メールを母親に送り、1年前の12月25日朝、電通の新入社員・高橋まつりさん(当時24才)は東京・門前仲町にある女性寮から飛び降り、亡くなった。三田労基署は9か月後の2016年9月30日付で、1カ月(10月9日~11月7日)の残業時間が急激に増え約105時間に達した結果、精神障害を発症し過労自殺に至った、と労災認定。だが、事件から1年を経てもなお、事実関係や責任の所在は曖昧なままで、会社と遺族側で交渉中だ。「会社側は当初、自殺の原因を、恋人との別れ話にして、個人の問題で片付けるつもりだったようにみえます。甘く見ていたんです」――内情を知る社員は、会社の誤った認識に呆れる。複数の社員や友人らの証言から、事件の原因と電通の職場実態に迫った。
【Digest】
◇報道されない背景
◇徹底した責任回避的な行動
◇裁判闘争は繰り返されるのか
◇石井社長以下、責任ある上長たち…大山、砂子、佐々、高関
◇教育係が「ただひたすらムチ」
◇たすき掛けで、隣の部署の営業の仕事も
◇友人に「上長からの逆恨みがあったらと思うと怖くて」
◇「彼氏と結婚するしかないと思ってる」
◇すべての辻褄が合う一連の発言
◇「せっかく東大、せっかく電通に」という障壁
◇典型的な「キラキラ女子」も死に追い込まれる電通
◇報道されない背景
「世間を騒がしているネタのど真ん中にいらっしゃる方」「ソースとしては不足無しかと存じます」――そんな連絡を紹介者から受け、絶対匿名を条件に取材に応じた電通の社員Aさんは、確かに事件のことを詳しく知っていた。なぜ知っているのかについては、会社のかん口令が厳しすぎて、少しもここでは触れることができないのが残念だ。
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Aさん。取材源秘匿のため一部ボカし加工済み。 |
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それまでの取材で、この事件が、敏腕弁護士によってパーフェクトに情報管理されたマスコミの報道内容ほどに単純な話でないことは分かっていた。
ある社員からは、同じ寮の社員談として「部屋に直前まで彼氏がいて、かなりのゴタゴタがあった」と聞いていたし、亡くなる前月にまつりさんと2時間半も話し込んだという友人からも、さらに具体的に、この“複合要因”について、証言を得ていた。
デジタル部門の社員を中心に、社内では、そこそこ有名な話だった。
一方で、この手の話は、会社側が仕掛けた情報操作の可能性もあり裏をとるのが難しい。何しろ実際のところは、当人同士にしか分からないし、当事者が亡くなっている。
だが、逆効果の戒告処分からも分かるとおり、電通に高度な情報管理能力はなく、いまだ責任をとらない経営陣に対して、社員の間では、事実を伝えることで外部から変革を促そうという空気も流れ始めている。
Aさんもその1人だった。「対策をすると言っていますが、私自身は、半信半疑です。この事件で変われなかったら会社は近い将来、致命的なダメージを受けると思う。過労死を『重い話』だと、まだ本当の意味で会社が認識できていません。再発防止につなげてほしいから取材を受けることにしたんです」と、事実を伝える動機を述べ、語り始めた。
◇徹底した責任回避的な行動
「事件のことは発生直後から知り、経緯を把握してきましたが、労災認定が決まった今年9月の前まで、会社は、個人の問題で片づけようと動いていたように見受けられます。独身寮で起きた事件なので、自殺のあと、会社側が同寮社員への聞き取り等を通じて、別れ話の件を把握したようです。だからこそ会社は、甘くみていました」(Aさん)
まつりさんは、アメリカ赴任から帰国していた彼氏と24日(イブ)に会い、別れ話になったとされる。そして、もともと長時間労働で精神状態が正常でなかったことから、25日(金)の朝方、母親に連絡をとり、投身自殺した。
その翌日と翌々日の土日のスケジュールで、実家のある静岡において、通夜や葬儀がとり行われた。「人事の人間や、近しい同期が参列しました。他の社員が参加しなかったのは、急な話で、告知する時間もなかったためで、隠す意図はなかったと思います」(Aさん)
「その彼氏は、会社側の対応に怒っていた、というんです」。Aさんからそう聞いて、Aさんの話が、会社側の立場で意図的に流されたものでないことは改めて分かった。都合の悪い話をあえてリークする必要はない。
会社は、責任を認めた、ととられかねない行動をすべて避けてきた。「プライベートでトラブって会社と関係ない原因で自殺した」という処理方針を貫くつもりだったためだろう。上司らに対する懲戒処分も、いまだ行われた形跡はないという。会社として管理責任の不備を認めたことになってしまうからだ。彼氏が怒っていた、というのも、会社が葬儀の運営をはじめ、責任を感じた対応をとらなかったからだろう――とAさんは言う。
寮には、多数の同期社員が住んでいた。入社が同じ代ごとに、会社が一括して物件を借り上げるからだ。「同じ寮の女性社員は『自殺が発生した場所には住みたくないから引っ越し費用を出してほしい』と要望したのですが、会社は当初、突っぱねたそうです」(社員)。この対応はAさんも把握していた。「会社は感覚が鈍いな、と思いました」。これも、会社の責任で亡くなったわけではないのだから負担する理由はない、というのが会社の理屈だろう。
「自動車事故にたとえれば、いわば、居眠り運転で死亡事故が起き、アルコールが検出されているのに、飲酒が原因ではなく、道に偶然ころがっていた石のせいなんだと考えたわけです。もし飲酒(100時間超の残業)で判断力を奪われていなければ、石(別れ話)があったくらいではハンドル操作を誤りませんから、その理屈は世の中には通らないと思うんですよ」(Aさん)
だが電通は、大前提である労務管理責任(ブラック労働の強制)を回避するため、偶然重なったにすぎない、若者によくあるプライベートな1つのトラブル(男女間のもつれ)に原因のすべてを押し付け、9か月もの間、責任を認めなかった。そして当局に“飲酒”(過労死水準の長時間労働)の証拠を認定され、認めざるをえなくなった格好だ。
交通事故でアルコールが出たら、他にどんな小さな原因があろうとも形式の段階で一発アウト。同様に、過労死水準の労働をさせていたら、他にどんな理由があろうが法的には全て会社の責任となって一発アウトとなることに、ようやく気付かされたのである。前回の過労死事件の反省を、全く活かせていなかったことになる。
◇裁判闘争は繰り返されるのか
1991年の過労死事件でも裁判を担当した因縁をもつ川人博弁護士が、再犯の電通を逃がすはずはなかった。入退館記録から、より事実に近い労働時間(過労死水準をオーバー)を立証し、労基署に労災認定させ、遺族とともに記者会見。狙いどおり、世間は再発した過労死に厳しい目を向け、外堀を埋めた。
現在は、示談または訴訟による解決に向け、水面下で交渉が進んでいる。「『鬼10則』の社員手帳への掲載取りやめ」が決定したのも、再発防止を望む遺族側が提示した条件の1つだ。
今回、三田労基署は、過労自殺の原因について、パワハラの有無に関しては判断を下さなかった。つまり、仕事の「量と質」のうち、数値化できる量(長時間労働)のみで、労働災害による過労自殺、と認定している。電通では1991年8月にも、同じく24才の社員が過労自殺し、会社は再発防止を誓っていた。再犯だったこともあり、2016年11月7日、厚労省が労基法違反の疑い(残業の過少申告など)で電通本社と3支社に強制捜査に入り、証拠押収に踏み切った。送検されるか否か、まだ結論は発表されていない。
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遺族側が納得する再発防止策、社内処分を含む責任の明確化、相応の賠償金…といった示談の条件で折り合えなければ、再び、裁判となる。命を奪ったうえに9か月も責任回避的な行動をとっているため罪は重く、遺族感情的には、石井直社長と担当の大山俊哉執行役員(現電通デジタル社長)らの引責辞任くらいが最低ラインと推測されるが、そこが折り合わない可能性は高い。
正式に労災認定されているため、仮に裁判になっても、電通側が勝つことはない。だが、責任や処分、賠償金額といった “量刑”で争う可能性は残されている。
「遺族側が訴訟に踏み切らず交渉しているのは、そのため(別れ話)もあると思います。会社側は、今は立場上、炎上を恐れて、他の原因について自ら言いだすことは、さすがにできません。でも裁判で争うことになれば、必ず、その話を出してきます。社員にヒアリングしていますから、その記録は出さざるをえないでしょう」(Aさん)
前回は一審判決まで5年(1996年3月)、最高裁までもつれ和解したのが2000年だった。亡くなってから、実に9年もかかっている。会社は、長引いてもレピュテーションリスクが続くだけなので、できれば早く終息したい。遺族側も、おかしな理屈を持ち出されて原因を蒸し返されたくはないはずだ。
一方で、人間は労働時間の「量」が直近1~2か月増えただけで死ぬほど単純ではなく、労基署が判断しなかったパワハラなどの「質」の問題も大きいと考えられる。そこに、様々な公私にわたる人間関係が重なり合い、最悪の事態に至るものだろう。人間は複雑な生き物だ。
以下、社員や友人らへの取材から、過労死に至るまでの、より詳細な事件の全貌を報告する。
◇石井社長以下、責任ある上長たち…大山、砂子、佐々、高関
事件の舞台となったデジタル広告部門の組織は、現在は子会社「電通デジタル」の一部となり、全く別の形となっている。電通の組織階層は、局―部―チーム(チームはない場合もある)で、正式には「局」と「部」の2階層。電通の取引先である新聞社やテレビ局も概ね同じである。
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電通の組織図(2016年10月1日付) |
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まつりさんは東大文学部を卒業後、2015年4月に入社し、約1ヵ月の新入社員研修を終えてから、「ダイレクトマーケティング・ビジネス局」(DМB局)に配属となった。
右記組織図のとおり、電通は約7千人の社員を35個ほどの局に分けて配置しており、各局長が、100~300人いる組織で「指導者」として、中小企業の社長のように、人事や予算の権限を握る。局長よりも上の執行役員が、局長を兼ねる場合もある。
DМB局は、担当の執行役員が大山俊哉氏で、2016年12月現在は電通本体の執行役員と100%子会社「電通デジタル」社長を兼務する。電通のデジタル広告部門をけん引してきた責任者を1人あげるとすれば、この大山だ、と多くの社員が言う。立場上、石井社長の次に責任を負うべき人物である。
トヨタから指摘を受けて東京証券取引所で謝罪会見を開いた(2016年9月23日)デジタル広告不正請求事件、そしてこの過労死事件といった一連の不祥事においても責任を負うべき立場だが、何らの処分もされていないことについては、社員からも疑問の声が上がっている。
過労死発生時は、この大山執行役員の下に、局長として砂子一雄氏がおり、まつりさんの配属先は、このDМB局のなかの「デジタル・アカウント部」だった。この部長を務めていた佐々弘弥氏が、まつりさんの直属の上司にあたる。ツイートにも登場する、代表的なパワハラ上司と考えられる。
部長「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」「会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない」「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「今の業務量で辛いのはキャパがなさすぎる」
わたし「充血もだめなの?」(October 30, 2015)
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亡くなる5日前には「我慢の限界」とつぶやいている。
男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である。おじさんが禿げても男子力がないと言われないのずるいよね。鬱だ〜。(December 20, 2015)
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電通のデジタル広告部門組織(事件発生時と現在)。「石井社長―大山役員―砂子局長―佐々部長」が過労死事件の責任を負うべきライン長たちである。 |
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佐々氏は事件から5か月後にライン長ポストから外され
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まつりさんは自殺の1ヵ月前、2時間半にわたって友人と電話で話した。その直前の、メッセンジャーでのやりとりの一部(プライバシーに関わる箇所は黒塗り)。「毎週土日返上を要求する働き方や殆どモラハラな上長についていけず、異動か退職を考えて人事に相談しています」とある。 |
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新入社員(1年目)の給与明細。死ぬまで働く対価がこれ。基本給、地域手当に加え、残業代が15万円程度はつくが…。 |
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