【読書感想・小説】 ユートピア 湊かなえ (集英社文庫)

【読書感想・小説】 ユートピア 湊かなえ (集英社文庫)

2018/07/27 13:53 neputa

1. あらすじ

  • 本書より引用
太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町。先祖代々からの住人と新たな入居者が混在するその町で生まれ育った久美香は、幼稚園の頃に交通事故に遭い、小学生になっても車椅子生活を送っている。一方、陶芸家のすみれは、久美香を広告塔に車椅子利用者を支援するブランドの立ち上げを思いつく。出だしは上々だったが、ある噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始め――。緊迫の心理ミステリー。

2. 読書感想

2-1. 読みどころ

  • 誰しもが抱える負の感情は、閉鎖的な地方都市では行き場をなくし鬱積していく。息が詰まるような人間模様を生々しく描いたドラマ性は一見の価値あり。
  • 相対的な幸福感を求める移住者と、地元で埋もれていく人生を受け入れる地元民の、心理面におけるコントラストが印象深い。
  • ミステリとして構成されている作品だが、その部分はイマイチだった。

※ここからはネタバレを含みます。
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2-2. 登場人物

地元出身者

堂場菜々子…鼻崎町出身。地元で就職した夫との結婚を期に帰郷。
堂場久美香…菜々子・修一の娘。小学1年生。幼稚園の頃に交通事故に遭い車椅子生活となる。
堂場修一……菜々子の夫。八海水産勤務。
堂場重雄……修一の父。既に亡くなっている。
堂場道子……事件容疑者と駆け落ちし行方を知れず。

新田里香……雑貨店メンバー 光稀の友人。
藤田真紀……雑貨店メンバー 光稀の友人。

芝田…………5年前の資産家殺人事件容疑者。当時八海水産に勤務。

八海水産社宅居住者

相葉光稀……雑貨店発足メンバー。プリザーブドフラワー造りを得意とする。
相葉彩也子…光稀・明仁の娘。小学4年生。久美香の友人。
相葉明仁……光稀の夫。八海水産勤務。

芸術村居住者

星川すみれ…陶芸家。健吾のパートナー。
宮原健吾……はな工房・はなカフェのオーナー。すみれのパートナー。
小谷ミツル…ガラス職人。
小谷るり子…詩人。噂話に敏感で周囲に噂を撒き散らす。
村田ジュン…バイオリン職人。
村田菊乃……調理師免許保有者。はなカフェの厨房勤務。

その他

小梅…………モデル兼アーティスト。すみれの同級生。

2-3. 負の感情が行き交うある地方都市の人間模様

「ユートピア」というタイトルから明るい未来を感じることはない。表紙に描かれたこのタイトル文字をよく見ると、いくつもの亀裂が走っているからだ。

ヒトである以上、誰しも人間関係における薄暗い感情を少なからず抱えている。
他者に対する同調圧力が常に身近に存在する暮らしにおいて、この手のストレスは日常の一部である。

本作は、人口約七千人の地方都市「鼻崎町」を舞台に、昔からの地元民、地元最大手の水産工場社宅民、Iターンにより移住した自称芸術家たちが織り成す人間模様を描いている。

そして彼ら彼女らの心に巣食う負の感情が、これでもかと言わんばかりに繰り返し描写される。


はじまりはとても穏やかなものだった。

交通事故により車椅子生活を送る娘を必死に支える菜々子。
誰もが感心する器量裁量ともに恵まれた娘を持つ光稀。
陶芸家として女としてひとりの人間としての成功を常に他者との天秤にかけるすみれ。

「友達の証よ。羽は一つだけじゃ飛べないけど、二つあればどこにでも飛んでいけるでしょう?」

ある日、陶芸家のすみれの作品である羽をかたどったストラップを相葉彩也子が友情の証として堂場久美香へプレゼントする。この贈り物に込めた思いを彩也子は作文に書き、これが新聞に掲載され話題となる。

幼い二人が生んだ友情を、すみれは自己ブランディングに利用する。

すみれが発案し、それぞれの子どもたちが関係することもあり光稀、菜々子も賛同、3人はつながりを深めていくのだが。

2-4. とどまることを知らない負のスパイラル

目次には「花」「翼」「岬」の3つの言葉がキーワードであるかのように並んでいる。
しかし花咲く鼻崎町で生まれた翼は岬を飛び立つことはない。

3人のみならず、町の誰もが負の感情を抱えている。誰しもが自分と他人を比べ、心の闇を少しずつ吐き出し、それはいつしか大きな塊となって現実世界の闇を引きずり出してしまう。

この町の最も深い闇、5年前に起こった殺人事件へと繋がっていく。

2-5. 微妙なミステリ構造

あらすじには本作がミステリ作品とある。

町で起こる小さなドラマが過去の殺人事件へと繋がり、意外な人物が関係することが明らかとなる。確かにミステリ作品かもしれない。

しつごいほどに繰り返される負の感情から導き出されるものを、わたしは感じ取ることができなかった。

この殺人事件へのつながりは、あくまで物語のオチを構成するために取ってつけたように思えてしまう。雪崩のように一気に説明しきる最終話などは、特にその象徴であるかのようだ。

それ故、堂場菜々子、相葉光稀、星川すみれ、3人の視点が入れ替わりながら紡がれた人間ドラマとしての盛り上がりも、終盤に向かうにつれ徐々にその印象が薄らいでいく。

2-6. 堂場菜々子の物語だけで良かったような

個人的には堂場菜々子の視点で語られる物語には心動かされるところがあった。
生まれたときから住んでいる場所を、花が咲いて美しいところだとか、青い海を見渡せて最高だとか、温暖で過ごしやすいとか、特別な場所だと思ったことなど一度もない。そういうのは、外から来た人が感じることだ。だからといって、その人たちに町の良さを教えてもらう必要など全くない。
地に足着けた大半の人たちは、ユートピアなどどこにも存在しないことを知っている。ユートピアを求める人は、自分の不運を土地のせいにして、ここではないどこかを探しているだけだ。
相対的な幸福のみに足を絡め取られ人生に溺れる人びと、地元民と移住者の温度差、この2つは深く読み込めるポイントになっていたが、ほか2人の視点やミステリ部分は、いたずらに物語を複雑化する因子ではなかったか。

あくまで個人の見解である。

「ユートピア」と名のつく作品で、残念ながらこれは!というものに出会ったことがない。つまりはこの作品で語られる通り、ユートピアなど無い物ねだりなのだろう。


3. 著者について

  • 本書より引用
湊 かなえ みなと・かなえ
1973年広島県生まれ。2007年に「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビュー。この作品が09年に第6回本屋大賞を受賞。12年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞短編部門、16年『ユートピア』で第29回山本周五郎賞を受賞。著書に『高校入試』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』など。

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