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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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戦-2


 ロロロに乗って湿地を旅すること1日。

 恐れていた遭遇は無く。無事に目的地だろうと思われるところにザリュースは到着する。


 その場所は湿地の中、緑爪<グリーン・クロー>部族と同じ作りの住居が幾つも建っており、その周囲を先端が尖った木の杭が、外に突き出すように囲んでいる。杭の壁の隙間は大きく開いているが、大型の――ロロロのようなサイズのモンスターの侵入は阻止するだろう。家屋の数はグリーン・クローよりも少ない。ただ、住居自体の大きさはグリーン・クローよりも大きい。そのため現状では人数的な意味ではどちらが勝っているかは不明だ。

 そんな住居の1つに、風に揺られる1つの旗があった。そこにはリザードマンの文字でレッド・アイと記されていた。


 そう、こここそザリュースが最初に選んだ目的地――朱の瞳<レッド・アイ>部族の住処だ。


 一通り見渡したザリュースは、安堵の息を吐く。

 昔、得た情報と変わらない湿地に住居を構えていた。これは非常に幸運なことだ。かの戦で住処を移転させた可能性も考え、下手したら部族の捜索から始まるかと思っていたのだから。

 ザリュースは自らが進んできた方角に振り返る。その視線の先にあるのは自らの村だ。今頃、村も大慌てで色々な行動に出ている頃か。離れると不安が込み上げてくるが、攻められている可能性はほぼ無いと考えて良いだろう。


 それはザリュースがここまで無事にたどり着いたことがその証明だ。

 偉大なる方とやらが油断しているのか。それともザリュースのこの行動も手の中なのか。それは誰にも不明だ。ただ、今のところ相手は言ってきた約束を違える気も、戦争準備も阻止する気も無いということだ。


 無論、偉大なる方なる敵が阻止する気で動き出したとしても、ザリュースは自らの信じる行いをするほか無いのだが。


 ザリュースはロロロから降りると、背中を伸ばす。肉体的な疲労は、ロロロという安定感の無いヒドラの上に載っていたことによる筋肉の強張りぐらいだ。その強張りが背を伸ばすことで和らぎ、心地よさすら感じる。

 顔を見せだした太陽に対して手を掲げ、それを隠す。

 それからロロロにここで待っているように指示をすると、背負い袋から魚の干物を取り出し、朝食として与える。本当はこの辺りで自らの食事を調達するように指示したいところだが、レッド・アイ部族の狩猟場所を荒らしかねないことを考慮すると、そのような命令は出せない。

 ロロロの蛇の頭を全部、数度撫でるとザリュースは歩き出す。


 ロロロの近くにいてはヒドラを恐れてでてこない可能性がある。ザリュースは敵対的な意識を持つ使者としてではなく、同盟を結ぶためのメッセンジャーだ。相手をこれ以上威圧するのは望むところではない。


 ジャバジャバと水音を立てながら歩く。

 視野の端、レッド・アイ部族の戦士階級の者が幾人か、杭の壁越しに並行するように歩いていた。武装はグリーン・クローと何ら変わることが無い。鎧は何も着ず、手には木を削りだし先端に尖った骨をつけた槍。スリング用の紐らしきものを持っている者もいるが、石を備えてないところから、すぐに攻撃する意志がないことは見て取れる。

 ザリュースも下手に刺激しないように、注意を払わないように歩く。


 しばし歩き、ザリュースはおそらくは正面門だろうと思われるところまで来た。村を構築している範囲からすると、部族規模としてはグリーン・クローよりも若干小さいぐらいか。

 まぁ、数が全てはないのは事実。

 ザリュースはそこでこちらを警戒し、様子を伺っているリザードマンたちに向き直り、声を張り上げるた。


「俺はグリーン・クロー部族のザリュース・シャシャ。この部族を纏め上げる者と話がしたい!」


 声が聞こえた証拠として、幾人かの戦士階級らしきリザードマンたちが慌てだす。ザリュースはその場に立ったまま動かない。視界の中で数人のリザードマンが村の各所に離れていくのを確認したときも、武装した戦士階級のもの達が門の中で集まりだしたときも。


 やがて、さほど短くは無いが、長くは決して無い時間が経過し、1人の捻じれた杖を持った年配のリザードマンが姿を見せる。後ろには5人の屈強な体躯のものを連れて。年配のリザードマンは全身に白の染料で文様を描いていた。


 ならば祭司頭か。

 ザリュースはそう思い、堂々と迎え撃つ。今は対等だ。決して頭を垂れるわけには行かない。その祭司の視線が胸の焼印を確認するように動いたときも、ザリュースは不動の姿勢を保ったままだ。


「グリーン・クロー部族のザリュース・シャシャ。ある話を持ってきた」

「……良く来たと言わん。部族を纏め上げる者が会うそうだ。付いて来い」


 奇妙な言い回しに、僅かにザリュースは困惑する。

 何故、族長でないのか、という疑問だ。それに旅人であるザリュースが問題なく、部族を纏めるものと対話ができるというのも、微妙に違和感を覚える。というのも旅人という存在の地位はさほど高くないから。そのために兄より身分の証明になるものを借りてきたのだが、それの提出を要求されなかったというのも困惑の対象だ。


 ただ、部族を纏め上げるものとの対話は待ち望んでいたことだ。下手に話を振って、臍を曲げられては厄介だ。そのために違和感を覚えつつもザリュースは一行の後をただ、黙って付いていく。



 ◆



 案内された小屋はそこそこ立派なものだ。

 ザリュースの部族であれば兄のものよりも一回りは大きい。小屋の壁には珍しい染料によって文様が施され、住むものの身分の高さを証明している。

 気になる点といえば窓に相当されるものが無く、開いているのは所々にある風の取り入れ口ぐらいか。ザリュースたちリザードマンは闇の中でも平然と見通すことが出来る。しかし、それでも暗い中で生活するのが好きというわけではない。

 ならば何故こんな暗そうな小屋で生活しているのか。

 ザリュースは疑問に思うが、それに答えてくれるそうなものはいない。


 ザリュースは後ろを振り返る。案内してくれた祭司も共に連れ立った戦士たちも、皆すでにこの場にはいない。

 最初、案内してくれた者が全員離れると聞いたときは、ザリュースをして無用心すぎる行為だと思ったものだ。それとなく問いかけてしまうほど。

 というのもザリュースが会いに来たのは部族を支配する長だ。部族の者から軽く見られていては話にならない。

 しかし、この場から離れること。それが纏め上げるもの――族長代理の望みということを聞いたとき、ザリュースはこの小屋の中で待つ者の評価を一段高めた。

 武装した戦士たちに取り囲まれたとしても、兄にはああ言ったものの無事には帰れなくても良いと、内心では考えているザリュースに対しては効果は無いに等しい。逆にその程度かという失望感が先にたっただろう。

 しかし、来るだろう使者の腹の中まで読んだ上でこのような行動を取ったとするなら、かなり早く話は進むだろうし、ザリュースの身も保障されたようなものだ。

 遠くの方でこちらを伺っている者たちの存在は故意的に無視し、ザリュースは扉まで歩み、無造作に押し開ける。


 扉の中は想像どおり暗い。

 外との光量の差が、闇視を持つとはいえ、ザリュースの目をしばたてる。

 中から漂う空気には薬湯なのか、緑のツンとする匂いが混じっている。老年のリザードマンでもいるのだろうか。そんなザリュースの思いは容易く裏切られる結果となった。


「よく、いらっしゃいました」


 暗い室内から声が掛かる。それは非常に若い声だ。ようやく光の変化になれたザリュースの視界に1人のリザードマンが姿を見せた。

 白い。

 それがザリュースの第一印象である。


 雪のような白い鱗にはくすみもまるで無い無垢なものだ。つぶらな瞳は真紅――ガーネットの輝きを宿したかのようだった。スラリとした肢体はオスのものではなくメスのもの。

 全身を赤と黒の文様が描いている。それは未婚のものであり、ほぼ多種の魔法を学び、成人したものだ。


 ――槍で突き刺されたことがあるだろうか。

 ザリュースはある。一瞬、焼けたものを押し込まれたような激痛が走り、心臓の鼓動にあわせて痛みが全身を叩くものだ。そして今、まるでその感覚を味わっていた。

 痛くは無い。しかし――


 ザリュースは何も言わずに佇む。

 その沈黙をどう受け取ったのか、彼女は皮肉げな笑みを浮かべた。


「かの4至宝の1たるフロスト・ペインを持つ者でもこの身は異形に見えるようですね」


 アルビノは自然界では非常に珍しい。というのも目立つために生き残ることが難しいからだ。

 文明を持つリザードマンでも似たようなところがある。日光に弱く、視力も弱い存在が生き残れるほど確たる文明社会ではないのだ。そのために生きて成人することが珍しいアルビノは、生まれてすぐ間引かれることすらある。

 アルビノは通常のリザードマンからすれば、邪魔な存在であればまだまし、酷いときはモンスターの一種にも見られるのだ。

 事実、彼女は真紅の瞳を持っているがために崇拝されるが、それはあくまでもリザードマンとしての仲間ではなく、部族の捧げもの――旗印としての地位だ。

 リザードマンの仲間として彼女を扱ったものはいない。それは彼女の部族でも、だ。ならば他の部族の存在が彼女を見たとき、その反応は予測が付くというもの。

 そのために皮肉が思わず漏れたのだが、返事は返ってこない。


「――どうしました?」


 今だ扉の前に立ったまま、何も行動を起こさないザリュースに、中のメスリザードマンは訝しげに問いかける。いくら外見がこうだからといっても驚きすぎだ。なにかあったのか。そう彼女は困惑し――


 ――それには反応せず、ザリュースは一声鳴く。


 その鳴き声は語尾を高音に持ち上げ、ビブラートをかけたものだ。このビブラートの可変幅はある決まった高さである。

 それを聞いたメスのリザードマンは目を見開き、口を微かに開ける。驚きでもあり、困惑のためでもあり、そして照れたものでもある。


 その鳴き声はこういわれる。

 求愛の鳴き声と。


 そこで初めてザリュースは自分が何をしたのか。無意識に何を行ったのか理解し、人であれば赤面しただろうように、尻尾がばたつく。その激しい動きは小屋を壊すのではないかと思わんばかりだ。


「あ、いや、違う。いや違うではなく。そうではなく、えっと――」


 ザリュースの驚きや慌てようが彼女を逆に冷静にしたのだろう。メスのリザードマンはカチカチと歯を鳴らし微笑むと、ザリュースに困ったように問いかける。


「落ち着いてください。あまり暴れられると困ります」

「! ああ、すまん」


 ザリュースは頭をクィッと動かし、謝罪すると家の中に入る。その頃は一応は尻尾は垂れ下がり、なんとか冷静さを取り戻したようだった。ただ、ピクッピクと尻尾の先端が動くところから、完全には返ってないようだった。


「どうぞこちらに」

「――感謝する」


 家に入り、彼女に指し示されたのは床に置かれた、何らかの植物で編んだ座布団のようなものだ。ザリュースはそこに腰を下ろすと、彼女はその向かいに腰をすえる。


「お初にお目にかかる。グリーン・クロー部族が旅人。ザリュース・シャシャです」

「丁寧にありがとうございます。レッド・アイ部族の族長代理を務めさせていただいている、クルシュ・ルールーです」


 互いに自己紹介を終えると、値踏みをするように様子を伺いあう。

 暫しの沈黙が小屋を支配するが、いつまでもこうしているわけにはいかない。ザリュースは今は客人。ならば最初に話を振るべきは主人であるクルシュの番だろう。


「まず使者殿。お互いに硬くなって話すことも無いと思います。お互いに隠すことなく話したいですから、楽にしていただいても結構ですよ?」

「それは感謝する。固い口調での話には慣れてないもので」

「さて今回、こちらに来られた理由をお尋ねしても?」


 クルシュはそう言いながら、内心では大体の予測は出来ている。

 村の中央に突如として現れたアンデッドモンスター。さらに《コントロール・ウェザー/天候操作》の魔法。それが起こってから他の村の英雄とも呼ばれるオスが来たのだ。想像される答えは1つだ。ザリュースの返答にどう答えるか、そうクルシュは思い――すべてをぶち壊される。


「――結婚してくれ」


 ――――――。

 ――――――?

 ――――――?!


「――はぁあ?!」


 クルシュは一瞬、自らの耳が疑う。予想とかけ離れたというか、完全に違う世界の言葉を聴いた思いだ。


「確かに来た目的は違う。本来であればそちらを先に済ませてから行うべき話だとは俺も重々承知している。だが、自分の気持ちに嘘はつけん。愚かな男だと笑ってくれ」

「う、え、あぁ。はぁ……」


 生まれて以来一度も聞いたことが無い。そして自分には決して縁の無い言葉だと思っていたものを聞かされ、半ば、パニックに陥ったクルシュ。思考が混乱という名の暴風によって千切れ飛び、全然まとまらない。

 そんなクルシュにザリュースは苦笑いを浮かべ、続けて話す。


「すまん。大変、申し訳なかった。この非常事態に混乱させるようなことを言って。今の答えは後日聞かせてもらって構わない」

「う、あ、ああ」


 なんとか自らの精神を再構築、もしくは再起動に成功させ、クルシュは冷静さを取り戻す。しかしながらすぐに先ほどのザリュースの言葉が浮かび、熱暴走しそうになる。

 冷静に思えるザリュースだって自らの尻尾が動き出さないよう、精神の力を全て動員して押さえ込んでいる。そんな2人によって再び、沈黙のベールが舞い降りた。


 ようやく、十分な時間をかけ、一先ずは発言を心の奥に押し込んだクルシュは話の内容について真剣に悩む。そして先ほどまでの話の内容を思い出す。暴走しそうになる感情を必死に抑えながら。

 そうだ。ザリュースがここで来た理由を先ほど質問したんだ。

 クルシュは来た理由を再び尋ねようとして、それに対するザリュースの言葉を思い出した。


 ――聞けるか!


 バシンと一度、クルシュの尻尾が床を叩く。そんな尻尾の動きを目にし、ザリュースは自らの軽率な行動を恥じる。不快にさせてしまったかと思い、沈黙を選ぶ。

 やがてそんな互いの沈黙にじれたようにクルシュは口を開いた。


「この身を恐れないとは流石というべきですか?」

「?」


 クルシュの皮肉交じりの言葉に対して、何を言ってるんだろう、というザリュースの表情が迎撃する。


「?」


 クルシュもまた何考えてるんだろうこの人は、と疑問を浮かべる。


「この白き体を恐れないのか? といったのです」

「……かの山脈に掛かる雪のようだな」

「……え?」

「――綺麗な色だ」


 そんな言葉、一度も言われたことが無い。

 混乱しているクルシュを前に、ザリュースは無造作に手を伸ばすとクルシュの鱗にすっと手を走らせる。艶やかで磨かれたような綺麗な――そして僅かに冷たい鱗の上を、流れ落ちるようにザリュースの手が動いた。

 そして互いに何をしたのか、そして何をされたのか理解し、動揺が全身を駆け巡る。何故そんなことを思わずしてしまったのか、そして何故そんなことをされたのか。疑問が焦りを生み、焦りが混乱を生む。2本の尻尾がバシンバシンと家を叩く。家が揺れたような気さえする勢いで。


 やがて互いに顔を見合わせ、次に互いの尻尾の状況を認識し、時間が止まったのではという急な勢いで尻尾の動きは止む。


「…………」

「…………」


 重いと表現すべきか。それとも緊張感があるというべきか。沈黙が2人の上に降り、そして互いの様子をちらちらと伺う。


「……何故この時期になんですか?」


 クルシュの言いたいことが理解できたザリュースは単純に答える。


「一目ぼれという奴だし、今回の戦いで死ぬかもしれんから後悔の無いようにな」


 非常に素直な、自らの感情をまるで隠しもしないその言葉にクルシュは一瞬だけ詰まる。しかし、どうしても納得のいかない言葉に、我を取り戻し、更なる質問とする。


「……かの剣、フロストペインを持つ方が死ぬと思われているのですか?」

「相手は今だ未知数の敵。油断はできまい?」

「それほど強いと?」

「……伝言を持ってきたモンスターを見たことがあるか? 俺の村に来たモンスターはこんな姿をしていたのだが」


 ザリュースのモンスターの描写を受け、クルシュは首を縦に振った。


「ええ。同じモンスターですね」

「アレがどんなモンスターかは知っているか?」

「いえ、申し訳ないですが。私の部族のものは誰も知りませんでした」

「そうか……あれとは一度遭遇したことがあるが」そこで言葉を止めると、ザリュースはクルシュの態度を伺うように話す「俺は逃げ出した」

「――え?」

「勝てなかった。いや、勝てたかもしれないが、良くて半死半生だっただろう」


 クルシュはあれがそれほど恐ろしいアンデッドだったのか。そう理解し、戦士たちを抑えたのは正解だったと安堵する。ザリュースはそんなクルシュの内心には気づかずに、そのまま話を続けた。


「あれは精神をかき乱す絶叫を吐き出す攻撃方法を保有している。さらには非実体のモンスターで、魔法の掛かってない武器での攻撃は無効化する能力も持っている。数で押しても勝てんよ」

「私達ドルイドの魔法に、一時的に剣に魔法を付与するものがありますが……」

「……精神を混乱させる絶叫の能力は防げるか?」

「抵抗力を強化することはできますが、全員の精神を守るのは少々力が足りません」

「なるほど……それは祭司の誰にでもできるのか?」

「抵抗力の強化であれば殆どの祭司が。精神を完全に守るのであれば、この部族では私だけです」


 ザリュースはそこで彼女が単なる立場だけ与えられたものではないと認識する。つまりは魔法の力では彼女こそこの村では最強なのだ。

 ならばやはり彼女に真なる意味で理解を求めた方が早い。

 ザリュースは隠すことなく、クルシュに話すことを決定する。


「レッド・アイ部族は何番目に襲うという話だった?」

「4番目ですね」

「そうか……それでどうするつもりなのか聞かせていただきたい」


 しばらくの時間が流れる。

 考えていたのはクルシュからすれば話すことに何のメリットがあるだろうかということだ。グリーン・クローは戦うことを選んだ。ザリュースはそのために共に戦ってくれという同盟を組むために来たのは予測できる。ではどうすればレッド・アイにとっての利益になるか。

 元より同盟を組む気はない。レッド・アイ部族の見解としては避難という方向に意見は固まっている。しかし、それを素直に言葉にして良いものか。


 そう考え、思考の渦に飲み込まれたクルシュに、ザリュースは目を細め、独り言のように話しかける。


「本音で話させてくれ」


 何を言い出すのか。クルシュは自らの考えを一時中断し、ザリュースに注目する。


「今回警戒しているのは避難した後の話だ」

「?」

「仮に今住み慣れた場所を移して、今と同じように生活していくことが可能だと思うか?」

「無理……いえ、難しいでしょう」


 そうだ。少し考えれば誰でも理解できることだ。この場所を離れて新たな生活圏を作るということは、その場所の生存をかけた戦い――生存競争に勝つ必要がある。そしてリザードマンは別にこの湖の覇者というわけではない。この湿地だって長い年月で獲得したもの。

 そんな種族が、見知らぬ場所で容易く生活圏を構築できるはずが無い。


「つまりは食事も満足に取れないときが充分にありえるということだな」

「そうですね」


 何を言いたいのか、理解できずに思わず棘の生えた怪訝そうな声で答えてしまう。


「では、もし周辺5部族が同じように避難した場合はどうなると思う?」

「それは――!」


 それを考え、彼女は言葉に詰まる。ザリュースの本当に言いたいことが理解できたためだ。

 只でさえ新たな生存競争に飛び込むに当たって、主食となる魚を競合する存在がさらに出来た場合はどうなるというのか。それは恐ろしい事態へ発展しかねない。かつての戦いのように。

 それを踏まえてザリュースの提案を考えた彼女は驚愕すべき答えに結びつく。


「まさか……勝てるかどうか不明な戦いを行うのも……」


 彼女が兄であるシャースーリューと同じところまで答えが出たことを認識したザリュースは草臥れたように笑う。


「……そうだ。他の部族も含めた、数減らしも考えに入れている」

「そのために!」


 そのために軍勢を構成して戦うといっているのだ。例え負けると分かっていても関係なく。ただ、リザードマンの数を減らすためだけに。

 生存競争に戦えるだけの戦士、狩猟班、祭司以外は死んでも構わないという考えは極論ではあるが得心がいく。いや、死んでもらった方が長期的に判断するなら、正解かもしれない。

 単純に数が減れば食料も少なくてすむ。そうすれば新たな場所でも、もしかしたら争うことなく生存できるかもしれない。5部族が逃げ込むよりは可能性は高い。


 クルシュは必死でその考えを否定する意見を探す。


「――その新しい場所がどれほど危険かもしれないのに、最初から数の減った状態で始めろというのですか?」

「では聞かせてくれ。もし仮に生存競争に容易く勝てたときはどうするのだ? もし主食となる魚が少なくなったら。今度は5部族で殺しあうのか?」

「魚も良く取れるかもしれないではないですか!」

「取れなかったら?」


 彼女はザリュースの冷たい問い返しに詰まる。ザリュースは最悪に近い事態を想定した上で行動を起こしている。彼女は希望的観測を主に考えている。彼女の考えでは悪い事態が起こったときに惨事となるだろう。

 しかし、ザリュースのアイデアならそうはならない。しかも敗北して成人したリザードマンたちの数が減ったとしても、それは名誉ある戦死だ。同族で食事を巡っての殺し合いではない。


「……もし拒絶されたなら、この部族に対して最初に戦いを挑む必要があるだろう」


 ザリュースの暗い声に彼女はぞっとしたように、前に座る男を見据える。

 言っていることは他の部族からすると妥当なことだ。単純にレッド・アイ部族のみ、体力を保ったまま別の場所には行かさないということだ。

 数を減らされた部族が向かった先で、戦士階級以上のリザードマンを温存しているレッド・アイ部族に滅ぼされるという危険性を考えるなら、回避手段はそれしかないだろう。それは部族を預かるものとして当然の考えだ。


「ただ、逆に同盟を組んでいれば、敗北したとしても向かった先で、まだ部族間の殺し合いになる可能性が低いのではないかと思っている」


 不思議そうな表情をした彼女に苦笑を浮かべつつ、ザリュースは共に戦った仲間という共通認識を得るということだ、と説明した。

 彼女は良く考えていると思うしかなかった。共に血を流し合った部族であれば、食料状況が悪くなったとしても直ぐに殺し合いには発展しない可能性があると言いたいのだと。

 しかし、それは彼女の考え、そして経験からするとどうだろうと思うしかない考えでもある。


 僅かに俯き、黙って自らの考えに没頭し始めた彼女から眺めたまま、ザリュースは疑問に思っていたことを口にする。


「話は変わるのだが、この部族はどうやってあの時期を乗り込めたのだ?」


 突如、クルシュの顔が跳ね上がった。質問したザリュースが驚くような反応だ。

 クルシュは目を細め、ザリュースを凝視する。まさに穴が開きそうなそんな鋭い視線。それほどの視線を向けられる理由が浮かばずザリュースは困惑する。


「――それを言う必要があるのですか?」


 吐き捨てるような口調。憎悪に満ちた、まるで話していた人物が変わったのでは、そんな錯覚すら引き起こしかねないクルシュの変化だ。しかし、ザリュースにしても引くことは出来ない。もしかしたら全てが救われる答えがあるかもしれないのだから。


「聞かせて欲しい。祭司の力か? それとももっと別の業があるのか? もしかしたらそこに救いが――」


 そこまでザリュースは言って、言葉に詰まる。もし救いがあったとしたら、クルシュはそんな辛そうな姿を見せるだろうか。ザリュースはほんの少し前の自分を愚弄したい気持ちで膨れ上がる。少し考えればなんとなく予測できただろうと。

 クルシュはそんなザリュースの心の動きが理解できたのだろう。まるで全てを自らも含めた全てを嘲笑うように鼻を鳴らす。


「正解です。そこに救いなんかありません」そこで言葉を止め、疲れたような笑いを浮かべて「私達が行ったのは同族喰い――子供達を食らったのですよ」


 ザリュースをして口が利けないほどの衝撃が襲う。そしてそれと同じぐらい秘密にしたいことであろうことを話してくれたクルシュの精神的な安定性に不安を抱く。何故話してくれたのか、と。


 クルシュにしても何故話したかは不思議だった。

 こんな話を他の部族の者にすることがどれだけ軽蔑される内容かは十分に理解している。それなのに何故――。

 やがて何かを決意したのか、吹っ切ったのか。クルシュは話し始める。


「あの頃――他の部族が戦を始めた頃、やはり私たちの部族でも同じように食糧不足からかなり不味い状態になっていました。しかし私達の部族が戦に参加しなかったのはレッド・アイは祭司の数が多く、戦士達が少ないという部族構成のためです。どういうことかというと祭司の数が多い分、魔法で食料が作り出せたからです」

「ただ、祭司の魔法で作り出せる食料も部族全体からすると微々たる量です。ゆっくりと死に向かって

緩慢な滅びの道を進むしかなかった。しかし、ある日、族長が食料を持ってきたのです。真っ赤な肉を」


 ギギギとクルシュの歯がきしむ。

 ザリュースは彼女がかつての族長に対し、敵意を持っているのか。そう思い、そして否定する。クルシュの表情は族長に対する憎悪で歪んでいるのではないと。


「その肉がなんの肉か。皆薄々と理解はしていました。だって少し考えれば理解できることではないですか。ですが、目を閉じてその肉を食べていったのです、生き残るために。ただ、そんなものが長く続くわけが無い」

「魚が取れ始めたとき、溜まった不満は一気に爆発しました」クルシュは笑う「それを食べていたのは、理解しながら食べていたのは私達も一緒だというのに。本当に今、思えば滑稽ですね」


 ザリュースは何も言わない。言う資格も無い。そんなザリュースに特別な反応を示すことなく、クルシュは続ける。


「……私の目を見てください。私達の部族レッド・アイは時折、私のような瞳を持って生まれてくるものがいます。そういうものは長じて何らかの才――私の場合は祭司の力ですが、を発揮します。そのために族長に継ぐ権力を持つこととなるのですが……私達が集って族長に反旗を翻したわけです」

「そして結局数が減ったことによって餌が回るようになった」

「そうです」


 クルシュは肯定する。その視線はザリュースを正面から見つめているが、その奥になる過去を思い出しているようにぼんやりとしている。


「……族長は正しかったと今は思うんです。結果として食事が回るようになり、私達の部族は生き残れました。あの反旗を翻した時――あの時、族長は最後まで決して降伏することなく、無数の傷をつけて死んでいきました。その最後の止めを刺したその瞬間、私に笑いかけたのです」


 血を吐き出すようにクルシュは言葉を紡ぐ。

 族長を殺したときから、彼女の心に徐々に溜まっていった膿だ。クルシュを信じ族長と戦った――この部族のものには決して言えなかったであろう膿を、ザリュースという人物の前でようやく吐き出すことが出来たのだ。そのために言葉は止まることがない。水が上から下に流れるように。


「あれは殺した相手に投げかけるものではない。憎悪も嫉妬も敵意も呪いも何も無かった。非常に綺麗な笑顔だった! 族長は現実を見据えた上で行動して、私達は……私達は理想や敵意のみで行動したのではないか。本当に正しかったのは族長ではないか! いつもそう思うのです! 族長が殺されることで――諸悪の根源とされた人物が死んだことによって再び私達の部族は纏まりました。しかも数が減ったことによる食糧事情の回復という大きな土産まで付いて!」


 そこまでが彼女の限界であった。

 クークーと微かな鳴き声を上げ、生物の構造的に涙は大きくは流れ落ちないが、精神的に泣き崩れる彼女の肩をザリュースは近寄り、優しく抱きしめる。


「――俺達は全知でも全能でもない。その場その場で行動を決めるしかないのだ。俺だってもしかしたら同じ立場ならそうしたかもしれん。だが、慰めは言いたくはない。正しい答えなんかこの世にあるものか。ただ、俺達は歩くだけだ。後悔や苦悩で足の裏を傷だらけにしながら。お前も歩くしかない、そう俺は思う」



 しばらく時間がたち、クルシュはザリュースから体を起こす。


「無様な姿を見せました? 軽蔑しましたか?」

「どうして?」心底不思議そうにザリュースは問いかける「何処が無様なんだ。それに道を苦悩しながら、傷つきながらそれでも進む者を、無様と思うほど、愚かなオスに俺が見えたのか? ……お前は美しい」

「――! ――!!」


 尻尾がのたうち、床を数度叩く。


「……やばいなぁ」


 ポツリと呟くクルシュに、その言葉の意味を問い返さず、ザリュースは他の質問を投げかける。


「現在、レッド・アイは魚の養殖は行っていないのか?」

「養殖?」

「そうだ。主食となる魚を自分達の手で育てることだ」

「そのようなことは行ったことがありません。取れる魚は自然の恵みですから」

「それは祭司――ドルイドとしての考えらしいが、歪めることができるか? 食べるために魚を育てるという考えに。俺達の部族の祭司たちは同意したが」


 クルシュは自らの部族の祭司たちを思い返し、コクンと首を縦に動かす。


「……可能でしょう」

「ならば魚の養殖の仕方を教えておこう。重要となるのは魚に与える餌だ。これはドルイドたちが魔法で作る果実を使うんだ。あれを与えることでより良い成長をもたらしてくれる」

「その技術を教えてもらっても本当に構わないので?」

「当然だ。隠しても仕方ないし、教えることで多くの部族が助かるなら提供は当然だ」


 クルシュは深々と頭を下げる。養殖という技術はリザードマンのどの部族も持ってないものだ。どれだけの価値があるかは深く考えないでも分かる。それを提供するというのなら。どれだけ頭を下げても軽いものだ。


「感謝します」

「感謝は……しなくてもかまわん。その代価として聞きたいことがある」


 ついに来たか。

 ザリュースの真剣な顔を見、逃げたかった質問が来ることをクルシュは確信する。


「レッド・アイ部族はまもなく起こるであろう戦に対して、どのような方針を採るか聞かせて欲しい」

「……現在、昨日の話し合いでは避難と決まっています」

「では、族長代理クルシュ・ルールーに問う。今も同じ考えか?」

「……」


 クルシュは答えない。

 今する返答で、レッド・アイ部族の運命が決まると思うと、答えてよいのか自信がわかないのだ。 

 その不安がザリュースにも感じ取れたのだろう。ただ、困ったように笑うのみだ。


「……お前が決めることだ。かつての族長がお前に笑いかけたのは、お前こそが次の族長だと予測したからだ。ならば族長代理としてその使命を果たすべきだろう。俺は話すべきことは全て話した。あとはお前が決めるだけだ」


 それを聞き、クルシュは微笑む。


「族長代理として聞きます。どの程度が避難民として逃がすつもりなんですか?」

「予定している各部族の避難民は戦士階級10、狩猟20、祭司3、オス70、メス100、子供多少を予定している」

「……それ以外は?」

「――場合よっては死んでもらう」


 予期していた答えを聞かされ、クルシュは黙って虚空を見上げる。そしてポツリと呟いた。


「――そうですか」

「それで結論を聞かせて欲しい。レッド・アイ部族族長代理クルシュ・ルールー」

「…………」


 その言葉に答えを返さずに。クルシュは黙ったまま考える。ザリュースもまた詰め寄るようなことはせずに、ただ黙ってクルシュの答えを待つ。


 クルシュは様々な案を練る。

 ザリュースを殺すことも無論、想定して。殺した後、村の全員で逃げればどうか。彼女はその考えは破棄する。将来的に非常に危険な賭けだ。大体、本当に彼、一人でここまで来たという保証はどこにもない。

 ならば彼に約束した後で逃げ出すというのはどうか。これもまた問題だろう。下手したらレッド・アイ部族と戦うことで――戦う相手を変更することで、間引きを行う方向に計画を変更しかねない。結局、もし同盟を組まないといえば、その答えを持った上で部族に帰り、レッドアイを滅ぼす軍を連れてくるだろう。

 ただ、ザリュースが気づいていないのか、1つだけ穴がある。しかしながら、結局、食糧問題は付いて回る問題だ。


「そうですか……」


 クルシュは悟ったように笑う。

 最初っから話は詰んでいるのだ。彼にこの話を聞かされた時点で。グリーン・クローが同盟を組もうと動き出した段階で。レッドアイ部族が生き残る方法は同盟に参加し、共に戦うしかないだろう。それはザリュースも理解している。

 それにもかかわらず、答えを――クルシュの答えを待っているのは、同盟を結ぶに足りるリザードマンが指揮しているかどうかを見定めようとしてるのだ。


 あとはその決定を口から出すかどうか。


 ただ、その言葉を口に出せば多くの命が奪われるということに他ならない。しかし――


「2つだけ言わせて欲しい。1つ目は俺達は死ぬために戦うのではない。勝つために戦うんだ。なんだかんだ不安を感じさせることを言ったかもしれないが、全て敵に勝てば心配しすぎただけだという笑い話で終わる。そこだけは間違えないでくれ」

「そして2つ目だ。奴らは俺達に価値を示せといった。ならば逃がしてくれるのか。逃げた場合はそれが価値を示したと判断するのではないかという不安があるということだ」


 クルシュは了解したと頷く。

 ほんと、このオスは優しい。そう感じながら、自らの決定を口に出す。


「……我々、レッド・アイもあなた方に協力しましょう。族長の笑顔を無意味なものにしないために。そして最も多くのレッド・アイ部族のものが生き残れるように」


 深々と頭を下げるクルシュ。

 ザリュースの胸の内に無数の言葉が生まれる。だが、強い決意を込めた彼女の言葉に、答えられるものはたった一つしかない。


「――感謝する」


 同じくザリュースを頭を下げた。



 ◆



 早朝。

 ザリュースはロロロの前でレッド・アイ部族の門を眺めていた。

 思わずクワッと大きく口を開け、欠伸をする。昨晩遅くまでレッド・アイ部族を巻き込んだ会議にオーバーザーブとして参加し、少々眠いのだ。しかし時間はあまり残っていない。本日中にもう1つの部族のところまで着く必要がある。


 ――眠い。

 ザリュースは再び欠伸をする。今なら安定感は悪いがロロロのうえでも眠れそうな気がする。


 昇りだした黄色にも思える太陽の方を眺め、それから門へと視線を戻したザリュースは困惑する。

 門から出てくる異様な存在がいたのだ。

 それは草の塊だ。

 短冊状の布や糸を多数縫いつけて垂らした服に、雑草がところどころから生えている。湿地で横なっていれば遠目から見たら、単なる草としか判別できないだろう。


 ああ、あんなモンスターを何処で見たことがあるな――。


 旅人として旅をする中で見た光景を、ザリュースは思い出してしまう。後ろのロロロが警戒したような低い鳴き声を上げる。

 無論、それが誰なのか、ザリュースは理解している。間違いようが無い。僅かに白い尻尾がそれから少しばかり顔を覗かせているからだ。

 ピコピコと機嫌よさそうにゆれる尻尾をぼんやりと眺めながら、ロロロを落ち着かせている間に、その草の塊はザリュースの元まで到着する。


「――おはようございます」

「ああ、おはよう。……問題なく部族は纏め上げれたみたいだな」


 視線を動かし、レッド・アイの住居を眺める。朝から殺気だった雰囲気で、忙しそうに色々なリザードマンが走っている。並んで同じ方角を見ながら、クルシュも答えた。


「ええ。問題はありませんでした。本日中に教えてもらった場所に出立できるはずです」

「それでクルシュがこちらに来た理由は?」

「簡単です、ザリュース。あなたはこれからどうするのですか?」


 夕方から早朝までかけて行われた会議で、もはや互いの名を呼ぶのに違和感は無い。


「俺はこれからもう1つの部族、竜牙<ドラゴン・タスク>部族の元に向かうつもりだ」

「そうですか……。ならば私も同行しましょう」

「――何?」

「不思議ですか?」


 ばさばさと草の塊が動く。顔を見ることができないから、どのようなつもりで言ったのか不明なためにザリュースをしても反応に困る。


「不思議というか……危険だぞ」

「危険じゃないところが今、あるのですか?」


 ザリュースは口ごもる。冷静になって考えれば、クルシュを連れて行くことはメリットが大きい。しかし、危険が分かりきった場所に惚れたメスを連れて行くというのは、オスとして嫌なのだ。


「――冷静ではないな、俺は」


 草に隠れて見えないが、僅かにクルシュが笑ったようだった。


「……しかしその格好は?」

「似合いませんか?」


 似合うとかそういう問題ではない。しかし褒めたほうが良いのか? ザリュースは答えに迷い、問い返すこととする。


「似合うといった方が良いのか?」

「まさか」


 ばっさりと断ち切るクルシュ。ザリュースの体から力が抜けたのも仕方が無いことだろう。


「単純に太陽の光は私には辛いのです。ですので外に出るときは大抵これを着ているんです」

「なるほど……」

「それで私が共に行くことに賛成してくれますね?」


 言っても無駄だろうし、彼女がしっかりと部族に言い聞かせていたところは昨晩確認した。それに彼女を連れて行くことは、同盟を組むという目的で考えても有利に運ぶはずだ。もはや反対意見が無い。


「……わかった。力を貸してもらうぞ、クルシュ」


 本当に心の奥から嬉しそうにクルシュが答える。


「――了解しました、ザリュース。任せてください」

「出発の準備はできているのか?」

「勿論です。ちゃんと背負い袋に詰め込んでいます」


 言われて背中の辺りを注意してみてみると、草に僅かにこぶができている。

 ザリュースは納得すると、ロロロの後ろに昇る。遅れてクルシュも昇った。草が自らの体を昇る異様な感覚に、ロロロが不満げにザリュースを睨むが、それを何とか押し宥める。


「では行くぞ、安定感が無いから俺に掴まってくれ」

「分かりました」


 クルシュの腕がザリュースの腰に回り――ちくちくとした草の感触がザリュースをくすぐる。


「……」


 なんとなく予想していたのと違う感触に、ザリュースは口を曲げる。


「――どうしましたか?」

「いや、なんでもない。行くぞ?」

「ええ、お願いします。ザリュース」


 何が嬉しいのか。

 非常に楽しげなクルシュの声を聞き、ザリュースはロロロに進むように指示を出す。


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