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昇格試験-3


「……《フライ/飛行》の魔法まで使えるとはな」


 上空からゆっくりと降りてきたモモンに向けられたその声に含まれるものは警戒だ。自らと同等の位階までの魔法を使用できる人間を侮るのは間違いだし、《フライ/飛行》の魔法で逃げなかった理由が浮かばない。特にスケリトル・ドラゴンと遭遇した時点で、撤退できたにも関わらずしなかったのが解せない。


「ふん。勝算でもあるというのか? 魔法に対する絶対耐性を有するスケリトル・ドラゴンに?」

「まぁね。それに勝つ方法ならいくらでもあるんだけどね」

「何?!」


 その余裕に満ち溢れた表情にカジットは危機感を覚え、即座にスケリトル・ドラゴンに攻撃の命令を下す。2体のスケリトル・ドラゴンは意外な身軽さを持ってモモンに接近。その無数の骨でできた巨大な前足を振り下ろす。その攻撃を食らう間一髪で、モモンは魔法を発動させた。


《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》


「またか!」


 再びモモンの姿が掻き消える。

 姿の消えたモモンを追いかけ、カジットの視線は空に向かった。それは先ほどと同じように何らかの手段を使って上空に逃げたとからだ、と判断したからだ。しかし、モモンが何処に行ったのかは、痛みを持ってカジットは知ることとなる。


「――ぎゃぁ!」


 墓地の中、カジットの悲鳴が響き渡る。突如としてカジットの左肩から灼熱感が発生し、思いっきり何かで叩かれたような鈍痛が心臓の鼓動にあわせるように全身に広がったのだ。

 カジットが驚きながら、その部位を見てみると、鋭い切っ先がそこから飛び出していた。


「――がぁ、がぁ!」


 次の瞬間、剣が無造作に引き抜かれ、再び激痛が走る。骨を削るようなガリガリとした感触が、体内から伝わり、激痛と相成って不快感を増大させる。剣によってできた傷口からドロドロと血が零れ落ち、黒色のローブがじっとりと濡れていくのが感じ取れる。

 カジットは苦痛のあまりに口から涎を垂らしながら、何が起こったのかと慌てて振り返った。


 そこにはモモンが不思議そうな表情で立っていた。


「そんなに痛い?」

「――――っ!」


 モモンの先端を血で塗らした剣を片手で弄ばせながらの質問。それに対してカジットは苦痛のあまりに言葉にならない。

 前線に出ないスペルキャスターとして、さらには多くの人間に傅かれるカジットは、痛みを与えることはあっても与えられたことは殆ど無い。そのために痛みというものへの耐性は低いといえた。


 額を脂汗に濡らしながら、頭の中でスケリトル・ドラゴンに命令を下す。接近してくるスケリトル・ドラゴンから逃げるようにモモンは後方に飛び退った。《フライ/飛行》の移動力は普通に走るよりも早い。

 その空いた隙間に、2体のスケリトル・ドラゴンが割り込むように体を入れた。


 スケリトル・ドラゴンの後ろ。今まで安全だろうと思った位置を確保し、冷静さが多少なりとも戻ってきたカジットの頭に、モモンが行った魔法が理解できた。それは――


「転移魔法だと!」


 《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》という魔法は第3位階にあることはあるが、この魔法は魔法使いからすると、相手との距離を離したりする逃げの魔法と認識されている。

 ただ、それは肉体能力に劣る魔法使いの場合だ。戦士顔負けの者ならその魔法は十分に攻撃魔法と同等の価値が出る。いや、防ぎようがない分、下手な攻撃魔法よりも強いといえよう。

 カジットは肩を抑えつつ、モモンを睨み付ける。


「なるほど。貴様の切り札は転移して私を殺すということか!」


 確かに厄介な切り札だ。カジットはそう思う。スケリトル・ドラゴンには魔法が効かないなら、術者を殺せばよい。確かに当然な作戦だ。そして転移魔法を有効に活用されるとなると、カジットではそれを防げない可能性が高い。

 しかし、それに対するモモンの返答は軽いものだった。


「いや、いや。そんなわけないじゃん」


 カジットは一瞬、モモンが何を言っているのか理解できず、目をぱちくりさせる。それを補足するようにモモンは動き出す。


「まぁ、こうやって殺すことも容易ですよ、という実演をしたまでだって」


 何を言ってるのかなぁ、そんな軽い態度でモモンは抜いていた剣を鞘に収めた。

 一瞬、カジットは何を言われたのか理解できなかった。当たり前だ。今までこちらが圧倒的な立場にいたのだ。それを逆転する手を見せたと思ったら、自らの手でそれを放棄する。それは狂人の仕業だ。いや、それとも――浮かび上がった考えを、カジットは頭を振ることで追いやる。そんなことは認められないと。


「……貴様、狂ってるのか?」

「本気でそう思ってるのかな? それとも……認めたくは無いのかな?」


 ニンマリとモモンが笑う。その笑みを受け、一瞬だけ、カジットは全身を震わす。

 怒りではない。それは――恐怖によるものだ。初めて敵にしてはいけない人物を相手にしてしまった。そんな不安がカジットの脳裏を過ぎったのだ。しかしもはや遅い。カジットはモモンを睨む。

 そんな視線を気持ち良さそうにモモンは受け入れ、そして笑みを強くする。これで終わりだと。


「スケリトル・ドラゴンは魔法が効かないっていう自信があるみたいだし、特別に見せてあげる。そして死も一緒に与えてあげるよ」


 パンという手を打ち合わせる音が響く。

 それからモモンは両手を離した。その瞬間――両手の間には、白い電撃が弧を描いた。龍のごとくのたうつ雷撃の反応を受けて、周囲の空気がバリバリという放電を発して、輝く。

 それはまるでモモンが白い光に包まれたようだった。


「……かっ」


 カジットは目を開く。言葉はもはや無い。それが自らの認識を遙に超えた魔法。それだけが理解できる程度だ。目に焼きつくような白い光の中、モモンが薄ら笑いを浮かべているのが見えた。

 それがカジットの頭に冷静さを呼び戻す。

 馬鹿にすることはあっても、馬鹿にされたことが無い。してきた人間にはそれ相応の報いをもたらしてきたという生き方からきたものだ。

 前に立ちふさがるスケリトル・ドラゴンの巨体。それを思い出し、必死に己の自尊心を呼び起こす。


「――はん! 愚か者が! どれほど強大な魔法であろうとも、魔法に対する絶対耐性を有するこのスケリトル・ドラゴンが倒せるものか! 行け! 殺せ!」


 隠し切れない恐怖によって裏返った声での命令を受け、左右に控えた2体のスケリトル・ドラゴンは動き出す。巨体が接近する中、モモンはまるで愚かな弟子に教育する冷酷な師の笑みを見せた。


「魔法に対する絶対耐性? 確かにスケリトル・ドラゴンは魔法に対する耐性を持ってる。でも、それは第6位階以下の魔法の無効化という能力だよ?」


 スケリトル・ドラゴンが腕を振り上げる。そんな中、カジットにはその言葉に含まれた意味が理解できる時間は殆ど無かったといえる。


「――つまりはそれ以上は無効化できないということなんだけどね。じゃぁね、愚か者」


《ツインマキシマイズマジック・チェイン・ドラゴン・ライトニング/二重最強化・連鎖する龍雷》


 モモンの両手からそれぞれ一本ずつ、のたうつ龍ごとき雷撃が打ち出された。人間の腕よりも太い電撃はスケリトル・ドラゴンにそれぞれ襲い掛かる。


 膨大な魔法の雷をその身に受け、スケリトル・ドラゴンの白い巨躯が打ち震える。

 龍が巻きつくように、スケリトル・ドラゴンの全身を覆う雷撃は、死体を動かす偽りの生命を全て焼き尽くしていく。

 その結果は瞬時なものだ。

 魔法に対する絶対耐性を持っていたはずのスケリトル・ドラゴンは、魔法によって生み出された雷撃をその身に受け、数百年たったもののごとくボロボロと崩壊していった。

 スケリトル・ドラゴンが完全に崩壊しても、まだ雷撃は消えたりはしない。2つの龍は獲物を狙うかのように頭を持ち上げ、最後に残った獲物へと空中を駆ける。


 驚愕してその様子を見ていたカジットの視界全部を、真っ白の雷光が埋め尽くした。

 助けを請う時間も、悲鳴を上げる時間も無い。

 小さく、あっ、という呟きのみを残し、まるで光に飲み込まれるようにカジットは雷撃に貫かれる。

 筋肉が痙攣を起こし、奇怪な踊りを踊るように、カジットの体は立ったままのたうつ。

 体内から急激に焼き尽くされていき、雷撃が去って行った後、火傷による煙を上げながらカジットは大地に転がった。

 肉の焼ける匂いが周囲一帯に広がっていく中において、もはやカジットはピクリとも動かない。


 モモンは肩をすくめると、筋肉が焼け付いたために体を丸めるように転がっているカジットに声をかける。


「うーん、肉の焼ける良い匂い。ところで、私みたいに《フォックス・スリープ/擬死》でも使ってる?」


 それからフンと鼻で笑った。そんなわけない、と。




「さてさて、死体を埋める前に、冒険者らしくお宝チェックをしないと」


 モモンは色々と聞いた、勝利を収めた冒険者として正しい行動を取る。

 基本的に人間が相手の場合は、所持品をギルドに提出することが推奨されている。あくまでも推奨であり、個人で売り払っても問題は無い。ただ、ギルドを通してない場合は、相手が持っていたものが下手に盗品だったりした時、いらぬ疑いが掛かる可能性がある。そのため一般的に冒険者はギルドを通して売買等を行うのだ。


 当然モモンもギルドを通して行おうとは思っている。それは目立ちすぎるのを避けるためだ。とはいってもレアなものがあれば盗品でも構わないで、ナザリックに持って帰ろうとは思っているが。

 なにより驚くような宝は無いにしても、売ってこの世界の金に換えれば、もしかするとアインズに褒められるかもしれない。

 多少のわくわく感をもってモモンは魔法の発動を選択する。

 まず調べるべきなのはカジットだろうが、面倒なので大雑把に一度に探知を行う。


《ディテクト・マジック/魔法探知》


 魔法を探知する魔法の発動によって、一気に周囲の魔法のアイテムを判別する。

 モモンの視界の中、魔法のオーラを有するアイテムがほんのりと輝く。反応があるのは6人とカジットのローブ。カジットのスタッフ。更にカジットのしている指輪。そして最後がカジットの手から離れ、地面に転がった珠だ。

 その中でも最も魔力が大きいのは珠だ。


 モモンは珠の元まで歩み寄り、無造作に拾い上げる。不恰好なアイテムであり、価値があるようには見えないが、魔法のアイテムともなれば別だろう。真価を見定めて、ナザリックに持って帰る価値が無ければ即座に売れば良い。

 その瞬間――


 ――従え


 モモンの頭に響く声。それは男でも女でも無いような奇怪なものだ。人にあらざる存在が無理矢理、人の言葉を使っているという違和感がある。


 ――我に従え


 ぐらりとモモンの視野が揺れる。珠に引きずり込まれるような感覚。それは精神攻撃の一種だ。


 ――我に従って死を撒き散らせ

「あーうるさい」


 モモンは珠を睨む。何を考えての行為かは不明だが、この程度の精神攻撃でモモンが支配されるわけが無い。頭を軽く振ることで容易く、精神支配を弾く。


 しかしインテリジェンス・アイテムとは。


 驚きにモモンは目を見開く。そしてモモンは砕くというアイデアを破棄した。知性を持つアイテムはモモンも知らない系統だ。もしかするとアインズが喜んでくれるのではないかという期待が浮かぶ。


 ――ありえん。我が支配を弾くとは。汝、真に人間か?

「さてねー」

 ――いや、違う。汝、人にあらざる存在か


 ピクリとモモンの眉間が動く。


 ――我と共に人間たる種に死を与えよ。それこそ我を掴めし者の定め。死を撒き散らせ

「煩い」

 ――従え。我に従って、死を撒き散らせ


 今だ頭の中で従え、従えと繰り返し響く声。それに対してモモンは目を細めた。

 すぅとモモンは息を音を立てて吸い込む。それは心という溶鉱炉に風を送る行為にも似ている。


「――お前のような理解するだけの知能が無い、低級なアイテムをアインズ様に見せて、喜んでもらおうなんて考えた私が馬鹿だった」


 ミシリ、という音が珠から起こる。イルアン・グライベルの肉体強化が強大な効果となって発揮されている。

 それを可能にした感情――憤怒。

 それこそが今のモモンの感情をの全てをしめるものの名だ。


 ――!!

「――聞け、屑な石ころ。私はナーベラル・ガンマ。アインズ様たち至高の41人に忠義を尽くすものだ。その私が貴様のような下等なマジック・アイテムごときに支配されると? さらには従えだと? よく聞けよ、ガラクタ。私の定めは至高の方々に忠誠を尽くしきることだ。理解したなら少しは黙っていろ。同じことは二度と言わんぞ? お前如きアイテムでアインズ様が喜んでくださると思った私の愚かさをこれ以上見せ付ける行為はするなよ?」

 ――……

「ふん」


 モモンは皮袋――リィジーにポーションを渡した際にそのまま貰った皮袋に珠を放り込む。


「カスが。今度同じことを言ったら砕くどころじゃすまないからな」




 ■




「……なんだ、あれは」


 誰にも聞こえないよう、小さな声で呟く。それから目に焼きついた白き雷光の跡を、瞼の上から擦ることで追い払おうとする。


「……信じられん」


 信じられないが、今目にしたことは事実だ。

 ギグナル・エルシャイの仲間の冒険者。同じくAクラスの冒険者、スペルキャスターにして盗賊。ベベイ・オータンは驚愕の思いを押し殺し、自らの次にしなくてはならないことを思い出す。


 今回ここに来たのはモモンという人物の調査だ。ノービスの昇格試験の監査如きで、Aクラス冒険者のベベイほどの人物が呼ばれることは常識で考えればありえないといえる。事実ベベイ自身、依頼を受けた際は馬鹿にされているのかと思ったほどだ。しかし仲間であるギグナルの話を聞き、自らに依頼が来た理由が良く理解できたのだ。

 何より実態は監査ではなく、調査というほうが正解だということも。

 モモンという謎の人物の能力を調べろ。そういうことだ。

 特に危険かつ邪悪に近い、《アニメイト・デッド/死体操作》の魔法を使って、モモンにモンスターをぶつけるほど。


 モモンという人物の能力の一端は垣間見た。それはまさに信じられないものだ。

 スケリトル・ドラゴンを剣を使って吹き飛ばす。

 そして何より、魔法に対する絶対耐性を有するスケリトル・ドラゴンを魔法の力で滅ぼす。それこそが最も信じられない。

 ベベイは自らが低位だが魔法が使えるということも相成って、今、モモンが使用した魔法の強大さが手に取るように分かった。あれは第3位階でも第4位階でもない。より高位の魔法だ。第5、いや第6位階。もしかしたらそれ以上の伝説とも言っても良いクラスの。


「……やはり、信じられん」


 再び、自らの心の内を吐露し、ベベイは身を潜めていた場所から、僅かに体を動かす。

 この情報を持って帰れば、都市どころか、国家クラスまでも驚愕させるに相応しい、激震を生み出すだろう。しかしモモンという人物がこの能力を隠してたとするのなら、それは今、かなり不味い情報を得たということに繋がる。


 様子を伺っていたことが知れたら、殺される。

 ぞくりとベベイの背中を冷たいものが過ぎる。このベベイの予想は非常に高い確率で当たるだろう。


 直ぐに撤退を。


 ベベイは慎重に身を動かす。最もモモンに見つからないように、それでいてアンデッドと遭遇したりしないような帰路を脳内に描く。

 伏せていた場所から少しづつ動こうとし――


「あれは第7位階魔法。ナーベラルが使える位階からすると、上から2番目の位階に属する攻撃魔法だな。……魔法の説明もしたほうが良いか?」


 突如聞こえた第三者の――男の声が、ベベイの動きを釘付けにした。直ぐ背後。それほど離れてはいないが、真後ろではないという微妙な距離からの声。

 盗賊であるベベイに感知されないよう、そこまで接近されたということか。飛び退こうとして、それが適わないことによって生じる悲鳴を、ベベイは必死になってかみ殺す。

 特に動かなくなった手足を見て、その驚きは一層強まった。

 闇から手が伸びていたのだ。それも人間のものではない。鉤爪のはえたモンスターのものだ。混乱する思考の中、モモンが準備した伏兵かと考える。


 それを問おうと口を開こうとして、瞬時に口も手によって押さえつけられた。


「さて、さて。もう帰るみたいだが、すぐには帰せないんだ。少しばかり時間を頂戴させてもらおう」


 影から伸びた手が、ベベイの腕、足、口を押さえ込む。必死に動こうとするがまるで動かない。どれほどの力があるというのか。必死に目だけを動かし、情報を得ようとするが後ろにいる男の正体はまるで分からない。何らかの魔法によって動きを止められているようだった。

 必死に懐の中に入っている巻物へとべべイは手を伸ばす。ここで死ぬことになっても、最低限、今、手に入れた情報は渡さなければならない。

 しかし、そんなベベイの必死な行動を、あざ笑うように後ろからの声は続く。


「何かを取り出そうとしているみたいだが……《メッセージ/伝言》か? 無駄だな。この周囲は私が占術や探査術といった情報系の魔法は一切無効とする防御魔法を展開している。だから《メッセージ/伝言》も効果は発揮しない。大体、そうでなければナーベラルに既に発見されていたはずだぞ?」


 真実か偽りか。

 ベベイの心に迷いが生まれる。しかし現状においては、選択できる手は限られている。偽りだと判断し、必死に巻物へと手を伸ばそうとする。ほんの数センチが非常に遠い。

 そんな必死に抵抗をするベベイの耳に、後ろにいた謎の人物の歩くことが聞こえた。それはゆっくりではあるが、ベベイの元に向かっている。

 そして真後ろまで到着する。その間、必死に抵抗を繰り返していたベベイだが、その体はまったく動いていなかった。


「心配する必要は何も無い」ひやりとした手が――骨のような手がベベイの頭に置かれる「殺したりはしない。お前が気分良く家に帰れることを私は保障するとも。さぁ、気を楽にしてくれ」


 そして――




「やれやれ」


 記憶を操作され、得た情報をギルド長に報告しようとこの場を離れていくベベイの後姿を見送りながら、アインズは《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》を解除する。第9位階魔法という高位に属するこの魔法は、音や気配、体温、振動、足跡。そういった諸々すらも感知されなくなる最高位の不可視化魔法である。


「まぁ、ナーベラルのほうはこれで問題なしか」


 今回はナーベラルに失態は無かった。最後のベベイという盗賊も、アインズが隠しておかなければ《ディテクト・ライフ/生命感知》で発見できただろう。ただ、その場合はもしかすると《メッセージ/伝言》の魔法によって、ナーベラルの情報――第6位階魔法の《テレポーテーション/転移》が使用できるという情報が漏れていた可能性はあるが。


「……まぁ、可能性の話だが」


 そうはならなかった以上、可能性で考えても仕方が無い。第一、ベベイの記憶の中では感知しきれてなかったので、いくらでも誤魔化せたとは思うが。


「しかし……」


 アインズはベベイの足元。土が多少めくれた場所を眺める。


「冒険者も侮れないものだな……」


 もし記憶を読まなければ、確実にアインズも気づかなかっただろう。手足を押さえられたベベイが、必死に描いた盗賊文字による警告のメッセージなんか。

 強さではこちらの方が圧倒的に上だが、それでも何らかの手段を使って追い詰めに来るかもしれない。それはアインズを持ってして、警戒の念を再び呼び戻すのに十分な出来事だった。


「それに……」アインズはナーベラルの去っていた方角を向く。「何で楽できるようにナーベラルを送り込んだはずなのに、仕事っぷりを確認するためにわざわざ出向かないといけないのかなぁ。まぁ、敵地に乗り込むかもしれないという危険性も考えて、自分で来なかった罰なのかなこれは?」


 人選ミスとは思いたくない。事実恐らく、ナーベラル以上に適切な人選は無いだろう。その点に関してはアインズも自信がある。例外的にパンドラズ・アクターがいることはいるが。

 ただ、お願いしたいのは、自分達が――ひいてはナザリックが最強であると思っていることは構わない。だが、この世界に生きるものを侮る考えは捨てて欲しいということだ。

 しかしそれは――


「……難しいか」


 アインズはそう判断する。こればっかりは絶対な支配権を持つアインズが、命令しても変化させるのは難しい問題だ。恐らくはこの世界の存在がナザリックの存在に、それもNPCとして生み出された戦闘能力を保有している存在に敗北を与えない限りは決して変わらないだろう。

 つまりはアインズはその辺りも踏まえたうえで命令を出さなくてはならない。


「はぁ。面倒だな。しかし……スケリトル・ドラゴンを召喚するとはこちらの世界の魔法使いも侮れないじゃないか。私ですら下位アンデッド作成で1日12体が限界だというのに。サモン・スケリトル・ドラゴンとかいう魔法でもあるなら欲しいものだな」


 それからアインズは軽く肩をすくめた。


「さて、そろそろ何か言わないか? なにか独り言を言ってるみたいで寂しく感じるぞ。より良い考えがあったのなら言ってもらいたいのだが?」

「いえ、アインズ様。完璧な行動だと思っておりんしたので、わたしが言うことはなもないかと」


 ゆらりとアインズの直ぐ後ろに、《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》を解除して、シャルティアが姿を現す。シャルティアだけだ。他には誰もいない。


「……カーミラ候補はやはりここでは見つけられんか」

「はい。流石にこなたの都市では変なところから繋がりがあるかもしれんせんから」

「そう……だな。ではとりあえずナザリックに撤収するか」

「はい。……ところでナーベラルにはなも言んせんでよろしいのでありんすか?」

「ああ。私が来てると知ったら、自らの力を疑われたのではと思うかもしれんからな」

「そのようなことは無いかと。逆に感涙に咽び泣くかと思いんすが」


 自分ならそうでしょうと言葉を続けるシャルティアに、多少引きながらアインズは返答する。


「いやいや、それはそれで困ってしまうものだ。まぁ、情報を一部持って帰られたのだから、確かに多少口馬をあわせなければいけないところもあるだろう。また前のように《メッセージ/伝言》を使って操り人形をするか」


 ふと気づいたようにシャルティアはアインズに質問をする。


「そういいますれば、アインズ様。何故、スケリトル・ドラゴンとの戦闘も、記憶からかき消したりしなかったんでありんすかぇ? 」

「ふむ。そこまで改変してしまった場合、この戦場跡に我々の見落としたものがあったとき、記憶の食い違いがでるために非常に厄介になると判断したからだ。それを考えればスケリトル・ドラゴンの一体の退治ぐらいなら全然許容範囲だろ? 今回の問題は第7位階魔法を使ったということなんだから」

「確かに。あの程度のアンデッド退治ぐらいなら、冒険者であれば容易いことでありんしょう。まぁ、ヴァンパイアに苦戦するようでありんすが」


 シャルティアの返答を聞き、ようやく思い出したとアインズは言わん顔で、頬にあたる部分を骨の手で掻く。


「……そうだったな。ヴァンパイ如きにも苦戦するんだったな。もしかして不味かったか? スケリトル・ドラゴンも強敵だとか……」

「正直よく分かりんせん。こなたの都市にいる冒険者もそんな弱くは無いと思うのでありんすが……」

「……まったく。面倒なことだ。なんでそんな弱い存在ばかりなんだ? 我々の常識が通じないではないか……」




 ■




「それ嘘ですよね」


 ベベイの報告を聞いた魔術師ギルド長であるテオの第一声はそんなものだった。

 Aクラス冒険者のベベイの偵察によって得た情報を疑う。それはベベイの能力を疑っているのと同意語だ。そんな侮辱にも似た言葉をテオが即座に返した中にあって、ベベイの表情に怒りは見えない。それはうまく隠しているというのでも無い。ベベイとパーティーを共にして、幾多の試練を突破してきたギグナルですら、テオの発言に幾度も頷いているように、ベベイすら自らが見たものを信じきれて無いものがあったのだ。


「もう一度、もう一度聞きます。本当に、モモン殿、たった1人でスケリトル・ドラゴンと戦ったのですか?」

「ああ」

「しかも勝った?」

「ああ」

「――嘘ですよね?」

「……いや、本当だ」


 テオはやれやれといわんばかり態度で頭を左右に振ってから言葉を発する。


「スケリトル・ドラゴンは魔法に対する完全耐性を有するアンデッドモンスター。スペルキャスターの大敵ですよ? それをどうやってスペルキャスターのモモン殿が倒したのですか?」

「剣で殴ってだ」


 室内が静まり返った。

 何を言ってるんだこいつ。隠そうとしても隠し切れない感情が、テオの上に浮かんでいる。そしてそれに気づいていながらもベベイは何も言わない。それは逆の立場なら絶対に思う事だと理解しているからだ。


「……いえ、それもありえますよね」必死に何かを誤魔化しながら、テオは苦笑いを浮かべる。「あのアーティファクトの力です」

「おお、そうか。あのアーティファクトの」


 追従するようにギグナル。その顔も苦笑いが浮かんでいた。言っていて有り得ないなという気持ちが、両者を苛んでいるのが一目瞭然だ。


「では、スケリトル・ドラゴンでは無かったというのならどうだ?」


 この部屋の主であるプルトンが口を開いた。


「……見間違いはありえない。スケリトル・ドラゴンを俺達が見間違うはずが無い。そうだろ、ギグナル」


 ベベイの発言に苦いものを思い出したのであろう、ギグナルは目を細くする。そこにはかつての苦い記憶が浮かんでいるのだろう。


「……俺達はカッツェ平野において、かつてあの化け物と遭遇したことがある。あの数百人もの骨を合わせて作ったような、死によって汚染された体。あんなおぞましいアンデッドを見間違うはずが無い! 特にアイツには仲間を2人も殺されたんだぞ!」


 室内が静まり返る。ベベイの言うとおり見間違いでもないとするなら――


「スケリトル・ドラゴンの討伐難易度およそ48。Bクラスの冒険者でなんとかなる程度。それを1人で倒したということは――」ありえないようなことを口にするように、テオは一瞬息を吸い込んでから続ける。「Aクラスに匹敵する剣の腕を持つことになります。だとすると第3位階を魔法を使いこなし、なおかつ剣の腕もAクラスの冒険者級。なんですか、そんなスペルキャスターは私は聞いたことが無いですよ! だいたいそれは魔法も使える戦士じゃないですか!?」

「――テオ、興奮するな。そんな冒険者はここにいる誰も聞いたことは無い」


 プルトンに自制を求められたテオは、興奮し乱れた髪を手ぐしで整える。そんな姿を横目で見ながら、プルトンは室内の3人に自らの考えを話す。


「パナソレイ様が言っていたように、彼は常人では考えられない冒険者と思うべきだろう」


 同時に3人が頭を振る。ベベイの報告を聞いてなお、普通の冒険者だと思う者は、頭を思いっきり殴られて陥没している可能性を疑うべきだろう。多少でも知識のある冒険者であれば、当然と思うことなのだから。


「もしかするとかつて13英雄を目にした者は、同じような感想を抱いたのかもしれないな」


 そんなプルトンの呟きが聞こえつつも、誰も反論は持ち出さない。モモンという人物は英雄といっても過言ではない力を持っているということが証明されたのだから。もし仮に彼が13英雄の1人だと名乗ったとしても、否定できる自信は無い。それどころか認めてしまうだろう。


「もはや理解できない強さって奴だな」


 ベベイが呆れたように言う。

 事実、Aクラス冒険者を持ってして、モモンの強さは底が知れない。本当はベベイが様子を伺っていたのも知っていたとか言われても、やっぱりという感想しか浮かばない。


「モモン殿と会って、自分の常識がどんどん壊されていく気がします」


 テオの意見に皆が同意し、はぁ、というため息をつく。それからギルド長の部屋全体に脱力感が満ちた。


「しかし、感謝の言葉が絶えませんね。モモン殿がいて本当に救われました。スケリトル・ドラゴンと遭遇したら、Bクラス以上で無いパーティーはほぼ壊滅でしょうから」

「……しかし最近、この都市周辺で出ているアンデッドモンスターの強大さが増しているのでは?」

「あのヴァンパイアが原因だと?」


 ちらりとベベイを横目で伺いながらプルトン。それに対してベベイは何も言わない。ギグナルから薄々は聞いているのかもしれないが、公式に話を受けたわけではないので、知っているような雰囲気は見せてはいけない。


「いや、そんなことは無いと思います。強大なアンデッドの存在に引っ張られるように、出現するという話は魔術師ギルドのどの文献にも記載されてはいないですね。おそらくはたまたまでしょう」

「なるほど」

「……しかしどうにせよ、モモン殿はこれでFクラスの冒険者ということだ」


 そして室内の全員が一斉に苦笑する。あれがFクラスかよ、という笑いだ。


「もう、A+の冒険者の資格を与えてもいいんじゃないか? あれがFだなんて笑い話だ」

「まったく、ベベイの言うとおり。しかし彼がそれほど強いということは、師にあたるアインズという人物はどれほど凄いのか」

「なんだ、ギグナル。そんな奴がいるのか? あのモモンの師匠だろ? ……もう第7位階魔法を行使できるって言うことでいいじゃないか」


 苦笑いを浮かべながらのベベイの発言に異論を言うものは誰もいない。なんかそれでもいいんじゃないかという脱力感にも似た感情が全員を支配しているのだから。


「それでモモン殿はこれから?」

「そうだ。もう少ししたら時間的にも来てもおかしくは無い」

「ならば我々は――」

「そうだな、ギグナル殿とベベイ殿は隣の会議室に移動してくれ」


 ギグナルとベベイの了解を得、2人は隣の会議室に移動する。

 それから30分ほど経った頃、モモンがノックの後、入ってくる。


「おはよう、モモン殿――」




 ■




 昇格試験も終わり、ナザリック大地下墳墓に戻ってきたナーベラルが最初にしたことは、服をちゃんとしたものに着替えることだ。

 ちゃんとしたというのは無論、メイド服のことである。

 メイド服を着る。それはまさに戦闘メイドとして創造されたナーベラルにとっては、正装に着替えるといっても過言ではない。

 他の戦闘メイド――ユリやルプスレギナと軽い挨拶を交わし、ナーベラルは地下第9階層に下りる。


 そしてアインズに報告するために、主人の私室まで来たナーベラルを迎えたのは、幾人もの存在だ。部屋の主人以外に、この部屋にここまで集まったのは初めてだろうという人数だ。


 シャルティア、アウラの守護者を筆頭に、司書長――ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス。そして殆ど裸同然の格好をし、蝙蝠の羽を生やした女悪魔がアインズの前で平伏している。これはおそらくはデミウルゴス配下だろう。

 アインズの座る椅子後方にはメイド長ペストーニャと、戦闘能力の無いメイドが2人。天井の存在はこの際置いておく。

 室内を瞬時に見渡し、そう納得したナーベラルがアインズに頭を下げるよりも早く、アインズが軽く手を上げた


「良くぞ帰ってきた、ナーベラル。お前の報告は後で聞こうと思っている。まずはそこに並んでいてくれ」

「はっ、畏まりました」


 アインズは自らの座る場所に垂直になるよう、一直線に並んでいるものたちの方を指し示す。ナーベラルは深く頭を下げると、アウラの横に並んだ。


「では、司書長。デミウルゴスが手に入れた羊皮紙の具合はどうだった?」

「はい。検査の結果、第1位階から第3位階の魔法を込めることに関しては問題は皆無です。しかしながらやはりそれ以上のものを込めようとすると失敗に終わります」

「そうか……。だが、これで低位のスクロール作成に関しては問題は解決だな」

「はい、現状のところ問題は生じておりませんので、その判断でお間違いはないかと思います」

「ご苦労、司書長」それからアインズは視線を動かし、平伏する女悪魔に目を向ける「お前もご苦労だった。デミウルゴスにはよくやったと伝えてくれ」

「畏まりました」

「さて、ところでデミウルゴスが発見したこの羊皮紙。これは通常の羊から取れたものとは違うのだろう? なんという羊から取れたものなんだ?」

「アベリオンタールです」


 間髪いれない女悪魔の返答を受け、アインズは目を数度瞬かせてから、重々しく頷いた。


「ふむ。そうか……アベリオンタールか。……特別な能力は持っているのか?」

「単なるタール属に類する生き物です。特別な力は持っていないと思われます」

「そうか、よく分かったぞ」


 アインズは納得したという態度で話を打ち切る。しかし、実のところ、アベリオンタールなんていう品種をアインズが知るわけが無い。内心はクエスチョンマークで一杯だ。

 質問をしなかったのは、単純に部下の前で無知な姿を見せるのは、少々恥ずかしいからだ。それに羊の品種が分からなくても、デミウルゴスに任せていけば何ら問題はないだろうと考えたからでもある。

 アインズは気づかれないように周囲の部下達を見渡す。


 アインズは何でも知っている、そんな風に部下達は行動するが、正直勘弁して欲しい。アインズは絶対であるとか態度に出されても、無いはずの胃がきりきり痛むだけなのだ。

 アインズ個人としては、流石はアインズ様と納得するのではなく、実は知らないんだろうなと察知して、それがどういう品種のものか質問をすることで、間接的にアインズに教えてくれるような部下が欲しいものだ。しかし、そういう部下はナザリックにはいないということも認知済みではある。

 絶対の忠誠の代価として、その辺の頭が回る存在がいないのだ。恐らくはデミウルゴスなら何とかしてくれるとは思うのだが……。

 アインズは軽くため息をつき、女悪魔に向き直る。


「そのタールは大切に飼育するのだぞ。絶滅とかされて羊皮紙を得る手段がなくなっては困るからな」

「畏まりました。デミウルゴス様にはそう伝えておきます」


 うんうんとアインズは頷く。そして女悪魔に下がれと軽く手を振ることで意志を伝える。最後に一度深く頭を下げた女悪魔は静かに部屋を出て行った。


「さて、次だが、ナーベラルお前の報告を聞こう」

「畏まりました」


 ナーベラルは立っていた場所から、先ほどの女悪魔が平伏していた場所――アインズの机から少し離れた、イスに座る者でも全身が見える場所に跪く。それから話を始めた。


 アインズはナーベラルの昇格試験に関する話を黙って聞く。アインズが知っていた情報を補足するような報告だが、アインズはそれに対して口を挟まない。知らないということを前提にした態度だ。

 一通り聞き終わった段階で、可笑しそうに笑い声を上げた。


「なるほど、構わないじゃないか。歓迎として酒の一杯ぐらいご馳走になったらどうだ? 毒無効のアイテムがあればアルコールによって酔うことも無かろう?」

「ですが……」

「向こうの腹はこちらの情報を得ることと、パイプを作ることだ。前者は注意しなくてはならないが、後者はこちらとしても忌避すべきことでもなかろう。無論、お前が嫌なら無理にとは言わないが?」

「畏まりました。アインズ様。彼らの歓迎を受けたいと思います」

「頼むぞ、ナーベラル。ただ、感情に任せて殺したりするようなことの無いようにな? 先方はあの都市では権力を持っている存在なんだから」

「それは問題ございません、アインズ様。私も人間の社会を学び、昔よりは温厚になったと自負しております」


 アインズはナーベラルを真剣に眺め、それから視線を少しばかり外してから囁くように答える。


「……そうか。おまえがそう思ってるなら、そうなんだろうな……」

「はい!」


 自信満々のナーベラルの表情。それを眩しいものを見るように眼を細めるアインズ。


「それで報告は終わりか?」

「はっ! あ! まだ1つだけ、大したものではございませんが、あの都市の冒険で珍しいものを手に入れましたので、アインズ様に多少でもご満足いただければと」

「ほう」


 ナーベラルが懐から取り出した皮袋。それを見たペストーニャが横にいるメイドに指示を出す。銀の盆を取り上げ、ナーベラルのほうに向かおうとするメイドを、アインズは手を上げることで止めた。


「構わん。ナーベラル。ここまで持って来い」

「はっ」


 必死に隠そうとはするが隠し切れない喜びの感情を声に塗し、頬を僅かに紅潮させながらナーベラルは立ち上がった。

 本来であれば誰か第三者が受け取り、アインズの元まで持ってくるのが正しい行為だ。実際、デミウルゴスの配下とはいえ、さきほどの女悪魔の場合は後ろに控えるメイドが銀の盆の上に乗せて、アインズの元まで羊皮紙を運んだ。しかし、それを省略するということは、ナーベラルの立場の高さを、そして信頼の強さを周囲に教えることでもある。

 つまりは今、ナーベラルはアインズに『お前を信用しているから、直接もってこい』と言われたのと同じということだ。事実、幾人かの嫉妬の目がナーベラルに突き刺さる。ただ、それにナーベラルは気づかない。


 なぜならナーベラル自身には『お前達を創り出しし、至高なる創造者の代表たる私は、献身にして滅私奉公を尽くすメイド――ナーベラルに対して、その忠義に相応しいだけの信頼を寛大にも有している。それゆえ、本来ならば許されないところではあるが、特別に至高なる我が元までその身を直接運び、汝が手に入れたであろう詰まらなきものの開帳を許す』と聞こえたのだから。


 弾むような足取りで、ナーベラルはアインズの机の前まで来ると皮袋を非常に丁寧に置く。

 中身を心配してではなく、主人に捧げるということを注意しての行動だ。


 ナーベラルが先ほどの位置に戻っていくのを見送りながら、アインズは皮袋から1つの黒い珠を取り出す。それを手に取り、アインズはぐるぐると回しながら外見を観察する。それから魔法を唱える。


《オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定》


「ほう。これは珍しいではないか」


 アインズは感心したように頷く。


「40レベル相当のアイテムとは……。ふむ……。我々がナザリックを得たのは80レベルほどだったから、地下の宝物殿にあるアイテムもその辺のものが多い。逆に40レベル相当のアイテムというのは殆ど無いからな。コレクター魂を刺激されるではないか。それにインテリジェンス・アイテム?」


 アインズは何か喋れという言わんばかりに軽く小突く。しかし、何も声が聞こえないことに頭を軽く傾ける。それから何か納得したように、数度頷いた。


「ナーベラル、素晴らしい贈り物だ」

「はっ! ありがとうございます!」

「この働きに対し、何か渡さねばならんな。まず、40レベルのアイテムを貰ったのだから、同等の価値であるイルアン・グライベルは本当にお前にやろう。それと、追って褒美を出そう」

「ありがとうございます!」


 幾人かの羨ましげな視線がナーベラルに向かう。ちなみに最も強く激しいのがシャルティアで、一番弱いのがアウラだ。


「さて、そのうち、このアイテムはどうにかして話させてやろうではないか。今はそれよりもしなくてはならないことがあるからな、とりあえずは宝物殿に置いておこう」


 そう呟き、アインズが黒い珠を机の端に置こうとして――


 ――お待ちください、偉大なる死の王よ


 アインズは動きを止める。突如、聞こえてきた初めて聞く声に困惑したのだ。しかし直ぐに周りの部下達が、アインズの手に視線を集めていることを悟り、誰がその声を出したのかを理解した。


「ふむ。インテリジェンス・アイテムだったな」


 アインズは手の中の宝珠を、自分の目の前に無造作に置く。それからしげしげと眺めるが、何かを言う気配は無い。一体、何事だとアインズは考え、もしかしたらと口に出す。


「発言を許す」

 ――感謝いたします。偉大なる死の王よ


 予想は当たっていたようだ。再び話し出した宝珠に意識を向ける。その際、アインズの耳に微かに聞こえてくる、シャルティアとアウラの偉大なるの後に至高なるという言葉もつけたほうがいいんじゃないか、という小さな声での相談は努めて無視する。


 ――まずはあなた様のその絶対なる死の気配に、敬意と崇拝を向けることをお許しください

「まぁ、許そう」

 ――ありがとうございます。この世に存在するどの死よりも深き方、崇高なるその身に会えたことをこの世界に存在する全ての死に感謝します


 アインズはそのお世辞にしては心の篭りすぎている言葉に、背中がむず痒くなるものを感じながら、堂々としているように見えるよう胸を張る。


「それで、話しかけたということは、何か言いたいことでもあるのか?」

 ――はい。私風情があなた様にお願いを言うのは非常に不敬だということは重々承知しております。ですが、なにとぞ、この願いを叶えていただければと思います

「何事だ?」

 ――はっ。私は今まで死を撒き散らすためにこの世界に生み出されてきたと思っておりました。ですが、あなた様という偉大なる死の王を前にして、初めて私が生まれてきた理由を悟ったのです

「ふむ?」

 ――私はあなた様に仕えるためにこの世界に生み出されたのだと

「……ほう」

 ――偉大なる死の王よ。私の忠誠をお受け取りください。そしてあなた様の忠実なるシモベの端に、私も並べていただけますようお願いします


 頭があったら深々と下げているであろう、真摯な声だ。背もたれに体重を預けたアインズは丸めた左手を口元にあて、考え込む。部下にするメリット、デメリット、信頼できる存在かどうか。


 偉大にして至高なる死の王で決まりね。

 ナーベラルまで参加して、そんなことを言っているシャルティアとアウラの結構大きい声もやはり無視する。


「……良かろう。シャルティア!」

「はっ!」

「お前にくれてやる。アンデッドを支配する能力を持つお前には相応しい能力をこのアイテムは有しているぞ」


 しかしながら、シャルティアは申し訳ないという顔をして、アインズの様子を伺っている。


「……申し訳ありません。アインズ様より与えられるアイテムということであれば嬉しいのですが、40レベル程度のアイテムですと、私のクラス――カースド・キャスター及びカースド・ナイトの能力である『カースによる低位アイテムの破壊』によって壊れてしまう可能性が」

「ふむ……そうだったな。ならばナーベラル、お前に渡そう」

「え? よろしいので?」

「かまわん。お前が手に入れたものだ。何かに使えるのならば、お前が使うのが妥当かもしれん。それとイルアン・グライベルは取り返したりはせん。このマジック・アイテムをお前に貸すのだと思っておけばよい」

「はい!」

「それで構わんな?」

 ――私に異論や反論はございません。あなた様の命令に、そして決定に従うのみであります

「……それでなんと呼ばれたい?」

 ――どのような名でも構いません。偉大にして至高なる死の王よ

「……そういうわけにもいくまい。ならば先ほどの魔法で調べた死の宝珠でいいだろう」


 アインズはナーベラルに見えるよう、宝珠を掲げる。


「ナーベラル受け取れ」


 そうして放り投げた。放物線を描き、中空を舞った宝珠は、所定の位置に落ちるかのようにナーベラルの手の中に納まった。


「では、ナーベラルの報告は以上か?」

「はっ!」

「そうか、ではナーベラル。下がれ。そしてこれからも情報収集を頼むぞ」

「畏まりました!」



 部屋を外に出たナーベラルはドアが閉まると同時に、肺の中が空っぽになるほど大きなため息をつく。それからぐにゃりと背筋を歪むぐらい脱力をする。

 その姿にタイトルをつけるならちょうど良いのが、緊張感からの解放であろうか。


 アインズという人物をナザリックの存在が傲慢にも評価するなら、ナザリック大地下墳墓の頂点にして、ナーベラルたちにとっての最後の創造神だ。全てを捧げてもまだ足りぬ存在を前に、緊張するなと言うのはかなり困難だ。

 その分、褒められたときの感動はまさに天にも昇るようなものなのだが。


 緊張感からの開放と、褒められたことに対する喜びを記憶の中で追体験するナーベラル。そのとき手に持っていた宝珠が1つ脈動をする。


 ――ナーベラル様。かつてはこれほど偉大なる方に忠義を尽くしていたとは知らずに、暴言を吐いたことお許しください


 延々と繰り返されるアインズからの褒め言葉を味わっていたナーベラルは、意識を呼び戻した宝珠にちょっとばかりの苛立ちを覚えるが、それは直ぐにかき消す。


「まぁ、アインズ様の偉大さを知らなかったわけだしね。今回ぐらいは多めに見るよ」

 ――感謝いたします


 ナーベラルは手に持った宝珠を見下ろす。考えていたのはこの宝珠はナザリックで言うところのどの程度の地位に位置するのかということだ。

 アインズは何も言っていなかったが、至高の41人に直接創造された者よりどの程度下においてよいのか。これは難しい問題だ。そう、誰かに問うべきだと判断するしかないほどの。


 ――ではナーベラル様。偉大なるアインズ様のシモベとしてこの私を使い潰していただきますよう、お願いします。

「了解。その内このナザリック内の順位という奴を教えてあげるから」


 ナーベラルはそう言いながら、ふふんという自慢げな顔をした。


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