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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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昇格試験-2


 墓守の建物。

 名前は仰々しいが、実際は木でできた納屋のようなみすぼらしい建物だ。一言で言い切ってしまえば掘っ立て小屋だ。

 大きさは10メートル四方というところか。部屋の一角には4神に捧げられた祭壇が置いてある。そしてもう一角には暖炉、その横手には燃料として使用するための木々が積み重なっている。そして入り口脇には墓を掘るために使用される様々な道具が置かれていた。道具には使用された形跡――スコップであれば土が付いていたりしている。

 壁を構成する木の板は隙間があるのか、微妙な温かさの空気が室内に流れ込んでくる。冬にもなればここで一夜を過ごすのはかなり厳しいことが予見されるが、今は時期的に夏。その心配は無い。

 逆に虫が入り込んでくるが、不快といえば不快だ。

 そんなみすぼらしい建物の中、上からたれ下げられたカンテラの明かりの下、モモンは床に毛布を広げ転がっていた。

 カンテラの周りには、光に寄ってきた虫が飛び交い、その中でも大き目の蛾がぶつかり、ばたばたと音を立てている。


 モモンの昇格試験。

 その中身はこの墓地で1夜過ごし、夜警として巡回すること。そしてこの夜にアンデッドが出た場合はそれを倒すことである。勿論、アンデッドが出なければ単なる夜警で終わりだ。しかしながらそんな上手く終わる場所ではない。


 この広大な墓地は中央区画と東西南北の4方位にそれぞれ区画分けされている。それぞれは特殊な神聖魔法を込めた壁で遮られ、もし仮に強大なアンデッドが出たとしても、区画ごとに閉鎖し、各個撃破しやすい形となっている。これは昔あった失敗から得られた経験の知恵である。

 さらには各区画には避難所が設けられ、非常時にはそこに逃げ込むような手はずが取られている。

 そこまで聞けば誰も分かるだろうとおり、もはやアンデッドモンスターが出没するということを、前提に考えられた墓地である。これも戦場で死んだ無数の者を葬る場所――死が多く集まる――ということのためだろう。


 言葉は悪いが、呪われた土地ということだ。



 ぼんやりとモモンはカンテラに集まる虫を眺める。

 巡回の回数は3回。1度目が20:00、2度目が明日の1:00、そして最後の3度目が5:00だ。大体巡回にかかる時間は30分から1時間。そのため睡眠をとることはできない。


 現在の時刻は0:00を回ったところ。既に一回見回りに行き、何事も無く終了している。


 いや、正確に述べるなら、一方的な攻撃でけりがついたというところか。


 モモンと入れ替わりに墓所外に出て行った警護の神官の話によると、墓地内の東側区画の一部が現在、掘り返されているとのこと。そのためもしアンデッドが出没するとなるとその辺りだろうという注意を受けて、注意深くモモンは見回ったのだが、そこでスケルトン4体を発見したのだ。

 スケルトン4体程度の雑魚モンスターごとき、魔法を使うまでも無い。モモンは無造作にそこに乗り込み、鞘に収めたままの剣を4度振るっただけだ。

 これ以降アンデッドは発見できなかったので、これで1度目の見回りは無事に終了だ。


 ギルド長も言っていたが、特別強敵となるようなモンスターが出没する可能性は低そうだ。モモンは床に転がったままつまらなそうに欠伸を1つ。

 今回の任務に対し、様々なアイテムをアインズより一時的に借り受けたが、それを使う可能性は低いと思われる。

 ――そこまで考えた時、モモンはゆっくりと体を起こした。そのまま歩くと、立て付けの悪いドアを押し開ける。ミシミシという音と共にドアは開き、周囲の墓地の空気が流れ込んできた。


 静まり返った世界を見透かすように、モモンは外を眺める。

 かすかに漂う死者の匂い。

 それがどのような匂いなのかを、口で説明することは非常に難しい。それはナザリック大地下墳墓の1階層から3階層に入った者のみが感じる、死者の雰囲気とも言って良いものなのだから。


「いるな……」


 モモンは目を細め、闇を見通すように射抜く。

 闇を事実見通す目を持ってしても、墓地に動くものは存在しない。耳をそばだててみても同じことだ。

 ここからは感じないし、動く影は確認できない。しかしながら闇の中に、生が歪んだアンデッドの気配を感じる。しかしながら濃厚というほどの濃さでもない。モモンでは気づいたのが正直運が良かった程度の薄さだ。


 弱いアンデッド――スケルトンやゾンビ程度か?


 口の中で呟きながらモモンは、剣を腰に下げ、時間には少々早いが出立の準備を整える。




 モモンが墓地内を巡回すること、10数分。東側区画の一角に松明と思しき明かりが2つ揺らめく。そしてその明かりに照らし出されるように人影が複数。

 それを視認したモモンはその場で動きを止めると、影に溶け込むように身を潜める。背を低くするだけでは不十分だと考え、直ぐ側の墓石の後ろに回りこむ。もともと明かりを持たずに行動をしているモモンを、この明かりの無い場所で、なおかつこの距離で発見することはほぼ不可能だ。しかしながら魔法には闇視を得るものや生命を感知するものもある。油断をするわけにはいかない。


 墓石から少しだけ顔を覗かせるモモンの視界に映るのは、松明の燃え上がる赤い炎に照らし出される複数の人影。

 まずは松明を掲げたスケルトンが2体、先行する。そしてその後ろに人間が1、さらに二列縦隊で3人づつの6人で計7人となっている。


 先頭を堂々と歩くのは黒いローブを着た男だ。

 白蝋じみた病的な白い肌が、松明を照り返し、ぼんやりと輝いているようにも見える。

 頭部には髪の毛は一本も見受けられない。それどころか眉毛も睫も――体毛が一本も生えていないのでは無いだろうかと思えるほど毛らしきものが無い。そのために爬虫類にも似た気持ち悪さがある。

 骨と皮ばかりという言葉が相応しい腕が伸び、黄色の汚い爪の生えた手でしっかりと黒い杖を握っている。それはまさに人間というよりは、アンデッドモンスターにも似ていた。


 先頭を歩く男以外は皆同じような格好だ。

 これまた黒色のローブで、全身を完全に隠している。ローブは染めが荒いというか、ところどころに斑のような色の濃淡が浮かんでいる。どう評価しても質の良いものではない。そして頭には、顔までも隠した目だし帽状態の黒三角頭巾。

 手には同じような木のスタッフ。先端には変わった紋様のようなものが形取られていた。

 身長はそれぞれだが、体の輪郭からすると全員男だろうか。


 そんな一行の姿を見ながら、モモンは困惑した。


 外見だけで判断するなら非常に怪しい存在であり、攻撃を仕掛けるべきかもしれない。何よりこんな夜更けに墓地でこいつ等は何をしているんだ、という当然の疑問が生じる。大体、先行して松明を持っているのはアンデッドたるスケルトンだ。

 しかしながら今この場所にモモンがいるように、もしモモンの知らない特別なこの都市特有の儀式の参加者だったりしたら――そう考えると、範囲型の攻撃魔法を問答無用で叩き込むような行為は不味いだろう。

 モモンはこの都市に来てまだ15日ほどだ。知識は蓄えようと色々と情報収集はしてきたが、今だこの都市の全てを知っているわけではない。

 もし夜半に急な何かが起こって、死者を葬らなければならないとかいう理由があったりしたら。

 モモンは一行がゆっくりと歩いていく後姿を見送りながら、考え込む。


 今回の依頼はアンデッド退治。生きている人間は対象外ということで問題ないのではないだろうか。そこまで言い訳を思い描き、臨機応変という言葉を思い出す。


「誤射も一発ぐらいなら……」


 モモンはため息を軽くつく。

 無論、そんなわけには行かない。

 モモンの個人的な感情面では面倒なので殺して、死体は埋めてしまえばよいと言っている。しかしながらアインズに命令を受けたモモンとしては、そのような愚かな感情によってこれ以上失敗をすべきではないと叫んでいる。


「ああ、もう、メンドクサイな」


 モモンは遠ざかっていく一行に目をやると、ゆっくりと歩き出す。殺害というある意味最も簡単な解決策が取れない以上、せめて何をするためにここに来たのか。その程度の情報は入手すべきだろうし、最低限の判断材料を得るべきだろう。

 最終的には殺しても良いのかどうかという結論を。




 一行は後ろにモモンを引きつれ、墓地の一角まで歩いてくる。その間、一行がモモンに気づいている気配はまるで無い。

 一行はようやく到着したのであろう、墓地のある場所で何事かを開始し始める。つい最近掘り返されたような、そんなかび臭い土の匂いが漂う場所だ。

 一行は円陣を組み、一斉に何事かを呟きだした。

 風に乗ってモモンの場所まで、うねるような呟きが聞こえてくる。時に高く、そして時に低く。唱和の取れたその囁きは、祈りのようにも感じさせる。

 ただ、それは死者に対する敬遠なものや厳かなものではない。それどころか逆に何かを冒涜するような、あまり良い雰囲気のものではなく、何らかの邪悪な儀式のように思えた。

 では攻撃を仕掛けても良いのか。


 それがやはりモモンには分からない。


「この魔法はあまり好きじゃないんだけどなぁ」


 今より発動させる魔法は、逃げの一手のために使うものだ。モモンの個人的な好みからすると、あまり好きではない魔法に数えられる。というのもモモンの好みは、基本的に派手な攻撃魔法なのだから。しかし、この魔法は単純だが、効果的な結果を出す魔法でもある。これより何が起こるかわからないのだから、最低限の警戒はすべきだろう。それに攻撃されるならこの魔法をかけておいた方が良い。

 人間を侮るな。

 アインズに何度となく言われた台詞だ。モモンはその言葉を納得はいかないが、十分納得している。最高位者たるアインズの決定や助言にけちを出せるような愚か者はナザリックにはいないのだから。

 アインズが知った上で白を黒と言っているなら、それは黒なのだ。黒と認めない愚か者はどのような手段を使用しても黒と認めさせる。それがアインズに忠誠を尽くすものがすべき行動だ。


「じゃぁ、やりますか」


 モモンは軽く呟くと、魔法を発動させた。




 カジットは呪文を唱える。それは呪文というよりも祈願に近い言葉だ。

 そこに含まれたものは死に対する深い願いであり、生を歪められた存在に対する祈願だ。

 周囲の闇がより濃くなる。そして周辺の死が強まっていく感覚。生暖かい空気の中に、ピリピリとした肌をそばだてるものが徐々に含まれていく。この墓地の場所に満ちるもの――それはカジットにとって非常に慣れたものだ。


 カジット・ノーライフ。


 邪教集団『ズーラーノーン』の幹部に数えられる者の1人の名前である。第3位階までの魔法を使い、アンデッドモンスター作成方法に長ける存在で、教団を支配する十名の幹部の中でも上から数えた方が強いだけの権力を持つ。

 少なくない賞金すら掛かっていながらも、こうやって平然と都市の中の墓地を歩くだけの自信と、力を兼ね備えた人物だ。

 そしてカジットと共に円陣を組む者たちは、カジットが英才教育を施した自らの高弟である。そこらの魔法使いよりも、優れた魔法を使用することができる者たちだ。


 この都市はカジットにとっては非常に素晴らしい都市だ。まさに花丸を上げたくなるほど。

 というのも、現在カジットがいるこの強大な墓地にその理由がある。

 この都市の近辺では死者が非常に多く作り出される――それも戦争という怨念の多く生まれる場所によって、作り出される死者が多いのだ。そしてそこで作られた死者はこの墓地に埋葬される。確かに葬られる際に、しっかりとした手順を踏んだ神聖な儀式を受けることとなる。しかしこの巨大な墓地のように、怨念を抱いた死者が一度に集められると、どれほど正しい儀式を踏んだとしても、負の生命が互いに凝縮しあい、夜にもなると一種の異界ともいうべき空間が形成されるのだ。

 これほどアンデッドの誕生に向いた場所は無い。

 しかしそれほど適した場所とはいえ、大抵は低位のアンデッドしか生まれないものだ。だが、カジットならば、その場に溜まる力を生かして、より高位のアンデッド生み出す場所として活用できるのだ。


 今回もそれが目的でこのような行為を行っているのだ。

 そしてその行為自体は今までに数度。行ってきたが、全て問題なく終了した。今回もそのようになるはずだった。



「――で、そこで何をしているのかな?」


 突如、そんな軽い声がカジットたちに届いた。

 詠唱を中断し、ぎょっとした顔で高弟の幾人かが声のしたほうを向いた。そこには暗闇の中、ぼんやりと輪郭のみあった。形からするとそれは人間の男だろう。

 この墓地に侵入すること数度、初めての第三者との遭遇に殆どの者が浮き足を取られる。余裕を感じさせる男を前に。


「――カジット様」

「うろたえるな」


 高弟の1人の何かを求めるような声に対し、低く重々しい声でカジットは答える。


「何者だ?」

「単なる冒険者だよ。この墓地の警戒をしているね」


 カジットは周囲に視線を走らせる。その男以外に誰かがいるようには思えないが、1人しかいないはずが無い。ではどうやって潜んでいる者を引きずり出すか。そして何故、目の前の男は姿を見せたのか。何を目的としたものか。

 考えれば考えるほど、男の目的が読めない。カジットは困惑しつつも、高弟達に周囲の警戒を行うように指だけで合図をする。


「お前だけか? 他には?」

「私だけだよ」

「1人? 1人で何をしてるんだ?」

「それはこちらの台詞。そっちこそこんな場所で何をしてるわけ? カジットさん?」


 カジットは自らの名前を呼んだ愚かな弟子をチラリと見る。自らのミスに気づき、何か釈明するよう手を動かす愚か者から視線を逸らす。帰れば自らがどのような罰を受けるか、それが理解できているのだろう。その弟子の肩が力なく下がる。


「――お前の名は?」

「モモン」


 聞いたことの無い名前だ。一応、この都市の中の高位の冒険者の情報は集めている。その中にはモモンという人物の名前は無かった。一体何者なのか。偽名だろうか。そこまで考えカジットは疑問を追いやる。どちらにしろ解決方法はたったの1つ――殺すだけだ。


「仲間は?」

「だからは私1人だって」

「……何でこんな場所にいるんだ?」

「夜警。それでそっちは何してるの?」


 何故この男はこれほど簡単に喋るのだろうか。あまりにも簡単に話すために言うこと全てが信用できなくなっていく。カジットは再び《ダーク・ヴィジョン/闇視》と《シースルー・インヴィジビリティ/透明化看破》によって、特殊な視力を得たその目で周囲の様子を伺う。やはり何もいるようには見えない。

 ならばこの男は単なる愚か者と判断して次の手に出るべきだろうか。

 カジットはモモンに向けるものを何にするか決定する。


「お前は……バカか?」


 カジットの心の底からの思いのこもった言葉。モモンは不思議そうに顔を傾げる。それには答えずにカジットは命令を下した。


「スケルトン。松明を奴の方に投げ捨てろ」


 命令にあわせて2体のスケルトンが、モモンの方に松明を放り投げる。モモンの下までは届かないが、それでも松明の明かりにモモンは十分に照らし出される。

 逆に松明の明かりが届かなくなり、周囲に遠ざけられていた闇がカジットたちの下に戻ってきた。それにあわせ、カジットの冷たい平坦な声が響いた。


「――殺せ」


 瞬時に迷うことなく周囲の男達が、そしてカジットが魔法を詠唱する。唱えられたのは《マジック・アロー/魔法の矢》。カジットから3本、男たちからは2本の合計15本の光弾が、棒立ちの姿勢のままのモモンに殺到する。

 そして何本もの光弾に叩きのめされ、モモンの体が大きく吹き飛ぶ。松明の明かりの外にまで飛び出しながら、無造作に大地に転がった――。


「周囲を警戒しろ」


 カジットの命を受け、周囲に動く気配が無いか、高弟たちが円陣を組むように警戒に当たる。しかし周囲の闇の中、行動するものはいない。必死に耳を凝らしても同じことだ。墓地は相変わらず死の静寂を保っていた。


「……本当に愚かだな。1人で来るとは」


 動くものがいないことを確認したカジットは、馬鹿にした笑いをモモンに向ける。それを聞きつけた周囲の高弟たちも追従するように笑みをこぼす。


「さて……死んで無かったなら生贄にでも使ってやろう。調べろ」


 顎をしゃくると、さきほどミスした高弟の1人が足早にモモンの元に進み出る。

 大地に転がったモモンの体は、投げ出された人形のようにも見えた。四肢をぐったりと放り出し、ピクリとも動かない。モモンの元に来た高弟の1人は、覗き込むように顔を眺める。

 薄闇の中ではっきりとは見えないが、唇には吐き出したであろう血が付着し、目は見開いたまま白いものへと変わっている。傍からするとそれは完全に死んでいる。

 一応、念を入れて高弟は、モモンの喉首に手をやった。喉は今だ体温を感じるが、鼓動は伝わってこない。十数秒、そのままの姿勢を維持するがやはり鼓動は伝わってこなかった。

 振り返り、カジットに視線をやると頷く。


「……死んでいます」

「それで……何者だ?」

「こいつ自身が言っていた様に単なる冒険者のように思えます」高弟はモモンの持ち物をあさりつつ答える「クラスは……真鍮です」

「ブラス?」くつくつとカジットは笑う。「ふん。ブラス程度の冒険者が愚かな」


 カジットは腹の底から笑う。

 ここに連れてきたのは自らに従うものの中でも高弟たちだ。全てが第2位階の魔法を使いこなす者の集団。そんな者達が放つ《マジック・アロー/魔法の矢》の集中攻撃を食らえば、Dクラスまでの戦士であれば確実に殺せるだろう。それはブラス程度の冒険者に送るものではない。

 過剰すぎる。

 本当に勿体ないことをした。


「持ち物はどうしますか?」


 高弟の視線ははめられたガントレットに向けられているが、カジットは首を振る。魔法使いにとっての武器は魔法だ。剣や鎧、小手なんかを手に入れたところで上手く使いこなせない。だいたい、冷静になって考えれば分かるだろうが、クラスの低い冒険者がカジットたちが欲しがるような重要なアイテムをもっているわけが無い。


「愚か者。そのようなガラクタはどうでよい。儀式を行う。早く戻って来い」

「はっ! 師よ、申し訳ありません」


 離れた高弟は近くに落ちていた松明を拾い上げ、皆のところに戻っていく。モモンの体を闇が包み込んでいく。


「下らんゴミの所為で、この儀式は今日でひとまず中断だ。お前達の全て込めて儀式を完了させよ」


 口々に周囲の高弟達から同意の声が響く。カジットはスケルトンが掲げる松明の中に、皮袋から取り出した奇妙な粉を振り掛ける。その瞬間、紅蓮の赤き色から、青とも緑とも取れるような色へと炎の色が変化した。

 スケルトンによって掲げられるそんな松明の明かりの中、カジットが円陣の中に入り、とうとうと語る。


「さぁ、至高のアーティファクトたる死の宝珠に全てを集めるのだ」


 カジットがそう言いながら、スタッフを持つ手とは別の手に握ったマジックアイテムを、天に突き上げるように伸ばした。時折ゆれる松明の明かりによって、カジットの影が揺らめき、無数の影を思わせる。

 静まり返った墓地。

 周囲にわだかまる闇。

 炎とは思えないような色が、周囲に奇怪な明かりで照らし出す。松明から上がる獣脂の焼ける匂い。それらが混じりあい、ある種の幻想的とも言っても良い光景を生み出す。

 周囲の高弟達が極度の興奮状態から、トランスに入りかけたその瞬間――


「つまりは、敵ということで問題解決ですかね――」



 ――それを邪魔する声がした。

 カジットと高弟達は皆、我に返り、一斉に視線が声のした方に向かう。そして驚きの声が上がった。

 松明の明かりが届くかどうかという薄闇の中、死んだはずのモモンが平然とした顔で立っていたのだから。


 マジック・アローは第1位階――最下位の無属性攻撃魔法ではあるが、誘導性能に非常に優れ、一度放たれれば回避は不可能。なおかつ無属性であるために、防ぐことが困難だという魔法である。そんな魔法を計12本もの魔法を食らって、ブラス程度の冒険者が生き残れるわけがない。

 だが、彼らの前で平然としているということは、何らかの手段でそれを防いだとしか考えられない。とすると防ぐ唯一の手段。それは第3位階魔法にある防御魔法を使って、完全にダメージを打ち消したということだ。

 しかし、それでは矛盾が出てしまう。

 第3位階もの魔法を使える者がブラスであるはずが無いからだ。


 高弟達は混乱し、最も混乱している男に視線を飛ばす。それはモモンの生死を確かめた男だ。

 そう、その男が先ほどモモンが死んでいることを確認したのだ。ならば死者がアンデッドとしてではなく、生き返ったというのか。


「馬鹿な! 先ほどまで死んでいたはず!」

「死ぬわけ無いじゃない」


 モモンはあきれ返ったといわんばかりに軽く手を広げる。驚く高弟達は自らの師に対し、どのようにするべきかの判断を仰ぐ。それは部下としては正しいのかもしれないが、命の奪い合いを行おうとしている中にあっては、あまりにも致命的な行為だ。


「さて、攻撃してきたからには、殺しても問題ないでしょ?」


 モモンの広げた手のひらの中で炎が吹き上がり、それが集約し小さな球となる。その魔法は良く知られている魔法だ。そして自らの師が使う魔法でもある。それに気づいた高弟たちが慌てて魔法を発動させる。その魔法が発動すれば、自らたちの命がなくなる可能性が高いと理解できるから。

 防御魔法を発動させようとする者。マジックアローを放とうとする者。魅了の魔法を放とうとする者。脱力させる魔法を発動させようとする者。盲目の魔法を使おうとする者。炎の矢を放とうとする者。2体のスケルトンも手に持った松明で殴りかかろうと走り出す。

 ――しかし先手を取って準備し始めていたモモンを、止めるのに充分な速度で行動をおこせたものはいない。


《ツインマキシマイズマジック・ファイヤーボール/二重最強化・火球》


 モモンの広げた手のひらの中で、通常の2倍近く巨大に膨れ上がった火球が2発。それが同時に放たれる。

 ――着弾。

 広範囲に渡って業火が吹き上がり、一瞬墓場の周囲を煌々と照らす。魔法によって生み出された炎は瞬時に鎮火。しかしながらその破壊力は絶対なるものだ。

 効果範囲にいた6人の高弟、全てが大地に転がっていた。スケルトンは崩壊し、体を形成していた骨は脆くも灰になり、風に乗って流れ出している。

 そんな中、立つ影は1つ。


「ふーん。耐えるんだ。《エネルギーイミュニティ・ファイヤー/火属性無効化》?」


 そう問いかけ、カジットの顔に僅かな火傷の跡があることに気づく。

 ならば《エネルギーイミュニティ・ファイヤー/火属性無効化》より下の防御魔法。《プロテクションエナジー・ファイヤー/火属性防御》だろう。あれだけの火力の防ぎきるためにどれだけの魔力を注ぎ込んだのか。

 モモンは一度に全員を殺しきれなかったことに多少残念な気持ちが湧き上がるが、まぁ、許容範囲だろうと自らを慰める。実際、一撃で終わってしまうのは味気なさ過ぎるのだし。痛みの分は復讐したいという欲望もある。


「単なるバカではなく、第3位階まで使いこなすバカか!」

「……バカ? 人間ごときが……」


 モモンは眉間をひくつかせる。


「簡単には殺さないよ?」

「それはこちらの台詞だ! こちらの準備は既に整っている! 充分な死の量が集まった、この至高の宝珠の力を!」


 カジットは手に持った珠を掲げる。

 黒い鉄のような輝きを持つ、無骨な珠だ。磨かれてもいなければ形を綺麗に整えられてもいない。なんとか珠というべき形を取っているというべき、原石とかいう言葉が似合いそうなものだ。

 突如、業火に魂を焼き尽くされたはずの6人の高弟たちがむくりと起き上がる。それは生命の意志のある動きではない。死によって支配された動きだ。

 よたよたとモモンとカジットの間に立ち塞がるように動く。そんな光景を、モモンは不思議そうに眺める。


「ゾンビ? そんなので私の相手がなると?」

「ふはははは。その通りだな。だが、それでいいのだ! 襲え!」


 最下級のアンデッドたるゾンビに魔法を使う能力は無い。爪をむき出しに襲い掛かってくる元高弟達。それをつまらなそうにモモンは見ると、魔法を発動させる。


《ファイヤーボール/火球》


 再び打ち出された火球が炎を撒き散らし、範囲内にいた全ての高弟達を飲み込む。瞬時の炎が去ったあと、再び崩れ落ちるように高弟達が転がった。容易く一掃しながらもモモンの顔は冴えない。

《アニメイト・デッド/死体操作》は複数体を一度にアンデッド化させる力は無い。では今何をしたというのか。

 モモンの視線がカジットが手に持つ黒い塊に動く。先ほどの発言はブラフでもなく、おそらくはあのアイテムの力だろう。ならばあのアイテムは、複数をゾンビにして使役できるという効果なのだろうか。

 その程度の効果で至高なんという大それた言葉を使うだろうか。


 至高というのはアインズ様たち41名の方々に相応しい言葉だ。モモンではなく、ナーベラルがそう思っていると――


 まるでモモンの疑問に答えるかのように、カジットの歓声が響いた。


「充分だ! 充分な死の吸収だ!」


 カジットの手に持つ黒い塊がこの墓場の闇を吸い込み、ほのかな光を発しているように見えた。それは心臓の鼓動のように緩やかに脈を打っている。


 突如、大地が動いた。

 ――それは巨大なものが動こうとしている振動だ。


 そして大地が割れる。

 ――下から巨大なものが出ようとしてだ。


 割れた大地から、ゆっくりと白いものが姿を見せた。

 それはおおよそ3メートルはある人骨の集合体だ。無数の人骨が連なり、形どるものは首の伸びた4足の獣――ドラゴン。無数の骨を組み並べて作った尻尾が、一度、ドスンと大地を叩いた。


 それはスケリトル・ドラゴンと呼ばれるモンスターである。

 モンスターのレベル的にはモモンからすればさほど強くは無い。ヴァンパイアにも劣る存在だ。しかし、このスケリトル・ドラゴンはたった1つ、モモンにとっては致命的なまでの特徴を持つ。

 初めてモモンの顔に驚きと、苛立ちが浮かんだ。


「ふははははは!」


 カジットの壊れたような笑いが辺りに響く。


「さて、魔法に絶対なる耐性を持つスケリトル・ドラゴン。スペルキャスターにとっては手も足も出ない強敵だろうよ!」


 その通りである。

 スケリトル・ドラゴンはスケルトンが大抵持つ特殊能力に加えて、魔法に対する耐性を有している。それはつまり、モモンの魔法ではスケリトル・ドラゴンには通用しないことを意味している。ならば――

 モモンは鞘に収めたままの剣を抜き放つ。

 鞘と剣は紐で結ばれており、容易くは鞘がすっぽ抜けないようにされている。


「――殴り殺す」


 モモンは踏み込む。

 反撃をしようと前足を上から叩きつけてくるスケリトル・ドラゴンの一撃を綺麗に掻い潜る。前足が起こす豪風に髪の毛を揺らしながら、モモンは完全にスケリトル・ドラゴンの胸元に飛び込む。

 そしておもむろに全身の筋肉を込め――フルスイング。


 3メートルはあるスケリトル・ドラゴンの体が大きく吹き飛んだ。

 遅れて、ズスンと地面が揺れるような衝撃が広がる。


「なんだと!」


 驚愕したのはカジットだ。

 第3位階の魔法を使うだけでなく、戦士としてスケリトル・ドラゴンを吹き飛ばすだけの戦闘能力を保有する。そんな偉人は聞いたことも見たことも無い。どれだけの才能に満ち満ちていればそんな行いができるというのか。

 特にその筋力。

 スケリトル・ドラゴンは骨で構成されている関係上、見た目よりは軽い。だが、あくまでも見た目よりは、だ。魔法の力の追求に日々追われる、魔法使いの筋力でできる芸当ではない。

 慌ててスケリトル・ドラゴンの巨体の後ろに隠れるように移動しながら、カジットは叫ぶ。


「――き、貴様何者だ! さてはA+クラスの冒険者か! 名を騙ったな!」

「いやいや、ノービスだけどね」

「嘘を言うな! あれだけのことができる人間がA+でないわけが無い! この街にはいないはずだったが、私を追ってきたのか!」


 口から唾を吐き出しながら、憎憎しげにモモンを睨み付けるカジット。


「何でそう興奮するのか。冷めるよなぁ」

「き、きさま!」


 2ヶ月間の大儀式によって生み出されるスケリトル・ドラゴン。それがこんなわけも分からない奴に負けるというのか。カジットは歯が砕けんばかりにかみ締める。

 ゆっくりとミシミシキシキシと音を立てながらスケリトル・ドラゴンが起き上がる。胸部を構成する骨に大きくひびが入り、ぽろぽろと骨の残骸が零れ落ちる。


《レイ・オブ・ネガティブエナジー/負の光線》


 カジットの手から放たれた黒色の光線がスケリトルドラゴンに当たり、負のエネルギーを持って、傷を急速に回復させていく。


「魔法に対して絶対耐性とかいうわりに、魔法で回復させることができるんだからおかしいよね」


 モモンの茶々入れを無視し、カジットは魔法を使う。


《リーンフォース・アーマー/鎧強化》

《レッサー・ストレングス/下級筋力増大》

《アンデッド・フレイム/死者の炎》

《シールド・ウォール/盾壁》


 立て続けにカジットはスケリトル・ドラゴンを強化する魔法を使い続けた。

 スケリトル・ドラゴンの骨の体が堅くなり、偽りの生命によって生み出されている魔法的な筋力が増大し、生命を奪う負の黒炎が全身を包む、そして不可視の障壁が盾のように体の半面を覆う。


「ならこっちも」


《リーンフォース・アーマー/鎧強化》

《シールド・ウォール/盾壁》

《プロテクションエナジー・ネガティブ/負属性防御》


 モモンも立て続けに防御魔法をかける。

 やがて充分な防御魔法を掛け合った2人はまるで鐘でもなったかのように、タイミングよく戦闘に入った。




 モモンは剣を振るう。

 スケリトル・ドラゴンの前足を強打しながら、僅かに眉を顰める。

 先ほどは上手く決まったが、状況は決して良いとは言えない。というのもまず武器が不味い。

 スケリトル・ドラゴンは骨によって作られた体をしているために、刺突武器によるダメージを完全に無効にし、斬撃武器でのダメージも半減してしまう。最も効果的にダメージを与えるはずの殴打武器は、モモンは持ってない。そのために現在は鞘を無理に使用している状態だ。それでも戦況的な意味合いでは押してはいるが、実際は剣を振るった際のバランスは悪く、効果的にダメージがスケリトル・ドラゴンに伝わっているとはいえない。

 さらに鞘が付いているために、剣を振った際のバランス感覚も微妙に狂う。

 これが戦士であれば上手くバランスを取ることも出来るのかもしれないが、モモンはスペルキャスター。あまりその辺まで上手くこなせているとは言い切れない。


 スケリトル・ドラゴンの前足が、身をかがめたモモンの頭上を横殴りに振り抜かれる。スケリトルドラゴンを包む黒い炎が、回避したモモンの体に纏わり付くが、《プロテクションエナジー・ネガティブ/負属性防御》の防御効果に阻まれ直ぐに掻き消える。

 防げなかったら回避したとしても、追加効果によるダメージを受けていただろう。


《レイ・オブ・ネガティブエナジー/負の光線》


 カジットから魔法の光線が飛び、スケリトル・ドラゴンの傷を癒す。

 これもまたモモンが眉を顰める要因の1つだ。多少の傷を与えても、直ぐに後方に控えるカジットが傷を癒してしまう。ではカジットを先に攻撃したらどうかという案だが、これはカジットがモモンとの一直線上に、スケリトルドラゴンを配置するように動くことで防がれてしまう。

《ライトニング/電撃》のような貫通する魔法を使用したとしても、スケリトル・ドラゴンの魔法に対する絶対耐性によって防がれてしまう。範囲系の魔法である《ファイヤーボール/火球》はカジットの防御魔法によって殆ど効果は無い。

 ならば精神系魔法等の、抵抗を撥ね退ければ一撃で勝負が付く魔法――。


《――チャームパーソン/人間魅了》

《――マインド・オブ・アンデス/不死の精神》


 モモンとカジットが同時に魔法を発動させる。モモンは人間種を魅了する魔法を。そしてカジットは精神系魔法を無効にする魔法を。

 結果――カジットが勝ち誇ったようにニヤリと笑い。モモンは舌を打たんばかりに顔を顰める。

 カジットの笑みに気を惹かれすぎたのだろう。モモンの顔に影が掛かった。


 モモンの視界内全体に広がる白い塊。

 ――回避は難しい。

 瞬時に、思考をめぐらせ、剣先を肩に当てることで剣を盾のように構える。剣を持つ手と接触していた肩から、全身に痺れるような衝撃が走り、モモンの体が大きく中空に舞い上がる。

 顔面を狙ったスケリトル・ドラゴンのテールアタックによって、吹き飛ばされたのだ。


「と、っとっと」


 バランスを崩すことなく見事な動きで足からしっかりと着地するものの、モモンはたたらを踏みながら後退する。

 絶好の機会だというのに、スケリトル・ドラゴンの追撃は来ない。それはカジットを守るために、あまり近くから離れないのだ。そんなスケリトル・ドラゴンを観察しながら、モモンはビリビリと震える手を、ぶらぶらと数度振って痺れを追いやろうとする。

 そんな中、カジットがスケリトル・ドラゴンの影から顔を覗かせ――


《――アシッド・ジャベリン/酸の投げ槍》

《――ライトニング/電撃》


 カジットから飛来した緑色の槍のようなものがモモンの体にぶつかる。本来なら酸の飛沫による負傷を与えるそれは、モモンの鎧の数センチ手前で弾け、魔法の効果を失って掻き消える。それと同時にモモンの指から放たれた雷撃は、スケリトル・ドラゴンが前に立つように動くことで無効化された。


 カジットとモモン、両者が舌打ちを交わす。


「防御魔法をかけているか」

「そっちも後ろに隠れてないで出て来たら?」

「何故、そんなことをしなくてはいかん?」

「時間が掛かると不利なのはそっちだと思うけど?」

「……」


 図星をつかれたカジットが鋭く、モモンを睨む。それに対し、モモンは平然と笑う。


「……仕方あるまい」


 何かを決心した、そんな態度で再びカジットは奇怪な球を握り締める。そしてそれを天に翳した。


「では聞こう! たった1体だと思ったか、と! 見よ! 死の宝珠の力を!」


 ぐらりとモモンの体が揺れる。それは再び、大地が振動している証だ。

 再び大地が割れ、無数の人骨で形成された竜が姿を見せる。


「……2体目か」

「ふん! 半年にも及ぶ大儀式の結果をここで使用しなくてはならんのは少々勿体ない気もするが、お前を殺し、そのままこの都市に死を撒き散らせば、多少は元は取れるだろうよ!」


 あまり動揺してないモモンを前に、カジットは怒りとも困惑とも知れないものを声に混ぜながら、勝ち誇ったように怒鳴る。


「ひゅっ」


 鋭く息を吐き捨て、モモンは走る。常人では考えられないようなスピードによる疾走。虚を突かれたカジットが驚きの表情を浮かべるが、それは無視する。

 スケリトル・ドラゴンは自らの攻撃範囲内に入ってきたモモンに対し、その前足を叩きつけようとする。

 モモンは体を捻り、右に並ぶスケリトル・ドラゴンの前足の一撃を潜り抜ける。しかし、そこに待つのは左のスケリトル・ドラゴンの尻尾による、地を抉るような低い薙ぎ払いだ。

 モモンは大きく飛び退く。目の前、ギリギリの空間を巨大な尻尾が音を立てながら薙ぎ払っていく。そして途中で動きを変え、上に跳ね上がる。そのまま飛び退いたモモンめがけ振り下ろされた。

 大地が振動するような重い一撃を、左に回避したモモンだが、右側のスケリトル・ドラゴンが迫り、その前足を叩きつけてくる。


「ぐっ!」


 勢い良く振り下ろされた前足を、剣で受け止める。半端ではない重みが掛かるが、モモンは平然とそれを受け止め、逆に押し返す。攻めていたスケリトル・ドラゴンが後退し、またほんの少しの戦闘中の空白の時間が生まれる。


「……お前は何者だ? 武技も使わずに防ぎきるとは……どうやってその肉体能力を得ている!」

「普通に鍛えて」

「バカにしているのか!」

「切れやすい奴だなぁ。あの女といい……なんか腹が立つなぁ」


 ギロリとモモンはカジットを睨む。カジットでさえ寒気を感じ、一歩後ろに下がってしまうほどの強い視線だ。


「やれ! スケリトル・ドラゴン!」


 再び、2体のスケリトル・ドラゴンがカジットから離れない程度の距離を保ちながらモモンに襲い掛かってくる。


 スケリトル・ドラゴンの攻撃を避け、踏み込もうとして、もう一体の攻撃を回避するためにそのチャンスを失う。そんな戦いが何度繰り消されたか。朝日が昇るまでそんな戦いが続くと思われる中にあって、ついに決定打になる出来事が起こる。


《アシッド・ジャベリン/酸の投げ槍》


 顔面めがけ飛んできた魔法の槍を、思わずモモンは顔を振って回避してしまう。

 それは充分な失策だ。当たっても効果は無いのだから気にしなければよい。しかしながら、思わず顔をめがけ飛んできたために反射的に回避してしまった。これは直接戦闘能力には力を入れていない、スペルキャスターならではの失策だろう。

 そのミスのつけは大きい。

 ミシィっという大きな音と共にモモンの視界が急激に変化する。一気に横に流れていくのだ。

 一瞬の無重力を味わい。地面に叩きつけられる。スケリトル・ドラゴンの尻尾の薙ぎ払いを左上腕部分に受けたのだ。ごろごろと転がり、今、自分がどうなったのか認識できなくなる。

 何回転したのか。

 ようやく止まったモモンだが、複数の防御魔法によって守られているためにさほど痛みは無い。ただ、転がったモモンの目の前に2体のスケリトル・ドラゴン。両方とも前足を持ち上げている。


 絶体絶命だろう。そう、普通であれば。


「降伏するなら助けてやっても良いぞ?」


 勝利を確信したカジットがモモンに対し、サディスティックな笑みを浮かべて返事を待つ。

 無論、命乞いをしたからといって、死の宝珠に半年もかけて込めた力を全て解放させることとなったモモンを助ける気は無い。しかしながら、命乞いをさせた後で、踏み潰されるときモモンがどのような表情を浮かべるか。カジットはそれが楽しみで仕方が無かった。


 それに対して上半身のみを起こしたモモンは怒りに表情を歪めた。


「……げ…ふ…いが」

「……何?」


 距離が離れすぎていてモモンの声は聞こえない。この場所が墓地という静寂に包まれた場所だから、なんとか聞こえたような小さな声だ。

 モモンがじろりとカジットを睨む。それはカジットからすると非常に不快な目つきだった。下から見上げられているはずなのに、見下されているような視線。

 今度の声はカジットも聞こえた。それは――


「人間風情が舐めた口を叩くなよ、ゴミが」

「――何?」


 人間風情。

 まるで自分が人間ではないと言わんばかりのモモンの発言にカジットは混乱するが、これ以上は楽しめないと判断し、命令を下す。


「潰せ、スケリタル・ドラゴン!」


 2つの前足が動き出す中、モモンは呆れたように笑った。


「……で、さぁ。……勝てたと思った?」


 スケリトル・ドラゴンの骨でできた前足が、転がったままのモモンを叩き潰そうと振り下ろされる。瞬き1つでぺしゃんこになるだろう、その中にあってモモンの魔法は発動した。


《テレポーテーション/転移》


 瞬時にモモンの視界が切り替わった。


 モモンが飛んだ先は上空500メートルの地点。

 無論、翼の生えていないモモンは大地に向かって落下する。空気抵抗を考えなければ、おおよそ10秒足らずでモモンの体は地面に叩きつけられることとなる。

 上下の認識が難しい漆黒の世界の中、轟々と風が全身に吹き付けてくる。そんな常人であれば恐怖に捕らわれたとしてもおかしくない世界にあって、モモンは平然と笑う。


《――フライ/飛行》


 徐々に落下が治まり、モモンの体は空中に固定される。下を見れば先ほどの戦場。カジットと2体のスケリトル・ドラゴン。モモンの姿が見えなくなったことに驚いているのか、周囲をきょろきょろと見渡している。

 モモンは視線を動かし、墓場の周囲を見渡す。探したのはカジット以外の人間だが、その姿は確認できない。だが、注意に越したことは無い。


《ディテクト・ライフ/生命感知》


 魔法の発動によって、周辺の生命の感知を行う。その結果、やはり周辺に人ほどの大きさの生命は無いと認識できる。ならばそれは――。


「……モモンを止めて、ナーベラルになっても良いってことかな」


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