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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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検討-2


 昼時の冒険者ギルド――1階受付はさほど込むものではない。というのもこの時間まで冒険者がたむろすることは少ないからだ。

 基本、仕事を遂行するために都市を離れる冒険者は、夕暮れが来るまでに少しでも距離を稼ごうと、朝早くから出発する。これはまぁ、旅人の当たり前の知識なのだが。

 それにギルドの依頼の更新は基本的には朝方だ。その関係もあって仕事を求める者は、より良い仕事を見つけようと朝早くからギルドを訪れる。

 そのためにお昼時はガラッとしているのだ。勿論、これはエ・ランテルの話であり、王都のような様々な仕事が舞い込むところにもなれば、また別の話ではあるのだが。


 受付嬢――ウィナ・ハルシアは、誰にも悟られないように欠伸を上手くかみ殺して、ぼうっと入り口の扉を眺めていた。ちなみに欠伸の回数は、この3分間で10回を数える。

 昼飯を食べた後に眠くなるのは人間として避けられない宿命だが、食事前のすきっ腹でこれだけ眠くなるのはわけがある。それにぼうっとしてるのも、当然ワザとではない。

 今日は他のやるべき仕事が少なかったために、この時間までに既に殆どが終わってしまってためだ。つまりは今現在、ウィナは非常に非常に――この部分を数度強調するぐらい――暇なのだ。

 軽く頭を動かし、同僚が遅く来た冒険者のリーダーを相手にしているのを羨ましげに眺める。忙しすぎるのも確かに嫌だが、何もせずに座布団を置いたイスに座っているのも嫌なものだ。

 もぞもぞと、安産型と言われる少しばかり大きめなお尻を動かし、ウィナは座布団の位置を微調整。そうしてから11度目の欠伸をかみ殺す。

 このまま隣で冒険者とトブの大森林近郊で出没するモンスター退治に関する話をしている同僚の声でも聞きながら、のんびりしているかと諦めきった頃――


 ゆっくりと入り口の扉が開く。


 日光を背負いながら1人の男がゆっくりと入ってきた。腰にはそこそこ立派な剣を下げたこと以外、特に評価すべきところの無いような冴えない男だ。服装はさほど貧しくも汚れてもいないが、あまりぱっとするモノでもない。駆け出しの冒険者よりは、ちょっとだけ良い格好だ。ただ、無骨なガントレットがあまりにも浮いているが、冒険者というものはそんなものだ。

 首元から下げられたブラス製のギルドメンバーカードが、男の動きに合わせ揺れていた。


 つまりはノービスもしくはFクラスの冒険者ということか。ウィナは心の中で納得し、男の行動を目で追う。

 男は周囲を見渡し、観察するように伺っていたウィナと視線を合わせると、カウンターに向かって歩き出した。


 ガタンという、突如聞こえた横からの微かな音に反応し、ウィナは隣で説明をしているイシュペンの方に視線を動かす。


 ――そして目が合った。

 イシュペンは目だけをぎょろっと動かし、ウィナを見つめている。たまたま前にいる冒険者は手元にある羊皮紙を見下ろしているために気づいていないようだが、失礼極まりない行為だ。


 何やってるの、こいつ。

 あまりに異様な行為に、思わずそんな言葉を口にしそうになって、それを抑える。というのも先ほど入り口から入ってきた男がウィナの前に立ったからだ。


「――申し訳ないです。約束の時間に遅れました」

「えっと」

「ああ、モモンっていいます。今日、ギルド長に呼ばれて来ました」


 その言葉でウィナは上司から言われた内容を思い出す。

 本日、モモンという名前のノービス冒険者が呼ばれているので、来たら4階の会議室まで案内するように、という話だ。時間は――そこまで考えたウィナは、確かに約束の時間から既に30分以上経過していることに気づく。


「モモンさんでしたか。話は承っています。では早速4階の会議室までご案内しますので、付いてきていただけますか?」

「はい、お願いします」


 イシュペンがカウンターの下で、ばたばたと手を振っているが努めて無視をする。恐らくは私が相手にするとでも言いたいのだろう。

 というより、今相手をしている冒険者に集中しろ、である。曲がりなりにも受付嬢として仕事をしているのだ。今目の前にいる冒険者に集中しないで如何する。

 ということを帰ったら言ってやろうかなんてことを思いながらウィナは立ち上がると、先行するように歩き出す。



 カウンター裏手のドアを開け、モモンを4階に案内していく中でウィナが思ったのは、なんでノービスの冒険者を4階という最重要機密等が多くある階の会議室に案内するのだろうか、というごく当たり前の疑問だ。

 しかも本日はその4階の会議室には、エ・ランテルでも有数の重要人物たちが集まっている。その会議に参加するほど重要な人物には、後ろからついてくるモモンがどうしても思えないのだ。


 そこで先ほどのイシュペンの変わった行動を思い出し、彼女が言っていたことを思い出す。


「ああ、ライバルか……」

「は?」


 思わず呟いた言葉に、すぐさま後ろから反応がある。ウィナは誰もいないと思って呟いていた独り言を、聞かれたような恥ずかしさに耳まで真っ赤にする。そして後ろを肩越しに見ると、片手を振りながらモモンに必死に言い訳をする。


「い、いえ、なんでもないんです!」

「そうですか?」


 なんでもないようには見えない、そう言いたげな顔をするモモンから視線を動かす。

 恥ずかしい。思いっきり恥ずかしい。あとでイシュペンを殴る。そんなことを思いながら、互いに何も言わずに階段を昇りきり、ウィナはモモンを約束された4階の会議室前まで案内する。


「こちらになります」

「はい、ありがとう」


 ノックをし、部屋の中に入るのを確認したウィナはその場を後にする。


 そんな帰ってきた彼女を迎えたのは、イシュペンの歯をむき出しにした歪んだ表情だ。


「……何よ、その顔」

「私が案内しようと思っていたのに」


 ぶすっと膨れた顔で返事をするイシュペン。その反応はまるで恋する少女のようで――。


「あんなのが趣味なの?」

「なわけないでしょ」


 一言でばっさりと切られる。


「あの人はそんなんじゃ無いわ。私が見込んだ、宿命のライバルね。今回ついに彼に教えられると思ったのに……」

「何を言ってるの、こいつ」


 ドヤ顔で遠くを見るように呟くイシュペンを前に、ウィナはため息をつく。

 イシュペンも悪い奴ではないのだが、奇怪なところが一箇所だけある。それさえなければいい友人なんだけどなぁ。

 そんなことを思っていると、イシュペンの好奇心に満ち満ちた目がウィナを正面から見据えている。


「――な、なによ、その目」

「何事だったの?」

「ん? モモンって人の件?」

「ええ。ノービスにも拘らず4階の会議室に、それも都市長とかと一緒の時に呼び出されるんだから、かなりの厄介ごとでしょ?」

「でしょうねー」

「まぁ、私のライバルだから呼ばれてもそんなものかなんて思うんだけど――」

「――その考えはおかしい」


 常識で考えればノービス、駆け出しの中の駆け出しの冒険者が4階の会議室に呼ばれるなんて言うのは聞いたこともない事件だ。考えれば考えるほど、色々な予想が頭を過ぎる。

 例えば、身分を隠した大貴族とか、すさまじい力を持った戦士とか……そこまで考え、ウィナはないないと頭を振る。どう贔屓目に見ても――イシュペンのような例外は除いて――大したことの無い冒険者だった。


「だったらなんで呼ばれたのかな?」

「だから私の――」

「この前から言ってるけど、あなたのその考えはおかしいから」


 軽くイシュペンに言い返すが、確かに先ほどのモモンという人物の件は、ウィナの好奇心を強く刺激する内容だ。誰かに聞いてみようかな、そんなことを軽くでも考えてしまうほど――。




 ■




 遅れて入ってきた男――モモンに、冒険者ギルドの長であるプルトンが全員を代表して、各自1人づつ紹介していた。都市長であるパナソレイは当然一番最初のはずなのだが、願って順番を最後に回してもらっている。

 というのも、モモンという人物を観察する時間が少しでも欲しかったからだ。確かにモモンという人物に関する大雑把な部分はプルトンから聞いた。しかしながら聞くと見るではやはり違うのだ。


 パナソレイは豚顔をしつつも、モモンをじっくりと観察する。

 最初に思ったのは、室内なのにガントレットを外さないのは何らかの理由があるのかという益体も無いことだ。

 とはいえ、冒険者は変わった者が多い。ギルド長であるプルトンが触れなかった問題に、あまり冒険者というものを知らない人間がなんのかんの言うのは不味いだろう。

 そう判断したパナソレイは黙って、仔細に眺めることとする。


 表情や立ち振る舞い、そして纏った空気に、驚愕するほどの何かは感じない。基本的には単なる一般人だ。しかしながら若干、姿勢や動きといったものが綺麗な気がする。パナソレイはモモンという人物が、元々何らかの高度な教育や躾を受けたのだろうと予測する。

 実際、貴族の三男とかが冒険者になるのはさほど珍しいことではない。無論、大抵は最初の冒険で命を落とし、大成するのは一握りもいないのだが。

 トータルとしてパナソレイのモモンという人物評価は、元々はそういう上流階級出身なんだろうか、という疑問が浮かぶ程度ものだ。それ以上は残念ながら掴めなかった。


 それよりもパナソレイが驚いたのは、モモンが非常に自然体だということだ。

 ギルド長といった都市の権力者たちを30分も待たせたというのに、それをなんとも思っていない図太さ。それどころか、待たせて何が悪いという、圧倒的な高慢ともいえる空気が漂っていた。

 冒険者というものは基本的には時間に厳しい。というのも約束とか契約というものを、彼らは決して裏切らないように行動するからだ。そう知っているパナソレイからすれば、このモモンという人物はあまりに異端だ。


 駆け出しだからこんなものなんだろうか。


 さほど冒険者一般に関して詳しいわけではないパナソレイは、そう判断する。いや、そう判断するしかなかった。流石にモモンが自らのことを、上位者として考えているわけはないだろうと思って。


「――そして順番が狂って最後になるが、エ・ランテルの都市長――パナソレイ・グルーゼ・ヴァウナー・レッテンマイア殿」

「プヒー。はじめましてモモン君。プヒー」

「はじめまして、都市長殿」


 軽く頭を下げるモモン。

 そこでパナソレイは、本当に微かに眉を寄せた。


 侮蔑、疑心、困惑、失望。

 初対面の人間にそういった感情を込めた眼で見られることは非常に慣れている。しかしながら今まで経験したことの無い、形容しがたいものを一瞬だけモモンの瞳から感じ取ったのだ。これは多くの人間――海千山千の人間たちと会ってきたパナソレイだからこそ、鋭敏に察知したのだろう。その証拠に周囲の誰もなんとも感じてないのが、見て取れる。

 その奇妙な感覚はなんだろうか。パナソレイは考え込み、非常に似た瞳の持ち主に思い当たる。


 そうだ。王国の貴族に1人だけいた。影で蛇とも嫌悪される大貴族。

 あの実験対象を観察するような、瞳孔の大きく開いた気持ちの悪い瞳に似ているのだ、と。


 再びモモンの瞳を正面から覗き込み、パナソレイは全身を襲うような寒気に襲われた。何故、寒さを感じたのか残念ながら表現することはできない。

 外見やにじみ出る人間性から判断するなら、どう好意的に評価しても、そこらにいそうな凡百の人間だ。決してパナソレイが寒気を感じるような人間ではない。


 ただ、何故か――油断はできない。これは慎重性を要する対象だ――。

 そう思った、パナソレイは表情を引き締めた。


 その表情の変化は室内の全てのものに伝わった。

 当たり前だ。悪く言えば豚のような締りの無い顔が、急激に都市長の顔つきへと変化したのだから。


「ん!」


 喉に溜まった悪いものを押し出すかのような、そんなパナソレイの声が室内に響く。


「――はじめよう、プルトン」

「はい、都市長」


 臨席する都市長の言葉に押されるように、プルトンはモモンに話し始める。


「実は今回来てもらったわけは大したことではないのだよ。ある女性の冒険者が冒険の最中、大怪我をしてね。その際に君から貰ったというポーションが非常に優れた効果を発揮したのだよ。それで、その話を聞きつけた私たちが、それを見せて貰おうと思って呼ん――」


 突然、パンと小気味の良い、手を打つ音が室内に響く。その音に気圧されるようにプルトンは口を閉ざした。全員の視線が音の出所――厳しい顔をしているパナソレイに向けられる。


「よせ、プルトン……隠し事は無しだ。真実を告げるべきだろう」

「それは都市長……」


 プルトンは眉をひそめる。当たり前だろう。強く信頼できる冒険者ならともかくとして、相手はつい最近ギルドの所属したばかりの新人だ。この都市周辺に危険なヴァンパイアが徘徊している――なんていう機密性の高い情報を流すには、危険が大きすぎる。もしこの情報が外に知れれば、すさまじい問題になるのは確実だ。それぐらいなら無理があろうが、適当な嘘で塗り固めた話でお茶を濁した方が良い。

 それは出席しているテオ、リィジー、ギグナルも同意見なのだろう。プルトンと同じように眉をひそめていた。


「……モモン君。私は君を高く評価している。そのために真実を口にするべきだと思うが、この話は内密にしてもらえるかね?」

「勿論です」


 打てば響くというような反応。だが、この場合においては信用性の欠ける返答に、誰の目からもそう見えた。しかしながら初対面の都市長が高く評価するといった人物だ。それに対し、面と向かって異を唱えるのはどうも気後れする。

 プルトン、テオ、リィジー、ギグナル――4人は互いに目配せをしあい、誰かがそう言葉を発することを押し付けあうが、その火のつきそうな爆弾を拾い上げるものはいない。

 やがて、諦めたようにプルトンがため息にも似た感じで息を吐き出す。


「畏まりました。では――まずはこれは他言無用の件だ。もしこれが変なところから私の耳に入るようなら、少々君の立場が不味いことになると理解したうえで聞いて欲しい」


 構わないのか? そう言いたげな表情でプルトンはモモンを凝視する。

 元Aクラス冒険者の威圧を込めた視線と、乗り出してきそうな気迫を平然と受け流し、モモンはその先を続けろといわんばかりに顎を軽く動かした。そのあまりの豪胆かつ生意気な態度に、一瞬プルトンは息を呑む。いや息を呑んだのはプルトンだけではない。パナソレイとモモンを除く全ての人間が、驚きのために息を呑んだ。


「――わかった。覚悟ができているなら話そう」一息ついてプルトンは話を続ける「つい先日、エ・ランテル近郊の街道警備ということで派遣された冒険者の一団が、モンスターに襲われ壊滅した。一団を襲ったモンスターの名前はヴァンパイアだ。そしてこのヴァンパイアは魔法を習得しているために、通常の固体よりも遙に強いだろうという予想を私達は立てている」

「モモン君が知ってのとおり、技術を習得しているモンスターは厄介だからな」

「どの程度の位階の魔法まで使えるかは、知ってもさほど違いはなかろうて。今現在覚えておいて欲しいのは、そのヴァンパイアが技術をも習得している厄介なモンスターだということじゃからな」

「Aクラスとされる私のアンデッド浄化でも、効果はない程度の強さとだけ理解してくれていれば良いでしょう」


 プルトンの話を補佐するように他の3人が口々に、モモンに一斉に話しかける。そのまるで何かを覆い隠すかのような行為に、モモンはピクリと眉を動かした。そしてモモンはその考えを吐き出す。


「――つまりは強さの部分が知られたくない。そういうことですね?」

「っ!」


 隠したい箇所をピンポイントで指摘され、誰かがうめき声をもらした。


「隠す理由は考えれば簡単に分かり――」

「――結構だ、モモン君!」プルトンは片手を上げ、モモンの言葉を途切る。「今回君を呼んだのは、申し訳ないが君の考えを聞くために、ではないのだ!」


 プルトンの激しい感情のこもった声によって、静寂が訪れる。

 モモンとプルトンは互いを見つめたまま、何も言わない。室内にいる誰もが、プルトンとモモンの間の空気が火花を放ったようにすら感じられた。

 いや、違う――モモンは平然としたままだ。

 その光景にあるのは、プルトンがモモンに対して重圧的に出ようとしているのだが、ことごとく失敗しているさまだ。本来であればプルトンこそ地位も実力も持っている強者のはずなのに、圧倒的弱者のはずのモモンとこうして比べてしまうと、鎌を持ち上げた蟷螂のようにしか思えない。


「……本当に……ノービスか……」


 テオの呟き。それにリィジー、ギグナルが無意識のうちに、微かに頭を振り、同意の意思を示す。

 老いたりとはいえAクラスの冒険者を相手にしても一歩も引かないその姿。大器とかそんな生易しい言葉ではなく、もっと別の何かを感じさせた。


 そんな光景にため息を漏らしたのは、黙って様子を見ていたパナソレイだ。

 パナソレイ自身、やはりこのモモンという人物は異様な精神構造を――もしくは何らかの理由でノービスにいるだけの実力者では、という困惑の感情を隠しきれてはいない。だが、他の4人の比べれば予測できた分、精神的な衝撃は少なかったと言えよう。


「……なぁ、プルトン。このモモンという人物は一筋縄ではいかない相手だろう。先も言ったとおり、正直に全てを語るべきだと思うぞ? ……プルトン、後は私が引き継ぐ」


 有無を言わせぬ強い意志を込めてパナソレイは話し始めた。


「……それで、だ。生還した冒険者の1人。女性なのだが、彼女は君から貰ったポーションを投げたところそのヴァンパイアは撤収したという話なのだ。それでモモン君。君を呼んだのはそのポーションをまずは見せて欲しいということなのだ」


 ピクリとモモンは表情を動かす。その表情の変化を観察しながら、パナソレイは慎重に言葉を選んで話し続ける。


「勿論、モモン君の警戒は分かる。最下級のポーションの金額はおよそ金貨50枚。今回その倍額100枚を約束しよう。売ってもらえないだろうか?」


 悪い話ではないはずだ。ただし、このポーションをモモンが作っている――数を持っているならだ。遺跡で発見したとかのように、何らかの理由によって数本程度しか持っていないなら、もしかすると断ってくる可能性がある。モモンが作成に関わってないとするなら、先ほどまでのヴァンパイアとポーションの関連性への予想が、正しい可能性は非常に低くなるといえよう。


「……了解しました」


 軽くモモンは頷くと、持ってきていた小袋から一本のポーションを取り出し、それをテーブルの上に無造作に置いた。


 置かれた瓶はガラスでできており、非常に細かい細工の施された作りとなっている。

 パナソレイが大貴族が使うような香水瓶の間違いではないだろうか、と思ってしまったほどだ。戦闘中に使ったりして壊してしまう可能性が高いものに、これほど凝ったものを使う理由は無い。あるとしたら単純にこれを壊してしまっても、なんとも思わない金銭の持ち主ぐらいだろう。

 中に入った液体の色は赤。外見的には一般的な治癒のポーションのものと何ら変わることは無い。


 一同の目がポーションから離れ、リィジーの元へ動く。


「では、失礼しますぞ」


 リィジーは皺だらけの手を伸ばし、ポーション瓶を自らの手元に引き寄せる。

 その瞬間、目の色が変わった。目の中に爛々と輝く光を宿し、目つきは急激に鋭く尖り、頬は興奮のあまりに紅潮し、その精力的な動きはまるで一気に何歳も若返ったようにも思えた。今そこにいるのは、まさに薬師としてエ・ランテル内で名の知られる職人の姿だ。


「ふむ……ふむ」


 リィジーはポケットから取り出した、小型の拡大鏡でポーションの中を真剣に眺める。沈殿物がないかといわんばかりに底を眺め、そして周りにこびりつく固体はないかと凝視をする。

 ぶつぶつと口の中で言葉にならない言葉を呟きつつ、真剣に効能を確かめる。

 やがて瓶の蓋を緩め、その匂いを手で仰ぐことで嗅ぐ。僅かに鋭い目がより鋭くなった。リィジーは逡巡し、それから直ぐに迷うことなく中の溶液を数滴自らの手の上に溢すと、それを舐めた。


「っ……」


 何を気づいたのか。喘ぐような吐息をリィジーは漏らすと、蓋を閉め、魔法を詠唱する。


《アプレーザル・マジックアイテム/道具鑑定》


 リィジーの鑑定の魔法が発動し、ポーションの魔法の効果の一部を見定める。そして何を知ったのか、驚愕に顔をゆがめたリィジーは再び魔法を発動させた。


《ディテクト・エンチャント/付与魔法探知》


 2つ目の魔法をかけた、リィジーの衝撃はどれほどだったのか。ぐらりと体が揺れ、そして――


「くっ!」


 ――がっくりと崩れ落ちるリィジー。


「如何しました! リィジー殿!」


 場が悄然となるのは当然だ。直ぐに近くにいたギグナルが駆け寄る。毒物の存在を彷彿とさせたのは仕方が無いだろう。


「何が!」

「どうしたのだ! 本当に治癒のポーションなのか?! 何をリィジー殿に渡した!」


 場が騒然となる中――


「くくっ……ふぁふあははは!」


 ――突如、壊れたような笑い声が、狭い室内に響き渡った。ゆっくりとリィジーが顔を上げる。そこには狂人のような壊れた笑みが浮かんでいた。誰もが――モモンを除き――あまりのリィジーの急激な変化に気圧され、話すどころか指一本すら動かせなかった。


「くくく! 見るがいい、これを! テオ殿! ここに、ここにポーションの完成形があるんじゃ! 私達が――私達薬師や錬金術師、全てのポーションの作成に係わる者達が、数百年研究の歴史を積み上げてなお届かない理想の形がじゃ!」


 リィジーは興奮しきったために紅潮した顔で、荒く浅い呼吸を繰り返す。そして決して離さないと表明するかのごとく、手で堅く握り締めたポーション瓶をテオに突きつける。


「一体、どうなされた? リィジー殿」


 落ち着くように話しかけたギグナルにぎょろっとリィジーは目を動かす。大きく見開いた目は、まさに顔からこぼれ落ちそうだ。


「――ポーションは劣化する。そうじゃな!」

「……な、当たり前です。……常識ではないですか」


 ポーションは作成の段階で、錬金術によって生み出される特殊な溶液を必要とする。この溶液は薬草や鉱物等の混合体に、複数の工程を経過させることで作り出される。

 当然薬草等を使用する以上、ポーションの材質は製作時期からどんどんと劣化するのは当然の理だ。


「そうじゃ。その通りじゃ! ポーションには薬草や錬金術によって生み出される特殊な溶液を使う。そのために時間の経過と共に劣化するのは当然の理! だからこそ《プリザベイション/保存》の魔法をかける」そこで一拍置いて、結論を口にする。「そう今まではな」


 皆の目がポーションに集まった。言いたい事がわかったのだ。


「これは! 分かるか、小僧ども! このポーションは、このポーションはな! これだけで形質劣化がしない、つまりは完成されたポーションなんじゃ! どんな者も開発できなかったな!」


 ぎょろっとリィジーは血走った目をモモンに向ける。


「小僧、このポーションはどこかで拾ったのか? それとも――作ったのか?」

「私の知っている方が作りました」

「その方法は?!」

「……勿論、知ってます」


 あまりの興奮具合にリィジーの唇の端に泡が浮かんでいる。それでもなおリィジーのボルテージは上がる一方だ。


「ならば、このポーションの作成方法を教えてもらいたい。報酬は金貨3万」

「!」


 誰もが驚く。

 リィジーが提示した金額は、まさに桁外れなものである。一般的な職人等が1日の労働で得れる賃金は、銀貨1枚程度である。つまりは職人30万日――821年分の給料ということだ。これは都市長であるパナソレイからもしても、破格過ぎる金額にしか思えない。実際、パナソレイの持つ全財産に匹敵するだけの金額だ。

 そしてそれに対するモモンの返答は冷たいものだった。


「――お断りします」

「ならば倍額を出そう」


 即座に倍額を約束するリィジー。ちなみに金貨6万枚にもなればパナソレイの全財産をはるかに超える。


「――お断りします」

「ああ、そうじゃろうな。こんなはした金では教えられないものよな! 決して誰も到達した者のいない最高の知識の1つだものな!」


 リィジーがモモンを睨む。それは敵を前にした者がするべき目だ。決して話を聞くために呼んだ人間にして良い眼ではない。

 そんなリィジーを酷く冷たい目で見ながら、考え込むようモモンは口元を手で覆う。僅かに口が動いたのを確認できた者はその場にはいない。

 その覆われた下で、口はこう動いたのだ――計画の第一案を破棄します――と。


「わしは10歳の頃、この世界に入った。薬師の世界にな! それから努力したんじゃ! 経年劣化しないポーション作りのために! 分かるか! 小僧ども! 努力に努力を重ね、研究に研究を繰り返してなお届かない、理想のポーション! それの答えが今ここにあるんじゃ! 誰もが――薬師に錬金術師、ポーション作成に関わる誰もが欲する答え! 今までにポーション作成に携わってきたあるとあらゆる者たち連綿と求めたものの答えじゃぞ!」


 ぎょろっと睨みつける。


「それを欲して何が悪い。その答えのためなら犯罪者になろうが安いものじゃ!」


 リィジーは枯れ木のような指を伸ばし、モモンに突きつける。かすかに指周りに青白い雷光が揺らめいたのは、見ている者たちの見間違いではない。


「何を!」

「――《ライトニング/電撃》。攻撃魔法を突きつけるなんて正気ですか! リィジー殿!」


 パナソレイを除く、自らの腕に自信のある人間達が立ち上がった。リィジーの近くにいたギグナルは、モモンの盾になるべく動こうとするが、テオにかすかな身振りで止められる。

 ライトニングは一直線に貫通する攻撃魔法だ。人間程度では壁にもならないで、貫通して後ろの人間もその魔法の対象にするだろう。それよりは治癒の魔法をいつでも発動できるよう準備していた方が良い。

 プルトンはジリジリとリィジーとの距離を詰めようと、少しづつにじり寄ろうとする。


「薬師でもないきさまらは黙っていろ! 小僧! このポーションの作成方法を話せ! なんの薬草と鉱物を使う。それとも使わないのか。生物の器官等を使う方式なのか!」


 室内の緊張感が高まったその時――酷く冷静なモモンの声が、室内に響いた。ライトニングの魔法があと一歩で自らに発動するという状況において、モモンは平然と席に座ったまま、楽しげな笑みを浮かべていた。

 そんな光景を前に、パナソレイは目を見開く。

 リィジーはかなり興奮しており、場合によっては本当に魔法を発動しかねない。それに対してモモンは、やせ我慢や撃ってこないと高をくくっているのではない。撃たれようとどうにかする自信がある。そうパナソレイには理解できたのだ。

 ゆえにパナソレイはモモンへの結論を出す。

 ノービスは絶対にありえん。この男。下手したら、かなり上位の冒険者だ、と。


「ゾリエ溶液――」

「なんじゃそれは! それが材料なのか!」


 リィジーの叫び声にも似た怒声を受けてなお、モモンは冷酷とも言って良い顔で魔法を呟くように品名を挙げていく。


「リュンクスストーン、ヴィーヴルの竜石、黄金の秘薬」

「そんなもの――」


 聞いたことが無い。でたらめだ。そう言おうとしてリィジーは唇を噛み締める。破れた唇から血が流れ出すほど。

 もしモモンの言葉をでたらめだと断定してしまっては、彼の全てを否定せざるを得ない。あれは真実、これは嘘なんて都合の良い判断をするためには、何か1つでも言い返せる材料が必要なのは当然だ。ブラフをかけても、鼻で笑われて終了するのは、する前から予測が付く。ならばこそ正解を指摘することで、綻びから真実を見つけ出すこと必要があるのだ。しかしながらリィジーはモモンの上げた名前を何も知らない。

 つまりは今のリィジーには全てを信じるか、全てを疑うかのどちらかしかないのだ。


 疑うことは簡単である。認めなければ良いだけだ。モモンの言葉の全てを偽りだと思えば良い。

 だが、何よりも恐ろしく、リィジーの体を震わせるのは――モモンが真実のみを口にしている場合だ。


「聞いたことが? リュンクスストーンは治癒系の効能を強める効果がありますし、ヴィーヴルの竜石は属性ダメージ量の増大という効果があります」


 リィジーは何も言わずにモモンの冷笑を浮かべた顔を、穴が開きそうなほど凝視する。

 リィジーの年齢から来た勘が叫ぶのだ。この男は真実のみを口にしていると。ならばそれは――。


 リィジーはもはや何も聞きたくないとばかりに必死に、されど弱弱しく頭を振る。そんな急激に真っ青な顔になったリィジーの気持ちが分かったのは、この場にいるものの中ではテオだけである。

 テオもまた、自らを襲う恐怖に耐えているのだから。


 モモンは鼻で笑うと、最後の駄目押しの台詞を口にする。


「あなたは先ほど10歳のころからこの道に入ったと言っていました。それでは聞かせてください。何一つ知らないようですが」モモンはニンマリと亀裂のような笑みを浮かべた。「――何をされてきたのですか、そのお年まで?」


 リィジーは何も言えずに、喘ぐように呼吸を繰り返す。自らの人生の全ての否定。それを目の前で突きつけられて、反論の言葉をすることすら許されない。当たり前だ。事実なのだから。

 必死に努力してもなお届かない頂から、見下すように笑われるのだ。その人間が努力すれば努力しただけ、今の言葉を肺腑を抉る。


「――申し訳ないです。知識の欠片も無い人間に説明できるほど、ポーション作成は簡単ではないので」


 無知に教えるものは無い。

 そんな意味合いを込めた言葉をリィジーに投げかけると、モモンは侘びとして丁寧に頭を下げる。それと同時に糸が切れたようにリィジーはへたり込んだ。


 先ほどの緊張感は何処にも無い。あるのは痛ましいまでの静寂だ。

 リィジーは片手で目を覆い隠して、何も発しようとはしない。年相応、いや、一気にさらに年を取ったようにも見える。


「……都市長。今、街中での魔法使用に関する規定に、抵触する魔法行使がありました」

「うむ……」


 最も現在のリィジーの気持ちが分かっているテオが、パナソレイに摘発を行う。目の前で魔法を使用した犯罪行為が行われたのだ。凶行に出た気持ちは理解できるが、魔術師ギルドの長という立場がそれを黙認することは出来ない。


 そしてパナソレイとしても、現状は板ばさみだ。

 無論、法は守らなければならない。

 攻撃魔法を完全に発動したわけではないが、それでもそれを脅迫に使用したのは事実だ。しかも都市長という自らの前で。ならば違法行為として規定の罰を下さなくてはならない。

 しかしながら、これより帝国の侵攻があるだろうと予測される中で、リィジーというポーション作成に長けた人間を拘束し、罰を与えるのは、将来的に王国の兵士を何人も殺す結果に繋がりかねない。正直、モモンという今現在、最も警戒すべき人間を相手に犯罪行為を行ったのでなければ、なんのかんのと理由をつけて、金銭的な処分で終わりにしたいぐらいだ。

 パナソレイが眉を顰めていると、それを見越したようにモモンが口を開く。


「待ってください。私も怪我はしませんでした。ですので今回は不問ということでも私は構いませんよ」

「……そうかね」


 1つ貸しということか。いや、それで済んだことに感謝すべきか。

 パナソレイはそう思いながら、軽くモモンに頭を下げる。


「では、モモン――殿がこう言ってるので、都市長たる私の権限を持って今回に限り不問とする。テオ、問題は?」

「いえ、ございません」

「では、プルトン」

「ございません」

「よし、ではそういうことだ。皆、席に戻れ」


 今までリィジーを止めようと立ち上がっていた、テオ、プルトン、ギグナルが席に戻る。


「さて、リィジー殿、結論を聞かせてくれ。このポーションはヴァンパイアが逃げ出すに値するものなのか?」


 リィジーはぼんやりとパナソレイに真っ赤に充血した目を向け、あやふやに頷く。


「……治癒のポーションとしての効果は殆ど変わらんと思う。……そのためにダメージ量で逃げたとは考えにくいの。しかしながら、このポーションがどれほどの物か知っているとしたら、もしかすると逃げ出すかもしれん……」

「つまりは?」

「ポーションの作成者を恐れた……先ほど、都市長が言われていた意見じゃよ」


 一斉に全員の視線がモモンに集まる。ついさっき、モモンと初めてあった頃では、今のリィジーの発言はある意味失笑の域だっただろう。しかしながら今では違う。皆の目の前にいるこの男は、想像も出来ない何かを持っている可能性が高いから。

 皆が黙っている中、小さく椅子が動く音がする。

 それはリィジーが立ち上がった音だ。


「すまぬ。わしは少々疲れました。良ければ退席したいのじゃが……」


 そこにいるのは見た目どおりの、しわくちゃな老婆だ。もはや先ほどの気迫のかけらも無い。

 パナソレイは幾通りかの慰めの言葉と、臨席して欲しいという要望の言葉が浮かぶが、口を割って出た言葉はどれでもなかった。


「……うむ。今回は役に立つ話を聞かせてくれて感謝するリィジー殿」

「申し訳ない、都市長。それに皆さんも」


 リィジーは最後にモモンに向き直る。


「モモン殿、先ほどの失礼を許して欲しい」


 リィジーは深々と頭を下げた。それは自分の孫のような年齢の者にするものではない。完全に自らよりも上の人間に働いた失礼を謝罪するものだ。それをモモンは冷たい目で見つめてから、鷹揚に頭を振り、了解の意を示す。

 年下の者が、年上の者に上位者として振舞う。何も知らない第三者からすると、不快にも思える行為だが、先ほどの光景を目にした4人からすると、当たり前の光景にしか見えなかった。


「それとじゃ、正当な金額。それにさきほどのわしの無礼を謝罪する意味を込めた金銭を追加で支払うので、ポーションを1本でよい。売ってはもらえないじゃろうか?」


 リィジーは大きく頭を下げる。もししろといえば最敬礼だってするだろう。そんな真摯さがそこにはあった。しかしながらさきほどの一幕を考えれば、モモンが断ったとしても仕方ないだろう。だが、モモンは快く承諾する。


「どうぞ」

「おお! 感謝する!」


 目はらんらんと輝き、これから恐らくポーションを調べに調べつくすのだろう。そんな気迫がそこにあった。リィジーはポケットを漁ると、小さな皮袋を1つ取り出す。それの口を開くと、中身をテーブルの上に転がした。

 煌びやかな輝きが複数転がった。それは4つの宝石だ。


「55金貨相当のアヴェンチュリン、17金貨相当のファイアーアゲート、25金貨相当のブルークオーツ、48金貨相当のジルコンじゃ。収めて欲しい」


 モモンは何も言わず、リィジーの皮袋を取ると宝石を収め、それを自らのポケットに納める。


「では、失礼」


 リィジーはそのまま部屋を出て行く。扉がパタンという音を立てたのを合図のように、パナソレイは再び話し始める。


「ふむ。モモン殿、本来であればあなたに聞きたかったことはこれで終わりなのだが、もう少しだけ話に参加して欲しい。聞きたいことはエ・ランテル近郊に出現したヴァンパイアのことだ。プルトン、ヴァンパイアの外見等が記載されている用紙を彼に」

「いや、結構。口頭で構いません」


 プルトンがヴァンパイアの外見を説明すると、モモンは数度軽く頭を振る。


「何か知っているのか?」


 パナソレイの期待を込めた質問への、モモンの返答は非常に簡素なものだった。


「知っています」


 一瞬、部屋が静まり返った。誰もが今、耳に入った情報を信じられなかったのだ。

 当たり前だ。この都市の冒険者ギルド、そして魔術師ギルドの長が知らない情報を、たかだか最下級ランクの冒険者が知っているなんて誰が思うだろうか。いや、その反面、誰もが納得もしていた。モモンという人物なら知っていてもおかしくは無いと。


「やはり知っているのか」


 テオが問い返したのも当然だろう。そしてモモンが当然というように頭を軽く振ったことによって、ため息のようなものが室内に充満する。


「ふむ……聞かせてもらえるか?」

「…………」


 モモンは黙して語らない。

 その沈黙をパナソレイは正当な対価を要求するもの――当然の要求だろうと認識した。そのために微笑む。


「無論、報酬は払おう。そしてその情報を裏付ける証拠が発見次第、さらなる追加報酬も約束しよう」


 その言葉が引き金になったように、モモンは口を開く。


「――カーミラと呼ばれるヴァンパイアです。話によるとかの国堕としの3人の弟子の1人だとか」

「な!」


 その驚きの声は4人から漏れたものだ。さきほど、モモンがいない最中に話していた1つ。あまりにも危険な可能性が真実だ、と肯定する人物が現れたことに対する驚きの声だ。


「君は何者なんだ」


 ポツリとプルトンが呟く。


「君は只者ではない。そうだ、君は凄い人物としか思えん。それは認めよう。今この場にいる誰もがそれを決して否定しないだろうしな。しかしながら――そんな人間が何故、ノービスの冒険者なんていう地位にいるんだ。どうして名の知れた冒険者ではないんだ?」

「そんなことが聞きたいのですか?」


 モモンの視線を受けた者――室内にいた皆が一様に頷く。当たり前だ。知りたくないなんて思う者がいるはずがない。


「……私はそのカーミラというヴァンパイアに村を滅ぼされたものです。そして復讐のためにそのヴァンパイアを追ってきてるんです」

「なんだと……」

「ではあれがどれほどの強さなのか知っているのか?!」

「勿論です。私が子供の頃あれは第3位階まで使いこなしていました。もしかすると現在は第4位階まで使いこなしているかもしれません」

「うむ……」


 第3位階の魔法を使いこなすヴァンパイア。それを追う彼は何者なんだ。誰もが口にはしないが、同じ疑問に突き当たる。

 当然だろう。モモンが来る前の会議ではこのカーミラなるヴァンパイアを倒すには、最低でもA+クラスの冒険者数パーティーが必要という結論に達したのだ。では彼はたった1人でそれだけの働きが出来るというのか。王国最強の戦士である人物ですから不可能なことを。


「正直に言おう。カーミラは非常に強いと我々は予測している。だが、君には奴に勝つ何らかの手段を用意しているというのか?」


 パナソレイの質問に対し、モモンは軽く笑う。その先を聞くまでも無く答えが理解できる、そんな笑みだ。そして事実、モモンの答えはそんな予想を肯定するものだった。


「――勿論です。そうでなければ追うなんて事は考えてもいません」

「――おお!」


 歓声混じりの声が意識せずに皆から漏れる。すさまじい力を持つヴァンパイアがエ・ランテル近郊にいるという、絶望的な現状を打破することのできる人間が目の前に現れたのだ。それも意図しないところから。

 これで喜ぶなという方が無理だ。


「神よ。これもあなたのお導きでしょうか」


 ギグナルなんかは神に祈りを捧げ始めるほどだ。その中で幾分か冷静さを保っているテオは、自らの好奇心も満足させるべくモモンに問いかける。


「……しかし、どうやってそれを可能とするんだ? ポーションを使用してなのか? それとも何らかのマジック・アイテムなのか?」

「それを教えることは出来ません。どこから漏れるとも限りませんから」


 言い切るモモンにテオは一瞬鼻白むが、考えてみると確かに正しい。ヴァンパイアの特殊能力には魅了の魔眼というものがある。下手に退治方法を聞いた人間に使用され、その方法を喋ったりしてしまっては、モモンが勝てなくなる可能性もあるのだから。


「ならばとりあえずはカーミラなるヴァンパイアの情報は、最優先でモモン殿にも流すということで」

「異論はございません」


 パナソレイの提案に対して、代表してプルトンが答える。これで1つの厄介ごとへの対処方法が垣間見えた。そんな安堵感に支配されつつあったパナソレイは、もう1つ聞いてみたいことを思い出す。


「それではアインズ・ウール・ゴウンという人物に心当たりは……」

「私の師匠です」

「なんだと!」


 呆気ない。そうとしか言いようが無いほど簡単にモモンは、パナソレイの疑問に答える。


「ゴウン殿は――」

「――アインズ様ですね」


 表情こそは微笑んでいるが、その中にあるのは威圧だ。アインズという人物に対するモモンの忠誠心を強く感じとったパナソレイは、引きつるような表情で言い直す。


「アインズ様は一体どれほどの力をお持ちなのかな?」

「知りません」


 軽く言い切ったモモンは軽く肩をすくめる。そして爆弾を放り込んだ。


「おそらくは第6位階ぐらいは使いこなせるでしょう」


 皆が息を飲み込む。それから口々に吼えた。


「なんじゃそりゃ! ぐらいということは、それ以上もありえるのかよ!」

「はぁ! 私がそれほどの人物を何も知らないということは、そんなのが世に埋もれているというのか! いやまさか13英雄……いや、ありえん!!」

「oh my god!」

「帝国の主席魔法使いと同格とは、凄いものだ」


 第6位階を使いこなせるというのは凄いという認識はあるが、それがどれほど凄いことかが漠然としか理解できていないパナソレイと、冒険者として経験から魔法の位階の差を強く実感しているプルトン、テオ、ギグナルの間に桁外れな温度差が生まれている。実際にそれを認識している3人はパナソレイをじとっとした目で直視する。慌てたのはそんな視線を送られるパナソレイだ。


「な、なんで、そんな目で見る」

「いえ、羨ましいなと思いまして」

「本当ですな、都市長殿が羨ましい」

「テオ、ギグナル殿。魔法を使わない人にとってはぴんと来ない話だ。仕方ないだろう?」

「まぁ、そうなんですけどね」

「全くだ」


 ふぅと3人が揃ってため息をついた。

 まるで自分ひとりだけ隔絶しているような寂しさにパナソレイは襲われる。確かに冒険者としての共通意識が無いからといって、これは酷いのではないだろうか。そんな益体も無いことを思ってしまうほど。


「それにしてもアインズ――様は凄い方なんだな。とするとその弟子であるモモン殿も――」

「まぁ、第3位階魔法までなら使いこなせます。ですがカーミラが逃げたのは私の師であるアインズ様を恐れたためでしょう」

「そうだったのか。……ならば基本的にはこういうことはやらないのだが、昇格試験を早く始めてしまおうか」

「よろしいのですか?」


 モモンはイシュペンの語った内容を思い出し、プルトンに疑問としてぶつける。


「特例だよ」プルトンはにやりと笑う。「もしかすると将来カーミラと戦う際、最前線に出てもらう必要が出るんだ。急いででもランクを上げてもらわないとな」

「それであれば一気にBランクをあげても良いのでは? 第3位階までこなせるというのだから」

「そこまでは上手く行かんよ、ギグナル殿。一応、各国各都市の冒険者ギルドは、共通した規則というものがある。昇格の場合は試験を行う必要があるというのは、その最たる例の一つだ。偽造していった場合、将来的にモモン殿の足を引っ張る可能性も無いとは言えないからな」

「冒険者ギルドも我が魔術師ギルド同様、規則に縛られるか」

「仕方ないだろう、テオ。規則というものはそういうものだ。しかし――調べさせていただいた情報によるとポーターを見事勤められたという話だから、戦士かと思っていたのだがスペルキャスターとは……」

「ああ、あれですか。種明かしをするなら、このマジックアイテムの働きによるものです」


 モモンは自らのはめているガントレットを外すと、テーブルの上にゆっくりと置いた。


「このガントレットの名称はイルアン・グライベル。アインズ様からいただいた、私の宝物の1つです」

「ふむ……無骨だが、傷の無い……一体どんな魔法の効果を持っているのかな?」

「ああ、それは単純に着用者の筋力を増大させる働きです」

「ほー。少し調べさせていただいても?」

「ああ、どうぞ」

「では、お借りする」


 好奇心に目を輝かせ、そのガントレットをテオは手に取ると魔法を発動させる。


《アプレーザル・マジックアイテム/道具鑑定》


 テオは大きく目を見開き、硬直する。全身が寒気に教われるように震えだした。唇は言葉にならない言葉を押し出そうとするが、やはりブルブルと震えるだけだ。

 その急激な変化は先ほどのリィジーを彷彿とさせ、プルトンとギグナルの2人は目を合わせると、座ったまま、イスを軽く動かす。

 そんな中、ごくりという唾を飲み込む音が聞こえ、やっとのことでテオは言葉をつむぐ。


「…………これは…………最上位のマジックアイテム…………アーティファクト級です」


 プルトンとギグナルが先ほどのテオと同じような姿を取りながら、ガントレットを凝視する。テオは恐ろしくも偉大なるものを触っているかのような丁寧な扱いで、ゆっくりとガントレットをモモンの元に戻す。


「アインズ様は……偉大な人物ですな……」


 モモンはそれに対して微笑で答えた。




 ■




 モモンの出て行った扉をぼんやりと眺めながら、室内にいた全員は脱力し、力なくイスにもたれる。

 自らよりも上の相手と同席すると精神をすり減らすものだ。

 パナソレイたちのほうが権力、財力、コネクションとこの都市においては圧倒的なものを持っているはずのなのだが、モモンというノービスの冒険者はそんな物差しでは計れないものを後ろに持っていることが、赤裸々に証明した。もはやカーミラなるヴァンパイアを倒さない限りは、モモンという人物なくして都市の平穏は守れないほど。


 しかもモモンという人物は、今だ底を感じさせないものがあった。本人は第3位階魔法を行使できると言う話だが、本当にそうなのか。第4位階魔法を使ったとしても、さほど驚きを感じさせないものを持っていた。さらには――そう、さらに恐ろしいのはその後ろにいる人物。


 アインズ・ウール・ゴウンという名の魔法使いだ。


 今の錬金術、薬学の知識では到達不能なポーションを作成する能力。驚異的なヴァンパイアが慌てて逃げ出すほどの――おそらくは戦闘能力を保有。圧倒的な魔力を保有するアイテムを、容易く与えられるという決定ができるほどの財力。


 それは確かにモモンという人物が忠誠心を持つほどに相応しい存在だろう。


 パナソレイは頭を抱えるように抱き込む。

 ほんの1日で色々と力のバランスが一気に狂った気がする。


 体を起こしたギグナルが、夢見心地な気分で言葉を発する。


「……あれが最上位、人の手では作り出せないとされるアーティファクトですか。初めて見ました」


 アーティファクトとはほぼ最上位とされるマジックアイテムの総称である。人の手では製作は不可能であり、神や高位のドラゴン、悪魔や天使といった存在にしか作れないとされるアイテムだ。その魔力は膨大であり、不壊。伝承によれば一度だけだが、死者すらも蘇らせることすら可能とするアイテムもあるという。

 かの13英雄が幾つも所持していたとも言われるクラスのものであり、このアイテムを求めるのも冒険者としての夢の1つであることが多い。

 実際、Aクラスの冒険者であるギグナルを持ってしても、見たのは先ほどが始めてというレア度だ。当然金銭で換算すれば桁が違うだけの金額になる。安く見積もっても金貨数十万枚はくだらないだろう。


「……しかし、もっと煌びやかなものかと思っていたのですが」

「だが、あれは見事なものだったぞ。戦士としていうなら作りがしっかりしていたし、傷が殆ど無かった。大切にしまい込んでいたなら兎も角、既にアレを所持したまま冒険に出ているんだ、傷がつかないわけが無い。とするとあのガントレットは非常に傷つきにくい材質でできている可能性がある。無骨ながら良い一品だ」

「私も見るのは2度目です」

「私が見た王国の秘宝、国宝剣とかは確かに見事な作りだったな」

「おお、都市長殿。王国の秘宝、一度は見てみたいですな。まぁ無理でしょうが」

「戴冠式に見ることができるが、拝謁の機会はまぁ、回ってこないだろうな、残念ながら」


 さて、といいながらパナソレイは体を起こす。それを見た全員が同じように姿勢をただし、話を聞く体勢を取る。


「で、どう思った?」

「現在ある乏しい情報からですが……そこから考えると、何ら食い違いや矛盾の無い話ですね」

「少しばかり上手い情報のように思えたがな?」

「それは?」

「我々が欲しいと思ったそのままの情報だ。ヴァンパイアの正体、アインズ・ウール・ゴウンなる魔法使いの正体、そしてモモンなる人物とポーション……」

「上手く行き過ぎているということですか?」


 パナソレイは黙り、考える。まるで彼自身が自らの考えに納得してないようだった。


「いや……私が心配性なだけだろう。先ほどテオの言った通り、食い違いも矛盾も無い情報だ。ほぼ真実と思っていいだろう」


 そういいながらも表情の晴れないパナソレイを、補佐するようにプルトンは案を出す。


「ですが、一応、裏は取るように行動しておきましょう」

「……そうだな。……そうしてくれるか、プルトン。必要経費は後ほど出してくれ」

「了解しました、都市長」 


 プルトンの視線を受け、了承するようにテオも頷いた。


「それで一応聞きたいのだが……この部屋の会話が漏れるということはありうるのか?」


 パナソレイはそう言いながら、自らの質問をありえないと判断する。今までこの部屋で行った会議は一度たりとももれた形跡が無い。

 なぜなら一見するとここは単なる部屋だが、周囲は鉛板で覆われており、出入り口は1つしかない。誰かがこっそりと侵入しようとしても非常に目立つだろう。大体隠れる場所だって無いのだ。仮に不可視化した存在がいたとしても、この狭い部屋で誰にも気配や存在を感じさせないなんて行いは不可能だろう。


「まずはありえません」


 自信満々に言い切るのはこの部屋を持ち主であるプルトンだ。ただ、続けて言葉を発するテオは、浮かない顔をしている。


「全くです。……ただ、もし仮にアインズなる人物が第6位階まで修めているとなると、絶対の自信はないとしか言えません。正直、第6位階なんて想像の領域です。もしかするとこの部屋を覗けるような魔法があるかもしれませんが……」


 そこまで言ってテオは頭を振る。被害妄想とかの領域だと。疑いだしたら何でも疑える。

 確かにその通りだと、パナソレイも納得する。疑おうとしたらこの部屋に何者かが侵入している場合だってあるではないか、と。誰にも知られないように室内に潜り込むことは不可能だし、よしんば出来たとしてもこの狭い部屋のどこにいるというのか。

 パナソレイはチラリと室内を見渡す。テーブルの下だって、天井だって無理な話だ。出来るとしたら影に溶け込む能力でも持ってない限りは不可能だろう。

 ふと、イジャニーヤと呼ばれる暗殺集団がそんな能力を持っているとも言われていることをパナソレイは思い出すが、頭を振って追い出す。ばかばかしい――なんの脈絡も無い話だ。

 だいたいそんなことを考えていたら、御伽噺に出てくるシャドウドラゴンとかナイトストーカーとか、そんな化け物の存在だって考えなければならないではないか。

 ふぅと、パナソレイは息を吐き出し、頭の中からそんな考えは完全に廃棄する。いま考えなければならない話は御伽噺ではないのだ。


「さて、ではプルトン。騒ぎにならない程度の情報規制を行ったうえで、周辺都市の冒険者ギルドに報告してくれ」

「了解しました。アインズ殿とモモン殿の2者に関してはどうしますか?」

「うむぅ。下手に情報を流して厄介ごとに巻き込んだりすると、あまり良い感情をもたれないだろう。出来る限り隠し通してくれ」

「では、そのようにはからいます。伝言の羊皮紙<スクロール・オブ・レポート>を使用して緊急に送ります」

「魔術師ギルドのほうも同じようにおこなっておきます」

「頼む、テオ。それとカーミラの件は私の方から王にお伝えしておこうと思う。今から出て……15日ぐらいか?」


 プルトンとテオが微妙な、ギグナルは不思議そうな顔をする。

 王都までは街道を使ってもおよそ280キロ。馬であれば通常の移動でも1日に42キロの踏破は可能だ。それから単純に計算すると7日で到着するはず。パナソレイが述べた日数はその2倍。あまりにも時間がかかりすぎる。


「一体、何故それだけの時間が?」


 ギグナルは思わず問いかける。重要な情報を持っていくのに、何故もっと急がないのだと。それに対し理由を知っているプルトンとテオは苦い顔を浮かべる。これは王国全体の微妙な問題に触れる話になりかけているからだ。事実、パナソレイも苦笑いを浮かべていた。


「色々あるんだ、ギグナル殿」


 その言葉では納得のいかないギグナルに、パナソレイは苦笑いを浮かべたまま話を続けることとする。


「ご存知だと思うんだが、冒険者ギルドは基本的に権力に寄り添わないというルールがある。スレイン法国のように飲み込まれることを避けるためにな」

「カーミラの一件はそんなことを言っている場合ではないでしょう」

「王国上層部は現在、王派閥と対立派閥に分かれて権力争いをしているんだ。もし仮に冒険者ギルドの一部が王派閥に力を貸したと知られれば……非常に厄介なことになる。下手をすると冒険者ギルドさえも2つに分かれるかもしれない」

「そこをどうにか……」

「……ギグナル殿。危険なんだ。王国内部が既に割れかかっているのに、冒険者ギルドまでも割れる原因を作りたくは無い」


 パナソレイから話を受け継ぎ、プルトンが言葉自体は優しいものだが、はっきりとした拒絶の意志を込めて言い切る。その意志の固さを感じ取ったのだろう、ギグナルは攻め方を変えることとする。


「では、私が神殿に掛け合うなり、冒険者を雇うなりして早馬を飛ばせば」

「都市長である私が王への連絡に冒険者を使うのか? つまりはその程度の部下しか持っていないと。それで都市長を任せられるのだろうかかね?」

「ならば街道周辺にモンスターが出るということにすれば」

「そしてその街道周辺の貴族に責任を取らせるのかね? それとも街道を作ろうと行動したラナー王女にかね? 調査してモンスターが出没した形跡が無かったなら、都市長である私の虚偽ということで終わるのかな? それともそんな偽りを述べた私を都市長に据えた王の責任かね?」

「そんなのは……」


 言いがかりだ。そう思い、王国内の内部対立はそれほど深刻なものなのかとギグナルは理解する。


「例えカーミラという危険なモンスターがいようとも、結局は人間の対立は避けられん。もし帝国の進軍が無ければもっと早くに分裂し、内紛が起こっていたかもしれん」


 その言葉を最後に室内には重い沈黙が訪れる。


「……何で言ったのかは理解してもらえるな?」

「わかっています。私が1人で先走らないようにですな?」

「そういうことだ。納得はいかないかもしれないが、理解はしてもらえたと思う。さて、今回の会議はこれで終了ということかな」

「そうですね……」


 プルトン、テオ、そして今だ納得しきれない顔をするギグナルと見回し、パナソレイは会議の終了を決定した。




 ■




「く、ははははははは」


 アインズは笑う。

 それは絶対者が弱者を嘲り、哀れむ――そんな笑いだ。


「つまるところ、この周辺国家の人間社会に警戒すべき強者はいないということか。さて、さて、さて、どうするかな。どうした方が良いかな」


 アインズは薄く笑いつつ、この先の計画の大幅修正を必要性を深く実感していた。背負っていた重みが一気に軽くなった開放感をその身に感じながら。

 とはいえ、完全に荷物がなくなったわけではない。


 例えば同じユグドラシルプレイヤーがいるのかどうか、早期発見のための警戒網の作成は重要な案件の1つだろう。ではそれをどのように作成していくかだ。

 現状、デミウルゴスに任せた囮としての魔王ぐらいか。あとはユグドラシルプレイヤーであればこの世界の存在よりも強いはずだろうから、必ず目立つはずという考えを元に何らかの計画を立てるべきだろう。


 自らの席から立ち上がると、広い室内をアインズはゆっくりと歩き出す。

 そして目の前の誰かもいない空間に語りかける。無論、不可視化を行っている対象がそこにいるわけではない。単純に自らの考えを独り言という形でこぼしているだけだ。


「闘技大会を開くなんていうのも面白いかもしれんが、現状の立場では無理だ。ではダンジョンを作って広く冒険者を募集するというのはどうだ? ナザリックの一部開放か……。面白いが不快だ。だが、効果はありそうだ。ユグドラシルプレイヤーで元の世界に帰りたいと思うものを呼び寄せるために、そういう系統の噂を流して……」


 そこまで呟き、アインズは頭を左右に振る。


「いやいや、焦ることは無い。今現在王国と帝国にかけているモーションの結果を待ってもいいだろう。もしかしたらその間にもっと状況が変化するかもしれないしな。それにユグドラシルプレイヤーが、上手くこの世界に溶け込んでいる可能性もあるのだから」


 それに行った方が良いものがある。それは現在進行形で行われているナザリックの強化計画だ。戦力の拡大はもはや必要ないかもしれないが、頭脳担当や交渉担当という存在の必要性は今だ失われていない。


「面倒ごとは残っているか。おい――」


 アインズは後ろで控えているメイドに声をかける。


「アウラとシャルティアを呼んで来い。色々と今後の計画について話し合いたいと伝えろ」

「――畏まりました」


 命令を受けた2人のメイドが部屋を出て行く姿を見ながら、こみ上げてくる嘲笑の笑みを隠しきれずにアインズは溢す。あとは人間以外の種族にも目を向ける必要が出てきたわけだ。それはコキュートスの実験が上手くいくことを祈るべきだろう。


「ふぅー。楽になったな」


 アインズは首を軽く回しながら、扉を眺める。次の手をどうするかと考えながら――


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