宇都宮市の郊外でトマトを栽培している若手農家、長嶋智久さんのもとを最近訪ねた。何棟も並んだ栽培ハウスの横に、壁にレンガ風の模様をあしらった小さな小屋がある。白いドアの真ん中には「空室」と書いたプレートがあり、小窓からは紫色の妖しい光が漏れる。
いったい何のための小屋なのか。長嶋さんによると、「カラオケハウスをもらってきました」という。今回のテーマは農業の技術革新だ。
長嶋さん取材は今回で2回目。長嶋さんは、ベンチャー企業のルートレック・ネットワークス(川崎市)が明治大学と共同で開発した「ゼロアグリ」というシステムを導入しており、使ってみた手応えを聞くのが最初の取材の目的だった。そのときの模様については、この連載で以前紹介した( 3月5日「現代の匠『AIで根っこを動かせ!』)。
ゼロアグリは土で作物を育てるハウスが対象。地表から浮かせた棚を使う水耕栽培と違い、土耕は水や肥料が土に染み込んでしまうので栽培環境のコントロールが難しい。ゼロアグリはこの難題を解決するため、土の中の水分量や地温、日照量などを測り、植物がどれだけ水分を吸収したのかをAI(人工知能)を使って推計する手法を確立した。そのための条件として、養液は植物の上からまくのではなく、土の中に通した点滴チューブで供給する。
植物がどれだけ水を吸ったかがわかれば、植物が必要とする水分量も予測できる。長嶋さんは前回の取材でこのシステムの狙いを、知り合いのベテラン農家の「寒いときは、根っこを動かせ」という言葉を使って説明してくれた。適切な量の水を常に供給することで、低温などで栽培環境が悪化しても、植物が根っこを伸ばせる環境を整える。ベンチャーが開発した新しい技術を、農家が自分の頭で咀嚼し、表現した言葉の好例だろう。
日本の場合、夏場は気温が高すぎて、トマトの収量が大幅に減る地域が少なくない。その間に、トマトの木を植え替えたり、ハウスの土を消毒したりして翌期に備える。今回の取材は、長嶋さんがゼロアグリを使い始めてから最初の夏を迎えたことを受け、システムの効果を聞くためにお願いした。
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